第10章(3)

文字数 7,740文字

 休憩後、まず小春たちは、地球連合の経緯について玄七郎に伝えていった。玄七郎は地球連合の失敗を大前提にしているものの、敵なわけではないし、都度都度で玄七郎の意見を聞けるのは有用だ。それに小春たちの保護者として頼み事をしなくてはならないこともあるから、状況は逐一共有することにしていた。
――ふむ。弁天町で無人店を開きつつ、ハウスクリーニングも採り入れることにしたと……。予想外に進行しているようでございますな。
ククク、どうだ玄七郎、思い知ったか。私たちが大失敗すると考えるのをそろそろ改め、謝罪するべき時がきた。
何一つ思い知っておりませんが? 地球連合が大失敗の結末を迎えるというシナリオのことでしたら、寸分の変化もございません。
くっ、小童が……今に見ているがいいぞ……。
それでね玄七郎、今回の物件売買を通して、BSを拡大させる要領は実感できてきたような気がするんだ。ここから先もどんどん攻勢を掛けていきたいと思ってて、桜丈ホールディングみたいに事業の買収とかも検討していきたいんだよね。
まだ創業間もない今、現実的に銀行融資が次々と期待できるとは思えないのですが? せいぜい不動産を担保にいれた融資を受けられるのが関の山でございます。
行動してみないと結論なんて出せないでしょ? だって何もないのに融資相談なんていきなりできるわけもないのだし、買いたいものを見繕ってから、それに相応しい金額を設定して、銀行に相談するっていう流れになるんじゃないかな。
……とうていあり得ない乱暴な経営だと考えますが……まぁどうせ融資を引っ張るところまでいく可能性はほぼないのですし、小春お嬢様がやりたいようにすればいいのではないでしょうか。
ビックリですよね、この小春ちゃんの勇猛果敢ぶりは。突撃隊長の名は伊達じゃないということです。
突撃隊長……?
 それから小春たちは3人の役割分担を説明し、そのなかで小春が脳筋担当の突撃隊長であることも伝えていった。小雪は実働担当、千景が知能担当ということもだ。
ちなみに千景が参謀総長で……そして聞いて慄くがいい、何を隠そう私が剣豪将軍だ。
それを恥ずかしいとは考えない小雪お嬢様に慄かせて頂きました。
千景先生に指摘されて、初めて私が脳筋なんだって気づいたよ。いかにもバカ丸出しだけど、でも否定できないから、私は突撃隊長でいいんだ。
旦那様が仰っていたように運がすべてを支配するとしたならば、行動だけが唯一の希望でございます。私としては突撃隊長の役職名は、運を掴むことに最も近いものだと考えます。そしてそれを小春お嬢様がすっかりお受け入れになっていることに、私は少々認識を改めねばならない可能性を感じましたぞ。
どんな風に認識を改めるっていうの?
地球連合が大失敗するというメインシナリオでしたが、超特大の大失敗になるやもしれないという認識でございます。
おのれ玄七郎許すまじ……。
ただし、超特大の成功の可能性も1%くらいは芽生えたやもしれませんが。
だったら私たちは1%をきっと掴めると思うな。逆に言えば、その1%を掴むまで突撃すればいいんだよ。300回だって500回だって攻勢を掛ければいいんだし、突撃を止めるかどうかは私が決めることであって……だったら地球連合の超特大の成功は、限りなく100%に近づくと思う!
…………。
まさに脳筋思考の局地……スクワット300回とかじゃないんだよ……。むしろ不安しか感じない……。
フフフ、お姉の言うことには100理ある。地球連合は勝つだろう。玄七郎が黙ったことが何よりの証明だ。
 ゴホン、と咳払いをした玄七郎は、気を取り直したように口にする。
経営状況については承知いたしました。そして小春お嬢様には、何か私に質問したいことがあったようでございますが?
そうそう、BS!
BSがどうかなさいましたか?
拡大と縮小の波が大事だって理屈は今では分かってる。だけど、そもそもBS拡大がどの範囲までなら大丈夫かってことがわからないの。
なるほど。
桜丈ホールディングスはBS規模が4兆5000億円で打止めになってるわけだよね。お父さんは、これ以上の拡大が危険だと察知して逃げ出した。ということは、今のところ上限がそこにあるわけでしょう? 地球連合は、上限がどこにあるんだろう? 目先で1兆円くらいにしても大丈夫なの?
1兆円という発想が出てくるのはさすが……。
私としては来年には5000兆円を達成したいところだ。
大前提として、自分にBS拡大の意思があっても、銀行など第三者が絡むのですから、実際に拡大できるかは別問題ではございますが……その実際問題を除外して考えるとすれば、キャッシュフローが回る範囲が限界点の一つと考えてよろしいかと思います。
