第9話(2)

文字数 7,633文字

財閥のポイントはたった2つに集約されます、簡単ですのでここで済ませるとしましょう。
財閥! 子どものころからよく桜丈財閥って聞いてたから、それって何なんだろうと思ってた。
では何だろうとイメージしてきましたか?
大きな企業グループを財閥って言うんじゃないかなー?
それなら桜丈ホールディングスも財閥に該当してしまいますが?
えっ、まぁそうだよね。桜丈ホールディングスって財閥じゃないの?
現代日本に財閥はございません。桜丈財閥も過去の遺物です。ただし長期的な視点で会社経営を考えるにあたって、財閥を振り返ることは有用でございます。財閥とはどのようなものか、小春お嬢様に教えて差し上げてくださいますか、水無月様。
ですか……個々の財閥ごとにスタイルは違うと思いますが、大筋としてまとめちゃうと、『同族によって支配される親会社が中心となった企業集団、産業複合体』ですかね。
戦前の日本には、地方財閥なども含め、多数の財閥が存在していました。特に住友、三井、三菱、安田の4大財閥はひときわ巨大で、知名度も群を抜いていますな。ちなみに桜丈は彼らと並ぶべくもなく比較的小さな複合体でしたが、似たような経営形態を取って財閥を形成しておりました。東京、大阪、台北に主要な拠点を持ち、世界の紡績マーケットでそれなりの地位を占めていたようです。
一族が支配する企業グループってことでしょう? それって現代日本にもたくさんあるんじゃないのかな? 桜丈ホールディングスだってお父さんの100%の会社なんだから一族支配だと思う。
旦那様が株式を100%所有、それは一族支配とは言えず、あくまで独立した旦那様個人として所有しているのです。片や財閥の場合は……水無月様?
総有制、でしたっけ。一族が皆んなで株を持つ。ちょっと分かりづらい点ですけど、一族に属する個々人がそれぞれ株を所有する形態ではなかったんですよね。代々引き継がれたものを全員で持っていて……当主がまとめて預かっていると言えばいいんでしょうか。
個々人じゃなくて……当主がまとめて預かる……?
財閥の大きなポイントは2つ。そのうちの一つが、いま水無月様が挙げた『総有』です。一族の株式は当主が預かっていて、個人の利益のために使うことが著しく制限されていました。個人が勝手に株を処分することなどもってのほか、一族の憲法――家憲によって禁じられていたのです。
資産は一族のもの……。自分で勝手に売り買いしたりできないんだ!
 ふと小春は、押し黙っている小雪に気付き、声をかける。
小雪、さっきからどうしたの……? ぼうっとしてるよ?
う、うむ……哲学的思考に身を沈めていたに過ぎない……。大丈夫だ、話は聞いている、続けてほしい。
財閥においては一族という漠然としたものが支配していて、いくら所有者だからといって個々人の出る幕はないんですよね。そして一族以外からの出資も受け付けないことで独立性も維持していて、このことは出資の封鎖制とも呼ばれてます。
水無月様、財閥ついては中々いける口でございますな?
曲がりなりにも経済産業省のなかの人の一員でしたからね。さすがに経産省界隈にいる人たちにとっては、財閥の形成過程くらい一般教養かと。だって日本的経営の最たる形ですから。
なるほど確かに……。ならば水無月様から財閥の成り立ちについてご説明いただきましょうか。
戦前の財閥って、突如として出来上がったわけじゃなくて、実は江戸時代やその前からも続く日本の豪商の基本スタイル――長い長い歴史的連続性があると思うんですよ。経営は番頭さんが実質全部やっているけれど、商店の所有者は別みたいな。日本には数百年続く企業が世界的に見ても圧倒的に多くて、それどころか歴史の長い企業は全部日本にあるくらいの勢いですが、こうした日本的経営が原型にあるからこそだと思いますね。
まさに。江戸時代の商人の伝統には、『経営は番頭に任せる』というものがありました。これが財閥におけるポイントの2つ目。財閥の経営を担っていたのは、ほとんどの場合に所有一族ではなく、専門経営者たちでした。
