3 チューリング・テスト(18字改行版)

文字数 3,342文字

  神束 :(急に口調を崩して)あ、
      それで思い出した。さっき
      言いかけたホフスタッター
      なんですけど、チューリン
      グ・テストの章を話そうと
      してたんです。
  今野 :チューリング・テスト?
  宇津井:アラン・チューリングの考
      えた、『コンピュータは考
      えることができるか』を判
      定するテストですね。簡単
      に言うと、相手の性別をあ
      てるゲームです。
  今野 :そんなのは、見ればだいた
      い判るだろ。最近は、そう
      でもかもしれないないけど。
  神束 :いえ、相手を見ることはで
      きないし、声も聞けません。
      チャット(キーボードで打
      ちこんだ文字だけで行う会
      話)だけで性別をあてるん
      です。ゲームの回答者には、
      二人のチャット相手が紹介
      されます。それぞれの性別
      は隠されていて、一人は男
      性、もう一人が女性である
      とだけ教えられるんです。
      ゲームの目的は、この二人
      とチャットをして、どちら
      が女性なのかを当てること。
      ただし、女性は正直に応答
      するけど、男性は、自分が
      さも女性であるかのように
      話して、回答者の邪魔をし
      てきます。
  今野 :コンピュータはどこに出て
      くるんだ?
  神束 :何回かゲームをするうちに、
      回答者に内緒で、コンピュ
      ータに男性役をさせるんで
      す。そのことで、正解率が
      どのように変わるかを調べ
      ます。もし人間と同等以上
      の成績を残せるなら、その
      コンピューターは『考える』
      ことができると判定しよう、
      これが、チューリングの提
      案です。
  今野 :それは、性別あてのゲーム
      でコンピュータが強かった、
      と言うだけじゃないのか?
      チェスや将棋のソフトだっ
      て、最近はずいぶん強いぞ。
  神束 :性別あてでなくてもいいん
      です。もっと直接に、『ど
      ちらが機械で、どちらが人
      間か』でもいい。重要なの
      は、『女性と男性の違い』
      のような極めて人間的なテ
      ーマで、人間の言語を使っ
      て、人間以上の行動ができ
      るかという点です。人間の
      心について、人間が使う最
      も重要な道具を使い、人間
      以上の働きができるのなら、
      それは『考える』と認めて
      もいいじゃないか、と。
  今野 :ピンと来ないな。第一、コ
      ンピュータはプログラムに
      従って動くんだろ。人間が
      決めたとおりにしか動かな
      いんだから、それは『考え
      る』ではなく、『考える』
      の真似だろう。
  宇津井:そういう言い方をすると、
      人間だってニューロンが決
      めた通りにしか動かないで
      しょう。もっと突き詰めれ
      ば、物理法則の通りにしか
      動かない。それに将棋ソフ
      トもそうですが、最近のA
      Iはディープ・ラーニング
      という手法をとっているん
      でしょう? あれは、プロ
      グラムがどんな判断を下す
      か、その判断はどういう理
      由で下されたのかが、プロ
      グラマーにもわからないん
      ですよね。ああいうのは、
      『プログラマーが考えたと
      おりにしか動かない』と言
      えるんでしょうか。
  今野 :そういえばおまえ、将棋強
      かったっけな。
  神束 :このあたりは、考え出すと
      きりがなくなってしまいま
      すね。『意識』とは何か、
      『考える』とは何か。それ
      は『考えるの真似事』とど
      こが違うのか。人間が意識
      を持っていてコンピュータ
      が持てないのなら、猿はど
      うか。クジラは、牛は? 
      爬虫類は? 境界線はどこ
      に引けるのか。機械でニュ
      ーロンを完全にエミュレー
      トできるようになったら、
      それは意識を持っているの
      か。おそらく、いろんな立
      場の人が出てきて、問題設
      定の段階で収拾がつかなく
      なるでしょう。そんな面倒
      な議論は横において、もっ
      と条件の明確な、外から判
      断できる問題に置き換え、
      そこから始めよう。チュー
      リング・テストは、そうい
      う提案なんです。
  今野 :なんとなく、動機論の話と
      似てきたな。
  神束 :個人的には、意識とは脳と
      いうハードの動きを後付け
      で解釈するソフトである、
      という考えがしっくりきま
      すけどね。何かがひらめく
      時って、まずアイデアが稲
      妻のように走って、そのあ
      とで一生懸命、言葉にして
      いる感じがするでしょ。あ
      れが意識じゃないのかな。
      ただ、このソフトはマクロ
      言語をもっているから、
      『意識的な動き』もできる
      んです。インタプリタだか
      ら遅いし、自己書き換えも
      してしまいがちですけどね。
  
  宇津井:ところで、今の話は叙述ト
      リックと関係があるのです
      か。
  神束 :ホフスタッターは、三人の
      学生の会話という形でチュ
      ーリング・テストの説明を
      していくんですが、その三
      人には男性にも女性にも使
      われる名前がついているん
      ですよ。そして、彼らが男
      なのか女なのかは、明言さ
      れていない。つまり、チュ
      ーリング・テストについて
      説明しながら、そのテスト
      を行っているという仕掛け
      なんですね。
  今野 :凝ってるな。でも外人の名
      前だと、日本人には判りづ
      らいな。
  神束 :日本で言えば『ひなた』と
      か『ゆうき』とか、そんな
      名前じゃないかなあ。
  宇津井優樹:!
  神束 陽向:!
  今野  明:!
  今野 :あ、おれは大丈夫か。『明』
      だからな。
  宇津井:『明』は『あかり』とも読
      むらしいですよ。
  今野 :でもほら、おれは『おれ』
      って言うだろ。
  神束 :あまり好きではないですね、
      自分のことを『おれ』と呼
      ぶ女性キャラは。少々、あ
      ざとい感じがして。
  宇津井:私は捜査一課所属ですから
      ねえ。残念ながら、ここに
      女性を配置するほど、警察
      組織は進んでいないのです。
  神束 :意外に説得力ある。けど、
      本当かなあ。
  今野 :まあでも、神束が女なのは
      決まりだろ。言葉づかいか
      らしてそうだし、山で気を
      失っただろ?
  神束 :気を失ったからって、女性
      とは限らないでしょ。ホー
      ムズが復活したとき、ワト
      ソンも気絶してるじゃない
      ですか。
  宇津井:それは反論になっていませ
      んねえ。
  今野 :背も低いし、髪も長めだし、
      顔つきも中性的だし。やっ
      ぱり、決まりだな。
  神束 :なるほど、疑えば疑えるも
      んですね。でも、それでい
      いんです。


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