第8章(2)

文字数 6,938文字

いずれにせよ、現実の事業とはそういうもので……ぼくの病がぼくを駆り立て続けたならば……桜丈ホールディングスは大変なことになった可能性がある。今は異様に資産価格が高騰しているから、この価格で攻めたら取り返しがつかない状況になっていた。
今は何もかもが高すぎて、でもお父さんは買うのを止められない病だから、もし買っちゃうと簿価より実質的な価値は低くなってしまう。だからお父さんは、病を断ち切るために無理やり逃げ出したんだ。ある意味でいえば、それで桜丈ホールディングスを救ったんだね。
桜丈ホールディングスは、実質上のBSではマイナスではないだろうということは理解したが……逆に言えば、別に大して儲かっているというわけでもないんだな?
すごく儲かっている実感を持っていたならば、まだぼくは桜丈ホールディングスに縋り付いて勝負の真っ最中だったろう。このあたりがギリギリの分水嶺だったということさ。
そこまで状態は良くないけど、かといってマイナスでもないかもって感じなのかな。プラスマイナスがゼロよりちょっと良いくらい。だからこのまま何もせず、BSの縮小が続けば、会社は安定するって考えなのかな。
せめてささやかに自己弁護すれば、会社はプラスマイナスがゼロくらいのほうが丁度いい。しかも、決算書上で債務超過が大量に残っているのは案外悪くもないのさ。銀行評価はだいぶ悪くなるけど、うちくらいの規模になってしまえば銀行も付き合わざるを得なくなる。
悪くないって、どうして? いくら額面上の話でも、数字が綺麗なほうがいいでしょう?
要点は2つある。1つ目、仮に会社の純資産が1兆円と表示されていたとしよう。とすれば、過去には法人税として少なくとも5000億円は持って行かれていたはずさ。
利益を上げたら、税金を持って行かれる。でも赤字続きだったとしたら、税金を払う必要はなかったということか?
そう、会社は額面上の利益を貯めるよりも、隠れた利益――要するに決算書上に現れない含み益を貯めていくのが賢明なんだ。桜丈ホールディングスは、含み益はそれなりに多いはず。尤も、含み損も結構隠れているわけだが。
税金……払った経験がないから、まだあんまり実感できないなぁ、それがどれだけ重要なことなのか……。
そして2つ目。これは未来の税金で、こっちの方がずっとインパクトが大きいのだが……相続税。
相続? お父さんが死んだときの話?
そう、普通の家ではそこまで考える必要はないかもしれないが、ぼくら商売の家では相続税の過酷さに身構えておく必要がある。ぼくもかつて、相続税を払えなくてのたうちまわったことがあった。まぁ、その辛い経験でさしものぼくもブチ切れて、桜丈ホールディングスでの乱暴な拡大路線に突っ走ることになったんだけど。
相続税ってどのくらいなの……? 桜丈ホールディングスみたいな大きな会社の相続税って、払えるのかな……?
だからこそ、借金まみれで債務超過であることが活きてくるわけさ。決算書上で2兆円の純資産があったなら、1兆円くらい課税されてもおかしくない。そんなもの払えるわけもないけれど、そういう仕組みだからね。
では債務超過がこれだけあると……相続税はあんまりかからない、のか?
ゼロに近く抑えられるのではないだろうか。もちろん、その時になってみないとわからない。幸い身体はだいぶ健康体だから、ぼくなら100歳越えまで普通に生きそうだし、そのときの社会情勢によるだろう。
そこまで先のことは確かにわからないな。だけど今は、債務超過額2500億円の正体が少しだけ見えてきたことで良しとしていいのかも。
正体はわかったが、その正体自体がモヤっとしている。良いんだか悪いんだか、正確にはもはや誰にもわからないと受け止めたぞ。オヤジも玄七郎も、感覚的には大丈夫と感じているというだけで。