たとえば桜丈財閥だと、桜丈家の人たちが総有でまとまってグループを所有していたけど、桜丈家から経営者が出たわけじゃなくて、プロの経営者を雇っていたってことなのかな?
なぜ他所から経営者を連れてこなければならないんだ? 桜丈家の誰かが社長をやればいいではないか。
経営者で成功するのは並大抵のことではなく、特殊な才能を要します。まして巨大なグループ企業を統括するとなれば、相当の経験を持ち、幅広い知識をカバーしなくてはなりません。そうした逸材が、常に一族に生まれるわけではないのです。戦前の財閥においても、創業一族のなかでそれなりの実績を残せたのは、ほとんど創業者のみでした。
だから、外からエリートを連れてくるんですよね。よく玄さんが私をエリート呼ばわりしますけど、もう私レベルなんかじゃなくて、旧帝国大学を主席卒業だったり、外交の世界で列強相手に経験を積んでいたり、商社の海外支社長を何年もやってきたりと、すでに実力も実績も豊富なスーパーエリートをいきなり抜擢して経営を丸っと任せちゃう。
江戸時代の商人の番頭さんなんかも、いわばそんなスーパーエリートの一人だったと考えればいいのかな?
番頭は大抵何十年に渡る下積みがある叩き上げで、その業界を知り尽くした、選りすぐりの専門経営者なことは確かです。少なくとも所有者がしゃしゃり出るよりはずっとマシだったでしょう。
経営者は誰かに任せるという話だろう? 私はこの前、株式会社や法人組織を完全マスターしたが、現代日本だって経営者を誰かに任せることはあるはずだ。財閥が専門経営者を雇ったからといって、どこが特殊だと言う?
現代の金融資本主義においては、会社は株主のものです。そして株主は経営者に対して様々な力を行使することによって、経営方針を左右する存在です。しょせん経営者は、株主に仕えるサラリーマンのようなものに過ぎない。ここまではお分かりですかな?
当然だ。株主が本当の会社の所有者なのだからな。
しかし財閥においては、株式の所有は総有という特殊な形態が取られておりました。とすると……?
総有だろうと何だろうと、株主として経営に口出しするのは変わらないのではないか?
財閥においては、個人が明確に株の権利を行使できるわけではございません。なぜなら総有されているのですから。経営に口出ししたければ総有している他の一族皆と意見を調整せねばならず、当然それは家族間の関係に水を差しますし面倒以外の何ものでもないため、徐々に誰もそんなことはしなくなっていきます。つまり所有している事実はあるのですが、実質的には誰も経営に口出ししなくなっていく。
持っているハズなのに、何だかよく分からないものになっていくということか……。
だからスーパーエリートの専門経営者が、株主にそれほど気を遣わず経営に専念することができたわけですね。これによって目先の利益を追い求めなくてもよくなり、企業の長期的繁栄のための研究開発や設備投資に多額の資金を回すことができるようになりました。
そうした専門経営者は、日本の数少ない本物のエスタブリッシュメントです。創業者のようにゼロからイチを創造する能力は皆無なものの、銀行家的なBS脳を十全に持ち合わせており、規模拡大は得意分野なのです。
所有一族で牽制し合ってるから経営には関与しずらくなって、だから経営者は好き放題できるわけかな。ただしその経営者はそんじょそこらの人じゃなくて、実際に実績を残してきたエスタブリッシュメントだから、上手い経営ができていくってこと?
目先の利益じゃなく、長期的視野に立てるってことがすごく重要だと思うよ。現代金融資本主義のなかの企業と比べれば、これがいかに大事かってことが切実にわかる。
誰もが目先の金を求めるようになった現代では想像できない仕組みが、財閥では出来上がっていたということか。
ただし当たり前ですが、元々財閥は巨大な資本を持ってスタートしたわけではなく、創業者たちはゼロに近いところから、泥水を啜るような努力を積み上げて企業を巨大化させた伝説的な叩き上げが多いです。そこから2代目3代目と代を重ねるにつれ財閥化していき、儲けた利益は事業成長のための再投資に回され、益々スケールが大きくなっていったわけです。改めまして、財閥におけるポイントは2つ――。

