第23章(1)

文字数 6,852文字

 小春と千景は弁天町の事務所で各種業務に励んでいた。

 小雪と玄七郎はこのところ毎日メディアを駆け回っていたから、業務を一緒にする機会はほとんどなくなりつつあった。

 小雪はメジャー番組のコメンテーターや出演者として幾つも出演契約がまとまっていると聞いている。話題に便乗しようとするときのテレビの動きは恐ろしく早い。日本の局ばかりでなく、海外の番組にまでゲストに呼ばれることも多くなっていた。

 近々、化粧品メーカーと飲料メーカーの日本のCM、シューズメーカーとチョコレートメーカーの欧州のCMにまで登場する予定となっているらしい。また小雪のメディアへの出演料はうなぎ登りとなっており、大物クラスの出演料を提示しても続々と依頼が舞い込んできている状況らしかった。どこのチャンネルを付けても小雪を見ない日などないから、もうチェックもしていない。

 一方の千景のほうも時折りメディアから取材申込があるが、そのほとんどは日本国内向けの専門雑誌や経済系新聞が中心であり、たまにニュース報道でコメントを求められる立場にもなっていたが、小雪と違って番組に毎回出演などありえず、完全に文化人枠のため出演料などが発生することはなかった。千景はあくまで経済人であり、芸能オールラウンダーな小雪とはまったくの別枠であった。