時々話題に上るんだけど、そもそも、うちってお金持ちなのかな? 千景先生は私たちのことを大富豪だって言ってたよ。
水無月君みたいな普通の人たちから見れば、ぼくらが大金持ちに見えてしまうんだろうね。会社は大きいし、家も大きいし、お金に困っているわけでもないし。
いやだからどうなんだ、本当のところは?
さっきの会社の話とおんなじさ。ぼくにもわからない。ただ、これは別にぼくだけが投げやりに言っているわけじゃなくて、ぼくら商売の家の人たちは、こんな感覚だと思うよ。強いて言えば、実質的なBSで計算すると、このくらいの財産があるのかなって漠然としたイメージになるだろうか。少なくとも世間様が勘違いしているほどの大富豪じゃないし、かといって暮らしに困ることもない。
玄七郎が『お金をどれだけ持っているかどうかは少しも重要じゃない、BSの富を生む構造が綺麗に成立しているかどうかが重要だ』って言ってたんだよね。別にうちにはお金が溢れているわけじゃないけど、BS上では、何もしなくても生活費くらいは入ってくる構造になってるってことなのかなぁ。
あとこれはバカバカしい話でもあるんだけど、桜丈ホールディングスでぼくが普段から動かしていた桁は、何億円とか何十億円とか、時には何百億円、何千億円という状況だった。そんななかにあれば、日常で100万円や200万円というのは、まさしくどうでもいい話なのさ。仮に100億円が流れている川から、100万円を掬いあげたって影響はゼロだろう? 儲かっているとか損しているという次元の話じゃないのさ。
流れているお金の規模が大きすぎるせいで、少々消費したところで、そんなものは何も影響しないということか? 仮に全然儲かってなかったとしても、巨額を扱っていれば、小銭の扱いは適当になってゆくのかもしれないな。
うちが大富豪なのかどうか、それはわからない。だけどぼくの感覚値で言えば、まったく全然、微塵も大富豪じゃない。ただ規模が大きいというだけに過ぎないよ。
うちが言うほどお金持ちじゃないっていうのは、私の感覚とも一致するな。子供のころからそう思ってたんだけど、周りの人たちは私のことを大金持ちみたいに思ってたから、ずっとギャップを感じてた。
クラスメートは私のことを大富豪だと思い込んでいるぞ。ただ、実際に本物の大富豪というのはおそらく存在するのだろう? うちとは何が違うんだ?
本当に巨万の富を持ってる人というのは、世間様が思っているより多くはないと思うけどね。ただ一つこれかなと思うのは、やっぱり歴史が長い家はしっかり溜め込んでいるよ。羨ましい限りさ。
たぶん歴史が長いところは、すっかりBSの構造が完成しちゃってて、もうBSを拡大しなくてもよくなって、だから借入も減っていって……あとは資産が積み重なっていくだけなんだろうね。
だが桜丈家だってそれなりに歴史があるはずだ。玄七郎は、桜丈家の商売の歴史が300年前くらいまで遡れると言っていたぞ。
そりゃ家系ではそうなんだけどね……商売人の家が無敵というわけもない。たくさん失敗もあるし、革命や戦争を乗り越えなくちゃならないし、消えていく家だって少なくないよ。桜丈の場合は……GHQの財閥解体でゴッソリやられちゃってね。それがなかったら、歴史の長いところの一つになっていたと思う。今の桜丈っていうのは、形式上ぼくが財閥4代目だけど、実質ぼく1代なのさ。
財閥解体って歴史で習ったなぁ。私にとってはすっかり他人事だよ。戦前はそんなに巨大だったの、桜丈財閥って?
上位の財閥と比べれば月とスッポンさ。たまたま軍への納品額が大きくて、目をつけられたみたいなんだ。別に政治的活動をしていたわけでも、戦争遂行に関与していたわけでもない。政治とのツテも弱かった。戦後の見せしめとして手頃な企業グループだったんだろう。