■総有制

総有によって一族の株式は当主預かりとなり、個人の利益のために使うことが著しく制限されていた。これによって所有に曖昧性が生まれ、株主が経営に横槍を入れる機会が減少した。


■専門経営者

経営を担う専門経営者は、資本家の影響を受けることなく、長期的視野に立ってグループを成長させるための経営に専念することができた。利益は再投資に回され、さらにグループは拡大した。

ポイントは分かったんだけど……株主の存在がよくわからなかったこと、プロの経営者が株主の影響をあんまり受けなかったこと……それだけで昔の財閥は、その当時の産業界を席巻するほどになったということなのかな?
そういうことになります。GHQに強引に財閥が解体されるまでこのシステムが繁栄していたわけですから、企業の長期的存続を考えるうえで、財閥を検討してみることは有用だと言えます。
株主が神のように振る舞う現在の企業経営――欧米式の資本主義とは真逆ですよね。資本主義における欧米式と日本式の違いを確認する上でも参考になると思います。
今はすでに日本においても、欧米式に席巻されていると考えていいんだな?
……大筋としては欧米式に覆い尽くされてるとは思うんだけど、それでもやっぱり、どこか日本の企業は違う感じが残ってますよね。どうですか玄さん?
財閥解体後も、多くの日本の企業は株式をお互いに持ち合うことによって、財閥の時と同じような支配権の曖昧さを残す戦略を採り続けてきました。当然、短期的利益を求める株主に影響されないようにするための方策です。これが70年代くらいまで良く機能し、利益の再投資が活発に行われていたのですが……80年代に入ってマスメディア、ジャーナリストらの激しい攻撃対象に晒され、政府も金融改革を促すなかで持ち合いの解消に乗り出し、古くから続く日本の経営スタイルは徐々に突き崩されてきたと言えましょうな。
ということは、日本人の手によって日本的経営は破壊されたんだね。ずーっと昔から日本に根付いていた仕組みだったはずなのに、どうしてマスメディアは攻撃対象にしたの? やっぱり日本的経営がおかしいからなのかな?
たしかに日本的経営は曖昧さを意図して利用する戦略ですから、どこか不自然な形態であり、攻撃対象にはしやすかったのですよ。あとは大きな時代の流れ、としか言いようがありません。
その当時は日米貿易摩擦が激しくて、当時活躍したジャーナリストたちは何らかの形でアメリカに後援されていたに違いないでしょうね。ただ、当のジャーナリストたち自身はもしかしたら何の悪気もなく踊っただけかもしれませんし……玄さんの言うように時代の流れなんでしょうか。
 ふと小春が気づいたことがあり、口にする。
そう言えば、お父さんは私を代表に据えたけど、経営にはタッチして欲しくない感じだったの。経営の制限を受けることには不満ないんだけど……そもそも私が作った会社じゃないし、むしろいきなり経営にタッチしろと言われたら困るし……仕事は全部、財務部の人たちに任せておけって言ってた。ということは財務部が専門経営者みたいな立場なわけで……それって財閥スタイルに近くない?
財務部……皆んな私と似たような人たちだから、スーパーエリートなんて一人もいないけどね〜、たはは。まぁ沢山の企業買収を経験してきて仕事に慣れてるし、地味に安定させてくれるんじゃないのかな。
旦那様が受けてきたのは、日本式財閥スタイルの帝王学教育です。オーソドックスな私の帝王学とは若干の違いがあるでしょう。それゆえ旦那様は私と違い、自らの一族――小春お嬢様や小雪お嬢様の経営力に信を置いてはいないのでしょうな。
ふーん、帝王学にもちょっと違いがあるんだね〜。そりゃそうか、商売の家ごとに、色んな環境があるもんね。
剣術における流派の違いみたいなものだろう。目の前の相手を殺す、その目的一点においては共通するものの、そこに至るまでの技法は千差万別だ。
桜丈ホールディングスって元社長の影響力があんまりない会社なんですけど、受けてきた教育――日本式財閥スタイルのせいですかねー? 子会社も放置が多いですし、全然ガツガツしてなくて、どうも今風じゃない浮世離れした感はありますよ。
そんなんで成り立ってたわけだから、ある意味すごいよね。
そんなんだったから、大して儲かっていないとも言えるぞ。
時代が良かったこと、大局を掴む力があったことに尽きるでしょう。そして逆に、時代が悪くなったと直感した旦那様は即座に風を掴んで逃げ出した。あとは小春お嬢様に代替わりして、往年の財閥スタイルでいけば安定するという大局観に則った経営判断ですかな。細かい粗は多々あれど、やはり抜群に有能な経営者でございます。
桜丈ホールディングスが、オヤジ自身が受けてきた帝王学教育のせいで、財閥っぽい考え方に寄っているのはわかった。だが実は最も肝心なところ……玄七郎と千景の話は釈然としないところがあるな。いわば財閥や株式の持ち合い……古くは番頭システムにあるような日本的経営とは、そもそも良いものなのか? 悪いものなのか? どっちなんだ、それをハッキリさせてもらえないか。
