寝小便

文字数 1,032文字

 私は寝小便にずっと悩まされてきた。

 小学校五年生になった、今晩、久しぶりに寝小便をしてしまった。
 冬の深夜の事である。
 私は、びっしょり濡れている下半身が、急速に冷えていくのを我慢しながら、どうしようどうしようと、狼狽えながら今後の処置を考えている。
 
 私は寝小便の他に、特に目立って他人より劣ることは無い。
 知能の面でも特に問題はない。
 寝小便は、小学校低学年の頃に最もひどく、多い時には一晩に二度三度とするのである。
 私は寝小便のことで、父親から厳しい折檻を受けてきた。
 私は毎晩眠ることが恐ろしかった。
 眠る前には当然水分は取らない。
 夕食の時ですら、飲むことを控えていた。
 それでも漏らしてしまう。
 私は治らない寝小便に辟易していた。
 寝小便をして目を覚ました時の、言いようのない絶望感を何度も味わった。
 冬の寒い深夜に、寝小便をして凍えながら風呂場で着替える時の惨めさが、骨身に染みた。
 しかし小学校四年生になって、私の寝小便は徐々に回数が減って来ていた。
 五年生になった頃には、すっかり治った、と思っていた。
 油断があったのかもしれない。
 寝る前の水分補給は、今も禁止しているが、夕食時には、皆と同じようにお茶やお味噌汁を飲むようになっていた。

 私は昨晩、父親と口論になり、激怒した父親に顔を殴られた。
 私は父親を憎んでいた。
 母親が家から出ていったのは、父親のせいだと思っていた。
 父親には、以前から愛人がいた。
 飲み屋の女だった。
 母親が家を出ていった後、女が家に住むようになった。

 私は久しぶりの寝小便に、狼狽えていた。
 父親にバレルと、殺されるかもしれないと思った。
 私は殺される前に、父親を殺してしまおうと思った。
 納屋にある斧を持って、父親の寝室に向かった。
 寝ていた父親と女を、斧で叩き殺した。
 血が飛び散った寝室を出て、部屋に油をまき、火をつけた。

 私は山に逃げた。
 逃げた山から、燃える我が家を眺めていた。
 消防や消防団がやって来て、消火活動をしている。
 深夜にも関わらず、近所の野次馬が多く集まって来て、見物している。
 木道の家は、よく燃えた。
 風もあり、火の勢いを増した。
 焼け跡から、真っ黒焦げの、焼死体が現れた。
 私は慌てて出てきたので、ベンチコートの下は素っ裸だった。
 寒くてブルブル震えていた。

 私は今日から、山で暮らそうと思った。
 これからは、寝小便のことも気にせず眠ることが出来ると思うと、何故かホッとするのである。

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