第4章(3)

文字数 4,191文字

驚いちゃった、急に泣き始めるんだもん。
ゴメンね2人とも、変な姿見せちゃったよー。自分でもびっくり。なんでだろうねー、たはは。
女の敵でもあったのだな、玄七郎は。あの時やはり私が討ち果たしていれば……。
玄さんを責めないであげてね、私が勝手に動揺しただけだから。だって、あの玄さんが唐突に褒めてくるなんて。
それなら玄七郎のほうは、褒めてる意識なんて全ッ然ないと思うよ。逆に、誰かを非難することを言ったとしても、本人は相手を貶したり怒ったりしてるわけじゃないんだよね。玄七郎との距離感を掴むのは、普通の人じゃ無理だと思う。
腹のうちをストレートに口にする悪漢だからな。お姉の言うとおり家族以外で理解するのはキツいだろう。実際、玄七郎の友達は、この地球上に私とお姉のたった2人だけだ。
一本気な人だなって感覚はわかってきたよ。良くも悪くも表裏はないよね。かなりの変人の類だとは思うけど。
うちのオヤジも玄七郎も、普通に外で会う男どもとはかなり違う気がするぞ。アウトローなことは間違いない。
うんうん、道を外れてる感じはするね。
まさに外道!
でも、そんなアウトローな人たちだからこそ事業をやれるのかもしれないよね。玄さんは合理性っていうのを強調するし、実際そうなんだと思うけど……それでもやっぱり事業って筋書き立ててやれるものでもないでしょう? 絶対、半丁博打の繰り返しのところあると思うし。
そうだよね! さっきの講義でも大暴落か大暴騰か選べって、理屈はわかったけど、要するに政府の動き次第で真逆になるんでしょう? 当の政府だってどっちか決められるものじゃないと思う。
政府だって半丁博打で勝負するわけだから、その上にこちらも半丁博打を重ねるとはな。
政府内の決定のプロセスは、まさに玄さんが言う陰謀みたいな感じになるかなー。政治家や官僚や財界人が色々入り乱れて、打合せを重ねて、もちろんアメリカや欧州とかとも連携しながら、えいやっで決める。
その時に、陰謀に加われるくらいの財界人になっていたいものだな。
お父さんはそこまで行っているのかな? だったらお父さんが大暴騰に賭けているのは辻褄が合うよ。
うーん、どうなんだろう……桜丈ホールディングスとしては、経営者団体の付き合いで自由党に少し献金させられてたはずだけど……政治家と深く関わってる話も聞かないし、元社長にそんな大物感はないよね。
もう少し帝王学の学びが進めばオヤジにも話を聞いてみよう。オヤジが熱海から出てこないなら、私たちで行けばいい。アイツの話は意味不明なところがあるが、私たちが帝王学で成長したあとなら少しは解読可能かもしれないぞ。
その点、玄七郎の話はストレートで分かりやすいんだよね。直球過ぎて辛いのが玉に瑕だけど、先生としてならお父さんより断然いいと思う。たぶんお父さんも考えた末に玄七郎に丸投げしたんだよ。
だが玄七郎は、本当に手加減なしでド真ん中に投げてくるから最悪だ。思い返すと色々ムカつくことばかりだぞ……許しがたし玄七郎……。
それでも2人にとっては貴重な友達なんでしょ?
そうだね〜、そこは不変なのかなぁ……。どう小雪?
うむ、仕方ないが友達だ。どうしようもない。本当にムカつくし嫌なところも多いが、縁がズブズブに腐り過ぎてしまって、3周くらい回ってもはや揺るぎようがない友達というところだな。
変なの。小雪ちゃんは玄さんにいつも喧嘩上等って感じだけど、小春ちゃんは何だかんだ仲良いのかな?
果敢に対決する小雪が羨ましいなって思ってるよ。本当は私だってやっぱり怒りたいところも一杯あるし、いつかはギャフンと言わせてやりたいって気持ち、あるんだ。でも、その方法が思いつかないんだよね。
私は決めているぞ。私のことを心底バカだと思っている玄七郎を、いつか見返してやる。そして跪かせてやる。絶対に、絶対にだ……。
バカだとは思ってないんじゃないかな……。スポ根マンガのしごきみたいな感じで、玄さんも小雪ちゃんのことホントは可愛がってると思えるんだけどねー。実際、小雪ちゃんって全方位の努力家でいつも驚かされるよ。
言っておくが私は生まれてこの方ただの一度も努力をしたことがない、それだけは覚えておいてほしい。私が万能なのは天命に過ぎないのだ。
あー、はいはい。
お父さんはいてもいなくても変わらないし、そもそも普段あんまり顔見ないんだけど、玄七郎は365日24時間付かず離れずだから色々悩みも出てくるよね。

