4 疑似問題っぽい問題

文字数 2,694文字

 新しい見方ではないかと思ったが、どうやらこの線も検討済みだったようだ。
「まだあります。男はコインでミニチュア模型を作っていた。それに飽きたか、あるいはお金が必要になったために、少しずつ解体して両替した。この案は、少しずつというところが弱点ですね。銀行で一度に両替する方が簡単でしょう。家人に黙って、こっそりお金を用意したかったのかもしれませんが、解体途中の模型は余計に目立ちそうです。
 男は書店の店員を何らかの理由で脅迫していて、さらにプレッシャーをかけるために、目立つ行動をとった。合図説と似ていて、弱点も同じです。もっと簡単な手段があるでしょう。
 男は賽銭泥棒で、マネーロンダリングのために両替した。これは五十円玉に穴が開いていることからの発想ですが、硬貨でロンダリングというのはあまり聞きません。番号がついているわけでもなし、貯金箱から出したとでもいえば、あまり疑われないでしょう。同じ店で両替を繰り返したら、かえって目についてしまいます。
毎週土曜日に勉強会のような集まりがあり、その資料代として参加者から五十円徴収していた。幹事は小銭のまま払うのに抵抗があったため、両替を繰り返した。これは商売説の改良版ですが、やはり両替の動機が弱いです。二十枚なら法的にも強制力が認められていますから、そのまま払ってしまえばいいんですよ。小銭を嫌がる店もあるでしょうが、無関係な書店に迷惑をかけるよりはましでしょう。勉強会が毎週あるのなら、なおさらです。
 ああそうだ。男は隣の店の主人という案もありましたね」
「なんだそれ?」
「つまりですね、隣の店に、五十円玉の両替に来る謎の男がいたんです。隣の主人もその理由がわからなかった。そこで主人は、まったく同じ行為を書店で演じてみせて、書店の主人に謎を解いてもらおうと考えたのです。謎をパスして隣に渡した、と言うわけです」
 なぞなぞかパズルみたいで面白いが、もちろん答にはなっていない。それなら、隣に来る客はどうして両替するのか。「そのまた隣の……」というオチでは、推理というジャンルからちょっと外れてしまいそうだ。いや、泡坂妻夫さんの短編で、似たようなのがあったっけ。
 それにしても、宇津井は次々に答を出してくれるが、今ひとつこちらに響いてこない。どれもうまいところと、苦しいところがある。快刀乱麻で断ってくれないのだ。
「結局、いい答は出なかったんだな」
「これで決まり、とはなりませんでしたね。最も評判が良かったのは、男がホームレスだったという案でした。彼は自販機の釣り銭を集めて、それを収入にしていた。両替したのは小銭ばかりでは不便だからで、五十円玉しか出さなかったのは、彼が回っていた自販機は紙幣が使えないタイプで、百円玉がなかったから。十円玉はあったでしょうが、これを大量に出したら、さすがに断られると考えたんでしょう。書店で両替したのはそこ以外では断られてしまったためで、落ち着きがない様子だったのは、彼の財産一式が店の外に置いてあり、それを心配していたから、だそうです」
 なるほど、うまくできている。小銭が多いのではなく小銭しか持っていないのなら、お札に替えたくもなるだろう。レジの千円札を狙うより、はるかにありそうな話だ。が、決定版にならなかったのも理解できる。
「悪くはないけど、今ひとつ物足りないかな。話が自然な分、インパクトが弱い。できれば、表面的な出来事からは思いつかもないような理由になって欲しいよな。犯罪に絡むとか」
「インパクトですか。そうですね。ホームレスと気づかなかったのかという反論もありましたが、私たちが納得しなかったのは、そちらが原因かもしれません。ちなみに遺失物等横領はれっきとした犯罪ですが、それでもインパクトは弱いでしょうね。
 さて、私からはこのくらいです。何かいいアイデアはありますか?」

 そう言われても、こんなにたくさん答を並べられては、新しい推理など出せそうにない。おれは「神束、どう思う?」と隣にパスを渡した。すると神束は、思いがけない単語を口にした。
「そうですねえ。私にはどうも、これは疑似問題くさく思えるんですけど」
「疑似問題? 答の無い問題っていう、あれか?」
「ええ。疑似問題で厄介なのは、表向きの問いではきちんとした設問になっているのに、それとは別に暗黙の条件がある、というタイプです。その条件のために、答がなくなってしまうんですね。この問題も、そんなところがあるんじゃないでしょうか。だって、『両替男はなぜ両替をしたのか』が問題だとしたら、いままで出た推理の多くは、ちゃんと答になっているでしょう?
 この事件は警察が扱うような代物ではないので、求められるのは必ずしも真実とは限りません。奇妙な話には、奇妙な結末が欲しい。それが聞き手の設定した、暗黙の条件なんです。じゃあそれはどんなものかというと、おそらく聞き手自身にもはっきりしていないんですよね。だからこそ、ある答には合理性が無いと批判するし、別の答には意外性が無いと不満を口にするんです」
「つまりおまえは、答なんか無いって言いたいのか?」
「あ、そうじゃありません。条件を整理すればいいんですよ。例によって、仮定や評価基準を明確にしてあげればいい。意外性という要件も、そこから作り出すことは可能です。たとえば『両替の目的が、硬貨を交換することであってはならない』、なんて条件をつけてあげればいいんです。
 それから、動機については一つ大きな前提というか、割り切りをすると議論が簡単になるんですよね。そのあたりはまとめておくから、また明日……あ、これは事件じゃなかったっけ。警部さん、どうしましょう?」
「それで長年の疑問が解けるのでしたら、喜んでもう一度伺いますよ」
 聞く人が聞いたら税金泥棒と言われそうなセリフを、宇津井は平然と口にした。まあ、事件の話をしに来る時点で職業倫理から外れているのだから、今さらか。
「では、また明日の同じ時間でいいですね。私も急いで仕上げておきますから。それと、念のための確認ですが、そのお店のアルバイトは何人ぐらいいたんですか?」
 宇津井は軽く首をかしげた。
「さあ? 私はそこで働いていたわけではないので……2フロアの、それほど広くはない店でしたから、3人から5人程度ではないでしょうか」
「昼の部と夜の部、それから曜日ごとに別の子が働いていたとすれば、合計で数十人になるかもしれませんね。では、また明日。


 あっ、忘れてた。このテーマについて一言で言うなら、こうなります。動機とは──エンターテイメントです」
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