第11章(3)

文字数 3,745文字

広告的手法の確認も、もう少しです。次はこちら。
9)希少性の効果
これは具体例を挙げるほどでもないかもしれませんが。
限定100個とか!
期間限定もだな。
わかりやすいものは2人に言われちゃったので、少し捻ったところだと……『ネットでは販売していません』とか『店頭ではお求めになりません』みたいな演出とかもありそうですね。
さらに捻らせて頂くこともできます。かつてロシアでは、ジャガイモには毒が含まれていると考えられ、食用として用いられることはあまりございませんでした。これが一変したのは、ロシア皇帝エカテリーナ2世がジャガイモ畑に柵を設け『ジャガイモを盗むべからず』という大きな看板を立ててからでございます。こうして希少性を演出されたジャガイモは、それ以降のロシアの最もオーソドックスな食料となりました。
へー! 希少性の演出も、使いようによって色んなパターンがあるんだね!
もっと単純なのかと思っていたが、なかなかどうして意外と奥深いではないか。
バンドワゴン効果のところで、ラーメン屋にわざと長蛇の列を作らせる事例を確認したかと思います。これはある意味で言えば、希少性の演出も含まれた合わせ技と見ることもできるかもしれません。希少性の演出は古典的すぎて一見バカバカしくもあるのですが、有効性はかなり高いとも言えるでしょうな。
企業の宣伝手法として結構使えそうですよね。限定品とか、そこかしこで多様されてますし。

(9)希少性の効果

数に限りがあるように見せかけ、すぐコミットしないと次の機会はないと錯誤させる。限定品、今だけ。

さて、ようやく広告的手法、最後の項目です。
(10)権威の利用
有名人や学者を広告に利用する、ごくありふれた手法の一つでございます。具体例を出してもらうほどではございませんな。
ありすぎて具体例出しようがないよね。
芸能人、ミュージシャン、スポーツ選手、医者、学者など、テレビCMに製品と特段関係がない有名人が起用されていることは、我々帝王学の学徒が合理的に考える限り、どう見ても異様にして珍妙極まる光景です。さらに指摘すれば、そのCMの視聴者たちは、出演する有名人が、その商品を宣伝することで莫大なギャラを得る立場であることを全員が知っております。にもかかわらず、多くの人々は薦められる商品に真っ先に手を伸ばすのです。
それだけ聞けば、世の中にはバカしかいないのだと思えてくるな。だが実際にはまるで影響を受けない少数も確かに存在していて、私たちのライバルとなるのはその者たちということだ。
小雪ちゃんはそう言うけど、影響を受けた人の全員が、単純にバカとまで言い切ることはできない気がするなぁ。確かに何も考えていない人が多いのは認めるけど、影響を受けている人のなかにだってちゃんと判断力ある人は混じっていると思う。
どういうことだ? ギャラをもらっていることを知っている芸能人が商品宣伝をしてるくらいで影響を受けてしまうような人間は、知能が低いのだとしか思えないぞ。
だから確かに知能が低い人がいることまでは否定してないって。でも時と場合によっては、私だって影響を受ける可能性はあると思えるんだよね。
まぁ千景も帝王学に触れる前は、しょせん一般大衆の側だったのだろう? だったら、そういう黒歴史も過去にあったという話か?
今だって影響を受ける場合があるかも。
何!? なぜだ?
たぶん……真剣にその商品を検討している自分の場合には、ほとんど影響は受けないと思うのね。だけど今の私だって、何かの商品を選ぶ際に大して深く考えてない場合には、何となくCMや広告で目にした商品を手にとっちゃうんじゃないかってこと。
千景先生の言いたいことが何となく分かったかも。たとえば……どこの会社とスマホ回線の契約しようか悩んでるときとか、自分にとって大事だからCMの影響を受けない、って感じかな?
そうそう! だけどボールペンを買ったり、歯ブラシを選んだりするときはほとんど無意識でしょ? そんなときは、広告の影響を受けてしまって、どこかで見たことがある商品を手にとってしまうんじゃないかなー。
歯ブラシは大事ではないか?
いやそうかもしれないけど、歯ブラシの技術的に有効な形状とか科学的原理とか、私たち何も知らないじゃない。選定するための大事な情報をそもそも持っていないわけだから、どうしたって漠然とした選び方になって、そりゃ私だって手に取るのは安心感のある大手製品の、前に見たものになってしまいそう。
良い視点でございますな。人々は、その商品を検討することに強い動機付けがある場合に限って、CMに登場する有名人の影響を受けません。ですが大抵の場合には、その商品を検討する強い動機付けもなければ、正確な情報を持っているわけでもなく、無意識で情報を処理しようとするときに魅力ある人物の影響を知らず識らず受けてしまうのです。

