第6章(2)

文字数 5,426文字

それじゃ皆んな、お疲れさま! かんぱーい!
乾杯!
かんぱーい!
 ファミレスにて、小春と小雪はドリンクバーでウーロン茶、千景はワインでの乾杯だ。早計1000円にも満たないお疲れ様会である。
ゼリストの担当さん、私たちの仕事すっごい褒めてくれたよ〜! 地球連合の予定が空いているときは、いつでも仕事出してくれるって!
あの鬼が明後日には帰ってくる。その前に事業の基盤を作ってしまった私たちがすごい。ククク、玄七郎が悔し涙を浮かべる顔が私には見えるぞ!
事業といっても、他社の末端で請負作業してるだけだけどね。ゼリスト自体は、私たちへの支払いの倍くらいで請負っていると思うよ。
ならば、私たちは売上5万5000円だが、ゼリストは11万円で請負っていて、50%も間を抜いているということか?
実際に11万円かどうかは全然知らないけど、まぁそんなものじゃないかな。どんなに安く見積もっても、やっぱりゼリストは8〜9万円は取ってるはず。今日のサイズ感なら、その辺りが相場の下限だからね。
だけど、5万5000円ももらえたなら、びっくりするほど儲かったって気がするよ。何でだろー?
それはきっと、小春ちゃんは人件費を計算に入れてないからじゃないかな。普通なら小春ちゃんと小雪ちゃんの場合、会社負担分社会保険とか管理コストとか加味して1人30万円だとして、2人で60万円が毎月固定で発生するはずだよね。そして私のほうは、アベコベなんだけど桜丈ホールディングスから給料出てるから、そこは計算されないでしょ。
そっか、それに事務所も今は原町のうちの家だもんね。普通なら事務所のコストもかかるはず。
だから、もし普通の会社だったら、この3人で事務所も構えて、電話やネット回線とか光熱費まで色々あって、固定費100万円くらいにはなるはずだよ。今日の規模の案件なら、5万5000円が採算ラインギリギリだと思う。
ということは、20件こなしてプラスマイナスはゼロ……。あれれ、全然儲からないねコレ……。
つまり、この価格で請負うのなら、仕事をもらえるのは当然すぎるということだな?
そりゃそうだよね。どこの誰だって喜んで発注してくれるはずだよ。自社で社員を抱えるより断然安く済むし。
私たちが給料受け取ってないから儲かったように見えるだけで、ホントは人件費を計算に入れなきゃならないんだもんね。褒められたからって、喜んでばかりもいられないってことかぁ。
フフフ、名案を思いついたぞ……! ゼリストを通さず、私たちが直接依頼を受ければいいのだ! もしや私は天才軍師だったのか……?
そんなの分かりきったことで、でも私たちにいきなり仕事を発注してくれる企業はそうそう見つからないと思うよ。仮に、たとえば清掃業務を仲介するウェブサービスを使って直接の依頼先を探しても、結局はそのウェブサービス会社に3割くらい手数料取られちゃうからね。
どっちにしても中抜きされちゃうってことなんだね。
そういう意味じゃ、ウェブサービスに3割抜かれた上で毎回新しいクライアントさんと細かく打合せしなくちゃならない手間をとるより、ゼリスト一本に絞ったほうが断然楽なんだよね。
蜘蛛の糸に絡め取られているみたいな感じだぞ。やはり世界征服を企む私たちだからこそ、末端作業をいつまでも続けるわけにもいかないということか。
地球連合独自の仕事を早く打ち立てなくちゃならないんだね。立ち止まっていても仕方がないし、事業案を皆んなで出し合っていこう。
 それから小春たちは熱心に、事業プランの議論を始めた。先日話し合った民泊なども再検討したし、自動販売機設置などについても意見を交わしていく。
――自動販売機の強みは、人件費を考えなくてもいいということだな?
まったく管理コストがかからない事業なんて一つもないけど、他の事業と比較すれば、人件費はかなり低く抑えられるのは間違いないかな。人材コストは、とてつもなく重いものだから。
そういえば玄七郎が言ってたね、人材管理は地獄のようだって。ということは、給料支払いだけじゃなくて、精神面でも管理者に重くのしかかってくるのかも。
もうマネジメントはコリゴリとも弱音を吐いていたな。あのデーモンのような玄七郎が逃げ出したがるほどだ、人間を雇うとは、よほど恐ろしいことに違いない。
まぁでも、その手の人材管理が好きで好きで堪らないってタイプも探せばいるしね。他人に注目されていないと落ち着かないみたいなタイプ。向き不向きが大きく出るね。
その意味から、やっぱり自動販売機は楽ができるってことなのかな。飲み物の補充とかは人がやらなくちゃならないし、万一壊れたときや、掃除とかは誰かが対応しなくちゃならないけど……それでも、人が接客せずとも売上を上げてくれるのは大きいよね。
ただし、自動販売機なんてどこにでもある。とんでもなく数が多すぎるよ。今さら設置したってほとんど売れないし、電気代や場所代はどんどん値上がっていて厳しいと思う。
そうだよね、今さら感はすごいよね。だけど、人件費が少ない点はやっぱり魅力が大きいし、自動販売機に代わるような無人店とか何か考えられないかなー?