だからキャッシュフローが回る範囲っていうのは、どこなの?
まず、会社にとってお金というのは血液でございます。血液が体内を巡っている間は、会社には何の問題も発生しません。このお金の流れを、キャッシュフローと呼びます。
血液が循環しているのなら問題ないんだね。ただ、東京みらい信用金庫と日本政策金融公庫に、毎月少しずつ返済が始まっていくんだよね。そうすると血液が毎月流れ出てしまっていると考えることもできるかな。
一方で、清掃業とかをこなせば新たに入ってくる血液もある。だから、入金と出金のバランスが保たれるところが、キャッシュフローが回る限界点であって、そのポイントがBSの最大値だと考えればいいんでしょうか?
慣れないうちは、そうした理解でもよろしいかと思います。熟練してくれば、キャッシュフローの適正範囲を突き抜けてBSを拡大させても、いざとなれば資産を売却することによって大幅な輸血が叶いますから、ある程度まで限界突破しても問題ないという判断も出てこようかと思います。ただしまず小春お嬢様たちの場合には、入金と出金がバランスするところがBSの最大値だとお考えになっておけば安全でしょうな。
少なくとも清掃業の売上は、これからハウスクリーニング請負が始まればかなり高くなっていくから、キャッシュフローには全然余裕がありそうだね。
あと地球連合の場合は、誰も給料を取っていないということがかなり効いてる。本当なら人件費は会社にとってメチャメチャ重い負担だからね。
やはり無人店がいいな。人を雇えば雇うほど、毎月必ず発生する出血も大きくなって、BS拡大の余地が小さくなってしまうということだ。
今の地球連合のBS規模は792万円だけど……別に1億円くらいになっても全然問題ない気がしたよ。まだまだやれるね。がんばれ私っ!
ただし、でございます。おそらく小春お嬢様がたの想定は、日々の入金・出金に基づく計算なのだろうと思います。ですが片手落ちというもの。
何か考える要素が足りてないのかな?
第一の点として、税金支払いの要素が、小春お嬢様たちからはすっかり抜け落ちているようでございます。
あっ、税金! どのくらいの負担になるんだろう……。
日本の法人の場合は、法人税だけでなく諸々を加味して、大筋として利益の40%前後が持っていかれると想定しておけばよろしいかと思います。
利益の40%!?
厳密には利益800万円までは法人税が抑えられたりなど中小企業の優遇措置がございますから、35%で見てもいいのですが、中長期的な社業の発展を考えれば40%としておいたほうがよろしいかと。
その年の利益が1000万円出たとすれば……400万円が税金で消える……し、信じられない……。
やっぱ高いですよね、税金。
これでも日本は法人税を少しずつ下げてきたので、個人よりはマシかもしれませんぞ。今や個人で年収が高い方だと、社会保険支払いなども含めれば半分以上も徴収されてしまうケースがあります。
冗談だろう? 国と交渉の余地はないのか?
ございません。ただし制度設計をしているのは人間ですから、小雪お嬢様が政治家に手回しするなどして運動し、制度を変更されてみてはいかがですか?
やむを得んな、私がいずれ総理大臣にならざるを得ない。
我々ビジネス人としては、政治には極力関わらないスタンスがベターなのですが……そこまでされるくらいなら、もっと法人税を抑えられる別の国に本店を移してしまうという選択肢もあり得るのですが。
タックスヘイブンとかですよね。法人税3%なんて冗談じみた国だってありますし。
40%が3%!? なんで皆んな移動しないの?
我々ビジネス人は、比較的所属する国を選択しやすい立場にあります。ですが税金が安いことだけが、国家選択の判断基準にはなり得ないでしょう。それぞれの国には、多種多様なリスクや文化的背景がありますから、それとの見合いでの選択が必要です。
桜丈ホールディングスが日本企業だったのは、最終的に日本がベストと判断していたということなのかな?
そのお考えは確かです。おそらく世界を見渡しても、日本ほど自由度が高く、経済規模もそれなりにあり、安全で、貧富の格差も見えづらく、政治的に安定している国はそうそうあるものではございません。事業活動をするうえでの選択肢として悪いエリアではありません。
日本が自由? まったくそんなイメージはないのだがな。
絶対的な話じゃなく、世界各国との比較の問題になるからね。そりゃ日本だって面倒な部分は色々あるけれど、他の国と比較すればマシだよねって話で。腐敗のスケールも他国と比べちゃうとかなり控え目かな、日本は。どれだけ世界中酷いんだって話でもあるけれどね。