私も小雪も、たぶん他の皆んなも、お父さんってちょっとおかしいよねって思ってる。だけど……実質1代でこんな規模にまで企業を成長させたっていうのは、もしかしたら物凄いことなのかもしれない。
おかしいかな……うん、まぁおかしいよね……玄さんにも叱られてるし……こんなぼくだけど、いちおう自覚しているさ。
別におかしいことを指摘したいわけじゃなくて、もしかすると凄い人なのかなぁってほうを強調したかったんだけど。
……どうだろう……それはない、かな。
どうした、妙に謙虚ではないか。せっかくお姉が褒めたというのに。
包み隠さない本心さ……。今日のぼくは俎の鯉だから、君たちと交渉めいたことをする必要もないのだし。
じゃあ、どうして1代でここまで企業を大きくできたと思う?
ぼくは運だと思うよ。間違いなくぼくはツイてた。
運……。
ぼくは荒野を彷徨う金鉱堀さ。泥に塗れた地べたで暮らし、何度かグッドラックを引き当てた、それだけのことだよ。99%はそれで説明できると思うんだ。
残り1%は何だ?
無鉄砲なところ、じゃないかな。本当に申し訳ない。
ちゃんと聞くね。お父さんは本当の本心から、自分が成功……ううん、成功したのかどうかは不明だけど……会社を急成長させた理由は運だった、そう確信しているわけね?
ああ、その通り。もちろん成功はしていない、ぼくは栄光を手に入れることができなかったから。
…………。
…………。
ど、どうしたんだい、小春ちゃん、小雪ちゃん……?
……どんな人でも会社でも、最後は運がモノを言うのかな?
最後どころか、ほぼすべてが運じゃないかな。
私は色々な分野で頑張ってきたつもりだ。しかし結局のところ、どれほど一念通天で励もうとも……運には勝てないのだろうか。
たまたま運を掴むことはできるかもしれない。でも運に打ち勝つなんてできないよ。夢も希望もなくてゴメンね。
私はむしろ、夢と希望を感じられたかな。だって私みたいな何者でもないたった一個の人間でも、運命の女神様の選択によっては、こんな私だって栄光を掴むことができるのかもしれないから。
玄七郎は、人生をゲームだと考えてみろと言っていた。その時は納得しかねたが、それは案外正しい考え方なのかもしれない。そうすれば私の栄光も、よりいっそう描きやすくなる気がしたぞ。
い、いやだから待ってほしい。ぼくは、別に君たちをやる気にさせるために本心を言ったんじゃないんだ。むしろ運には敵わないのだから、ジッとしていて欲しいということを伝えたい。桜丈ホールディングスはあと20年も30年も放っておけば、自然にBSが完成されてきて、それこそ大富豪の一角に食い込めるかもしれないんだよ。だから頼む……下手に奮闘しようとしないでくれないか……。
 困惑する陸を他所に、小春と小雪は顔を見合わせ、頷きあった。
お父さんにお願いがあるの。そのために今日は熱海まで来たんだ。
こんなぼくが、何か君たちにしてあげられることがあるというのかい?
……お金を、貸して欲しいんだよね。
ひとまず300万円だ。
そのくらいなら構わない、返さなくていいよ。ぼくにも、少し父親らしいことをさせてほしい。
なーんだ、緊張して損しちゃったよ……。玄七郎にはけんもほろろに断られたから、お父さんも頑なな感じにならないか心配してたんだよね。最初からお父さんに頼めば良かった。
結構まとまったお金だよね。2人して春休み中に何か講座を受けたり、あるいは玄さんと連れ立って海外にでも行ってみようと計画しているのかい?
ちょっと時間取るけど話をさせて。私たちの栄光の第一歩目になるかもしれないから。
君たちの、栄光の一歩目……?