オヤジのことなどどうでもいい、問題はいつも玄七郎なのだ……。この私を本気にさせたことを心底後悔させてやる……。

そういえば小雪ちゃん世界を獲るって宣言してたよね。歌舞伎町の闇王はやめたんだ?
こんな講義を受けていたら、歌舞伎町どころではない。そして私は世界を揺るがす偉人になって、そこで初めて玄七郎を屈服させることができるような気がしている。なんだ、くそう……話ていたら、勝手に涙が出てきたぞ……な、なんだこれ……まさか私という存在が……。
小雪っ……。
お姉……あうっ……。
 小春は、小雪を引き寄せて静かに抱きしめた。
大丈夫、小雪? とってもとっても辛かったよね……。でも私も一緒だからね……。
あうあう……。
小雪ちゃんって知識とか一見大人びているからあんまり意識しないんだけど、本当はまだ13歳だもんね。なんだか可哀想になってきた……。
わ、私は可哀想なんかじゃ……あうっ、あうあううう……ち、ちくしょう……玄七郎め……あうー。
よしよし……。あれっ……私もなんか……。
ちょっと小春ちゃんまで……!
なんか貰い泣きしちゃったのかな……? おかしいね……がんばれ私っ……。
ティッシュあるよ!
……あり、がとう……。
 肩を振るわせる小雪を抱きしめながら、小春は落ち着きを取り戻したようだった。
私はもう大丈夫だよ、ゴメンね千景先生、なんだか心配かけちゃって。
小春ちゃんも15歳にしてはずいぶん大人びてるほうだよね。桜丈ホールディングスの社長に就任させられることとか、抵抗しなかったの?
思ってたより早い気がして、少し抵抗したかも……。でも玄七郎が言うことだから、きっと決定事項なんだよ。
逃げ出すことだってできたんじゃないかな?
会社のことなら、結局は誰かがやらなくちゃならないって、長女なんだから私が何かすることになるんだろうなーって、子供のころから漠然と知ってたよ。玄七郎からも、いつかはそうなるって話は時々聞かされてきたし。
だけど債務超過が大きすぎる会社だよ? 普通なら引き受けないよー。
それでも家族の会社なんでしょう? 私が投げ出すわけにはいかないと思うの。お父さんがやらないんだったら、私か小雪か玄七郎の誰かしかいないでしょ。小雪に責任を負わせるわけにはいかないし、玄七郎はあんな性格だから本人も社員の人たちも皆んな可哀想……やっぱり消去法で私なんだよ。
大人の話になっちゃうけど……もし債務超過で倒産するかもしれない会社だったとしたら、それを子供が引き継ぐ義務なんてどこにもないわけ。相続放棄っていう仕組みもあってね、親に負債があるなら、それを法的に切り離すなんて当たり前なんだよね。
だけど玄七郎が、2500億円のマイナスなんて全然問題にならないって言い切ってたよ。だったら実際そうなんだと思う。
なんだか2人は玄さんに辛い目に遭わされてきた感が物凄いんだけど……根本のところでは玄さんを信じきってるのかな?
そうだよ? 玄七郎の言葉はいつも100%だもん。不確かなことなら不確かだって説明してくるし、確実って断定したら本当に確実。あと玄七郎は確かに厳しく当たってくるけど、私や小雪が不幸になるようなことは絶対にしないよ?
……う、うむ……そこだけは間違いない……。あの成らず者は赦し難い悪漢だが、お姉にマイナスになるようなことをする可能性はゼロだ。万一間違って自分のせいでお姉を不幸に陥らせてしまった場合には、即座に切腹して果てるだろう。
何だかんだ言って、結局は玄さんのこと完全に信じ切ってるってことなのかな。まぁ私も玄さんのこと分かってきたから、私たちに対する当たりの強さと、芯の部分での優しさのギャップの大きさを感じられるようになってきたかもしれない。
千景先生も分かってきたみたいで嬉しいよ。玄七郎のことは、私と小雪しかほとんど理解してあげられなかったから、仲間ができたみたい。玄七郎は皆んなに誤解されるけど、本当は少しも悪い人じゃないんだよね。見ず知らずの人に対しても思いやりがあるし、私と小雪のことをいつも気遣ってくれてることも分かってる。
ただ、あの悪態ばかりの態度が人間失格だ……。玄七郎に引導を渡してやれるとすれば、私の役目であろう……。
 小雪も冷静さを取り戻し、落ち着いたようだった。
よくよく話を聞いてみれば、玄さんのこと2人は本当にアテにしてるんだね。色々あるけど、結局は玄さんのために頑張るって話に聞こえないこともないけど。
まさかこの私が玄七郎ごときのために、だと……? そんなはずはない、玄七郎を討ち果たすのは私なのだ……。
ど、どうなんだろう……それはないと思いたい、けど……。
まぁでも、小春ちゃんも小雪ちゃんも、玄さんをぶっ飛ばしてやりたい気持ちは間違いなく秘めてる。だったら、皆んなで力を合わせて玄さんをノックダウンさせてやろうよ。私も泣かされたし。
どうやったら玄七郎に勝てるんだろう?
玄七郎は鬼のように頑固極まるぞ。私のライバルのなかでは最も強力無比なラスボスだ。
一刻も早く帝王学を極めちゃって、玄さんがもう根を上げるくらいの事業家になっちゃうんだよ。そしたら玄さんに教わることなんてなくなるし、逆に貴様に物事ってやつを教えてやるー、みたいな。
そしたら泣くかな、玄七郎は。降参した姿、見てみたい気もするけど……。
フッ、フフフ……私が本気を出せば帝王学ごとき一瞬だぞ。玄七郎が私にひれ伏す日も近い……。
決まりだね。私ももう、小春ちゃんと小雪ちゃんの家庭教師なんて忘れるよ。同じ訓練生として、玄さんのシゴキに耐えていつか絶対見返してやろうね。ぶっ飛ばしてやろうよ。
いいだろう、玄七郎をぶっ殺ーす。私を泣かせた罪は、死刑よりも重いのだ。
うん、そうだね、玄七郎をぶっ殺ーす! あはは、皆んなで支え合うのは楽しいね! なんだか元気出てきたよ、がんばれ私っ!
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登場人物紹介