このオフィスもそろそろ限界だね〜。
そうかな? 目先で人を雇用する予定もないし、小雪ちゃんや玄さんが出ずっぱりだし、何とかなるんじゃない?
先日もゴールドサックスの人が尋ねてきたとき、いきなり目的の千景先生と会えるっていうハプニングがあったでしょう? このあたりの過疎っぽい場所に訪問してくる営業マンは滅多にいないけど、それでも受付くらいは用意しておいて、変な訪問客を通さない用意はしておいたほうがいいんじゃないかな。
あー、私はともかく、小雪ちゃんがこれだけビッグネームになりつつある状況だと、確かに危ないファンがいきなり訪問してくるって可能性も排除できないもんね。まともな事務所、探そうか?
そうと決まれば対応を急ごう。原町のうちを事務所化してもいいんだけど……。
小春ちゃんたちの自宅は、万一のセーフハウスとして軽々しく一般に晒さないほうがいいんじゃないかな。逃げ込める場所は確保しておいたほうがいいよ。
なら賃貸でもいいし、買っちゃってもいいし、なるべく早くちゃんとしたところ見つけて移動しちゃおう。
さっそくゼノン都市開発に物件探す依頼出しておこうか。今回ばかりは小さな案件じゃないからゼノンも喜んで引き受けるでしょう。
賃貸なら月賃料100万円、売買なら1億円くらいになっても大丈夫だね。場所はできれば新宿区か千代田区あたりで見つかれば通いやすいかなー。
この弁天町はどうする? 今さら私たちがレンタルスペースに戻して稼いでもしょうがないと思うんだけど。
そうだよね。売っちゃってもいいけど、数百万円の資金需要があるわけじゃないし……ゼノンに管理を任せて賃貸に出しちゃおうか。そうすれば何の面倒もないし。
 そんなやり取りをしていたところ、事務所前にセンチュリーが停まり、ピンクのステッキを手にした小雪が降りてきた。その後センチュリーはゆっくり走り去る。
フフフ、英雄が帰還したぞ。玄七郎は車を停めてから来るはずだ。
おかえり小雪。今日も大活躍みたいだねー。
 小雪とはまだ今日顔を合わせていなかった。最近の小雪はスケジュール過密で、今日も玄七郎と連れ立って早朝には家を出てしまっていたからだ。
珍しいね、小雪ちゃんがこの時間に事務所に寄るなんて!
たまたま通り道だったから寄ってみただけだ。30分後にはまた出ることになる。それにしても数日ぶりにここに来てみれば……この事務所は防衛力がいささか弱すぎないか? マスコミや暴徒がここを攻略しようとすれば、ガラス一枚破ればいいだけだ。いくら私が剣聖として名を馳せていようとも、お姉も千景も玄七郎も大した戦力にならない以上、この虚弱な陣地で数万の大軍を一人で防ぎきることは無理だろう。
千景先生とさっきそれを話していたんだよね。事務所を移転しようって。
それがいい、すぐにそうすべきだ。今や私と千景は狙撃される危険を排除できない。私の知名度は国際的になってしまった以上、日本であっても油断してはいけない。
実際、ローミック川上社長を小雪が狙撃しようとしてたもんね。
さすがに狙撃はされないと思うんだけど……。
市ヶ谷クロスセンターに空きはないのか? それが一番手っ取り早い。
うーん、市ヶ谷クロスセンターなら全フロア埋まってるね〜。だけど桜丈ホールディングスはスペースに余裕あるし、間借りしても文句は言われないんじゃない? 地球連合もトライアスも、桜丈ホールディングスとは何の資本関係もないけど。
桜丈ホールディングスの本社を使わせてもらえるのなら今すぐにでも移動できて助かるけど……いったい誰に聞けばいいんだろう?
いや小春ちゃんが社長でしょ。
 そんなやり取りをしていたところ、カバンを持った玄七郎が入ってきた。カバンをテーブルに置きながら玄七郎が丁寧に口にする。
おつかれさまでございます。
玄七郎、ちょうど良かった、今ね、地球連合とトライアスの事務所を移動したほうがいいねって話してたのね。それで一番手っ取り早いのが桜丈ホールディングスに間借りさせてもらえればって思うんだけど――。
 それから小春たちが事情を説明していくと、玄七郎がうなずく。
――ふむ、たしかに狙撃の危険はありますな。
あるんだ……。
では、いつも帝王学講義をしている執務室を仮の本社にして居座りましょう。明日から小春お嬢様と水無月様はそちらに出勤してください。
わかった。向こうにテーブルあるし、こっちからノートPCと、マンガ登録用のタッチペンとか持っていけばいいだけだから、引越し作業はいらないよね。
本店登記を市ヶ谷に変えましょうか?
いや、トライアスの本店登記地は、しばらくこの弁天町オフィスのままでいいでしょう。突然マスコミが手のひら返しで攻撃してくるようなことがあれば、多少の目くらまし程度にはなります。ついでに地球連合の本店登記を、原町からここに移動してしまうとしましょうか。郵送物は転送届を出しておけば事足ります。
この弁天町物件は、賃貸に出してしまおうかなって話してたんだけど。
だが今さら月5万円の賃料収入を得てもほとんど無意味だぞ。うちから近いのだし倉庫にでもしておいたほうがマシだ。
今後の銀行借入などを視野に入れれば、実際に事務所がここに実在するとしておいたほうがいいので、そのままにしておきましょうか。しばらく放置で転がしておいてください。
万が一銀行が本店登記地を訪問したいと言ったときだけ、ここに来てもらえればいいわけだね。
市ヶ谷の本社を自由に使ってしまえるのも、ファミリービジネスの強みだね。桜丈ホールディングスが株式を公開していたら、こうもいかなかったでしょう。
市ヶ谷クロスセンター最上階なら狙撃ポイントはほぼないし、巡航ミサイルかドローンで攻撃されない限り、そう易々とは陥落しまい。いずれ金が出来たらビル周囲にミサイル防衛システムを配備しよう。
いや民間でそんな装備導入するのは法律違反でしょ……。
そうだ、せっかくだからお姉と千景に見せておくぞ。玄七郎、偉大な原稿を見せてやれ。
人遣いの荒いお嬢様でございますな。労基に通報させてもらうやもしれませんぞ。
 文句を言いつつも玄七郎はテーブルに置いたばかりのバッグを開け、分厚い原稿を4つ取り出して見せてきた。原稿表紙にはタイトルが付けられているようだった。