 それから小春と小雪は時間を費やして、代わる代わる、今までの成り行きを話して聞かせていった。帝王学学習の進展状況、社会を覆せる方法もあると知ったこと、地球連合の設立とその後、そして玄七郎が100万円すら貸し渋ったことまでを。


 耳を傾けていた陸は、徐々に顔色が変わっていく。

お父さん、どうしたの? 顔色、悪いよ……?
一体全体、君たちは何をしようとしているんだい? なぜ会社なんかを始めなくちゃならない!?
そんな責めるような口調で言うことなのかな? 玄七郎は最初ちょっと難色を示したけど、結局は帝王学学習のために悪くないかもって納得してくれたよ。
世界を変える、私たちの手で。それが私たちの栄光だ。地球連合創設は、その最初の礎に過ぎない。
世界を……変えるだって? まさかそんな……いつもの小雪ちゃんの大袈裟すぎる話なんだろう? 歌舞伎町はどうしたんだい?
世界の姿を知り始めた今、歌舞伎町なぞ私にはあまりに狭すぎる。私は信用創造をぶっ潰し、暗号通貨も吹き飛ばし、そして玄七郎もぶっ殺す。それが私という存在に定められた哀しきさだめ……。
小雪ちゃんはともかく……小春ちゃんは違うんだろう? 小春ちゃんはイラストレーターやマンガ家になるんじゃなかったのかい?
玄七郎がたしか言ってたような気がする、イラストレーターと帝王って兼任できるんだって。あとそういえば私って本心では帝王になりたいらしいよ、それも玄七郎が言ってた。
帝王って何のことなのか、聞いてもいいのだろうか……?
言ってみれば世界の支配者のことかなぁ。地球連合を設立して以来、結構苦労の連続で笑っちゃいそうになるんだけど、こんなんじゃまだまだお父さんの足元にも及ばないって痛切にわかったよ。だから今まで以上に、私たちは努力していこうと思った。この道の先に――私たちの栄光――きっと地球の色を塗り替える、そんな予感がするんだよね。
バカな!? じゃあ……300万円は会社経営のため……?
そうだよ。本当に悩みの種だったから、お父さんが貸してくれることになって助かった……。すごくすごくホッとしたんだよ……。ありがとう、お父さん。
予想外だったな、オヤジがこんなに即断即決で貸してくるとは。改めて邪鬼玄七郎は許されない……。
…………。
もしかしたらお父さんと正直に向き合ったのは初めてかもね。お父さんとは接点がない人生なんだなって思ってたけど……これからは会社経営を通じて分かり合えるのかもしれない。お父さんが成し遂げられなかった栄光の話、今度ゆっくり聞かせて欲しいな。
桜丈ホールディングスから唐突に逃げ出した件は赦してやろう。全く予想もしない話だったぞ。だがこの真実は、私の糧にもなってくれるに違いない。
……ダメだ。金は、貸せない。
……い、いま何て、言ったの……?
金は、貸さない。
なん……だと……?
君たちは勘違いしている。これから生き死にの戦場に出すために帝王学を身につけさせようとしたわけじゃない。ぼくら商家の教養に過ぎないし、これから財産を守り引き継いでくれるために必要な最低限の知識だったからなんだ。それ以上、具体的な行動を求めているわけじゃない。余計なことはしないでくれ、頼む。
もう始めちゃってるんだ。決意も持ってる。お父さんが何を言おうが、私たちは変わらないよ。
このまま桜丈ホールディングスで何もしないでいてくれさえすれば、きっと君たちの人生は輝かしいものになるんだよ。だからどうかお願いだ。
お金があることが輝かしいことなのかな? 余裕のある生活を送ることが輝かしい人生なのかな? 何の苦労も心配もなく毎日を過ごすことって、本当に輝かしい日々なのかな……?
断じて却下だ、そんな人生は。私は私の決めた道をただ前へ進むのみ。その途上で死んだとして、何の悔いがあるという? 何もしなかった人生を悔いるのは絶対に願い下げだ。
ぼくが、このぼくがどんな想いで桜丈ホールディングスから逃げ出したと思っているんだ!!
……私も小雪も、逃げ出して欲しいと頼んだつもりはないよ。財産を遺すよう頼んだこともないよ。私は、きっとお父さんには何か事情があってのことだろうし、たとえどんな状況でも家族の会社なんだから、桜丈ホールディングスを引き受けなくちゃと思ったよ。それが本当は資産があろうとなかろうと、そんなの小さなことなんだよね。たとえ迷いながらでも、目の前のことをしっかり積み上げて、自分の足で歩きたい。そうすればこの道の先に、きっと栄光があるような気がする。お父さんにもらった栄光なんて、そんなの紛い物なんじゃないかな。
クッ、まさかこんな……。
300万……貸す気は、ないのか?
やはり貸せない。
……どうしても?
娘たちに、わざわざ過酷な道を歩ませたいと願う親がどこにいる?
お姉、やめておこう。オヤジを頼ろうとした私たちが間違っていたのだ。
そう、だね……。お金の貸し借りよりも、お父さんとこれから先の栄光を分かち合えないのが残念だよ。

 小春と小雪は席を立った。

 すがるような視線で陸が2人を見やってきたが、言葉が出てこないようだった。

そうだ、一つ報告しておくね。これはお願いじゃないから。私ね、しばらく会社経営に専念しようと思ってるの。だから……。
だ、だから……?
 陸の表情は恐怖でいっぱいだった。
高校には行かなくていいや。今さら学校の勉強を強いられるなんてあり得ないと思えてきたから。
なんでそうなるんだ!? 妙な選択はしないでくれ!
行こう、小雪。
うむ。
学校の件は話し合わねば……今日は熱海に泊まっていってくれないか……。
仕事、あるんだよね。
……ここで寂しく寝ているがいい。栄光は私たちが手にする。さらばだ。
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登場人物紹介

