第3章(4)

文字数 7,277文字

信用創造が人間によって概念化され、法制化されるまでに至った人為的システムであること。そして私たちが戦う舞台は信用創造のリング内であること。ここまでは申し上げた通りです。
だがその範囲を打ち破ることができることも理解したぞ。いつか限界突破してやろう。そしてそれは、私という存在が地球に打ち立てる偉大な仕事となるはずだ。
……であれば人間には、あとになって人為的に作られたシステムではなく、有志以来いつの間にか根付いていた原始的なシステムがあったはずです。それは何か想像つきますか、小春お嬢様?
つまり信用創造の前はどうだったかって話だよね? えっと、物々交換とかされていた時代もあったと思うし……。
そうですな、物々交換から経済はスタートしたといってもいいかもしれません。
あと、木の実とか貝殻とか石ころを通貨にしていた地域もあったって聞いたことあるよ。
いいですな、小雪お嬢様は何か思いつきますか?
塩も通貨だったろう? ローマ兵には塩の塊が給料として払われていたと、Youtubeで歴史勉強のとき見たことがあるぞ。
塩は大変な貴重品とされた時代・地域がありますからな。そして人類の間で最も価値の尺度として安定し、長く用いられてきたのもの……水無月様、お答えをよろしいでしょうか。
ゴールドですよね!
はい、ゴールドこそは、多くの地域・時代において広く価値を認められてきました。実際のところゴールドは、このゲームをデザインした神的存在が定めたとした思えない特殊性を様々な側面で持ち合わせています。
ピカピカして綺麗なイメージあるけど、そんなに特殊なのー?
ゴールドの性質を具体的に説明されてみますか、水無月様?
電子回路とかでどこまでも伸ばせたりとか、工業的な性質なら理解してますけど……全般的な説明はどうでしょう……?
では私から。小春お嬢様のご指摘通り、オレンジがかった光沢あるゴールドは一際目立つのは言うまでもございません。そして貴金属のなかでは最高の展延性――つまり広がり延びる性質を持っています。わずか1グラムのゴールドが3000メートルに伸び、4.9平米にも広がります。化学的にも安定しており、空気中でも水中でも、永久に酸化することがございません。柔らかくて加工しやすく、精錬の必要すらなく単体のゴールドのままで自然界に存在しており、装飾品としても利用されてきた最古の金属でございます。
すごいのかもしれないが、そんな風に並べられてもイマイチわからないぞ……。
御三方は、ゴールドを手に持ったことはございますか?
ないよー。
ないな。
ゴールドの24金ネックレスと、18金ブレスレットなら1つずつ持ってますよ。まぁどっちも別にブランド品じゃないので、地金原価プラスアルファって感じでそこまで高くなかったですけど。
では実際に感じてみましょう。どうぞ、手に取ってみてください。
玄七郎はバッグを開き、おもむろにゴールドバーを幾つか取り出し、並べていく。
わっ!
こんなのどこに仕舞ってたんだ?
ゴールドショップで見たことありますが、こうして並べると壮観ですね〜。
重っ!
真っ先に一番大きいゴールドバーに手を伸ばした小雪に続き、嬉々として小春が金貨を取り上げる。
わーい、キラキラしてるね〜!!! とっても綺麗なコインだよー!!!
 小春は大いに興奮した。大切に500円玉を集めているだけに、それと同じくらいの大きさの、ずっしりとした重みのある、光り輝く手のひらのコインに吸い込まれそうな気持ちだった。
ゴールドは中性子星合体によって生み出される物質で、隕石によって地球に降り注いできたと言われています。ですから地球上にあるゴールド総量は限られており、オリンピックプールの4.5杯分程度しかないとされています。