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本の原稿!?
そうだ、いきなり4冊も出すぞ。来年までに50冊の著作を出しておきたい。15歳までには500冊だ。最終目標は20歳でノーベル文学賞の最年少ゲットということになろう。
ノーベル文学賞って小説じゃないとダメでしょ。というか、まだデビュー間もないっていうのに、これだけの原稿を書く時間あった?
当然ライター4人にそれぞれ発注したものです。とにかく原稿の納品を急がせ、10日程度で仕上げてもらいました。小雪お嬢様は最初にそれぞれのライターと電話で30分ほど打合せしたにすぎません。もちろん執筆期間中はライターたちから折々にメールで質問が幾つも飛んで来ましたが、私がすべて答えています。
それ実質的な執筆者はライターの人たちだし、著者はむしろ玄七郎にしたほうが正確なんじゃ……。
いずれも中身は、オーソドックスな成功哲学本に沿った形でセオリー通りに仕上げております。ですから私の意見などどこにもなく、著者は誰でもいいわけですから、小雪お嬢様が大正解でございましょう。
私もちょっと飛ばし読みしてみたが、程々に悪くない出来だぞ。なるほどという発見もあって、私も学んだような気分になる小ネタが色々と盛り込まれているようだったな。
自分の書いたハズの本なのに、自分も発見があるって物理的にアベコベだと思うんだけど……。
お世辞抜きに、程良い原稿に収まっています。ベストセラー入りも狙える出来かと。腕の良いビジネスライターに絞ってアレンジしたので当然ですし、下手に本人が書くよりずっと良いでしょう。尤も、内容合格と私が判断しなければお蔵入りにしただけでございますが。現在も新しい原稿に取り組んでもらっているので、私が了承した原稿は次々と小雪お嬢様が著者として発売されていくことになります。
まぁナポレオン・ヒルの『思考は現実化する』も奥さんがライティングしたって話でしたしね。子育て戦略のほうも小雪ちゃんが書いた形式で、内容は成功哲学チックな感じなんです?
成功哲学は読後感が良いですからな。桜丈小雪事務所としては出版社の企画に沿って仕上げただけですので、小雪お嬢様の露出が増えさえすれば、他の些事はどうでもいいかと。
作家としてもデビューしてしまうわけですね。
近いうちに、小雪お嬢様の写真集も出る予定となっております。小春お嬢様の希望を活かして、魔法少女のコスプレ写真集となるでしょう。
魔法少女を希望したわけじゃないけど……小雪はコスプレイヤーとしてもデビューを飾ることになるのかな。
ところでここに寄ったのは他でもない、トライアスのM&Aの進展はどうだ? ニュース系の番組に出演すると、稀に私が富豪呼ばわりされることがある。実に愚かしいことだが、そんなバカ話に付き合ってやるために状況を把握しておかねばなるまい。
実はね、Goggleとマクラムソフト以外からも、あの後さらに海外ITから幾つか買収提案が来たんだよね。でも検討進めるならGoggle、マクラムソフトのどっちかが良いかな。
何!? 他を除外するのはどうしてだ?
小雪は朝から晩までずっとメディア周りだったから、私と千景先生で色んなやり取りしてたんだよね。今のところ、この2社の希望価格は最低でも3000億円以上になりそう。だけど他はM&Aの相場を考えると、そこまでは出せないみたい。
3000億……だと? いやそれはおかしい。
あり得ないバブル価格だよね。普通のM&Aの『純資産+営業利益』で考えると、もう想定できない金額。
ただ、売上・利益が直線で伸びてるから、将来の利益としては年間数百億単位の営業利益が残っても不自然ではないよ。だから、全くあり得ない売買価格でもないかな。
Goggleもマクラムソフトも、集客力があるエンタメコンテンツを喉から手が出るほど欲しがっているでしょう。これは金に換算できない価値があるのかと。だから幾ら金を積み上げてもトライアスを確保しておきたいという戦略は理解できます。
なるほど……お姉が言っていたようにAIがマンガを量産できるようになれば、トライアスが運営する国際的マンガポータルを確保していることで将来さらに化けるという可能性もありそうだな。一瞬3000億は頭がおかしいと思ったが……むしろ売るのが勿体なくなってきたぞ。
いや本当に3000億円なら売っちゃったほうが絶対いいよ。私たちじゃ短期間でそこまで稼げない。それにグローバルで活動するIT巨人だからこそ、トライアスの潜在力を引き出せるのかもしれないし。