(10)権威の利用

有名人や学者を利用するありふれた手法。真剣な検討には無効だが、検討の動機付けがない場合に広く有効。

そっか! 有名人の宣伝に本質的意味はないって誰もが分かりきってるのに、お菓子とかジュースみたいな商品だと選ぶ動機が弱いから、無意識だと影響を受けやすいんだね。意外と強力なのかもしれない、有名人の起用って……。
ほう……どうりで世の中はこの手法で溢れているわけだな……。もし私が菓子メーカーを経営していたとすれば、たしかに芸能人にCMで喋らせるかもしれないぞ。
注意深く観察してもらえれば分かるのですが、マンション販売や車販売などの強い動機づけが求められるCMについては、著名人を活用したこのバカげた手法が用いられることは比較的少な目です。なぜなら影響力がそこまで発揮できないので、有名人に払う多額のギャラと釣り合う効果が期待できず、ブランドイメージを高める風景などの映像で代用されます。一方、動機づけが弱い商品ほど、芸能人やアイドルに歌って踊らせるものでございます。
ギャラが見合うかどうかだね。もし自社の商品やサービスが他と比べて変わり映えしないようなものなら、スポーツ選手やアイドルや医者に登場させることを積極的に想定していくべきなんだ。
さて、広告的手法について再確認しましょう――。

(1)レッテル貼り

情報をカテゴライズする言語の本質を利用して、レッテルを貼ることで解釈を提供してしまう。


(2)善悪二元論

ある物事について、「善」か「悪」かだけで判断してしまおうとする論法。マスメディアが多用。


(3)返報性の原理(ドア・イン・ザ・フェイス)

何かを受け取ったとき、同じように何かをお返ししなくてはという気持ちになる心理効果。いいね返し。


(4)一貫性の原理(フット・イン・ザ・ドア)

コミットメントの一貫性を守りたい心理を利用し、簡単な要求から始め、最終的に本命の要求を承諾させる。


(5)バンドワゴン効果

多数が支持している物事に対して、よりいっそう支持が高まる現象。ラーメン屋の行列。


(6)グランファルーン効果

取るに足らないどうでもいい基準によって、仲間意識を芽生えさせる。同じ出身地など。


(7)恐怖感・罪悪感で説得

言葉「我が国は滅亡の危機に瀕している!」  → 本音「戦争しようぜ!」


(8)カードスタッキング

広告主にとって都合の良いことは強調し、不都合なことは隠蔽する情報操作。要はイカサマ。


(9)希少性の効果

数に限りがあるように見せかけ、すぐコミットしないと次の機会はないと錯誤させる。限定品、今だけ。


(10)権威の利用

有名人や学者を利用するありふれた手法。真剣な検討には無効だが、検討の動機付けがない場合に広く有効。

繰り返して頂くための必要な項目を、改めてまとめておきました。これらについては番号を言われたら即答でき、同時に内容も思い浮かべられるまで必ず仕上げてください。
私はすでに覚えてしまっているぞ。だが昨日まで7〜10はまだ内容チェックしていなかったから、本日も改めて繰り返し、丸呑みしてしまうとしよう。
6番は何でございますか?
グランファルーン効果だ。どうでもいい共通項であっても――。
 それから小雪はスラスラと内容まで語って聞かせた。
ドア・イン・ザ・フェイスは何番ですかな?
3番だ。返報性の原理の応用で――。
 これにも小雪は事細かく解説を加えた。
さすが小雪! どうやってそんな風に覚えたのー?
フフフ、何一つ私は覚える努力などしていないのだが、天才だけに覚えてしまうのは仕方がない。もうどうにも仕方がないのだ。
いつもの小雪ちゃんらしく一問一答を繰り返す要領で強引に丸暗記したんでしょう?
負け惜しみは感心しないぞ。私がナンバーワンだ。
勝ち負けとかいう問題じゃないし! なんか悔しくなってきたから私も明日までに覚えるよ。
これらから分岐する内容や、派生した事柄もございますが、我々は学者ではなく実業家です。最小効率でざっくりと全体像を押さえることができますから、一度覚えたと思っても、しばらくの間は折りを見て繰り返し身に染み込ませてください。
了解! それじゃ今日はこれから地球連合の進展を聞いてもらってもいいのかな?
承知しました。少しの休憩ののち、小春お嬢様たちの泣き言をお聞きするといたしましょう。
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登場人物紹介