本当にプール4.5杯分しかないの? だったら、今ここに、こんなにあるのはおかしくない?
そうでもございません。今日ここに持ち込んだのは参考程度の5キロ強。案外オリンピックプールは大きいもので、全体としては程よい量かと思います。確かに総量は少ないですが、かといって少なすぎるわけでもない。価値指標にするための量としては、まるで誰かが計算して決めたかのような、恐ろしく適度な分量が存在していると言えます。
金閣寺とかに貼ってあるのは、これを薄く薄く伸ばしたものなのか?
その通りです。
ゴールドは価値の指標として重要なものだってことわかりますけど、ここまで熱心にクローズアップするのはなぜなんでしょう? 量に限りがある貴重な金属なら、プラチナとかパラジウムとか他にも色々あると思うんですけど。
それはあまりに現代的なお考えです。帝王学は、その時代時代の現実に合わせて姿を変えながらも、1000年間受け継がれてきた分野でございます。帝王学において最大限尊重されるべき価値保存の手段は、5000年間も人類と共にあったゴールドこそが相応しい。
まぁ歴史の重みってのはわかりますけど。
ゴールドは、それ自体が価値そのものです。シンプルで分かりやすいですし、人間の直感とも合致します。ですからゴールドを裏付けとするお金が、人類の間で長く用いられてきました。お嬢様がたにこの手触りを感じてもらいたく、こうしてゴールド現物を用意した次第です。
信用創造だと記帳しただけで富が幾何級数的に膨らんでいきますが、ゴールドって今あるものがすべてですからね。量が限定されていて、富が勝手に膨らむことがない。
そっか、存在するゴールド以上には、価値を増やすことができないんだね! 信用創造と全然違うよ!
こいつ自体が価値だってのは理解できるのだが、さっきまで見てきた信用創造とはどう関係するんだ?
現在の信用創造とゴールドは基本的に関係ございません。
まったく無関係ってことなの?
1971年までは、信用創造で膨らみ続けるお金の裏付けとしてゴールドが用いられておりました。しかしながら信用創造で増大するお金の量があまりに巨大に膨らんできたために、ゴールドを裏付けとする形では辻褄が合わせられなくなったのです。
1971年といえば……ニクソンショックですね? 基軸通貨ドルとゴールドの兌換停止。
それはまあ銀行が記帳しただけでお金がどんどん増えるなら、量に限りがあるゴールドだと全然足りなくなりそうだよね。
誤解を恐れず大ナタを振るえば、人類には2種類の通貨システムしかございません。ゴールドをお金の価値の裏付けとする『金本位制度』――つまりゴールドスタンダード。銀行を介して架空の富を壮大に膨らませることができる『管理通貨制度』――つまり信用創造。どちらも一長一短で、かけ離れすぎている通貨システムでございます。
信用創造とはまた別の通貨システムの大元が、このゴールドということなのだな? だが、いま世界を支配しているのは信用創造であって……このゴールドは、どうなんだ?
現在の地球上においては、ゴールドは時代遅れの、野蛮な金属でしかございません。しかしそれでも、いかに銀行家たちがゴールドを貶めようとも、5000年間に渡る歴史の重みを、無かったことにすることはできません。帝王学においては、信用創造をBS構築のために存分に利用する一方で、本物の価値そのものであるゴールドにも確実に資産を配分します。
現金や株や土地を持つだけではなく、ゴールドも持てということか?
必須のことでございます。長らく受け継がれてきた帝王学の教えとしては、自らの純資産の10%をゴールドに割り振れというものです。尤も、各人の資産運用スタイルや、ゴールドの好き嫌いなどがあるでしょうから、大筋として5〜20%の範囲でお好きなように考えればいいでしょう。ひとまず5%もあれば十分では?