千景先生はトライアスを将来IPOさせるって経済メディアで語ってるけど、それを無視して、いきなり売っちゃっても平気かな?
ああ、建前上言ってるだけで、別に気にしなくていいでしょう。事業戦略っていうのはリアルタイムで変わるものだから、IPOだろうと事業売却だろうと、一番価値が付く瞬間に手放すのが賢明だよ。
ちなみにローミック川上には今の話はしているのか? ローミックが株式の45.3%を押さえている――つまり持株比率3分の1を上回っているから、株主総会の特別決議で事業売却やM&Aを否認することだって出来るはずだ。私たちが決めたところで、ローミックが賛同しないと何もできなくならないか?
川上社長には何も話してないよ。なぜって、むしろ余計な口を挟まれたくないからね。私たちが決めてから、体良く話を持ち込めば成り行きで賛同するでしょ。
どんな形になろうともローミックはいきなり何百億円、何千億円が手に入るかもしれないから、まず株主総会で否認したりするようなことはないって私も思うな。それに川上社長ってエンジニアとしてはすごく優秀なのかもしれないけど、経営者としてはあんまり深いこと考えてないって感じがするんだよね。だから私たちの都合で大丈夫だよ。
それもそうか……あの男を練習台として何度か話したが、明らかに抜けたところがあるから、私たちの策謀の裏を読むこともできまい。その通りだ、川上ごときは私が手のひらの上で操っている程度の三下だ。私が恫喝を喰らわせれば泣いて従うに違いない。最悪、万一言うことを聞かないようなら私がヤツを狙撃する。
どうも皆さまがたは、陰謀を巡らせるのが板についてきたようでございますな。私のような小市民は震え上がってしまうほどです。
陰謀ついでに、実は一つ考えてることがあるんだ。上手くいくかどうか分からないから色々考え中だったし、まだ千景先生にも話してなかったんだけど。
どんな陰謀だ? ケンタウリ政府と戦端を開く話を聞いて思ったが、お姉の企む凶悪な陰謀は中々筋が良いものだ。
何なの、そのケンタウリ政府と開戦って?
人類存亡を賭けた宇宙戦争なら大した話じゃないから今度ランチのときにでも話すよ。それよりトライアス。幾度か話に出てきたサイバーゼックに、まだ何も話してなかったよね? だからサイバーゼックにもM&Aを持ち込んでみたらどうかな?
こちらから持ち込むの? 私たちから提案するのは営業の一種になるから、望むような価格は付かないよ。買いたいと思った側が来てくれると、こちらに価格決定権が出てくるんだけど。それに日本企業は、トライアスの買収価格に1000億円も付けられないと思う。サイバーゼックなんて、Goggleやマクラムソフトと比べちゃえば100分の1未満の小者ITだし。
私もそれは分かってるんだけど……たくさん考えてみて、トライアスにはもっと料理のしようがあるんじゃないかなって思ったの。だから今すぐ全部手放してしまうのは惜しいんじゃないかって。
ほう、トライアスを保持しておこうというのだな。元々私が企図していた大戦略の一つだ。
だからサイバーゼックに引き受けさせるのがいいということ?
選択肢の一つとして想定してみてもいいんじゃないかって思ったの。それにサイバーゼックってIPOするって言ってたよね?
たしかIPOは今月中の予定だったはず……。桜丈ホールディングス全般にとって無風なのでウロ覚えですが。
サイバーゼックなら先週IPOしたばかりですよ。今さらIT企業といっても話題性は全然ないですし、ひっそりIPOしたって感じですが。
ねぇ玄七郎、前回、千景先生が帝王学講義のお題を要望したように、私からもいいかな?
皆様がたからの要望が増えてきましたな。
IPO――取引所に株式を公開することについて教えて欲しいな。M&Aで丸ごと売ってしまうのがいいのか、それともIPOのほうがプラスになりそうか……それによってトライアスの方針は変わると思うの。
なるほど、それではこのタイミングで扱うことにしましょうか。一般的にはIPOが企業の一つの成功の形だと考えられていますが、そんな単純なものでもないことは教授しておく必要があるでしょう。
桜丈ホールディングスが決してIPOを選択してこなかったのにもきっと意味はあるんですよね。
私は企業ではないが、個人でIPOしているようなものだ。もし私が個人でIPOしたならば、100京円の価値が付くに違いない。
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登場人物紹介