国によっては、旦那様や小春お嬢様などはボディーガードを付けて歩かなくてはなりません。しかし日本は、どれほどの富豪であろうとも庶民に溶け込むことができる稀有なエリアでございます。貧しい方も富豪もたいていのところには普通に行けますし、区別も差別もなく身の危険を感じることもないでしょう。学歴格差が実質面でほとんどないこと、エリート社会などがないことはお伝えした通りです。そして日本人富豪は偉そうにするどころか、むしろ立場を明かさず平身低頭を心掛けている方々も少なくないので、日常では格差を感じることもありません。中途半端な方のほうがよっぽど偉そうに振る舞っておられますな。
個人的には、ウォッシュレットが普及していることが本当にありがたいと思いますよ。もうこれだけの理由で、旅行ならともかく、暮らすとなれば日本以外に私には選択肢ありませんねー。
日本では税金が40%も徴収されたとしても、見えない背景も加味すると、総合的にはメリットのほうが大きいんだって判断でいいのかなぁ?
もちろん日本が好きとか嫌いなどというような感情面での話ではございません。ビジネス人としてすっきり割り切ったうえで、メリットデメリットを考える視点は持っておいて欲しいものです。
私は日本が好きだな。ホッとできる国だと思うし、私がイラストレーターとしてやれそうなのも日本に生まれたからだと思う。
私はお姉と違い、日本にこだわりなどあろうものか。私は世界に羽ばたくべきで、世界を獲るために適切な国に移動することに異論はないぞ。そのうえで日本が今は有利というのなら、存分に日本を利用させてもらうとしよう。
私はITや資源の技術系キャリアを重ねてきたから、どこの国に移住してもPL脳的な職ならかなり好待遇を受けられそうだけど……小春ちゃんと小雪ちゃんの中間……どちらかと言えば小春ちゃん寄りかなぁ。やっぱウォッシュレットなんだよね〜。海外行ってみると、小綺麗な日本でしか暮らせないって毎回思う。あとやっぱり和食は生活から外せない……。
そうした好き嫌いのこだわりはご自由にすればよろしいのですが、我々帝王学の学徒にとって、特定の強いこだわりは重しでしかないと知っておく必要もあるでしょう。こだわりは最小限に留め置き、経営的選択に際しては合理のみを信奉してほしいものでございます。
好き嫌いはともかく、合理を考えてもやっぱり今は日本が正解に近くて、税金40%を受け入れて色々な経営判断をしていくしかないみたいだね。
ただし、そう考えるのは我々には日本語能力があるからで、日本語能力を持たない人にとっては、他のメリットを加味しても不正解に近い選択ともなりましょう。各人各様、持てる資源を有効活用して、常に合理的な思考をしてほしいものでございます。
ただ、税金40%と考えると……もしかしたら思っていたほどBS拡大の余地ってないかもしれないよ。
玄七郎がいるところで、できるだけ具体的な数字を確認しておきたいぞ。玄七郎は生意気極まる坊やだが、その意見は少しだけ認めてやってもいいからな。
仮の想定だけど、ハウスクリーニング請負とか無人店舗とかが上手く回ったとして、月300万円の売上でしょう? そして本当は人件費がかかるから、その固定費として月100万円とすれば、手元に残るのは月200万円ということになる。年間の利益は2400万円。
給与をいちおう想定するなら、現状だと最低でも月150万円が妥当かな。だって土日とか休みもないわけだし、残業代とかもあるはずだから、どう考えたって3人で月間給与150万円を見ておいたほうがいいよ。
それなら年間の利益は1800万円ということになるでしょう? 東京みらい信用金庫への返済期間は10年、日本政策金融公庫への返済期間も10年で……細かく考えると複雑になるから、借金はひとまず10年返済とすれば……税金を想定しなければ、年間利益1800万円×10年で、1億8000万円……。
つまりBS規模1億8000万円までならキャッシュフロー上は問題ないということだな? しかし税金40%を加味すると、どうなる?
税引後の年間利益は1080万円まで減っちゃうよ。とすれば10年で借りれば……1億800万円が上限値なのかな。
税金を払うとかなり変わってくるな。
月の売上300万円とか、固定費は月150万円とか、借入は10年返済とか、何もかもが机上のものであること忘れないで。売上の見込みが本当は全然ついてないから、アテにはしないほうがいいと思う。ただ一応の目安として持っておくのは悪くないかな。
それでも私たちには、やっぱりまだまだBS拡大の余地がありそうな感じ! がんばれ私っ!
ただし、小春お嬢様たちにはまだ忘れている点があるようです。
えっ? なんだろー?
……利息支払い負担ですかね?
左様です。1億800万円を仮に金利3%で借りたとすれば、初年度の利息支払い額は……水無月様?
