第5章(4)

文字数 2,967文字

あのね、私たち3人で事業を始めてみようと思ってるの。
ほう。すでに小春お嬢様は社長として事業をやっていないわけではないのですが……ご自身で一から創業してみたいとお考えですかな?
当事者として自分たちで試行錯誤することで、帝王学の授業も身が入ると思うんだ。だから会社を設立する。
ふーむ……まぁ特段留意すべきこともございませんし、先々の希望といったところですな?
そんな曖昧な話じゃないよ。もう今日にでも始める勢いなんだよね。
私たちを誰だと思っている? 電光石火にして疾風迅雷という言葉に相応しい私がいるのだ。事業とはおままごとではないことを、ひよっ子の玄七郎に教えてやる。
設立登記書類は今日中に用意するつもりなので、定款認証は遅くとも明日してきますよ。本店登記地は小春ちゃんたちの原町のご自宅の予定なんですが、構いませんよね?
……そもそも事業は決まっているのですか?
実はね、今日一つ決まったばかりなんだよ。事業は臨機応変って話だし、とにかくやれることを色々チャレンジして足掻いてみようと思うんだよね。
……社名は?
地球連合株式会社!
なん、と仰いました……? 小雪お嬢様のご命名でしたら、どうかご再考を……!
残念だったな玄七郎! 地球連合はお姉の命名なのだ。私もゴージャスな案を様々出したのだが、私たちの目的には地球連合こそがベストマッチだ。
地球人を代表してどこかの異星人様とでも戦うご予定でしょうか……。
それが普通の反応ですよね。私も変だと思うんですけど、まぁ繰り返してれば、そのうち慣れるんじゃないですかねー。
……ふむ。水無月様が許容範囲なのであれば、私の感覚が少し古いのかもしれませんな。どんな名前だろうと自由にすればいいのかと。……ともかく、会社創業とはいささか予定外ではあるのですが、実践を通してBS脳を鍛えていくことを考えれば、そう悪い話でもないのでしょうな。
玄七郎の今の感じ、私たちのお遊びだと思ってるでしょう? 地球連合に全ッ然期待してませんって伝わってくるよ!
帝王学講義は始まったばかりなのですぞ。期待できるわけもございません……が、どうせ失敗するにしても、どこまでやれるか小春お嬢様たちのお手並み拝見といこうではございませんか。
ほざいていろ小坊主が。私の熱き想いは、玄七郎ごとき若輩が何を言おうが止められないのだ。
ははは、ほざいているのはどちらでございましょうな? 事業はそう簡単なものではございません。今の皆さまには難しい。ただし失敗の経験は非常に有用なものとなります。そういう意味から言えば、是非とも皆さまがたにダメ元でチャレンジしてほしいものでございます。最初に聞いたときは眉唾だと思いましたが、いやいやなるほど、どうやら私は小春お嬢様たちの会社創業に大賛成のようでございます。
玄七郎は失敗前提なんだね。でもいいよ、その期待には応えられないと思うから!
正直ムッと来ましたよコノヤロー。心のどこかで玄さんは応援してくれるんじゃないかって勝手に期待してましたから落とし前つけさせてやるー。
会社創業にあたって、桜丈ホールディングスが出資することはございませんが、よろしいですな?
そんなのアテにしてないよ!
そして私からただ一つだけ要望としましては、創業時の出資は、小春お嬢様ができれば100%、そうでなくても必ず50.1%以上の株式比率を確保するようにしてください。これを決めておかなければ、大人の水無月様が大半を出資して、事実上、水無月様の会社になってしまう可能性がありますからな。
出資をどうするかまでは深く考えてませんでしたね。もしかしたら桜丈ホールディングスから資本を得られるかもって甘く見積もっていたこともありました。
小春お嬢様の資本比率を縛ることには、2つの意味があります。一つは、小春お嬢様の身に迫る訓練のためには、やはりご自身が支配する会社でなくてはならないこと。そしてもう一つのほうがどちらかといえば重要ですが……水無月様はそれなりに責任感ある方なので、苦しい事態の連続を前にして、大人としてご自身が資本を出し続けなくてはならないと思ってしまうことを防いでおきたい事情もございます。でなければ失敗ばかりのなかで、水無月様はどこまでも小出しで出資し続けることを迫られてしまうかもしれません。
な、なるほど……桜丈ホールディングスと資本関係が一切ない以上、たしかに縛っておかないと、私が何とかしようと思っちゃうかも。私なんて貧乏人の部類だと思いますけど、それでも唯一の大人だからこそって考えるのは自然ですね。
その失敗前提の話ぶり……許しがたし玄七郎……。
お金なら、私が手持ちの貯金を全部使うよ。500円玉貯金箱も壊すつもり。いま使わなければ、何のために貯金を続けてきたのかって思うからね。がんばれ私っ!
私の貯金が炸裂するときが来たようだ。私の10万円が火を吹くぞ。
小雪も千景先生も聞いて。お金はひとまず私の手持ちでやってみよう。それでもどうしても足りなければ、玄七郎が縛ったように、私が50.1%を下回らない範囲で出してもらわなくちゃならないかもしれない。
でも小春ちゃんの貯金って、BS講義で見たものがすべてだよね。50万いかないくらいだったっけ。会社登記費用だけでも20万円くらい飛ぶからね。
それでも30万円近く残れば何とかなるよ。足りなくなったらまた考えていこうね。
それから皆さまに報告しようと思っていたことですが、私は明日から1週間程度、ニセコに出張する予定となりました。
ニセコに? 何しにいくの?
私が以前経営していたベイグランディアホテルズニセコにて建物の大規模修繕をやることになりましてな、建築当時の資料が不足しておりまして、私にお呼びが掛かったのです。私はすでに一線から退いている身ですが、かといって建築当時の相談を無視するわけにもいきません。というわけで、小春お嬢様と小雪お嬢様はちょうど春休み中でもございますし、ご一緒にご旅行はいかがですか? 北海道は初めてでしょう。ニセコのベイグランディアホテルズをご案内します。そして私もニセコに24時間張り付かなければならないわけではなく、札幌、函館、小樽などなど、お嬢様たちのアレンジくらいは存分に可能かと。
……こんな創業間もないタイミングで、東京を離れる、だと? 北海道には物凄く遊びに行ってみたいものの……いやしかし待て、これは孔明の罠だ。お姉、答えは決まっているのだろう?
……そうだね小雪。北海道旅行は、地球連合の仕事がひと段落ついたとき、私たち自身が稼いだお金で行くことにしよう。
うむ。私たちを失敗させたがる玄七郎に正義の鉄槌を下してやるべきだ。
いつもなら喜んで付いてきてくださったお嬢様がたですが、珍しいこともあるものです。1週間もお二方と離れるのは初めてでございますか。
玄七郎が稀に出張とかのときは必ず私たちも同行してたし、1日だって離れるのは初めてじゃないかな?
……時代は巡るものなのかもしれませんな。さて水無月様、私がいない間、お嬢様がたをお預けさせて頂きますぞ。
たはは。私が何かしなくとも、この2人なら全然大丈夫だと思いますよ。それに、良い機会とタイミングじゃないでしょうか。親離れ子離れは、お互いにそろそろしたほうがいいと思いますからね〜。
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登場人物紹介

