弟子入り志願

文字数 2,600文字

 私は団扇魔堕借金の「東京法螺吹き日記」を読んで、その素晴らしさに感動し、居ても立っても座っても糞しても居られなくなり、ある日何を血迷ったか、頑固でヘンコでへそ曲がりで石頭の団扇魔堕借金の弟子になろうと思った。
 私は残念な事に、団扇魔堕借金の素晴らしい文章に魅了されてしまったのである。
 如何して事もあろうに頑固でヘンコでへそ曲がりで石頭の団扇魔堕借金に、あの素晴らしい文章が書けるのか不思議である。
 私が弟子入りを志願して団扇魔堕借金の自宅を訪ねた時、玄関口で挨拶をすると、顔のクソでかい団扇魔堕先生は私を見たまま、黙って銅像の様に立っている。一言も話さず、腕を組み、口をへの字に曲げたまま、立ち続けているではないか。団扇魔堕先生は、女の子用のピンクの浴衣を着ているが、丈が短くて汚らしい脛が半分出ているではないか。何故だか山高帽子を被っているではないか。
 私はその変な格好に思わず吹きそうになり、慌てて口を手で押さえ、何とか噓の咳をして誤魔化した。団扇魔堕先生は、苦虫嚙んだ木偶の坊の間抜けな鬼瓦の様で、恐いより何だか可笑しさが込み上げてきて、貰い泣きしそうになる。
 暫く黙ったまま立ち続けていた団扇魔堕先生は、
「さて、キミは、ワテに何の用かね?」と聞くので、
「あのー、さっきも申しましたけどネ、ワタクシ団扇魔堕借金先生の弟子になりたく存じ候で、失礼千万顧みる事も知りもせず、こうして伺い申した訳ですけどもネ、何か?」と緊張からか、正しい日本語を話さなければと思えば思う程、余計に可笑しな日本語になる。
 団扇魔堕先生は、ニコリともせず、仁王立ちのまま「プー」と云う間抜けな屁をこかれた。「プッツ!」思わず私は吹いてしまった。シマッタ。しまったと思い、それを取り返そうと、自分が如何に団扇魔堕先生のファンであるかを述べまくったのである。マクッタ。
「団扇魔堕先生の、あのー『ムギワラ帽子』と『毎度』と『サァサテナの晩』が一遍死んで生き返った程大好きでして、もう生きてる心地がしませんので、一遍冥途に行った方がよろしいやろか?」と又も焦って失言してしまう。
 団扇魔堕先生は、相変わらず鬼瓦が蜂に刺された様なバカでかい顔で、詰まらなそうに私の話を聞いているやら如何やら解からぬ様に、大きな欠伸をする。
 団扇魔堕先生の欠伸がでかすぎたのか、顎が外れた先生は手を顎に持っていき、アワアワガクガク何やらしている。如何やらしょっちゅう顎が外れるのであろう。
「あーんごわ、はうれやみやいよー!」ともごもご云っている。私はこの時ばかりと、柔道整復師の父から習った腕前を見せ、先生の顎を元通りにした。
 団扇魔堕先生は、元通りになった顎をまだもごもごしながら「フムフム」と云い、「ところで、要件は何じゃネ?」と聞く。
「アーン、あ、あのー、団扇魔堕先生はのうたりんですかネ、さっきからワタクシの仰る事が聞こえておられるものと承っておりますが、先生は如何も日本語を理解出来ないものと、存じ上げ候ですかネ?」と私は興奮し、またまた失敗してしまった。而も、先生の前で一番触れてはいけない「日本語」と云うワードを云ってしまったのである。
「ふーん、あんあん、如何やら顎も元の様に治った様でごじゃるから、ご返答申し上げ候」と団扇魔堕先生迄可笑しな言葉を使う。
 これは多分団扇魔堕先生得意のブラックユーモアだろうと思っていると、
「キミー、今、日本語と云ったが、君の云ってる日本語と云うのは、抑々話し言葉の事を云っておるのかネ?」と聞いてきた。
 私はヤバイ、先生の感情を害してしまったと思い、これはもう開き直るしかないと、普段の言葉で喋るように腹を括った。
「あー、そうそう、借金先生よー、どげんして、そんげな難しい、しかもバカでかい顔しておるんかネ? あっしには、理解出来ねえな。それによー、お客に対する対応が、アンタちっとも出来とらんがネ。えー、どないやねん!」
 私は普段のべらんめえ口調で云ってしまった。シマッタ。もう、後は野となれ山となれだ。
「ほー、そうきましたかネ。ふーん、キミは、ワテのファンだと申しましたよネ、ネ、けど、先程述べられた本のタイトルことごとく間違っておられるんですけど、どないしてくれますの、キミはワテを春芽先生と間違っておられるんじゃござんせんか? どやねん」
 団扇魔堕先生が先程迄とは一転して、別人の様に穏やかな顔になって云う。こうなったらなったで、妙にやり難い。
「あー、アレッ? 春芽先生の作品でしたかネー? いやー、そりゃまた、失礼しましたネ、私とした事が。しかし、そんな事は如何でもいいんです。私は、団扇魔堕先生の頑固でヘンコで石頭のところが好きなんでしてネ、ほら、何かの勲章を受賞する際に「嫌だから嫌なんじゃい」とガキの様に断った姿勢に、オカマ掘って欲しいと思った程好きなんでゲス。だから早い話が、先生の作品なんか如何でもいいですよネ」と私はやけくそで云う。
「ほうー、キミは面白い人だネ。ワテがクタヤマ君と出来ているのを知りませ何だか? ワテはね、こう見えても一途な人間でネ、浮気なんどしたくありませんので、ケッコウケダラケネコハイダラケですなぁ」と団扇魔堕先生が開き直った様に云う。
「ほっ、ほうー。団扇魔堕先生にも男色の気があり申したか? あっしが冗談で云った事を真に受けるなんて、先生もまだまだケツの穴が小さいですなぁ」と私は調子に乗って云う事を間違える。
「ケツの穴が小さい。ホッホウー、これは又新しい解釈でござんすの……。しかし、キミはさっきからワテの弟子になりたいと云いながら、ワテの事をくさしまくっておられるが、一体本気でワテの弟子になりとうござんすかネ?」と、さっきから大人ぶった態度で、ガキの様に喚く私に云う。
「そりゃよう、団扇魔堕借金が弟子になってくれと云うんなら、なってやってもいいが、あちきにはネー、あっちからもこっちからも弟子になってくれと云う要請がありやんすからネ」と私が嘘八百を云う。
「あー、そうですか。ワテはキミの様な日本語もまともに喋れない人間を弟子にするなら、借金取りの相手でもさそうかと思っていたのじゃがね、なに、借金取りもキミが何を云ってるかチンプンカンプンで都合がいいと思ったんだがネ、残念でしゅネ」と云うと、団扇魔堕借金が奥から持って来た箒で玄関を掃き出した。
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