いやぁ……あくまでも、そういうシステムが日本には長い間根付いていたって話であって……良し悪しはどうなんだろー? それに答えを出せる人っているのかなぁ? どっすか、玄さん?
企業の超長期的存続――その一点のみを切り出せば、間違いなく日本的経営は世界で最も優れたシステムです。当然ながら日本的経営にも問題点は山積するのですが、もし経営者が500年、1000年という経営の先を視野に入れるとするならば、日本的経営方式をどこかにビルトインしておくことを想定したほうがいいと考えます。だからこそ、日本における旧財閥の成り立ちやスタイルをあえてここで取り上げたのです。
極限すれば、『株主に余計な口は出させるな』と受け取ったよ。だから玄七郎も地球連合の設立のときに、少なくとも最初は私が100%出資しておけと言ったんだね。他の株主がいないのなら、結果的に誰にも口を挟まれることはないし。
資本政策や、株主に対する考え方など、これから帝王学において身につけるべき側面は山積しています。そうした事項に深入りする前に、まずは日本的経営というものを把握しておいてもらったほうがバランスが取れるであろうという判断です。なぜなら、これから帝王学を通して学ぶのは、原則として欧米式経営になるからです。決して経営全般における日本的経営の優位性を絶賛しているわけではないことを、重々ご承知おきください。
企業のみならず、未来永劫続く組織を作ろうとすれば、日本的曖昧さがどこかに必要という理解でもいいわけだな?
曖昧さというのは我々事業家にとって、重要な戦略の一つなのですよ。分からないから適当に放置しているわけではないのです。
考えてみれば、日本的経営の原型って、日本国家そのものに帰属しているのかもしれませんね。権威と権力が分離する国体がここまで長く続いたのは、このスタイルに秘密があったんだろうなとは思います。そしてこれを外国人に分からせようとしても、中々に難しいことですね。
地球連合が世界征服を成し遂げ、世界政府を樹立したときのことを見据えれば、どこかに曖昧さを残すという考え方は大いに参考になるかもしれない。なぜなら私たちの世界政府は、これから100億年以上も続く永久機関となるからだ。百万の立法で人民どもを縛り、破ったら皆殺しもアリだが、それでは30年保たずに体制が崩壊してしまいかねない。あえて曖昧さを以て統治し、時代時代にあった現実に合わせていこうとする私がすごい……。
世界政府はともかく、企業経営でも採り入れるべき考え方だよね。何もかもを全部決めようとしなくていいんだ。
さて、日本的経営の確認は済みました。まだ少し時間があるので、一時中断していた広告的手法を進めてもいいのですが?
区切りもいいし、今日はここで終わりにしてほしいな。このあと弁天町物件の売買契約があるの。それから皆んなと今後の地球連合の事業計画を相談する時間もほしいし。それに朝は皆んなで清掃案件を一件こなしてきたから疲労もあるしね。
うむ、みっちり帝王学教育をこなすのもいいが、それでは地球連合に費やす時間がなくなってしまう。人生においてはバランスというものが大事なのだと、私が玄七郎に教えてやろう。
玄さんとしてはどうなんですかね、集中して短期間で帝王学を修めてしまうのと、少し時間が掛かっても帝王学教育と会社経営を並行させるのはどっちが有用だとお考えです?
当然ですが、帝王学教育と会社経営を並行させるほうが、自らのこととして切実に帝王学を吸収してもらうことに繋がりましょう。ですから帝王学講義ばかりに集中せず、お嬢様がたの経営を優先させることがあってよいと考えます。むしろ経営現場での悩みや壁に合わせた範囲で帝王学を教授するというスタイルであれば、尚のこと身に染みるかと。
学校で授業を受けているだけだと頭に入らないこと多いからね。学びには身体を動かすことも必要だよ。
通常、帝王学教育は経営に入る前段階で施されるのですが、それは教授される子弟が単にまだ直に経営することなど想像していないからに過ぎません。しかしお嬢様がたは自らが選択して経営の道に入られていますし、まして創業など中々経験できることでもないでしょう。
フフフ、私たちが優秀すぎるということだな。当然だ、この私がいるのだから。私という存在は何をやっても、つい成功してしまうのだ。
失敗から学ぶことは多いものです。それが大失敗であればさらに良し。地球連合を創業したことで若いうちに大失敗を済ませておくことは、極めて有用な経験として今後に繋がるでございましょう。
なっ!? 相変わらず失敗を前提に語るというのか……おのれ小童……。
もう玄七郎には結果で示していくしかないね。私たち中途半端で終わるつもりなんかないし、これからは地球連合の業務を優先させてもいいのかな?
かしこまりました。お嬢様がたの経営をご優先いただきまして、その合間での帝王学講義とさせて頂きましょう。そして私も、お嬢様がたの進展状況をお聞きしつつ、なるべく都度の業務に近いところを中心に講義するよう努めることといたしましょう。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

