肝試し

文字数 1,219文字

 私は墓のある山道を歩いている。肝試しをしているらしい。私は幾つもの墓を通り過ぎた。
 やがて、木で作られた長方形の家の形をした、石になるまでの墓が、前方に見えた。
 私はこの墓が苦手で、恐かった。まだこの墓の下には、生々しい遺体が横たわっていると思うと、背筋が寒くなる。
 この頃は、まだ土葬が主流だった。墓の周辺には、卒塔婆や竹に結ばれた細長い布切れ等が墓の周りに立てかけてあり、余計に不気味さを演出している。
 私は出来たら踵を返して、戻りたかった。しかし先に行った同級生の中には女の子もいて、ここで帰れば、後で揶揄われると思い、勇気を出して歩いて行った。
 所々に幽霊に扮した先生がいたが、幽霊役の先生もあまり気持ち良くないらしく、我々を脅すというより、声をかけて寂しさを紛らわす風だった。
 長方形の家の形をした墓の所には、さすがに気持ち悪いらしく、どうやら幽霊役の先生はいないようである。
 足早にその前を通過しようとしたその時、着物姿の女の人影が見えた。
「ワーーーーーッ」と私は叫んでしまった。
 声を出してしまったことが恥ずかしかったが、足がガクガク震えて、動けなくなった。
 私は蒼い顔をして、恐る恐る着物姿の幽霊役の先生を見た。先生は誰なのかが判別出来ない程、白粉を塗っており、目と鼻は見えない。口裂け女の積りなのか、赤い口紅で大げさに大きく口を描いているが、塗り方が下手過ぎて、顔の真ん中に大きな丸を描いているようにしか見えない。
 私は思わず笑ってしまった。私は幽霊の顔が面白かったことで、ホッとしたのである。
 幽霊役の先生は、形式的に脅すと、すぐに児童の気持ちを和らげるように、話しかけてくるのであるが、口裂け女の幽霊役の先生は黙ったままである。
 私が先生に近づいていくと、慌てて何処かへ隠れてしまった。
「いったい、誰だったんだろう?」と思いながら、落ち着いてきた私は、そのままゴールへ向けて、進んで行った。
 肝試しが終わると、幽霊役の先生たちもゴール地点に集まって来た。児童みんなの点呼を終えると、その後体育館に戻ることになった。
 私はさっきから、着物姿の幽霊役をした先生を捜しているが、見つからない。
「あの犬小屋みたいな墓の所にいた、着物姿の幽霊は、誰がやってたんやろう?」と友達に聞くと、
「着物姿の幽霊なんて、出てこなかったよ」と言われ、他の誰かにも、
「それって、やばいんじゃない。本当の幽霊だったりして?」と笑いながら、言われた。
 しかしどう見ても、あれは幽霊に化けた素人の変装にしか見えなかった。あんなマヌケそうな幽霊だったら、ちっとも恐くないし、かえって友達になってもいいと思ったくらいである。
 暫く考えていると、着物姿の幽霊の腰の辺に、シッポらしきものがあったことを思い出した。
 そうか、あれはタヌキが、みんなと一緒に肝試しに参加していたのかと思うと、何だか笑えた。それにしてもあのタヌキは、女に化けるのが下手らしい。



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