もし私に財産があるのなら、全部ゴールドにしちゃってもいいなぁ。金貨をたくさん集めてみたい!
ふむ、純資産の100%をゴールドに割り振るというパターンも、時代状況によっては想定できないわけではないでしょう。しかしゴールドは、それ自体が価値であって、所有しているだけでは何も生み出さないのです。
何も生み出さないって、どういう意味?
株式に投資すれば配当が得られます。不動産に投資すれば家賃収入。お金を誰かに貸し付ければ利息収入。しかしゴールドは、何も起こらないのです。
あっ、そっか。持ってるだけだと、何か収入が入るわけじゃないんだね。とすれば、玄七郎が強調してた『BSで自動的に富を生み出す構造』が作れないんだ。
観賞用にするくらいしかできないですねー。玄さんが持ってきたくらい並べれば金持ちアピールはできそう。だからこそ装飾品に使われるんだと思うんですけど。
これだけ重いのなら、漬物石にもなりそうだぞ。
じゃあどうして帝王学ではゴールドに資産の5〜20%を配分するのかな? ジェットコースターの信用創造を利用するのが正解なんだよね?
信用創造に信を寄せてはなりません。ここまでお金の総量が巨大化した現状、どこかのタイミングで破裂するのは目に見えております。我々に多大なメリットをもたらすからといって、それが盤石かどうかは別の問題でございます。
信用創造カジノで全力で遊びつつ、念のための保険としてゴールドを持っておくということか?
保険としての意味合いには、もっと深い部分がございます。我々が持つ銀行預金、株、不動産など様々な資産は、その全てが政府に捕捉されている資産です。要するに我々は、政府の監視の枠組みのなかで資産を色々と組み換えているにすぎません。
世界中どこへ行こうと、その国の政府の手のひらの上、ということだな?
それらの資産は、いざとなれば政府から重税をかけられたり、没収されたりする余地がかなりあります。現実として歴史上でそれは繰り返されてきました。しかしゴールドは――。
あっ、そんな視点で考えたことなかったですよ! ゴールドは政府が捕捉しきれない!
そこが最大のミソなのです。帝王学を学ぶ我々は今後数百年先まで見据え、子々孫々に至るまで資産を受け継いでいくよう努力せねばなりません。ただし、たとえば日本の相続システムだと、三代で資産がほぼゼロになると言われています。……ですがゴールドなど、見方によっては石ころに過ぎませんから、相続のときにヒョイと転がしてやれば……。
最近はゴールドを買うときに情報登録を求められるみたいですから、税務当局にゴールド所有者は捕捉され始めてますね。まぁ当局も無能じゃないので。……ですが過去に出回っている膨大なゴールドを、今から政府が捕捉するなんて出来ませんからねぇ。
そして人間はいつでも、破滅的な対外戦争や革命、経済崩壊、内戦を繰り返してきました。もちろん、これからもそうです。政府が崩壊するかもしれない、大災害で国家が機能不全となるかもしれない、世界大戦となるかもしれない、もちろん金融システムが破綻するのは当然に予想されるでしょう。そうした時にあって、巨大な時代の転換点を乗り越えることができる唯一のものは、人類の歴史と共にあったゴールドだけなのです。
なんだか、ずっしりとしたゴールドの重みをしみじみ感じられるようになった気がする……。
信用創造のハチャメチャぶりを聞いたあとだと、もうゴールドしか持ちたくなくなるな。もちろん資産を増やしていくためには、信用創造カジノで遊ばざるを得ないのだろうが……。
保険の意味合いにおける、ゴールドの重要性をざっと並べてみましょうか。