桜丈 小春(15)おうじょう こはる

「今日から私が桜丈ホールディングス代表取締役社長ってホントなの!?」


イラストやマンガを描くのが好きで、ほのぼの系キャラクターデザインを得意としている。大手新聞社&大手出版社が共催の日本最大のイラストコンテストでは、中学生部門で2年連続の最優秀賞に輝いた。

中学生にしてお小遣い帳をつけるほどの貧乏性。質素倹約、モノは擦り切れるまで使い、中古品を愛用する。趣味は、癒し系イラストを描くこと、古着屋巡り、貯金箱に500円玉を貯めること。

総資産4兆5000億円の桜丈ホールディングス株式会社、代表取締役社長。企業グループとしては日本国内だと50位、グローバル視点なら1000位に入る規模感だが、ホールディングス本体も傘下企業の大半も未公開企業で構成されているのが特色のため、表面上(バランスシート上)の総資産は市場価値を正しく反映していない。

桜丈 小雪(13)おうじょう こゆき

「いずれ歌舞伎町の闇王として君臨するのが、私という存在に課せられた哀しき宿命なのだ」


生まれてこの方ペーパーテストは満点以外をほとんど取ったことがなく、剣道やギターなど幅広い素養もあり周囲からは天才と思われているが、実は隠れて大変な努力をしている。まだ幼さの残る面影ながら誰もが振り向く美貌の少女。まさに才色兼備を地でいく女子に見えるものの、重度の厨二病を患っている。好きなコンテンツは『首領(ドン)への道』。いつの日か新宿区歌舞伎町に影を潜めて暮らし、自分の組を持ちたいと夢想する。

源 玄七郎(67)みなもと げんしちろう

「強いていえば、通りすがりの執事でございます」


桜丈家にやって来て12年目の、長身の自称執事。自分に常に厳しく、他人にも恐ろしく厳しい。

日本有数の格調の高さで知られる五つ星ホテルブランド――ベイグランディアホテルズの創業者にして元代表取締役社長。かつてベイグランディアホテルズは経営に行き詰まり、巨額の負債を抱えて民事再生法を申請したことで連日経済ニュースで取り上げられた。ある意味で名士であり財界有名人。ベイグランディアホテルズは、桜丈ホールディングスの傘下に組み入れられて経営再建中。

水無月 千景(28)みなずき ちかげ

「パワハラで会社訴えてやるぅ! めちゃんこ慰謝料請求してやるんですドチクショー!」


東京大学理学部卒のアラサー。経済産業省資源エネルギー庁に在職経験のある元官僚。桜丈ホールディングスの管理部門に勤めるかたわらで、会社の意向(業務範囲として)で小春と小雪の家庭教師をしている。絶賛婚活中だが程良い相手が見つからず、念のため生涯独身にも備えて最近4500万円で東京の真ん中に中古1LDK49平米を購入した。

桜丈 陸(58)おうじょう りく

「ぼくは当てもなく荒野を彷徨う金鉱堀さ。泥に塗れた地べたで過ごし、何度かグッドラックを引き当てた、それだけのことだよ」


桜丈ホールディングス元・代表取締役社長にして、現・無職ニート。明治後期から続く旧・桜丈財閥の本家筋にあたる四代目。桜丈財閥は繊維産業を中核とした中規模な産業複合体にすぎなかったが、軍需衣料品に経営を過度に依存していたためGHQに目を付けられ、太平洋戦争後の財閥解体で主要企業のすべてを切り離され、いくつかの不動産を残すだけで有名無実化していた。だが陸の代で、手持ちの不動産を担保になりふり構わぬ賭けに出て、急激な膨張を成し遂げた。その規模感は、戦前の桜丈財閥のスケールに比肩する程度にまで戻ったとされ、日本経済界の一つの奇跡と受け止められている。

さも意味深な言い回しをするものの、大して深い意味はない。自らが創り上げたグループの代表を、ある日突然に辞任してしまった。一見自分勝手な引退のように見えて、強引に幕引きしてしまったのには、実は本人の狙いもある。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色