ウミバッタ先生を囲んで

文字数 1,987文字

日本人作家初のノンビリ賞受賞を祝して、ウミバッタヤリナス先生を囲んでの対談番組を某テレビ局が企画した。
司会進行役は「チャンタレ婦人のバター犬」を翻訳した事で裁判沙汰になっているイントウセイキが務める。対談相手はウミバッタの弟子であるミトリアメーバが選ばれた。収録場所は鎌倉にあるウミバッタの自宅で、庭の丸テーブルに座りながら軽く座談的に行うという趣向である。
時間になったので進行役のイントウが、「ウミバッタ先生、この度はノンビリ賞のご受賞大変おめでとうございます。しかし先生のあの雨国なんだァ、あんなものがよく外人に理解されましたですネー」と何やら褒めているのやら貶しているのやら判らない挨拶をした。イントウは極度の上がり症の為、収録前から大量の酒を飲んでおり、既に酩酊状態になっている。ウミバッタ先生は目ん玉が飛び出るくらいに目を見開き、キョロキョロしながら、「いやァー、そんなに云われると、どう答えていいかわかりま……」と云って話を止め、目をキョロキョロさせながらイントウを見たりミトリを見たりしている。酔ったイントウはウミバッタの話が終わったのか如何か判らないが、間が持てないので次の話をしようとすると、「せんがネー、いやァあれなんどは、やっぱり翻訳者の力が0.5リットルくらいの役割……」と云って又口をつぐんだ。相変わらずキョロキョロしている。これは間が持てないとミトリがすかさず、「ウミバッタ先生、0,5リットルと仰いましたけれど、何リットルを基準にしているか判ったもんじゃござんせんが、取り敢えずご受賞おめでとうございます」と助け船を出す。「があってですなァー、ホホホホ、やっぱあれでしょう、審査する者が原語で読んでな……」と云って又口をつぐむ。酔いと緊張で酩酊しているイントウは、もじもじ御用聞きの様に手を擦りながら、「そんなこたァー、ござんせんでしょう。やっぱ外人にもミトリ君の様な変態が多いという事でござんしょうかネー、どうでしょうかミトリ君?」とミトリに強引に話を振る。話を振られて返答に困ったミトリは、やおら上着を脱ぎ上半身裸になってボディビルのポーズを取り始めた。ミトリは最近ボディビルに嵌りマッチョな肉体を他人に見せたくてうずうずしている。「オヤオヤ、ミトリ君の肉体はあれなんざんしょ、ホモサッピエンスのアッピールなんざんしょ、私にはそんな気はもうとうないでございますがね」とイントウが云うとミトリが、「私もですね、チャンタレ婦人のバター犬を翻訳する様な変態には興味などござんせんから」と気色ばんで云う。「いというのは、どうなんでしょうかネ、やっぱ翻訳者にも半分賞をや……」と云ってウミバッタが又口をつむぐ。相変わらず出目金の様な目をキョロキョロさせながら。イントウもミトリも既にウミバッタの話を聞いていない。
二人が子どもの喧嘩の様に云い合う様子を、カメラの後方で見ていた童顔の女性ディレクターが二人の間に入ると、さっきまでキョロキョロしていたウミバッタの視線が、女性ディレクターを凝視したまま動かなくなり、ウミバッタの横に座る様促した。仕方なく女ディレクターがウミバッタとイントウの間に椅子を持ってきて座ると、ウミバッタはギョロ目を女ディレクターに向けたまま、瞬きもしない。この様子を見たイントウが本来の進行役に戻って、ウミバッタに話しかけるがウミバッタは聞こえない様に全く反応を示さない。イントウもイントウでどさくさにまぎれさりげなく女ディレクターの太ももに手を置いている。たまりかねた女ディレクターが、「ウミバッタ先生、質問、質問の答えの続きを仰ってください」とウミバッタに促すもウミバッタは、「イントウ君、キミももじもじ云わないで、もっと大きな声で話したまえ」と女ディレクターから目を離さず云う。イントウはテーブルに置いてあるスタンドマイクを握り、「あのうー、ウミバッタ先生、ノンビリ賞本当に受賞する気なんですか? 私は辞退された方が良いと思いますがネ」とマイクを通したバカでかい声でとんでも発言をする。「あー、イントウ君もそう思いますかネ、やっぱネ、実は私も雨国なんどで受賞する事は本意じゃござんせん、やっぱ私は眠れる豚女とかで受賞したいんですよネ」と女ディレクターから目を離さずに云う。赤褌姿になったミトリが真っ赤な顔をして「何を云うか、このド変態でインポのイントウの糞野郎が! オマエなんかチャンタレ裁判で有罪になって、文壇から永久に追放されるべきざんしょうがー!」と日本刀を振りながら叫ぶ。これが録画で良かったと思いつつ女ディレクターは、この変人達に高額の出演料を払わなければいけないと思うと癪に障ったので、番組の趣旨を変え、文壇の実態、サブタイトルに奇人変人大いに語るとして、この収録を活かす事にしたが、当然ボツになったのである。
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