第12章(2)
文字数 2,465文字
東都出版のマンガ編集部の会議室で、小春たちは2人の編集者と相対していた。マンガ家としてアポを取った小春と、技術の説明をするための千景が2人での訪問だ。今回の訪問は、小春のマンガ家デビューを相談するだけでなく、翻訳技術を開発するアドバイスもしてほしいと事前に伝えてあった。そのため小春の担当編集者だけでなく、編集長も打合せに参加してきたのである。
挨拶のあとに小春のマンガの話を最初にしたところ、編集者2人は小春のマンガを褒め称えてきた。そしてデビューするために担当編集者と共に企画を練っていくことを強く薦められた。
その話がひと段落したあと、小春と千景は肝心のマンガAI翻訳サービスの話題を切り出し、説明を始めた。最初は話半分といった様子の編集者たちだったが、同行した千景がIT技術の専門家で、フロントエンジニアとして様々な開発にも携わってきたことを知ると、編集者2人は徐々に真剣味を帯びて耳を傾けてきた。
それから編集者たちと話し合いを重ね、翻訳の精度が十分に高いのならばという前提ではあるものの、小春たちが開発したシステムを使わない理由はないという回答を得られた。また提示した費用も1ページ50円対応なら十分に安いのだが、売上の20%を持って行かれてもいいから出版社側の費用負担が一切ない形でレベニューシェアでやれるならさらに申し分ないという話だった。
出版社としてどのくらいの分量を翻訳、海外発信できるか確認したところ、すべての東都出版のマンガ出版物をこのシステムを通したとすれば、新刊だけで月150巻分程度になるのではないかという概算だった。だがそれはあくまで新刊であって、過去に出してきた旧作は膨大にあるから、それまで含めて翻訳していけば月300巻になっても不思議ではないという話であった。
最初に話し合ったように、仮に1ページ50円――1巻1万円での翻訳対応だとすれば、月150〜300万円の範囲の売上ということである。そしてレベニューシェアの場合には、確実に入る売上は当然ゼロだが、ヒット作など出ればもう少し上の数字を目指せるかもしれない。
ただし、翻訳システムに月200万円、タッチペンに月15万円、システムの保守メンテナンス・バージョンアップ・開発業務に月450万円、サーバー代として数百万円を投入していくとすれば、まるで採算が合わせられない売上――要するにまったく儲からないことは間違いなかった。逆に言えば、提供費用がべらぼうに安いということの裏返しであり、だからこそ全てのマンガで当システムを使ってもらえるのは自然な流れということだろう。
マンガのメジャー出版社だけで6、7社あるし、仮にこれらに全部使ってもらえるとすれば、大して儲からないけれども、損益分岐点ギリギリくらいにはなるかもしれないと想定された。
もちろん1ページ50円やレベニューシェアなどはあくまで現時点の想定であり、事業の進展に応じて利益調整はできるはずだから、ひとまず儲からなくても市場を押さえてしまったほうがいいはずである。何より大事なのは、地球連合がマンガ専用AI翻訳システムを完成させた暁には出版社側がこのシステムを使ってくれるという肌感覚を知ることだったから、そこは十分にクリアされそうだ。
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