★金融危機時の資産安定

★ハイパーインフレ時の資産保全

★戦争・大災害を乗り越えるための手段

★ゴールドスタンダード回帰対策

★信用創造が崩壊したあと、新世界での資産確保

これ自体が価値なんだったら、ちょっと重いことに我慢すれば、戦争とかあっても持って逃げられそうだね。銀行通帳を持って逃げても無意味だと思うし。
昔の人たちがゴールドの指輪やネックレスを身につけていたのは、まさに革命や戦争に巻き込まれた場合に、資産を持って逃げやすくするためです。尤も装飾品は現代ではブランド重視となり、無価値なものが世に溢れ、本質的な部分には誰も見向きをしなくなりましたが。
お小遣いが増えたら、少しお金を貯めて私もゴールド製品を買うこととしよう。その際はブランドなどどうでもよく、ゴールドが含まれている量だけに注目すればいいのだな?
ゴールドなんて時代遅れなものを、どうして突っ込んで語るのかなぁと最初は不思議でした。だけど、そりゃまぁ帝王学を受け継いでいる方々って、その時代遅れなところに安定を見出すんでしょうね。
ここまで、信用創造とゴールドスタンダードの2つのお金の形を外観してきました。お金は幻想によって成立していること、信用創造は楽しいゲームの舞台であること、お金をその時点の『購買力』と考えるべきこと、そして絶対唯一の価値であるゴールドには純資産の10%前後を割り当てるよう努めること……今日のところはこれでまとめとしたいのですが、よろしいですかな?
私はOK! これからは500円玉じゃなくて、金貨を貯金できるといいなぁ〜!
ふん、今日の講義はあまりに簡単すぎた。深謀遠慮の末に何もかもを見通せる私には、もっと歯応えが必要だぞ。ともかく信用創造は、私という存在のためにあるに違いない。歌舞伎町で裏カジノを開くことを予定していたが、その計画を放棄するとしよう。
一つお忘れじゃありませんか教官!
……何か?
そりゃもうデジタルゴールド――暗号通貨ですよ! 誰もが知っているように、昨今じゃビットコインなどの暗号通貨が持て囃されてますよね。ここにも触れておくべきでは?
ふむ。触れるほどではないのでいちいち取り上げないだけなのですが……それでは水無月様は、暗号通貨をどう見ているのですか?
ゴールドのような希少性があるって話ですし、新しいお金と目されてません?
たとえば個別の暗号通貨、ビットコインやイーサリアムなどを見ていけば、確かに希少性はあるのでしょう。しかし暗号通貨自体はいくらでも創造できる代物です。続々と新しい暗号通貨が計画され、投入されています。どう頑張ってもゴールド自体を創造できないことと比べてみればよろしいのではないでしょうか。
では一切触らないほうがいいと?
私はビットコイン投資などは、波乗りできる自信があるのなら推奨していいと思っております。これほど異様に乱高下する投資対象は中々ないので、利益を出すチャンスが多いのは間違いない。ただし、信用創造やゴールドと並列させるほどではないというだけでございます。
なーんか玄さんのお話の感じだと大して興味なさそうですが……世間では話題沸騰してますし、このギャップは何なんでしょう?
暗号通貨もいずれ陰謀的側面が語られるようになるでしょう。要するに、信用創造と同じ次元の魔法なのですよ。
え? 暗号通貨もいわゆる陰謀?
信用創造の成立と同じ話なのですが、最初にこの計画を形にした人物たちは、表沙汰にはなっていないものの、もともと無価値のものに恐ろしい価値がついたことで、空前の富を手に入れたことでしょう。そして今では信用創造に取って代わる可能性のある金融システムとして、一定の支持を得るまでに成長している。要するに人為的に作られた『信用創造システム』と『暗号通貨システム』の新旧対決でございます。
な、なるほど、信用創造と同じ次元の概念なんですね……! だったら帝王学の講義でもチェックしておいたほうがいいんでは……?
信用創造が勝つでしょう。ですから、来るべきパラダイムシフトを乗り越える保険としてはゴールドを保持しておけば必要十分です。暗号通貨が好みならば、暴騰するタイミングも巡ってくるでしょうし、お好きにすればよろしいと思います。
信用創造が勝つと言い切る、その心は?
仮に暗号通貨がこの覇権争いに勝ったと仮定しまして……既存の暗号通貨であるビットコインなどが、そのまま用いられるわけがない。徴税などの必要性から、必ず既存システム内に組み入れられます。実際に各国政府は、自国通貨をいずれは暗号通貨として管理しようと計画しています。
まぁ確かに政府が暗号通貨を発行しようとする計画なら、各国で立ち上がってますね。
政府発行のそれは結局のところ信用創造に他ならないのですよ。形は少々変わるかもしれませんが、脱税しにくく、インフレやデフレを制御しやすい形での新しい信用創造システムが考案されることでしょう。純然たる暗号通貨が現在の対決に勝つには、いささか力不足、陰謀の根回し不足でございました。尤も既に仕掛け人たちは勝ち逃げして信用創造システム内に膨大な資産を築いてしまった後ですから、これ以上は陰謀を巡らせる意味もないのですが。
私が理解したところだと……暗号通貨という新しいシステムは、信用創造を打ち崩すには力が足りないのかもしれないが……何らかの新しいアイデアを持ってすれば、やはり信用創造を突き破る可能性があるということだな? そのモデルケースが暗号通貨だったと。
何を当然のことを。人為的に作られたものなら、壊せないはずがございません。
当然、私がそれを成し遂げるということだ。人類の歴史を裏側から覆すのが私という存在だからな。今日からアイデアを考えていくこととしよう、天才だけに仕方ない。
アイデアを形にしてからほざいて欲しいものでございますな。期待せず待っていることとしましょう。
信用創造、ゴールド、暗号通貨って色々見てきたけど……私はゴールドがいいなぁ……。
ゴールドは、堅実で貯金好きの小春ちゃんの性に抜群にマッチしてそうだもんねー。
ねぇ玄七郎、これから私、この金貨をいっぱい貯めていこうと思うの。
素晴らしいことですな。ぜひ、そうしてくださいませ。銀座や新宿などに有名なゴールドショップがございますので、近々お連れしましょうか?
やったー、とってもとっても嬉しいよー! いくらで買えるー?
その1オンス金貨でしたら、現相場だと1枚25万円くらいでしょうな。
…………泣いて、いいのかな…………?
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登場人物紹介