無人店か……田舎に行けば、野菜の無人店販売所とか昔から結構あるよね。海外だと泥棒されて終わりだから、無人でもお金が回収できる日本って特殊な場所だよね〜。
新宿区界隈だと、冷凍餃子や冷凍肉、スイーツや弁当の無人店まで見たことあるな。一度も入ったことはないが。
古着の無人店もあるんだよー。ゆっくり見られるから私はたまに行くけど、私以外で入っている人あんまり見たことないね。有人のお店より商品の入れ替わり少ない気がするー。
誰が買ってるんだろうね? まぁそれでも、やっぱり人件費があんまりかからない点は大きくて、ごくたまに売れれば採算合うんだと思うよ。考えなくちゃならないのは家賃くらいかな。
よし、無人店をやろう! 何やるか決めてないのに唐突かもだけど、結論を決めてから中身を考えてみるのもいいんじゃないかな? だって悩んでるだけだと、いつまでも始められないと思うから!
さすがお姉だ! 疾きこと風の如く、霧のなかを俊敏に機動し、玄七郎の首を今こそ討ち取るのだ!
小春ちゃんって意外と……見かけによらず動き早いよね。何気なく流しちゃってたけど、思い返せば清掃業のときも、いきなりゼリスト建物管理に電話してたし……普通の15歳に出来る行動じゃなかったと今では思うよ。
特別なことは何もしてないよー。迷うときは前に踏み込んでみることって、小さなときからずーっと玄七郎から繰り返し聞かされてきたし。
思い返せば玄七郎の小うるささは尋常ではなかった。人との約束は守ること、相手を思い遣ること、365日休まずひたすら継続すること、習慣化すること、常に学び続けること、苦境に動じないこと、迷うときには前に踏み込むこと――そんな当たり前のことを沢山、何度も何度も聞かされてきたぞ。いちいち言われなくても誰だってできるのに、言いたくて仕方がない小僧なのだ。あの鬼畜は動く武士道の機械に違いない。
……365日休まず継続……帝王学に取り掛かる前から、玄さんなりに生き方の基礎に取り組んでいたのかもしれないね。……でも、『相手を思い遣ること』って部分、肝心の玄さんができてるようには見えないんだけどね〜。
でしょう! ホントそれ! 当の玄七郎には全ッ然思い遣りがなくて、いっぱい泣かされてきたんだよー!
私たちは玄七郎を反面教師として生き抜かねばならない。それが玄七郎から学んだ最大の教えだ。
あはは、表面上はどうしてもあの性格を変えられないんだろうね。でも深いところでは思い遣りがあったりするのかなぁ、わかんないけど。
ともかくここはお姉の言う通り、無人店をやってみることは決定事項だ。であるからして……肝心の何をやるかだが……。
一番肝心なところが決まってなーい! ま、皆んなで頑張って知恵を出し合おう!
いま新宿周辺にある無人店――冷凍餃子、冷凍肉、スイーツ、弁当、古着……そもそもこれがちゃんと売れているのか謎だけど、よく考えればどれも商品仕入れがあるよね。そっちも新たに開拓しなくちゃならないんだ。ということは……逆から考えればいいんじゃないかな。玄七郎がよく逆から考える発想をするから、それに慣れちゃってて。
どういうこと?
何を仕入れるか、じゃなくて、何を仕入れられるか。
とにかく有利に仕入れられるものに限定して考えていくってことね。何かあるかな。
それなら例えばだ、私たちで空き缶拾いの事業化を真剣に検討したことがあったろう?
事業化は検討してないと思うんだけど。空き缶でも並べるつもり?
空き缶ではなく、ゴミ捨て場で綺麗な廃棄品を探し回って、良さげなものに値札を付けて売ったらどうだ?
ゴミ漁りじゃん! それも所有権絡みの問題が出てくると思うよ〜。
それに、仮に所有権問題をクリアできたとしても、肝心の商品を探し回るためにすっごい手間暇かかると思うなぁ。仕入れも不安定だし、売れないものはずっと残ってしまいそう。
では、さらに進めてこう考えればいい。何を仕入れるか、ではなく、どうすれば仕入れをしなくて済むか。
仕入れないで、サービスを売るってこと?
うむ。そのサービスを考えればいい。何か機械を使ってもらうとか。
最近そこら中に無人の格安スポーツクラブが出来てるよね。月2980円で通い放題みたいな。アレに近くなってこない? こっちに引っ越してくる前に入会してたことあるけど、トレーニング機器を並べるとなれば設備投資額すごいよ。
そういう本格的なものはできないね。小部屋でも大丈夫なものじゃなきゃ。色んな種類を並べないで、サービスを一つに絞ろう。それがあれば誰でも使ってみたくなるもの。
一つに絞るっていうのなら……私が通ってた店舗には設置されてなかったんだけど、マッサージチェアとかかなぁ?
マッサージチェア! うちの家にも2階にあったよね、誰も使ってないけど。とりあえずマッサージチェア置いておけば、サービスとしては成り立つんじゃないかな?
 小雪はスマホで検索を始めた。
……ふむ、ちょっと調べてみると、マッサージチェアだけの無人店は、地方だと稀にあるみたいだ。ショッピングモールとかに設置されていたりするな。でも東京だとなぜかほとんどない。下町に2カ所、多摩のほうに1カ所……都心には全然ないみたいだ。
何でだろうね? 冷凍餃子の無人店とかより、よっぽどマシな気がするけど……。
都心だと家賃が高すぎて採算合わせるの難しいんだと思うよ。

