第10話(2)

文字数 3,352文字

(5)バンドワゴン効果については、両お嬢様はわからないと思うのですが、水無月様はいかがでしょうか?
(5)バンドワゴン効果
バンドワゴン効果はちゃんと理解できてますよ! プロパガンダ用語にもなってますからね。
プロパガンダって何?
フフフ、私は知っているぞ。お姉、いつでも私を頼っていい。プロパガンダとは主に政治宣伝のことだ。特定の主義や主張に誘導しようとする思想統制だな。
ほう、13歳のお子様であられる小雪お嬢様がそのようなことをご存じだとは思いませんでしたな。
ほざけ小僧。世界征服を目指し始めた私としては、支配者に関する書籍や記事にも時折目を通すようになったのだ。そこにはプロパガンダという言葉が頻繁に登場する。どうやら地球の愚民どもはプロパガンダによって完全に洗脳されているらしいのだ。
庶民の皆さまがたが何らかの洗脳下にあるというのはそうかもしれません。そもそも、すでに学んで頂いた信用創造からして幻に立脚しており、何某かの洗脳がなければ効果を期待できないからです。しかしながら我々には庶民の方々がどのような思想を持っていようが無関係、全く預かり知らぬ話であって、そのような著作ばかりを選んで読むのはオススメできませんな。どうしても強い偏りが出てくるもので、成功哲学本やビジネス本と同じように思考を無駄に持っていかれてしまいますので。我々帝王学の学徒は、世間の雑事には一切関与せず、自らの職務にのみ忠実になればよろしいのです。
その職務とやらにプロパガンダを活用することもできよう。いつの日か地球スケールの壮大な事業活動に私が乗り出すとき、プロパガンダが必要になる日も来ようからな。
誇大妄想はお子様の特権でございます。プロパガンダを熟知していると主張する小雪お嬢様は、当然、バンドワゴン効果についても知っておりますでしょうな?
……と、当然だ……が……いやしかし先ほど千景が知っていると発言したばかりだ。ここは発言を譲るのが大人としての配慮であろう。
発言に横槍を入れたのは小雪お嬢様でございましょうが……では水無月様、お答えをお願いいたします。
バンドワゴンっていうのは、パレードの先頭を行く軍楽隊のことですよね。そしてバンドワゴン効果は、多数が支持している物事に対して、よりいっそう支持が高まる現象です。マスメディアにおけるプロパガンダの基本中の基本と言えるかと思いますね。
選挙のとき自由党支持率60%とか言ったりするやつかな? あと皆んながこの首相を支持しているような報道をしたり、逆に皆んながこの首相を無能だと思っているような報道をしたり……。芸能人やエンタメ番組のアピールなんかも、バンドワゴン効果を狙って人気なように見せかけてるんだろうね。
ラーメン屋やスイーツ店とかの行列にも、バンドワゴン効果があるに違いない。知っていた、私はバンドワゴン効果をスラスラ解説できたはずなのだが、大人としてのマナーからあえて答えを千景に譲っただけなのだ。
ビジネス上なら『100万個販売達成』とか『1000万ダウンロード記念』とかを広告文句でアピールしますよね。皆んなが持っていると思えば、それまで興味がなかったものでも、チェックしておかねばならない気持ちになるものですから。
どうやら今回は具体例を促すまでもなかったようでございますな。世間や周囲の流行や評判が、自分の意思決定において無意識のうちに判断材料になってしまう心理でございます。

