3 用意された答たち

文字数 2,405文字

 こうして語られたのが、『両替男』の話だった。
「しばらくして、北条さんはアルバイトをやめてしまったので、その後どうなったかはわかりません。当時は、仲間うちでいろいろ議論したんですよ。ですがうまい答は見つからず、そのうちに、こんな小さな事件のことは忘れてしまいました。やるべき事ややりたい事が、他にいくらでもありましたからね。
 さて、どう思われますか? 男はなぜ両替を繰り返すのか。しかも毎週土曜日に、同じ本屋で?」
 宇津井はおどけたような表情でおれたちを見た。


【作者注】以下ではアンソロジー『競作五十円玉二十枚の謎』で示された解答例に触れています。未読の方はご注意下さい。


 事件ではまったくないが、確かに妙な話ではある。両替だけならともかく、使うのが五十円玉で、毎週同じ本屋というのは変わっている。
「何かの嫌がらせじゃないか」
 おれが思いつきを口にすると、宇津井はすぐに否定した。
「嫌がらせにしては弱いですね。両替をしたらすぐに店を出るのですから、かかった時間はわずかです。商品についてクレームを付けるほうが効果的ですよ」
「レジの子にアプローチしていたとか」
「女の子が気になるのであれば、すぐ立ち去ったりはしないでしょう。なにしろ書店ですからね。両替なんてしなくても、いつまでもうろうろできます。立ち読みのふりをして、ずっとその子を見ていることもできますよ。
 それから今野さん、説明して欲しいのは両替の理由だけではありません。五十円玉二十枚というところも問題です。なぜ五十円玉なのか、その五十円玉はなぜ彼のもとに集まるのか、集まるのならどうして千円札にしなければならないのか、この点も重要なんです」
 そう言われればそうだった。普通に暮らしていたら、五十円玉なんてそんなに貯まるものではない。どうやったら毎週二十枚も手元に残るのだろう。
「ちなみにです。百円玉の流通量は、五十円玉の五倍ほど、五百円玉は十倍以上だそうです。ですから、支払いの際に百円玉以上の通貨が使われる確率は、五十円玉のそれよりもはるかに高いと思われます。このあたりは、我々の実感とも一致しますね。『五十円玉って意外にたまるものだ』は答になりません」
「じゃあ、何か商売をしてたのかな。端数が五十円の品物を売っていて、小銭が大量に入ってきたんだ」
「それにしては中途半端な枚数ですね。それに、商売なら売上げを入れるルートがあるはずです。取引している銀行や、信用金庫が。最近では、両替に手数料を取るところも増えていると聞きますが、当時はそんな話はありませんでした」
「じゃあ、両替が何かの合図になっていた、ってのはどうだ。何の合図かはわからないが、何か秘密の情報を伝えていたんだ」
「それも弱いですね。秘密の合図としては中途半端に目立ちますし、他にいくらでもいい方法がありそうです。少なくとも、五十円玉を用意しなくても済む方法が」
「五十円玉が偽造硬貨だった」
「普通に使うほうが目立たないでしょう。それに、五十円玉の偽造は効率が悪いですよ。するなら高額硬貨か紙幣です」
「何かの理由でレジの千円札が欲しかった。でなければ、五十円玉をレジに入れたかった」
「千円札が欲しければ、一万円を両替するでしょう。五十円玉をレジに入れることはできましたが、では何のために、そんなことをしたのですか? 別の疑問に置き換わっただけですね」
 宇津井は次々に反論を加えてくる。おれは早くも言葉に詰まった。
「なんだか、だいたいの答は用意されてるみたいだな」
「ハハ、そのとおりです。私を含め、友人たちで一生懸命に考えましたからね。覚えているものを紹介しましょうか。
 男は五十円玉のコレクターだった。発行された年によっては、高値で取引される硬貨があるでしょう。男はそれを手に入れるために大量の五十円玉を集めていて、ハズレの硬貨を千円札に戻していたという案です。これは五十円玉を集めたわけと不要になった理由は説明していますが、なぜ毎週二十枚で、なぜ書店なのかが抜けていますね」
「コレクターなら、もっと枚数があってもよさそうだよな」
「それもありますが、週ごとの変動がないのはおかしいと思うんです。毎週きっちり二十枚集まった、というのはちょっと考えにくいですよね。
 どうやって集めたかについては、ゲームセンターで両替したという案がありました。ゲームが一回五十円ならお札を五十円玉にする両替機があるので、これを使えばいいんです。実用的な答ですね。集める方法以外は、謎のままですが。
 五十円玉は、何かを計量するためのおもりに使われていた。これは入手目的に関するアイデアです。それが両替に出されたのは何かの手違いか、あるいは大量に使用していたので、ネコババするやつがいたためです」
「どうしてそんなものをおもりにするんだ?」
「重さがちょうど良かったんでしょう。たとえばですが、職業柄思いつくのは麻薬や覚醒剤の袋詰めですね」
「おもりなんて、いくらでも作れるぞ。たとえば十グラムのおもりが欲しければ、予め何かを十グラム量っておいて、その量ったものをおもりに使えばいいんだ。石でも砂でも、小麦粉でもいい。コインなんて使うかな」
「証拠になりそうなものは残したくなかったのでしょう。この案も、なぜ両替するのか、なぜ書店で、なぜ土曜日かは述べていません。
 もっとも、場所と曜日については汎用的な答があります。書店に来たのは近くに用事があったからで、土曜日だったのはその用事が土曜日にあったから、というのです。無難な線ですね」
「でも、土曜日だけ、その本屋だけとも限らないよな。北条さんが知らなかっただけで、もしかしたら毎日、別々の店で同じことをしていたのかもしれない」
「だとすると、今度は毎日両替する理由を考えなければなりませんね。私たちではいい答は出ませんでした。週一回でも難しいのに、それが毎日になるんですから」

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