324万円!
にもなることを想定に入れたほうがいいでしょう。キャッシュフローが回るかどうかは、税金の想定だけでなく、BSの規模に応じた利息支払いもしっかり押さえなくてはなりませんぞ。まぁ細かいことを言い始めたら、減価償却費などなど加味する要素はまだあるのですが……ひとまず税金と利息という大きなところを押さえて頂きたく。
嘘……。税金を支払って年間1080万円しか残らないのに、そのうえで324万円も引かれるの?
厳密に言えば、利息は経費計上されますから、税引前利益1800万円から324万円がまず引かれます。すると計算はいかがでしょうか水無月様。
税引前の年間利益は1476万円ですね。
そこから税金40%とすれば?
税引後で年間利益885万6000円。
あれ……思ったほど余地が……。
あくまで検討した利息額は、1億800万円を金利3%という想定であることをお忘れなく。
考えれば考えるほど、どんどん夢が萎んでくる感じがするぞ……。
む、難しい……難しいよ、会社経営……。
いやこの程度でしたら、正直あっという間に慣れますが? 最初だからいささか混乱しているだけでございましょう。手慣れてくれば、空気のように自然な計算ができるようになり、感覚で適正なBS規模が掴めるようになってきます。
売上想定は希望的観測が多分に含まれたかなり適当なものです。一寸先は闇なんで、不確かでごく限られた情報のなかから適正規模を探り続けるなんて簡単じゃありませんよ……。
戦場における往年の名将たちは、常に不確かななかで勝利を掴み取ってきました。集まる情報量は20%もあれば上出来でしたし、情報の精度も低いものばかり。何もかもが暗がりのなかを進まなくてなりません。しかも後世の歴史家が空中から描く兵力配置の盤面などではなく、土煙や雨天など視界すら届かない平面において兵の押し引きを察知しなくてはなりませんでした。それでも、勝つ将軍は勝つのです。そこに後付けの理由など不要、勝たなければ死が待っていることご覚悟のほどを。
玄七郎が経営を戦場に喩えることがあるけど、似たようなものなのかなぁ?
戦いの形を変えているだけにすぎませんな。人間の究極の営みと共に過ごせる日々に感謝しつつ、せいぜい戦いを愉しむ心持ちを忘れずにいてほしいものです。
講義の最初のうちはもっとゲームみたいにBSと付き合えるような印象があったんですけど……実際の世界は色々ハードルが高すぎます……。
だよね、学んでも学んでも奥が深くなっていくような気分になるよ。
軽く受け止めましょう。人間、死んだところで大したことはございませんぞ。突撃隊長たる者、ここ一番での強引な中央突破を常に企図するべきでございます。
ここが戦場であっても心配は不要だ。フフフ、この私の剣豪将軍としての力量、存分に見せてやる。
玄七郎は私たちを応援したいのか、失敗を願っているのか、どっちなの……?
私といたしましては、小春お嬢様が存分に帝王学を身につけて下されば十分なのです。さすれば自然に地球の継承者となられるであろうこと、固く信じておりますので。
地球の継承者……。今日の最後に一つだけ聞かせて。玄七郎は感覚で、適正なBS規模を掴めるんでしょう? だったら地球連合は、どのくらいまでBSを拡大しても大丈夫だと思うの?
私のみるところ、地球連合のキャッシュフローを滞りなく回せるBS規模の最大値は、せいぜい5000万円といったところでございましょうな。もちろん清掃業請負でしっかり売上を確保し続けるという大前提ではありますが。
低すぎる。玄七郎はいつも私たちを過小評価しすぎなのだ。
いやまぁそんなものだと思うよ。
だけどハッキリしたことは、まだ拡大の余地はあるということ。そしてお金をしっかり稼いで血液の循環を増やしていけさえすれば、まだまだ最大値は膨らむということ。BS拡大のバランス感がわかった今、かなり積極的に打って出られるハズだよ。ここが戦場だとしても、皆んなで臆せず頑張ろうね。
任せろお姉、私はまだ力の100分の1も解放していない。
そうだね小春ちゃん、私たちは始まったばかりだよ。
本来は、こうしたBSの拡大余地などは、また後日しっかり時間を取って行おうと考えていた方面でした。それをまさか小春お嬢様のほうから質問してくださるとはいささか予想外。しかも机上シミュレーションではなく、実務のなかで切実に検討してくださっていることは意味が大きいと想定されます。やはり地球連合の創業を許可したことは、帝王学の学びにとって最大限の有効な手立てとなってくれそうでございます。
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登場人物紹介