桜丈 小春(15)おうじょう こはる

「今日から私が桜丈ホールディングス代表取締役社長ってホントなの!?」


イラストやマンガを描くのが好きで、ほのぼの系キャラクターデザインを得意としている。大手新聞社&大手出版社が共催の日本最大のイラストコンテストでは、中学生部門で2年連続の最優秀賞に輝いた。

中学生にしてお小遣い帳をつけるほどの貧乏性。質素倹約、モノは擦り切れるまで使い、中古品を愛用する。趣味は、癒し系イラストを描くこと、古着屋巡り、貯金箱に500円玉を貯めること。

総資産4兆5000億円の桜丈ホールディングス株式会社、代表取締役社長。企業グループとしては日本国内だと50位、グローバル視点なら1000位に入る規模感だが、ホールディングス本体も傘下企業の大半も未公開企業で構成されているのが特色のため、表面上(バランスシート上)の総資産は市場価値を正しく反映していない。

桜丈 小雪(13)おうじょう こゆき

「いずれ歌舞伎町の闇王として君臨するのが、私という存在に課せられた哀しき宿命なのだ」


生まれてこの方ペーパーテストは満点以外をほとんど取ったことがなく、剣道やギターなど幅広い素養もあり周囲からは天才と思われているが、実は隠れて大変な努力をしている。まだ幼さの残る面影ながら誰もが振り向く美貌の少女。まさに才色兼備を地でいく女子に見えるものの、重度の厨二病を患っている。好きなコンテンツは『首領(ドン)への道』。いつの日か新宿区歌舞伎町に影を潜めて暮らし、自分の組を持ちたいと夢想する。

源 玄七郎(67)みなもと げんしちろう

「強いていえば、通りすがりの執事でございます」


桜丈家にやって来て12年目の、長身の自称執事。自分に常に厳しく、他人にも恐ろしく厳しい。

日本有数の格調の高さで知られる五つ星ホテルブランド――ベイグランディアホテルズの創業者にして元代表取締役社長。かつてベイグランディアホテルズは経営に行き詰まり、巨額の負債を抱えて民事再生法を申請したことで連日経済ニュースで取り上げられた。ある意味で名士であり財界有名人。ベイグランディアホテルズは、桜丈ホールディングスの傘下に組み入れられて経営再建中。

水無月 千景(28)みなずき ちかげ

「パワハラで会社訴えてやるぅ! めちゃんこ慰謝料請求してやるんですドチクショー!」


東京大学理学部卒のアラサー。経済産業省資源エネルギー庁に在職経験のある元官僚。桜丈ホールディングスの管理部門に勤めるかたわらで、会社の意向(業務範囲として)で小春と小雪の家庭教師をしている。絶賛婚活中だが程良い相手が見つからず、念のため生涯独身にも備えて最近4500万円で東京の真ん中に中古1LDK49平米を購入した。

桜丈 陸(58)おうじょう りく

「ぼくは当てもなく荒野を彷徨う金鉱堀さ。泥に塗れた地べたで過ごし、何度かグッドラックを引き当てた、それだけのことだよ」


桜丈ホールディングス元・代表取締役社長にして、現・無職ニート。明治後期から続く旧・桜丈財閥の本家筋にあたる四代目。桜丈財閥は繊維産業を中核とした中規模な産業複合体にすぎなかったが、軍需衣料品に経営を過度に依存していたためGHQに目を付けられ、太平洋戦争後の財閥解体で主要企業のすべてを切り離され、いくつかの不動産を残すだけで有名無実化していた。だが陸の代で、手持ちの不動産を担保になりふり構わぬ賭けに出て、急激な膨張を成し遂げた。その規模感は、戦前の桜丈財閥のスケールに比肩する程度にまで戻ったとされ、日本経済界の一つの奇跡と受け止められている。

さも意味深な言い回しをするものの、大して深い意味はない。自らが創り上げたグループの代表を、ある日突然に辞任してしまった。一見自分勝手な引退のように見えて、強引に幕引きしてしまったのには、実は本人の狙いもある。

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