木に棲む男(下)

文字数 630文字

 それから数年が経った頃、マスコミや野次馬も飽きてきたのか、誰も木の周辺に来なくなった。当然人が来なくなったので出店もやって来ない。
 そうなると、野次馬の投げる食料も無く痩せた体は骨と皮になってしまった。到頭私は木から降り食べられる草等を探し谷水を飲んで飢えを凌いだ。
 豚も今では僅か数頭だけが生存している。憎悪の感情の記憶を持たない子孫の豚共と私は共同生活をしている。豚共と食料探しに出かけては、住む場所も少しずつ移動していった。
 そんなある日、
「ケイイチさんじゃない?」と山姥にしか見えない老婆が私に声を掛けてきた。
「?」私は山姥の様な老婆に見覚えがないも、老婆は私の名を繰り返し呼ぶ。
 暫く黙っていると、
「私よ、カヨよ、ケイイチさん私の事忘れたの?」と老婆がしつこく言うので、
「俺は貴方の事を知らないけど……」と言うと、
「嫌だ、何言ってるの、私よ、カヨよ、貴方、妻の事も忘れたの?」と老婆が言う。
 確かに私の妻はカヨと言うが、どう見てもこの老婆は妻には見えない。
 老婆が言うには、息子が自殺した後、何もする気が無くなり、気がふれた様に山に失踪したとの事である。山に籠ってかれこれもう十数年になると言う。老婆の顔はボサボサの白髪に覆われており解らなかったが、よく見るとカヨの様な気もする。
 と、ここまで何とか書いてきたのだが、私はこの続きを書くのが嫌になった。何故かと言うと先にも書いたが、私はこの話にすっかり飽きてしまった。だから、ここで止める事にする。
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