(5)バンドワゴン効果

多数が支持している物事に対して、よりいっそう支持が高まる現象。ラーメン屋の行列。

これは日常的に目にする機会の多い広告的手法で、人気化する商品・サービスの大半にはこの効果が組み込まれています。逆に言えば、誰にも知られていないものを人気化させようと思ったら、バンドワゴン効果を活用するのはほぼ必須であろうかと。
戦争報道とかでも国民に対し、どちらか特定の陣営を支持させようとする場合に、先日扱った善悪二元論と一緒に用いられますね。西側はアメリカを支持してるとか、皆んな国連軍に参加してるとか。本当は外交の渦中にいる官僚や政治家じゃないと比較的正確な判断なんてできる材料があるわけないんですが、材料がないからこそバンドワゴン効果を演出したもの勝ちなところがあります。
演出したもの勝ち……恐ろしいね……。
商品宣伝のため広告代理店を頼るのも、基本的にはこのバンドワゴン効果を最大化させるためです。では次も駆け足で参りましょう。(6)グランファルーン効果ですが、こちらも水無月様はご理解していらっしゃいますでしょうか?
(6)グランファルーン効果
いえ、正直ぜんぜん聞いたことなかったっす。
もちろん小雪お嬢様は熟知しているのでしょうな。その上で、あえて他人に解説を譲るつもり満々かと。
う、うむ……千景に説明を譲ってもよかったのだが、今回は玄七郎にやってもらうことにしよう。
グランファルーンとは、『まるで意味のない連帯』だとお考えください。何か具体例を思いつきますでしょうか、小春お嬢様?
意味のない……連帯? そもそも意味がちょっとよくわからないんだけど……。
では何もかも知り尽くしている小雪お嬢様、具体例をどうぞ。
…………。わ、私は最後に答えるとしよう……千景からだ。
私、大宮出身なんですよ。前に取引先の人で、大宮駅のそばに住んでるって人にお会いしたことがあって、なんかすごく一体感を感じて盛り上がったんですよね。大宮ってメジャー駅なんで別に珍しくもないんですけど、仲間意識みたいなものは感じましたね。それですか?
まさに適正な例でございますな。同じ出身地であるとか、同じ新聞を読んでいるとか、同じ駅を使っているとか、同じ感情を抱いたことがあるなどの、驚くほど取るに足らないどうでもいい基準によって、仲間意識を芽生えさせることができる広告的手法の一つです。
どうでもいい基準……それで相手に親しみを感じさせるんだ……。
本当にそんな基準に効果があるというのか? どうでもいいものは、果てしなくどうでもいいではないか。
このグランファルーン効果は、社会心理学において確認された最も信じ難い研究報告の一つでございます。ただしシンプルに効果的なので、多くの場面で活用されますな。営業マンは、訪問先の相手との共通点を必死で探って、どこかの繋がりから仲間意識を芽生えさせようと努めるはずです。共産主義者は、人々を身内と外部に分けて、アカの他人でもさも親しい相手であるかのように見せかけオルグ活動を行います。いったん仲間意識を形成してしまいさえすれば、あらゆるビジネス上の成果、政治的成果のために活かすことができるでしょう。

(6)グランファルーン効果

取るに足らないどうでもいい基準によって、仲間意識を芽生えさせる。同じ出身地など。

すっごい小さなことでも仲間意識って作れるんだね。中学校の運動会でクラス対抗戦とかあったんだけど、普段はそんなにクラスのこと意識してなかったのに、急に頑張ろうって気持ちになったんだ。それもグランファルーン効果の一種だったのかな?
もちろんでございます。
玄七郎がさっき言っていた『同じ感情を抱いたことがある』というものでさえ有効ならば、ほとんど誰に対しても使える技になるかもしれないぞ。出身地とかが合わなくても、感情だったら何かしら経験があるだろう。
感情を以てグランファルーン効果を狙うのは、政治扇動や宗教勧誘で非常によく実施されています。注意深くしていれば狙いを判断できるのですが、無意識下であると抵抗するのは難しい。
言われてみればヒトラーの演説とかは、このグランファルーン効果でアーリア民族の仲間意識に働きかけ、感情を揺さぶってくるものだったんでしょうね。
前にある政治家の人が、お金持ちとして有名だったのに、マスメディアを引き連れて庶民的な銭湯に入ってる映像を見たことあるよ。自分も庶民アピールをして、仲間意識を作ろうとしてたのかなー。
さて、本日で広告的手法をやり切ることもできそうですが……小春お嬢様の経営上の悩みとやらを聞く時間に充てたほうが、帝王学の学びとしては有効でございましょう。いったんここで区切りとして軽い休憩後、小春お嬢様の相談をお聞きするとしましょうか。
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登場人物紹介

