妻を殺したわけ

文字数 1,106文字

 私は警察の留置場にいる。
 
 どうやら私は、妻を殺害したらしい。何故こんなことになったのか、思い出そうとしても、はっきりと思い出せない。
 妻は、ある峠の中腹から車ごと海に転落した。
 私と妻は、その日ドライブをしていたようだ。普段通ったことのない道を、しかも深夜に。
 峠の中腹に来て、私だけ車から降り、その直後に、妻は車ごと崖下の海に転落した。私はその後、フラフラ峠を歩いていたところ、通りかかった車に拾われた。
 
 私にはその前後の記憶がない。
 
 警察で取り調べを受けている時、妻が死んだことを初めて知ったのである。
 刑事は、私の計画的殺人だと言う。検視の結果、妻の体内から大量の睡眠薬が確認された。大量の睡眠薬を飲んだ後、車を運転するのは不自然だ。お前が現場まで運転し、眠っている妻を運転席に座らせ、峠から転落させた。
 こういう説明を取調室で刑事から聞かされた。
 
 妻を何の為に殺さなければならなかったのか。
 
 妻に不満もなかったし、結婚三年目の夫婦としては、ごく当たり前の円満な暮らしだったと思う。見合い結婚だった私達は、今までに喧嘩らしきものをしたことがない。妻はそろそろ子どもが欲しいと、言っていた。円満でなければ、そんなことは言わないだろう。
 
 留置場で、眠れないまま、ずっと考え続けた。
 
 私に唯一不安があるとしたら、妻が結婚する前に付き合っていた男のことぐらいだ。男とはきっぱり別れている、と妻は言ったが、男は妻に未練があるらしかった。
 私は妻が結婚後、男と一度だけ会った話を聞いた。それはあまりにも、男がしつこく付きまとうから、最後に会って、ちゃんと話を付けて、自分への未練を断ち切らすための、妻のけじめとしての行為だった。
「お前のことが忘れられない。お前のような女はいない。最後に、もう一度だけ、抱くことができたなら、俺はきれいさっぱり、お前のことを忘れる」と男が泣きながら、哀願した。
 男の自分への未練を、何とか断ち切らせようと、妻は最後に体を許した。

 そうだった。

 私はドライブの前日に、この話を聞かされ、逆上した。この話をした妻にも、激しい憎悪が沸いた。その夜妻に、睡眠薬を混入したお酒を飲ませた。眠った妻を車に運び、私はどこをどう走ったか、思い出せないほどの錯乱状態のまま車を運転した。気が付くと峠のある場所に、止まっていたのである。

 刑事が話した通りである。

 私は妻を愛していた。しかし、私には妻を満足させることが出来なかった。私は重度の糖尿病患者だった。妻はそのことで、私に不満を述べることが無かったが、満たされない気持ちがあり、男と会ったのであろう。

 そう思うと、やりきれなかった。
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