 それから小春たちは、マッサージチェアに特化して議論を進めていった。

 マッサージチェアを設置する程度なら、極小の1階路面店でも事業が開始できそうなこと。逆に言えば、場所さえ確保すればすぐスタートできること。マッサージ機は数万円代から百万円代とピンからキリまであるが、業務用で使えるレベルとなれば少なくとも1機30万円以上の購入費用がかかること。ただし小雪がネットで調べたところ、コインを投入して使えるタイプの、業務用マッサージ機がレンタルで借りられること。万一マッサージ機が故障しても、レンタルなら保証があること。原町の自宅にあるマッサージチェアはおそらく古すぎて見栄えが悪いし、そもそもコイン式ではないので使えないこと。

OK! とにかく安く借りられる場所が見つかるかどうか次第だね。
うむ、マッサージがどうこう言う前に、まずは場所ありきということだな。
桜丈ホールディングスの子会社で、本社と同じビルに入居してる不動産会社があるから、そこに物件を探してもらうよう手配しようか? 私の今のマンションもそこに仲介してもらったし。
市ヶ谷クロスセンターに子会社あったんだね。何て会社?
ゼノン都市開発株式会社。ゼリスト建物管理と違って、うちの完全100%子会社だよ。ほら、うちが所有してる新宿ゼノンマークスタワーとかの開発を手がけた会社。たしか市ヶ谷クロスセンターもここが地上げしてまとめたんだっけ。
地上げと聞くと燃えてくるな。裏に闇組織や殺し屋を抱えているに違いない。
いやいや抱えてないから。小雪ちゃんが普段見てる任侠ドラマの地上げとかとは全然違うんだけどね……。
そのゼノンって会社に、いま電話してみようかな。
あー、ちょっと待って! よく考えたら結構大きな不動産会社だから、家賃数万円の賃貸物件を探してくれって依頼したら、絶対やりたがらないはず。すごい嫌がらせにしかならないと思う。
物件探しを依頼する不動産会社で何か差は出てくるものなのか?
日本の場合は、すべての業者が同じ不動産ネットワークを使ってるから違いはほとんどないね。だから、別にわざわざ特定の会社に依頼するメリットないし、その会社が真剣に探そうと思ってくれることのほうが重要。むしろ街角の小さな不動産会社に頼んだほうが全然メリット大きいかも。
そうなんだ、だったら近所の不動産屋さんに飛び込んだほうがいいのかもね。……うーん、でも、せっかく縁がある会社なんだから、1回聞くだけ聞いてみて、ダメそうなら小さな業者さんで探そう。
ならばお姉、電話番号はここだ。
 早くも小雪がスマホでゼノン都市開発を検索したようだった。小雪のスマホ画面を見ながら、小春は番号をタップしていく。
はい、お電話ありがとうございます。こちらゼノン都市開発でございます。
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登場人物紹介

