飛び跳ねる女

文字数 1,248文字

 私は昨年、所用で大阪に行った。
 高速バスで夜高知を出て、翌朝大阪に着き、一日で用事を済ませ、その夜大阪を発ち、高知に翌朝戻るハードなスケジュールだった。
 大阪を日中歩き回り、疲れ果て、夕方バスが出る梅田の丸ビル前にやって来て、時間待ちに近くのカフェで寛ぐ事にした。
 私は古本で買ったちくま文庫の「柳田國男」全集をコーヒーを飲みながら読んでいた。
 暫くして、カフェの入り口からエレガントな美女が、静かな笑みを湛えて入って来た。二十代後半くらいに見える女は、茶髪のロングに隙のないメイクをし、優雅なドレス姿にピンヒールで店内をしゃなりしゃなりと色香を撒き散らせながら歩を進め、私の右斜め前の空席に座った。何方かと云えば水商売風の雰囲気を体中から漂わせている。
 
 女は注文を済ますと、細長い煙草を燻らせている。私は本を読みながら、時々顔を上げ、女をちらちらと盗み見ていた。女はコーヒーを飲みながら、始終スマホをいじっている。どうせ今から会う男とメールでもしているんだろうと思っていた。
 私は全集の中の「遠野物語」を続けて読んだ。やがて何気なく顔を上げた時、何やら女が座ったまま上下に体をゆすっている。最初女のしている事を理解出来ずにいた。女は少し顔に笑みを浮かべながら、何時までも上下の動きを止めない。その動きが徐々に激しくなる。その内女の表情が苦痛に歪み始めた。女の体が椅子の上でピョンピョン跳ねている。私は呆気にとられながら女を見続けた。周りにいた客も皆唖然とした顔で女の様子を盗み見ている。暫くして女の上下運動も治まった。
 私はずっと女から目が離せないでいる。女は何も無かったかの様に、又スマホをいじり始めた。私は本の続きを読もうとするが、女の事が気になり本に集中できない。そうすると女が又、上下に体を揺すり始めた。初めは上半身だけで揺すっているが、その内体全体が椅子から飛び跳ねる。これは明らかにおかしい。店の従業員達も女の様子に気付き、不気味なものを見る様に遠巻きに見ているが、何も云わない。やがて周りにいた客も気味悪くなったのか、そそくさと出て行ってしまった。結局、店内には私とその女だけになった。私も気持ち悪くなり、余程出て行こうかと思ったが、待ち時間が後三十分ほどだから、何とか後十分だけ我慢しようと思った。
 その十分の間、女は立て続けに飛び跳ね続けた。最初は少し笑って跳んでいるが、体全体で跳ぶ段になると、女の表情が苦痛に歪む。私はこの女が精神に異常をきたしているか、若しくは麻薬を使用してこんな症状を起こすのか、はたまた狐か何かが憑いているのではないかと思った。女は飛び跳ねて鎮まった後、まるで性行為が終わった後の抜け殻の様な虚ろな眼をしている。
 私は見てはいけないと思いつつ女から目が離せない。女が「遠野物語」に出て来る妖怪の様に思える。そして、遂に女と目が合ってしまった。女は私を見て「ニターッ」と笑う。私は全身が総毛立ち、あまりの怖さに逃げる様にカフェを飛び出したのである。
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