桜丈 小春(15)おうじょう こはる

「今日から私が桜丈ホールディングス代表取締役社長ってホントなの!?」


イラストやマンガを描くのが好きで、ほのぼの系キャラクターデザインを得意としている。大手新聞社&大手出版社が共催の日本最大のイラストコンテストでは、中学生部門で2年連続の最優秀賞に輝いた。

中学生にしてお小遣い帳をつけるほどの貧乏性。質素倹約、モノは擦り切れるまで使い、中古品を愛用する。趣味は、癒し系イラストを描くこと、古着屋巡り、貯金箱に500円玉を貯めること。

総資産4兆5000億円の桜丈ホールディングス株式会社、代表取締役社長。企業グループとしては日本国内だと50位、グローバル視点なら1000位に入る規模感だが、ホールディングス本体も傘下企業の大半も未公開企業で構成されているのが特色のため、表面上(バランスシート上)の総資産は市場価値を正しく反映していない。

桜丈 小雪(13)おうじょう こゆき

「いずれ歌舞伎町の闇王として君臨するのが、私という存在に課せられた哀しき宿命なのだ」


生まれてこの方ペーパーテストは満点以外をほとんど取ったことがなく、剣道やギターなど幅広い素養もあり周囲からは天才と思われているが、実は隠れて大変な努力をしている。まだ幼さの残る面影ながら誰もが振り向く美貌の少女。まさに才色兼備を地でいく女子に見えるものの、重度の厨二病を患っている。好きなコンテンツは『首領(ドン)への道』。いつの日か新宿区歌舞伎町に影を潜めて暮らし、自分の組を持ちたいと夢想する。

源 玄七郎(67)みなもと げんしちろう

「強いていえば、通りすがりの執事でございます」


桜丈家にやって来て12年目の、長身の自称執事。自分に常に厳しく、他人にも恐ろしく厳しい。

日本有数の格調の高さで知られる五つ星ホテルブランド――ベイグランディアホテルズの創業者にして元代表取締役社長。かつてベイグランディアホテルズは経営に行き詰まり、巨額の負債を抱えて民事再生法を申請したことで連日経済ニュースで取り上げられた。ある意味で名士であり財界有名人。ベイグランディアホテルズは、桜丈ホールディングスの傘下に組み入れられて経営再建中。

水無月 千景(28)みなずき ちかげ

「パワハラで会社訴えてやるぅ! めちゃんこ慰謝料請求してやるんですドチクショー!」


東京大学理学部卒のアラサー。経済産業省資源エネルギー庁に在職経験のある元官僚。桜丈ホールディングスの管理部門に勤めるかたわらで、会社の意向(業務範囲として)で小春と小雪の家庭教師をしている。絶賛婚活中だが程良い相手が見つからず、念のため生涯独身にも備えて最近4500万円で東京の真ん中に中古1LDK49平米を購入した。

桜丈 陸(58)おうじょう りく

「ぼくは当てもなく荒野を彷徨う金鉱堀さ。泥に塗れた地べたで過ごし、何度かグッドラックを引き当てた、それだけのことだよ」


桜丈ホールディングス元・代表取締役社長にして、現・無職ニート。明治後期から続く旧・桜丈財閥の本家筋にあたる四代目。桜丈財閥は繊維産業を中核とした中規模な産業複合体にすぎなかったが、軍需衣料品に経営を過度に依存していたためGHQに目を付けられ、太平洋戦争後の財閥解体で主要企業のすべてを切り離され、いくつかの不動産を残すだけで有名無実化していた。だが陸の代で、手持ちの不動産を担保になりふり構わぬ賭けに出て、急激な膨張を成し遂げた。その規模感は、戦前の桜丈財閥のスケールに比肩する程度にまで戻ったとされ、日本経済界の一つの奇跡と受け止められている。

さも意味深な言い回しをするものの、大して深い意味はない。自らが創り上げたグループの代表を、ある日突然に辞任してしまった。一見自分勝手な引退のように見えて、強引に幕引きしてしまったのには、実は本人の狙いもある。

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