桜丈 小春(15)おうじょう こはる

「今日から私が桜丈ホールディングス代表取締役社長ってホントなの!?」


イラストやマンガを描くのが好きで、ほのぼの系キャラクターデザインを得意としている。大手新聞社&大手出版社が共催の日本最大のイラストコンテストでは、中学生部門で2年連続の最優秀賞に輝いた。

中学生にしてお小遣い帳をつけるほどの貧乏性。質素倹約、モノは擦り切れるまで使い、中古品を愛用する。趣味は、癒し系イラストを描くこと、古着屋巡り、貯金箱に500円玉を貯めること。

総資産4兆5000億円の桜丈ホールディングス株式会社、代表取締役社長。企業グループとしては日本国内だと50位、グローバル視点なら1000位に入る規模感だが、ホールディングス本体も傘下企業の大半も未公開企業で構成されているのが特色のため、表面上(バランスシート上)の総資産は市場価値を正しく反映していない。

桜丈 小雪(13)おうじょう こゆき

「いずれ歌舞伎町の闇王として君臨するのが、私という存在に課せられた哀しき宿命なのだ」


生まれてこの方ペーパーテストは満点以外をほとんど取ったことがなく、剣道やギターなど幅広い素養もあり周囲からは天才と思われているが、実は隠れて大変な努力をしている。まだ幼さの残る面影ながら誰もが振り向く美貌の少女。まさに才色兼備を地でいく女子に見えるものの、重度の厨二病を患っている。好きなコンテンツは『首領(ドン)への道』。いつの日か新宿区歌舞伎町に影を潜めて暮らし、自分の組を持ちたいと夢想する。

源 玄七郎(67)みなもと げんしちろう

「強いていえば、通りすがりの執事でございます」


桜丈家にやって来て12年目の、長身の自称執事。自分に常に厳しく、他人にも恐ろしく厳しい。

日本有数の格調の高さで知られる五つ星ホテルブランド――ベイグランディアホテルズの創業者にして元代表取締役社長。かつてベイグランディアホテルズは経営に行き詰まり、巨額の負債を抱えて民事再生法を申請したことで連日経済ニュースで取り上げられた。ある意味で名士であり財界有名人。ベイグランディアホテルズは、桜丈ホールディングスの傘下に組み入れられて経営再建中。

水無月 千景(28)みなずき ちかげ

「パワハラで会社訴えてやるぅ! めちゃんこ慰謝料請求してやるんですドチクショー!」


東京大学理学部卒のアラサー。経済産業省資源エネルギー庁に在職経験のある元官僚。桜丈ホールディングスの管理部門に勤めるかたわらで、会社の意向(業務範囲として)で小春と小雪の家庭教師をしている。絶賛婚活中だが程良い相手が見つからず、念のため生涯独身にも備えて最近4500万円で東京の真ん中に中古1LDK49平米を購入した。

桜丈 陸(58)おうじょう りく

「ぼくは当てもなく荒野を彷徨う金鉱堀さ。泥に塗れた地べたで過ごし、何度かグッドラックを引き当てた、それだけのことだよ」


桜丈ホールディングス元・代表取締役社長にして、現・無職ニート。明治後期から続く旧・桜丈財閥の本家筋にあたる四代目。桜丈財閥は繊維産業を中核とした中規模な産業複合体にすぎなかったが、軍需衣料品に経営を過度に依存していたためGHQに目を付けられ、太平洋戦争後の財閥解体で主要企業のすべてを切り離され、いくつかの不動産を残すだけで有名無実化していた。だが陸の代で、手持ちの不動産を担保になりふり構わぬ賭けに出て、急激な膨張を成し遂げた。その規模感は、戦前の桜丈財閥のスケールに比肩する程度にまで戻ったとされ、日本経済界の一つの奇跡と受け止められている。

さも意味深な言い回しをするものの、大して深い意味はない。自らが創り上げたグループの代表を、ある日突然に辞任してしまった。一見自分勝手な引退のように見えて、強引に幕引きしてしまったのには、実は本人の狙いもある。

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