桜丈 小春(15)おうじょう こはる

「今日から私が桜丈ホールディングス代表取締役社長ってホントなの!?」


イラストやマンガを描くのが好きで、ほのぼの系キャラクターデザインを得意としている。大手新聞社&大手出版社が共催の日本最大のイラストコンテストでは、中学生部門で2年連続の最優秀賞に輝いた。

中学生にしてお小遣い帳をつけるほどの貧乏性。質素倹約、モノは擦り切れるまで使い、中古品を愛用する。趣味は、癒し系イラストを描くこと、古着屋巡り、貯金箱に500円玉を貯めること。

総資産4兆5000億円の桜丈ホールディングス株式会社、代表取締役社長。企業グループとしては日本国内だと50位、グローバル視点なら1000位に入る規模感だが、ホールディングス本体も傘下企業の大半も未公開企業で構成されているのが特色のため、表面上(バランスシート上)の総資産は市場価値を正しく反映していない。

桜丈 小雪(13)おうじょう こゆき

「いずれ歌舞伎町の闇王として君臨するのが、私という存在に課せられた哀しき宿命なのだ」


生まれてこの方ペーパーテストは満点以外をほとんど取ったことがなく、剣道やギターなど幅広い素養もあり周囲からは天才と思われているが、実は隠れて大変な努力をしている。まだ幼さの残る面影ながら誰もが振り向く美貌の少女。まさに才色兼備を地でいく女子に見えるものの、重度の厨二病を患っている。好きなコンテンツは『首領(ドン)への道』。いつの日か新宿区歌舞伎町に影を潜めて暮らし、自分の組を持ちたいと夢想する。

源 玄七郎(67)みなもと げんしちろう

「強いていえば、通りすがりの執事でございます」


桜丈家にやって来て12年目の、長身の自称執事。自分に常に厳しく、他人にも恐ろしく厳しい。

日本有数の格調の高さで知られる五つ星ホテルブランド――ベイグランディアホテルズの創業者にして元代表取締役社長。かつてベイグランディアホテルズは経営に行き詰まり、巨額の負債を抱えて民事再生法を申請したことで連日経済ニュースで取り上げられた。ある意味で名士であり財界有名人。ベイグランディアホテルズは、桜丈ホールディングスの傘下に組み入れられて経営再建中。

水無月 千景(28)みなずき ちかげ

「パワハラで会社訴えてやるぅ! めちゃんこ慰謝料請求してやるんですドチクショー!」


東京大学理学部卒のアラサー。経済産業省資源エネルギー庁に在職経験のある元官僚。桜丈ホールディングスの管理部門に勤めるかたわらで、会社の意向(業務範囲として)で小春と小雪の家庭教師をしている。絶賛婚活中だが程良い相手が見つからず、念のため生涯独身にも備えて最近4500万円で東京の真ん中に中古1LDK49平米を購入した。

桜丈 陸(58)おうじょう りく

「ぼくは当てもなく荒野を彷徨う金鉱堀さ。泥に塗れた地べたで過ごし、何度かグッドラックを引き当てた、それだけのことだよ」


桜丈ホールディングス元・代表取締役社長にして、現・無職ニート。明治後期から続く旧・桜丈財閥の本家筋にあたる四代目。桜丈財閥は繊維産業を中核とした中規模な産業複合体にすぎなかったが、軍需衣料品に経営を過度に依存していたためGHQに目を付けられ、太平洋戦争後の財閥解体で主要企業のすべてを切り離され、いくつかの不動産を残すだけで有名無実化していた。だが陸の代で、手持ちの不動産を担保になりふり構わぬ賭けに出て、急激な膨張を成し遂げた。その規模感は、戦前の桜丈財閥のスケールに比肩する程度にまで戻ったとされ、日本経済界の一つの奇跡と受け止められている。

さも意味深な言い回しをするものの、大して深い意味はない。自らが創り上げたグループの代表を、ある日突然に辞任してしまった。一見自分勝手な引退のように見えて、強引に幕引きしてしまったのには、実は本人の狙いもある。

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