桜丈 小春(15)おうじょう こはる

「今日から私が桜丈ホールディングス代表取締役社長ってホントなの!?」


イラストやマンガを描くのが好きで、ほのぼの系キャラクターデザインを得意としている。大手新聞社&大手出版社が共催の日本最大のイラストコンテストでは、中学生部門で2年連続の最優秀賞に輝いた。

中学生にしてお小遣い帳をつけるほどの貧乏性。質素倹約、モノは擦り切れるまで使い、中古品を愛用する。趣味は、癒し系イラストを描くこと、古着屋巡り、貯金箱に500円玉を貯めること。

総資産4兆5000億円の桜丈ホールディングス株式会社、代表取締役社長。企業グループとしては日本国内だと50位、グローバル視点なら1000位に入る規模感だが、ホールディングス本体も傘下企業の大半も未公開企業で構成されているのが特色のため、表面上(バランスシート上)の総資産は市場価値を正しく反映していない。

桜丈 小雪(13)おうじょう こゆき

「いずれ歌舞伎町の闇王として君臨するのが、私という存在に課せられた哀しき宿命なのだ」


生まれてこの方ペーパーテストは満点以外をほとんど取ったことがなく、剣道やギターなど幅広い素養もあり周囲からは天才と思われているが、実は隠れて大変な努力をしている。まだ幼さの残る面影ながら誰もが振り向く美貌の少女。まさに才色兼備を地でいく女子に見えるものの、重度の厨二病を患っている。好きなコンテンツは『首領(ドン)への道』。いつの日か新宿区歌舞伎町に影を潜めて暮らし、自分の組を持ちたいと夢想する。

源 玄七郎(67)みなもと げんしちろう

「強いていえば、通りすがりの執事でございます」


桜丈家にやって来て12年目の、長身の自称執事。自分に常に厳しく、他人にも恐ろしく厳しい。

日本有数の格調の高さで知られる五つ星ホテルブランド――ベイグランディアホテルズの創業者にして元代表取締役社長。かつてベイグランディアホテルズは経営に行き詰まり、巨額の負債を抱えて民事再生法を申請したことで連日経済ニュースで取り上げられた。ある意味で名士であり財界有名人。ベイグランディアホテルズは、桜丈ホールディングスの傘下に組み入れられて経営再建中。

水無月 千景(28)みなずき ちかげ

「パワハラで会社訴えてやるぅ! めちゃんこ慰謝料請求してやるんですドチクショー!」


東京大学理学部卒のアラサー。経済産業省資源エネルギー庁に在職経験のある元官僚。桜丈ホールディングスの管理部門に勤めるかたわらで、会社の意向(業務範囲として)で小春と小雪の家庭教師をしている。絶賛婚活中だが程良い相手が見つからず、念のため生涯独身にも備えて最近4500万円で東京の真ん中に中古1LDK49平米を購入した。

桜丈 陸(58)おうじょう りく

「ぼくは当てもなく荒野を彷徨う金鉱堀さ。泥に塗れた地べたで過ごし、何度かグッドラックを引き当てた、それだけのことだよ」


桜丈ホールディングス元・代表取締役社長にして、現・無職ニート。明治後期から続く旧・桜丈財閥の本家筋にあたる四代目。桜丈財閥は繊維産業を中核とした中規模な産業複合体にすぎなかったが、軍需衣料品に経営を過度に依存していたためGHQに目を付けられ、太平洋戦争後の財閥解体で主要企業のすべてを切り離され、いくつかの不動産を残すだけで有名無実化していた。だが陸の代で、手持ちの不動産を担保になりふり構わぬ賭けに出て、急激な膨張を成し遂げた。その規模感は、戦前の桜丈財閥のスケールに比肩する程度にまで戻ったとされ、日本経済界の一つの奇跡と受け止められている。

さも意味深な言い回しをするものの、大して深い意味はない。自らが創り上げたグループの代表を、ある日突然に辞任してしまった。一見自分勝手な引退のように見えて、強引に幕引きしてしまったのには、実は本人の狙いもある。

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