10 それはまるで呪いのように

文字数 2,991文字

 神束は各務の向かいに腰を下ろして、鞄からノートを取り出した。
「私ではなく、週刊誌の編集部にいる先輩が調べてくれたんですけどね。まず、片門は確かに寺本の学習指導を受けていました。同じサークルにいた、別の卒業生に確認できました」
「向川先生の記憶は間違いなかったんですね」
「それから、残り二つの噂の元となった事件も突き止めました。片門と府川は二人とも児童福祉サークルの会員だったので、そこから同窓会の幹事と、福祉施設に就職した卒業生を探したんです。同窓会があったのは、京都市だったんですよ。ボランティアの全国大会が京都で開かれて人が集まったので、ついでに同窓会を開いたのだそうです。三つの噂が京院大に集まったのは、このためかもしれません。
 聞き取りの結果、心霊写真と福祉施設の幽霊、いずれも現実にあった出来事とわかりました。ただし、『頭が痛い』という台詞や『恨めしそうな視線』はフェイクのようで、『幽霊』とは普通に話して別れたし、写真もごく普通の顔だったそうです。幽霊という要素にこと寄せて、後から付け足されたのでしょう」
 と言うことは、神束の推測はほぼ当たっていたことになる。
「寺本は京都市、片門は大阪市、府川は名古屋市の出身で、遺体はそれぞれの出身地近くの山中で発見されています。遺体が古いため死亡時期の推定幅が広く、いつごろ亡くなったかははっきりしません。身元確認には地元の福祉施設関係者が立ち会い、警察による検死では、歯の治療痕なども調べられています。発見された遺体がこの三人であることは、まず間違いなさそうです」
 こっちは外れか、と各務は思った。たしか神束は、幽霊は片門本人ではないか、と言っていたはずだ。遺体が片門であることは間違いないとも言っていたので、どこまで本気だったのかはわからないけれど。
「三人とも自殺だったんですか」
「警察はそう判断しています。ただし、発見までに時間がかかっており、発見された遺体もかなり傷んでいたため、直接的な証拠ではなく状況証拠でそう判断しているようです。そうそう、噂では発見された遭難者の隣に遺体がうずくまっていた、となっていましたが、遺体の一部が転がっていた、が本当のようですね。
 寺本、片門、府川の三人は、いずれも就職先が決まっていない状態で卒業を迎え、卒業直前には自殺をほのめかすような言動を周囲に漏らしていました。片門は、施設にいた頃に自殺未遂の経歴があります。彼が使った拳銃は、つきあいのあった不良グループから手に入れたもので、相手の少年は銃を譲り渡したことを認めています。
 なお、遺体が発見されたのは2010年から11年にかけてで、幽霊の目撃は2011年と12年のことでした。そしていずれの目撃も、遺体発見の後であることが判明しました」
 話にうなずきながらも、各務はちょっと引っかかるものを感じた。遺体や幽霊が現れた時期が集中している。どうしてこんなに、立て込んでいるのだろう。
「それから府川なんですけど、彼も児童養護施設の出身でした。そして彼もまた、高校時代に大学のボランティアサークルのお世話になって、個人的な学習指導を受けていました。指導をしていたのは、片門浩樹でした」
 各務は驚いて聞き返した。
「本当ですか?」
「ええ。同時期に名古屋市にいたので可能性はあると思っていましたが、そのとおりでした。これで三つの噂が一つにつながりましたね。これまでの経過を一覧にしてみました」
 神束はノートをめくり、上半分を手のひらで押さえながら、テーブルに広げた。

  1996.4 寺本秀明、大阪大学経営学部入学。大学ではボランティアサークルで活動
  2000.3 寺本、大阪大学卒業。その後失踪、2010年に遺体が発見される
  2000.3 片門浩樹、高校時代に寺本の学習指導を受けていたが、浪人。
  2001.4 片門、名古屋市立大学心理学部入学。大学ではボランティアサークルで活動
  2005.3 片門、名古屋市立大学卒業。その後失踪、2010年に遺体が発見される
  2005.3 府川知昌、高校時代に片門学習指導を受けていたが、浪人。
  2006.4 府川、東海大学社会学部入学。大学ではボランティアサークルで活動
  2010.3 府川、東海大学卒業。その後失踪、2011年に遺体が発見される
 
 各務は、沈んでいた心がさらに暗くなるのを感じた。恵まれない境遇の中、苦労して大学に進んだ若者が、次々と自殺しているのだ。各務は思わずつぶやいた。
「まるで呪いですね」
「いいえ。これは呪いではありません」
「もちろんそうです。これは社会問題なんだ。社会的に弱い立場で生まれると、成長しても進学や就職で苦しみ、自殺に追い込まれてしまう。そういうことですよね」
「それが一つの解釈でしょう。が、それだけでは足りないと思います。三つの悲劇には、奇妙なほどのつながりがあります。その解釈では、このつながりを説明できていません。
 ところで、どうです。この三人を並べて見て、何か気づくことはありませんか」
「どうって言われても……大学のランクが、少しずつ落ちてることくらいかなあ」
 各務は冗談で言ったのだが、神束は大まじめに頷いた。
「そのとおりですね。大阪大学は旧帝大、名古屋市立大は公立の中位校、東海大は私立の中位校といったところです。単純に偏差値だけで比べると、少しずつ落ちています」
「自分で言っといてなんですけど、そんなことが大事なんでしょうか」
「大事なのは、この連鎖が、様々な性質を共有していることです。この年表を書いて改めて感じましたが、三人の経歴は、まるで人名と大学名だけ変えてコピー・アンド・ペーストしたみたいに、ほとんど一緒です。三人共に男性で、養護施設の出身であり、ボランティアサークルの学習指導を受けていた。大学では自身もボランティアサークルで活動し、施設の子供の学習を指導。しかし、自身の就職活動はうまくいかず、卒業直前には自殺をほのめかしていました。そして失踪、自殺。大学ランクの低下傾向も、共通点の一つかもしれません。そして彼らの間には、学習指導という直接的なつながりがありました。
 ここで、こんな疑問が沸いてきませんか。悲劇の連鎖は、これで全部なのだろうか。三人の他に、同じような人はいなかったのでしょうか」
「そんな、まさか……いたとしても、どうやって探すんです」
「簡単ですよ。寺本が高校生の時にお世話になったはずの、大学生を探せばいいんです」
 神束はノートに乗せていた手を外して、隠していた部分を明らかにした。

  1992.4 藤瀬瑞也、京都大学政治学部入学。大学ではボランティアサークルで活動。
  1996.3 藤瀬、京都大学卒業。その後失踪。



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 応募時には「京都大」「大阪大」ではなく「K大」「O大」などとしていました(所在地も「K市」「O市」)。が、改めて読んでみると非常にわかりにくいので、頭文字表記はやめました。なお、京都大学政治学部、大阪大学経営学部、名古屋市大心理学部、東海大学社会学部という学部はありませんし、京都学院大学と洛北大学は大学自体が存在しません。どれも架空の大学・学部で、当然ながら、小説と実際の大学には何の関係もありません(偏差値云々も含めて)ので、念のため。


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