桜丈 小春(15)おうじょう こはる

「今日から私が桜丈ホールディングス代表取締役社長ってホントなの!?」


イラストやマンガを描くのが好きで、ほのぼの系キャラクターデザインを得意としている。大手新聞社&大手出版社が共催の日本最大のイラストコンテストでは、中学生部門で2年連続の最優秀賞に輝いた。

中学生にしてお小遣い帳をつけるほどの貧乏性。質素倹約、モノは擦り切れるまで使い、中古品を愛用する。趣味は、癒し系イラストを描くこと、古着屋巡り、貯金箱に500円玉を貯めること。

総資産4兆5000億円の桜丈ホールディングス株式会社、代表取締役社長。企業グループとしては日本国内だと50位、グローバル視点なら1000位に入る規模感だが、ホールディングス本体も傘下企業の大半も未公開企業で構成されているのが特色のため、表面上(バランスシート上)の総資産は市場価値を正しく反映していない。

桜丈 小雪(13)おうじょう こゆき

「いずれ歌舞伎町の闇王として君臨するのが、私という存在に課せられた哀しき宿命なのだ」


生まれてこの方ペーパーテストは満点以外をほとんど取ったことがなく、剣道やギターなど幅広い素養もあり周囲からは天才と思われているが、実は隠れて大変な努力をしている。まだ幼さの残る面影ながら誰もが振り向く美貌の少女。まさに才色兼備を地でいく女子に見えるものの、重度の厨二病を患っている。好きなコンテンツは『首領(ドン)への道』。いつの日か新宿区歌舞伎町に影を潜めて暮らし、自分の組を持ちたいと夢想する。

源 玄七郎(67)みなもと げんしちろう

「強いていえば、通りすがりの執事でございます」


桜丈家にやって来て12年目の、長身の自称執事。自分に常に厳しく、他人にも恐ろしく厳しい。

日本有数の格調の高さで知られる五つ星ホテルブランド――ベイグランディアホテルズの創業者にして元代表取締役社長。かつてベイグランディアホテルズは経営に行き詰まり、巨額の負債を抱えて民事再生法を申請したことで連日経済ニュースで取り上げられた。ある意味で名士であり財界有名人。ベイグランディアホテルズは、桜丈ホールディングスの傘下に組み入れられて経営再建中。

水無月 千景(28)みなずき ちかげ

「パワハラで会社訴えてやるぅ! めちゃんこ慰謝料請求してやるんですドチクショー!」


東京大学理学部卒のアラサー。経済産業省資源エネルギー庁に在職経験のある元官僚。桜丈ホールディングスの管理部門に勤めるかたわらで、会社の意向(業務範囲として)で小春と小雪の家庭教師をしている。絶賛婚活中だが程良い相手が見つからず、念のため生涯独身にも備えて最近4500万円で東京の真ん中に中古1LDK49平米を購入した。

桜丈 陸(58)おうじょう りく

「ぼくは当てもなく荒野を彷徨う金鉱堀さ。泥に塗れた地べたで過ごし、何度かグッドラックを引き当てた、それだけのことだよ」


桜丈ホールディングス元・代表取締役社長にして、現・無職ニート。明治後期から続く旧・桜丈財閥の本家筋にあたる四代目。桜丈財閥は繊維産業を中核とした中規模な産業複合体にすぎなかったが、軍需衣料品に経営を過度に依存していたためGHQに目を付けられ、太平洋戦争後の財閥解体で主要企業のすべてを切り離され、いくつかの不動産を残すだけで有名無実化していた。だが陸の代で、手持ちの不動産を担保になりふり構わぬ賭けに出て、急激な膨張を成し遂げた。その規模感は、戦前の桜丈財閥のスケールに比肩する程度にまで戻ったとされ、日本経済界の一つの奇跡と受け止められている。

さも意味深な言い回しをするものの、大して深い意味はない。自らが創り上げたグループの代表を、ある日突然に辞任してしまった。一見自分勝手な引退のように見えて、強引に幕引きしてしまったのには、実は本人の狙いもある。

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