14 棋理を語るに、ふさわしい場所

文字数 1,814文字

 終局後、永倉理事長は記者会見場に姿を現した。長時間にわたる対局の後とあって、さすがに疲れた表情を見せていたが、しっかりした口調で短く挨拶を行った。すぐに質疑応答に移り、会場に詰めかけた記者団から、一斉に手が挙がった。
「プレマッチでは大胆な初手が話題になりましたが、今回は同じ手を選びませんでしたね」
 この質問に、永倉は心持ち険しい表情になった。
「6二玉に関してはいろいろご意見をいただきましたが、あの手は、ことクラスターズ戦に限っては、最善の手であると信じております。人間相手には使えないし、他のコンピューターでは別の手がいいかもしれませんがね。我が家に設置していただいたクラスターズとの対戦でも、最初は負けが続きましたが、最後には五分五分になっていました」
「では、なぜ今回は矢倉を選ばれたのですか」
「私はまわりから勝負師といわれてきたし、自分でもそうした自負はあります。ある局面で最善手と勝負手が違うのは良くあることで、あながち最善手を指す方が勝ちやすいとも限らない。少なくとも、私の経験ではそうでした。だからこそ、『勝負師』などというルール上当然のことが、特別であるかのように言われるのですがね。ただ、そこで最善手を指すという選択も、もちろん正しいのです。
 今回、私は二度の対局の機会をいただきました。ひとつはプレマッチという、本番とは若干異なる舞台ではありましたが、どちらも真剣勝負であることに変わりはなかった。私はその勝負で、勝つために練りに練った手をぶつけることができました。結果は残念なものになりましたが、それは私が弱かったからであって、手の責任ではない。勝負へのこだわりとしては納得のいくものでした。ですから二度目となる本局では、今度は棋理を追究したいと考えたのです」
「キリ、ですか?」
「将棋の(ことわり)です。対局する両者が、互いに最善手を指し続けたらどうなるのか。その時、将棋というゲームはどんな宇宙をみせてくれるのか。私も一人の将棋指しとして、このことに対する興味はずっと持ち続けております。今度の相手は人間ではないが、当代随一の頭脳をもち、知識の厚み、思考の速さ、すべてにおいて一流であることは疑いない。私はこの相手と、棋理を語ってみたくなったのです。
 ですから、今日は矢倉を選ばせていただきました。将棋にはいろいろな戦い方がありますが、中でも正統的な戦法というと、私に思い浮かぶのは矢倉です。棋理を語るには、最もふさわしい場所でしょう。幸い、向こうも快く応じてくれたので、堂々とした矢倉戦を戦うことができました。結果、敗れはしましたが、私は満足しています」
 永倉は少し言葉を切った。
「しかし、戦いはこれで終わりではない。次回は私ではなく、五人の棋士にコンピューターと戦ってもらおうと考えています」
 記者席からどよめきが起こった。
「若手中心になると思うが、現役のプロ棋士が相手をさせていただきます。ソフトの側も、五つ選んでもらうのがいいと思う。どちらも相手に不足はないでしょう。勝負にこだわるも良し、棋理を極めるも良し。持てる限りの力を尽くし、思う存分戦ってほしい。その戦いは多くの方に、将棋という宇宙のすばらしさを見せてくれる。私はそう信じております」
 めまぐるしいフラッシュの嵐が起き、シャッター音は鳴り続けた。



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 以上で第一話は終わりですが、いかがだったでしょうか。ちなみに、新館の各部屋の名前にふりがなをふったところが、作者の隠れた工夫だったりします。「ノロウィルス(この頃流行して、ニュースになっていました)にはアルコールではなく塩素系の薬剤を使う」は、当時は「誰でも聞いたことはあるのにすぐには思い浮かばない、ちょうどいい知識」だったんですが、今となっては、ちょっとずれてしまったかもしれません。

 さて、本作は最終候補になったものの、結局は落選してしまいました。そこで次の年は少し路線を変えて、「奇妙な味」風の短編で挑戦することに。結果は最終選考に残ることもできず、またもや落選……以降、受賞は遠いものになってしまいました。
 では、もしも路線を変えず、このままの「厄介な性格の神束」で続けていたら、どんな話になっていたのか? 第二話以降、探偵役はさらに理屈っぽさを増し、論証もさらに長さを増します。できましたら、読者の方にももうしばらく、お付き合いいただければと思います。
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