桜丈 小春(15)おうじょう こはる

「今日から私が桜丈ホールディングス代表取締役社長ってホントなの!?」


イラストやマンガを描くのが好きで、ほのぼの系キャラクターデザインを得意としている。大手新聞社&大手出版社が共催の日本最大のイラストコンテストでは、中学生部門で2年連続の最優秀賞に輝いた。

中学生にしてお小遣い帳をつけるほどの貧乏性。質素倹約、モノは擦り切れるまで使い、中古品を愛用する。趣味は、癒し系イラストを描くこと、古着屋巡り、貯金箱に500円玉を貯めること。

総資産4兆5000億円の桜丈ホールディングス株式会社、代表取締役社長。企業グループとしては日本国内だと50位、グローバル視点なら1000位に入る規模感だが、ホールディングス本体も傘下企業の大半も未公開企業で構成されているのが特色のため、表面上(バランスシート上)の総資産は市場価値を正しく反映していない。

桜丈 小雪(13)おうじょう こゆき

「いずれ歌舞伎町の闇王として君臨するのが、私という存在に課せられた哀しき宿命なのだ」


生まれてこの方ペーパーテストは満点以外をほとんど取ったことがなく、剣道やギターなど幅広い素養もあり周囲からは天才と思われているが、実は隠れて大変な努力をしている。まだ幼さの残る面影ながら誰もが振り向く美貌の少女。まさに才色兼備を地でいく女子に見えるものの、重度の厨二病を患っている。好きなコンテンツは『首領(ドン)への道』。いつの日か新宿区歌舞伎町に影を潜めて暮らし、自分の組を持ちたいと夢想する。

源 玄七郎(67)みなもと げんしちろう

「強いていえば、通りすがりの執事でございます」


桜丈家にやって来て12年目の、長身の自称執事。自分に常に厳しく、他人にも恐ろしく厳しい。

日本有数の格調の高さで知られる五つ星ホテルブランド――ベイグランディアホテルズの創業者にして元代表取締役社長。かつてベイグランディアホテルズは経営に行き詰まり、巨額の負債を抱えて民事再生法を申請したことで連日経済ニュースで取り上げられた。ある意味で名士であり財界有名人。ベイグランディアホテルズは、桜丈ホールディングスの傘下に組み入れられて経営再建中。

水無月 千景(28)みなずき ちかげ

「パワハラで会社訴えてやるぅ! めちゃんこ慰謝料請求してやるんですドチクショー!」


東京大学理学部卒のアラサー。経済産業省資源エネルギー庁に在職経験のある元官僚。桜丈ホールディングスの管理部門に勤めるかたわらで、会社の意向(業務範囲として)で小春と小雪の家庭教師をしている。絶賛婚活中だが程良い相手が見つからず、念のため生涯独身にも備えて最近4500万円で東京の真ん中に中古1LDK49平米を購入した。

桜丈 陸(58)おうじょう りく

「ぼくは当てもなく荒野を彷徨う金鉱堀さ。泥に塗れた地べたで過ごし、何度かグッドラックを引き当てた、それだけのことだよ」


桜丈ホールディングス元・代表取締役社長にして、現・無職ニート。明治後期から続く旧・桜丈財閥の本家筋にあたる四代目。桜丈財閥は繊維産業を中核とした中規模な産業複合体にすぎなかったが、軍需衣料品に経営を過度に依存していたためGHQに目を付けられ、太平洋戦争後の財閥解体で主要企業のすべてを切り離され、いくつかの不動産を残すだけで有名無実化していた。だが陸の代で、手持ちの不動産を担保になりふり構わぬ賭けに出て、急激な膨張を成し遂げた。その規模感は、戦前の桜丈財閥のスケールに比肩する程度にまで戻ったとされ、日本経済界の一つの奇跡と受け止められている。

さも意味深な言い回しをするものの、大して深い意味はない。自らが創り上げたグループの代表を、ある日突然に辞任してしまった。一見自分勝手な引退のように見えて、強引に幕引きしてしまったのには、実は本人の狙いもある。

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