桜丈 小春(15)おうじょう こはる

「今日から私が桜丈ホールディングス代表取締役社長ってホントなの!?」


イラストやマンガを描くのが好きで、ほのぼの系キャラクターデザインを得意としている。大手新聞社&大手出版社が共催の日本最大のイラストコンテストでは、中学生部門で2年連続の最優秀賞に輝いた。

中学生にしてお小遣い帳をつけるほどの貧乏性。質素倹約、モノは擦り切れるまで使い、中古品を愛用する。趣味は、癒し系イラストを描くこと、古着屋巡り、貯金箱に500円玉を貯めること。

総資産4兆5000億円の桜丈ホールディングス株式会社、代表取締役社長。企業グループとしては日本国内だと50位、グローバル視点なら1000位に入る規模感だが、ホールディングス本体も傘下企業の大半も未公開企業で構成されているのが特色のため、表面上(バランスシート上)の総資産は市場価値を正しく反映していない。

桜丈 小雪(13)おうじょう こゆき

「いずれ歌舞伎町の闇王として君臨するのが、私という存在に課せられた哀しき宿命なのだ」


生まれてこの方ペーパーテストは満点以外をほとんど取ったことがなく、剣道やギターなど幅広い素養もあり周囲からは天才と思われているが、実は隠れて大変な努力をしている。まだ幼さの残る面影ながら誰もが振り向く美貌の少女。まさに才色兼備を地でいく女子に見えるものの、重度の厨二病を患っている。好きなコンテンツは『首領(ドン)への道』。いつの日か新宿区歌舞伎町に影を潜めて暮らし、自分の組を持ちたいと夢想する。

源 玄七郎(67)みなもと げんしちろう

「強いていえば、通りすがりの執事でございます」


桜丈家にやって来て12年目の、長身の自称執事。自分に常に厳しく、他人にも恐ろしく厳しい。

日本有数の格調の高さで知られる五つ星ホテルブランド――ベイグランディアホテルズの創業者にして元代表取締役社長。かつてベイグランディアホテルズは経営に行き詰まり、巨額の負債を抱えて民事再生法を申請したことで連日経済ニュースで取り上げられた。ある意味で名士であり財界有名人。ベイグランディアホテルズは、桜丈ホールディングスの傘下に組み入れられて経営再建中。

水無月 千景(28)みなずき ちかげ

「パワハラで会社訴えてやるぅ! めちゃんこ慰謝料請求してやるんですドチクショー!」


東京大学理学部卒のアラサー。経済産業省資源エネルギー庁に在職経験のある元官僚。桜丈ホールディングスの管理部門に勤めるかたわらで、会社の意向(業務範囲として)で小春と小雪の家庭教師をしている。絶賛婚活中だが程良い相手が見つからず、念のため生涯独身にも備えて最近4500万円で東京の真ん中に中古1LDK49平米を購入した。

桜丈 陸(58)おうじょう りく

「ぼくは当てもなく荒野を彷徨う金鉱堀さ。泥に塗れた地べたで過ごし、何度かグッドラックを引き当てた、それだけのことだよ」


桜丈ホールディングス元・代表取締役社長にして、現・無職ニート。明治後期から続く旧・桜丈財閥の本家筋にあたる四代目。桜丈財閥は繊維産業を中核とした中規模な産業複合体にすぎなかったが、軍需衣料品に経営を過度に依存していたためGHQに目を付けられ、太平洋戦争後の財閥解体で主要企業のすべてを切り離され、いくつかの不動産を残すだけで有名無実化していた。だが陸の代で、手持ちの不動産を担保になりふり構わぬ賭けに出て、急激な膨張を成し遂げた。その規模感は、戦前の桜丈財閥のスケールに比肩する程度にまで戻ったとされ、日本経済界の一つの奇跡と受け止められている。

さも意味深な言い回しをするものの、大して深い意味はない。自らが創り上げたグループの代表を、ある日突然に辞任してしまった。一見自分勝手な引退のように見えて、強引に幕引きしてしまったのには、実は本人の狙いもある。

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