あなた、誰?

文字数 1,497文字

まちこがさぁ 
と男が突然云った
男と私はたまたま公園のベンチに隣り合わせに座った
男は初対面の私にいきなり声をかけてきたのである
私が黙っていると 
まちこが自殺しちゃってさぁ、オレ参っているんだよね
ここは四国の端の田舎なのに男が気取った都会言葉で話すのが何だか癪に障る
男は40過ぎの疲れ切った地方公務員という感じでよれよれの着古したスーツ姿が不潔っぽい
男は私の反応を気にするでもなくそのまましゃべり続ける
まちこさぁ、死ぬ前にもオレとメールしてたんだけどさぁ 
そう云うと男はガラケーのメールを開いて私に見せる
一応そのメールを覗いてみたがそこには何も書いてない
私が何も云わずにいると男は更に 
まちこオレのこと愛してるって云ってたんだよね 
男はそう云うと内ポケットからハイライトを取り出して吸った
私にも吸うようすすめたが私は首を横に振った
帰宅するため立ち上がり男を無視して歩き始めると 
まちこがさぁ、あんたに惚れていたことをオレ知らなかったんだよね 
男が立ち去ろうとする私の背中に向かってそう云う
私にはまちこという名の女に心当たりもなく男が人違いをしているんだろうと思っていたら 
田宮さんだろう? オレはわかってるんだよ 
私は私の名前を呼ばれビクッとして立ち止まった
だからさぁ、もっとオレの話を聞いてくれないかなぁ、そんなに時間は取らせないからさぁ 
私は踵を返し又元のベンチに座った
ところで一体あなたは誰ですか? 私に何の用があるんですか? 
まぁまぁそんなに怒らないで聞いて下さいよ で、まちこがあなたに惚れていた事実は認めてもらえますか?
いや、だからその前にあなたは一体誰で、私に何の用があるのか云ってもらわないと、私もこれから用があって行かなきゃいけないんで
そう、その用がこれからの話の核になるんですがね
だから回りくどい云い方しないでさっさと云ってくれませんか?
それはあなたにとっては今後の人生を左右する大事な問題と云っても過言ではないかもしれない
男はそう云うと又タバコに火をつけた
まちこがね、夕陽を見ると死にたくなると何時も云ってたんですよね
男は溜息をつくように煙を長く吐き出した
私にはまちこの気持ちがよくわかるんですよね
男はそう云うと私の横顔を睨むように見た
私は男の視線をはぐらかすよう稜線に沈み終えようとする太陽を見ていた
その刹那私は真知子が死んだんだと思った
どうやら思い出してくれたようですね
男は私の横顔を見つめ続けながら何かを確信したように云う
私はこの場をどう逃げようかと頭の中でぐるぐる考えを巡らしている
血の気が引いて今にも気を失いそうな恐怖に慄いている
陽子が入院していたのは山の上にある精神病院だった
入院中に陽子と知り合った
知り合ったというより一方的に陽子が話しかけてきたのだ
あなたわたしのこと好き?
唐突に話しかけてきた言葉の意味を解せず黙っていると
あなた私を過去世で殺したでしょう? だから私はあなたを殺すためにここにいるのよ
陽子は無表情にそう云うと訳の分からない歌を唄いながらその場から離れて行った
陽子がその後閉鎖病棟に移ったため入院中陽子に会うことは無かった
陽子に町で再会したのは3年後のことである
陽子は病院で会った時とは別人のように太っていた
久しぶり
そう云うと陽子は驚いた顔をした
同じ病院に入院していたことを話すと陽子は気味の悪そうな怯えた顔で 
それは私ではありません、陽子は10年前に死にました 
女はそう云うと足早に去って行った
陽子を殺したのは自分じゃないかと思った
その時急に佳子と会う約束を思い出した
しかしどうしても待ち合わせ場所が思い出せない
佳子が誰だったのかも思い出せない

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