第13章(1)

文字数 1,137文字

 虎ノ門ヒルズ駅から最寄りの高層タワーで、起業家とベンチャーキャピタルが一堂に会するという触れ込みのイベントが開かれていた。この起業家イベントは、内閣府と経済産業省が主催者に名を連ね、中小機構や日本政策金融公庫など中小企業に関わる公的機関、各メガバンク、日本を代表する幾つかの大手企業が後援として居並ぶというかなりの規模の起業家イベントだった。国としても、できる限り起業を促進して、経済成長に貢献してほしいという願いをかけているのだろう。

 会場では複数のテレビ局の取材クルーが行き来していたし、各ブースでは起業家のプレゼン、ベンチャーキャピタルからの出資案内など、さまざまな催しが行われていた。


 会場に足を踏み入れた小春は、珍しげに辺りを眺めまわす。

港区に来たの何年ぶりだろ〜! わー、たしかにキラキラしてる気がするー。
ちょっと小春ちゃん、お上りさんみたいなのはやめてね。
実際、ド田舎から都会に出てきましたって感覚だよ。息が詰まりそう……。
こんな催し物は、うちの近所で開かれているのを見たことないな。だが派手にすれば良いというわけではない。この浮ついた連中の本性は、私が見破ってやろう。
経済産業省が主催だってよ。千景先生の知ってる人もいるんじゃない?
パッと見、いそうにないけどね。まぁ忙しい官僚たちがいちいち来るとも思えないけど。こんなイベントは代理店に任せっぱなしじゃないのかな。
私たち、何をすればいいの?
ほら、このネットストラップ。遠目だと見分けづらいんだけど、私たちのはブルーで、Entrepreneurって書かれてあるでしょ? この色がグリーンで、Investorって書かれている人たちがいるのね。その人たちに声をかけて名刺交換して、もし相手が急いでいないようだったら事業のことを話してみて。興味持ってもらえれば出資に繋げられるかもしれないからね。
了解だよ、これがグリーンの人と会っていけばいいんだね。
手分けしよう。限られた時間で、できるだけ可能性を探ったほうがいいからね。
じゃあ私と千景先生で別行動だね。小雪はどうしようか?
……う、うむ……。大人どもは私を奇異の目で見るだけで、ちゃんと評価しようとしないだろう……。ここはお姉と千景に任せるのが賢い戦略というものだ……。
ちゃんと事業のことを伝えられれば評価されないってことはないと思うけど……小雪ちゃんって案外、内弁慶のところがあるからね。
内弁慶のはずがない! 私に欠点などあろうものか。ただ、見知らぬ大人どもと話すのはあんまり慣れていないだけなのだ……。
小雪は、私と千景先生のどっちに着いてきたい?
こういう場に慣れきっている千景に付いていこうと思う。
了解、小雪ちゃん、じゃあ一緒に行こう。小春ちゃん、また後でね!
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登場人物紹介

桜丈 小春(15)おうじょう こはる

「今日から私が桜丈ホールディングス代表取締役社長ってホントなの!?」


イラストやマンガを描くのが好きで、ほのぼの系キャラクターデザインを得意としている。大手新聞社&大手出版社が共催の日本最大のイラストコンテストでは、中学生部門で2年連続の最優秀賞に輝いた。

中学生にしてお小遣い帳をつけるほどの貧乏性。質素倹約、モノは擦り切れるまで使い、中古品を愛用する。趣味は、癒し系イラストを描くこと、古着屋巡り、貯金箱に500円玉を貯めること。

総資産4兆5000億円の桜丈ホールディングス株式会社、代表取締役社長。企業グループとしては日本国内だと50位、グローバル視点なら1000位に入る規模感だが、ホールディングス本体も傘下企業の大半も未公開企業で構成されているのが特色のため、表面上(バランスシート上)の総資産は市場価値を正しく反映していない。

桜丈 小雪(13)おうじょう こゆき

「いずれ歌舞伎町の闇王として君臨するのが、私という存在に課せられた哀しき宿命なのだ」


生まれてこの方ペーパーテストは満点以外をほとんど取ったことがなく、剣道やギターなど幅広い素養もあり周囲からは天才と思われているが、実は隠れて大変な努力をしている。まだ幼さの残る面影ながら誰もが振り向く美貌の少女。まさに才色兼備を地でいく女子に見えるものの、重度の厨二病を患っている。好きなコンテンツは『首領(ドン)への道』。いつの日か新宿区歌舞伎町に影を潜めて暮らし、自分の組を持ちたいと夢想する。

源 玄七郎(67)みなもと げんしちろう

「強いていえば、通りすがりの執事でございます」


桜丈家にやって来て12年目の、長身の自称執事。自分に常に厳しく、他人にも恐ろしく厳しい。

日本有数の格調の高さで知られる五つ星ホテルブランド――ベイグランディアホテルズの創業者にして元代表取締役社長。かつてベイグランディアホテルズは経営に行き詰まり、巨額の負債を抱えて民事再生法を申請したことで連日経済ニュースで取り上げられた。ある意味で名士であり財界有名人。ベイグランディアホテルズは、桜丈ホールディングスの傘下に組み入れられて経営再建中。

水無月 千景(28)みなずき ちかげ

「パワハラで会社訴えてやるぅ! めちゃんこ慰謝料請求してやるんですドチクショー!」


東京大学理学部卒のアラサー。経済産業省資源エネルギー庁に在職経験のある元官僚。桜丈ホールディングスの管理部門に勤めるかたわらで、会社の意向(業務範囲として)で小春と小雪の家庭教師をしている。絶賛婚活中だが程良い相手が見つからず、念のため生涯独身にも備えて最近4500万円で東京の真ん中に中古1LDK49平米を購入した。

桜丈 陸(58)おうじょう りく

「ぼくは当てもなく荒野を彷徨う金鉱堀さ。泥に塗れた地べたで過ごし、何度かグッドラックを引き当てた、それだけのことだよ」


桜丈ホールディングス元・代表取締役社長にして、現・無職ニート。明治後期から続く旧・桜丈財閥の本家筋にあたる四代目。桜丈財閥は繊維産業を中核とした中規模な産業複合体にすぎなかったが、軍需衣料品に経営を過度に依存していたためGHQに目を付けられ、太平洋戦争後の財閥解体で主要企業のすべてを切り離され、いくつかの不動産を残すだけで有名無実化していた。だが陸の代で、手持ちの不動産を担保になりふり構わぬ賭けに出て、急激な膨張を成し遂げた。その規模感は、戦前の桜丈財閥のスケールに比肩する程度にまで戻ったとされ、日本経済界の一つの奇跡と受け止められている。

さも意味深な言い回しをするものの、大して深い意味はない。自らが創り上げたグループの代表を、ある日突然に辞任してしまった。一見自分勝手な引退のように見えて、強引に幕引きしてしまったのには、実は本人の狙いもある。

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