桜丈 小春(15)おうじょう こはる

「今日から私が桜丈ホールディングス代表取締役社長ってホントなの!?」


イラストやマンガを描くのが好きで、ほのぼの系キャラクターデザインを得意としている。大手新聞社&大手出版社が共催の日本最大のイラストコンテストでは、中学生部門で2年連続の最優秀賞に輝いた。

中学生にしてお小遣い帳をつけるほどの貧乏性。質素倹約、モノは擦り切れるまで使い、中古品を愛用する。趣味は、癒し系イラストを描くこと、古着屋巡り、貯金箱に500円玉を貯めること。

総資産4兆5000億円の桜丈ホールディングス株式会社、代表取締役社長。企業グループとしては日本国内だと50位、グローバル視点なら1000位に入る規模感だが、ホールディングス本体も傘下企業の大半も未公開企業で構成されているのが特色のため、表面上(バランスシート上)の総資産は市場価値を正しく反映していない。

桜丈 小雪(13)おうじょう こゆき

「いずれ歌舞伎町の闇王として君臨するのが、私という存在に課せられた哀しき宿命なのだ」


生まれてこの方ペーパーテストは満点以外をほとんど取ったことがなく、剣道やギターなど幅広い素養もあり周囲からは天才と思われているが、実は隠れて大変な努力をしている。まだ幼さの残る面影ながら誰もが振り向く美貌の少女。まさに才色兼備を地でいく女子に見えるものの、重度の厨二病を患っている。好きなコンテンツは『首領(ドン)への道』。いつの日か新宿区歌舞伎町に影を潜めて暮らし、自分の組を持ちたいと夢想する。

源 玄七郎(67)みなもと げんしちろう

「強いていえば、通りすがりの執事でございます」


桜丈家にやって来て12年目の、長身の自称執事。自分に常に厳しく、他人にも恐ろしく厳しい。

日本有数の格調の高さで知られる五つ星ホテルブランド――ベイグランディアホテルズの創業者にして元代表取締役社長。かつてベイグランディアホテルズは経営に行き詰まり、巨額の負債を抱えて民事再生法を申請したことで連日経済ニュースで取り上げられた。ある意味で名士であり財界有名人。ベイグランディアホテルズは、桜丈ホールディングスの傘下に組み入れられて経営再建中。

水無月 千景(28)みなずき ちかげ

「パワハラで会社訴えてやるぅ! めちゃんこ慰謝料請求してやるんですドチクショー!」


東京大学理学部卒のアラサー。経済産業省資源エネルギー庁に在職経験のある元官僚。桜丈ホールディングスの管理部門に勤めるかたわらで、会社の意向(業務範囲として)で小春と小雪の家庭教師をしている。絶賛婚活中だが程良い相手が見つからず、念のため生涯独身にも備えて最近4500万円で東京の真ん中に中古1LDK49平米を購入した。

桜丈 陸(58)おうじょう りく

「ぼくは当てもなく荒野を彷徨う金鉱堀さ。泥に塗れた地べたで過ごし、何度かグッドラックを引き当てた、それだけのことだよ」


桜丈ホールディングス元・代表取締役社長にして、現・無職ニート。明治後期から続く旧・桜丈財閥の本家筋にあたる四代目。桜丈財閥は繊維産業を中核とした中規模な産業複合体にすぎなかったが、軍需衣料品に経営を過度に依存していたためGHQに目を付けられ、太平洋戦争後の財閥解体で主要企業のすべてを切り離され、いくつかの不動産を残すだけで有名無実化していた。だが陸の代で、手持ちの不動産を担保になりふり構わぬ賭けに出て、急激な膨張を成し遂げた。その規模感は、戦前の桜丈財閥のスケールに比肩する程度にまで戻ったとされ、日本経済界の一つの奇跡と受け止められている。

さも意味深な言い回しをするものの、大して深い意味はない。自らが創り上げたグループの代表を、ある日突然に辞任してしまった。一見自分勝手な引退のように見えて、強引に幕引きしてしまったのには、実は本人の狙いもある。

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