9 「すみません……犯人が、わかりました」

文字数 1,514文字

 ようやく、事件と関係がありそうな言葉が出てきた。海野は聞き直す。
「ちょっと待った。答が出てるって?」
「はい。さっき先輩と一緒に確認した内容と、それからもう一つ、『間山さんは偽証してはいない』を仮定すれば、ですけど」
「よくわからないけどさ。それで犯人が特定できるなら、取りあえずはその考えを、確かめてみたらどうかな」
「そうもいかないんです。答は出ますが、それだけではパソコンの場所が絞り込めません。何とかして、十時までに見つけたいんですよね。たぶん協力してくれるとは思うけど、人間追い詰められたら、どんな反応するかわからないし。やっぱり、ある程度は強力な論理が欲しいところですよね……」
  その言葉は次第に小さくなり、ついには消えていった。口を閉ざした神束は、また顔に指をくっつけて、なにやら考え込んでいる。相手が何を言っているのかよくわからなかった海野は、一緒になって黙っていたが、やがて我慢できなくなり、
「そういえば、間山さんだけどさ」
「はい?」
 神束は上の空で答える。
「ちょっとおかしいんじゃないかな。あんなところに一時間もいたというのは」
「え、そうですか?」
「雷王戦が始まるのを待っていたんだろうけど、それにしたって、もっとましな場所があるだろ。守衛室に残っていてもいいんだし、トイレの前なんかにいることはないよ」
「ああ、それはたぶん──」
 神束は突然言葉を切った。鼻に手をやった格好のままゆっくりと顔を上げて、驚いたような表情で海野を見つめる。無意識に力が入っているのか、形のいい鼻がぺこりとへこんでいた。直後に「あっ」と声を上げ、室内をきょろきょろ見回したかと思うと、隅にあったごみ箱に飛びついて、中身を漁り始めた。
「なんだよ。どうかしたか?」
「空のペットボトル、ガムの包み紙、ティッシュペーパー」
 神束は中にあったゴミを数え上げ始めた。海野は苦笑いし、プライバシーというものについて教えてやろうと口を開いたが、神束は彼をおいたまま部屋を飛び出してしまう。そのまますごい勢いで、間山の所まで引き返していった。
「間山さん、すみません! もう一つだけ教えてください。そこのトイレですけど、ずっとあのままでしたか?」
 休憩場向かいのトイレを指差して尋ねた。その勢いに押されたのか、間山はこくこくと首を縦に振った。
「あのままって、清掃中のままって意味かい? そうだよ。おれが来てから、あの札はかかったまんまだ」
「誰もトイレに入っていないんですね」
「うん」
 神束は再び方向転換して、コンピューターの部屋へとって返した。ノックもせずにドアを開け、驚く針木たちを無視してタンスの取っ手に手をやる。ようやく追いついた海野も、その後から覗き込んだ。しかし、その中にパソコンなどはなく、宿泊者用の浴衣が二組、置かれているだけだった。神束はゆっくりとタンスを閉めると、自分を見つめる四組の視線に気づき、照れたような笑いを浮かべた。
「ええと、あのー、すみません。……犯人が、わかりました」




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 本作は新人賞では落選になりましたが、実はその後で、出版のチャンスがありました。このころ、人間対コンピューターの対戦が話題になったためか、それをテーマにしたアンソロジーが企画されたらしく、新人賞選考委員のお一人だった某先生が、本作を推薦してくださったのです。打診を受けた私は喜んで作品データを送り(新人賞とは別の出版社でした)、採否の回答を心待ちにしていたのですが……一週間が過ぎ、一ヶ月が過ぎても、なんの音沙汰もありません。結局、「企画自体がボツになりました」のメールが来て、話はお終い。出版はお流れとなったのでした。

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