マドンナ

文字数 1,479文字

 私は透明人間になっている。
 
 私は今、片思いのユリの部屋にいる。ユリは私の存在に、気が付いていない。
 ユリが私の目の前で、セーラー服を脱いでいる。私はドキッとしたが、それ以上にワクワクした。ユリはピンクのブラジャーとブルーのショーツ姿になった。下着の色が上下違うことから、あまり神経質な性格ではないのかもしれない。
 それは部屋の様子からもわかる。ユリの部屋はとても汚く、足の踏み場もない程だ。スナック菓子やコンビニ弁当の食べ残しが散乱している。服は畳まずそのままベッドや椅子の上に無造作に積まれている。ゴミ袋をいくつも重ね、山になっている。
 ユリは美人で物静かであり、知的な雰囲気が魅力で、男子のマドンナである。
 ユリはベッドに横になり、食べ残しのポテトチップスを食べながら、スマホをいじり始めた。出会い系サイトで知り合った男と、メールをしているらしい。今晩の待ち合わせ場所を決めている。
 
 ユリは売春をしていた。

 ユリの家は母子家庭で、中学生の弟とユリの三人家族だった。母親は勤め先の妻子持ちの男との不倫に忙しく、このところ帰りが遅い。弟は不良仲間と毎晩深夜まで、遊びほうけている。
 ユリは一回当たり三万から五万で体を売っている。金持ちの気前のいい中年に当たった場合には、十万とかになった。多い時には月五十万以上の収入になる。
 ユリはその金を、全部貯金した。自分の大学進学の資金にしようと考えていた。高一から始めた売春で、今現在一千万近くになっている。
 ユリは優秀だった。学年でもトップクラスである。国立大医学部を志望しており、直近の模試でもA判定だった。医学部とは別に東大受験も視野に入れている。
 私の通う学校は県内でも一、二を争う進学校であり、トップクラスは東大か旧帝大医学部若しくは法学部を受験する。ほとんどが医者か法律実務家を目指していた。
 それにしても、そんな優秀で美人のユリが、売春している事実に驚く。それと同時に、大学進学のための資金を自分で稼いでいることに、頭が下がる。
 ユリの何となく陰のある感じや、変に冷めている理由が分かった気がした。
 ユリの部屋に頻繁に忍び込んでいる私は、彼女があまり勉強に時間を割いていないことが不思議に思えた。ユリは必死になって勉強しなくても、授業を聞くだけで、全て理解し暗記できる天才タイプのようである。相当IQが高いのだろう。通学する電車の中でも、参考書を退屈そうにながめているが、それで十分なのである。
 
 私はある日、夕方外出するユリの後を付けた。
 ユリは男に会う日は、化粧をする。待ち合わせの場所に行くと、中年の男と落ち合った。頭の禿げたスケベそうな中年は、どう見ても変態親父にしか見えない。中年男は鼻の下を伸ばし、ニヤニヤしてユリと話している。ユリは中年男に、二十才と年齢を偽っていた。
 ラブホに入ると中年男はユリに五万を渡し、いきなりキスをした。ユリは固まったように、されるままにしていた。ユリは感情の無い人形のように、ベッドに横たわりながら、行為の間、天井の一点を見続けていた。
「又今度会ってくれる?」と中年の禿げ親父が言った。
「ワタシ同じ人とは、もう会わないことにしているの」とユリが無表情に言う。
「どうして?」
「勘違いされると嫌だし、面倒くさいこと苦手だから」
「そうか、キミはオレのタイプだから、又会いたかったけれど、そういうことなら、無理には言わないよ」禿げ親父が未練を断ち切る様に言う。
 ユリは駅のホームで中年男と別れると、トイレに駆け込み嘔吐した。私はユリがいじらしくて、仕方なかった。

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