第3章(1)

文字数 2,042文字

おはようございます。それでは3日目に取り掛かるとしましょうか。
おはよう、がんばろうね小雪!
うむ。私はいま燃えているぞ。
BSの理解は大変重要で、お嬢様がたはまだ足を踏み入れたばかりでございます。しかしながら帝王学においては、押さえなければならない基本事項が他にも山とございます。そこで経験を重ねていかなくてはならないBSの訓練は、昨日で一時休止としましょう。
他の学習に移るってことなの?
なるべく短時間で外観できる方面を最初に仕上げてしまったほうがいいという判断でございます。ただしBSは帝王学の中核なので、いずれまた戻ってくることになりますが。
なんだと!? せっかく昨晩もBSの復習を重ねたというのに。そのなかで疑問点や聞きたいことが色々出てきたのだぞ。今日はそれをぶつけようと準備もしてきたのだ。
すごいなぁ小雪は、本当に勉強熱心だよね! 昨晩私は気分を変えようかなって、寝付くまでイラスト描いてたよ〜。
なっ、違、お姉それは違うぞ! 私という存在は、勉強などしなくても勝手に頭に入るのだ! 本当のことを打ち明けると、私は昨晩、寝付くまでスマホゲームに夢中になっていたのだ。
でも玄七郎の話を一生懸命メモったり、スマホで色々調べたりするのは小雪だけだよ。私より、小雪のほうが学習速度は早いと思うな〜。いつだってそうだったよね。
……仕方ない、お姉が学びにつまづけば、いわゆる天才系の私が教えてやろう。私は努力せずとも、耳から聞いただけで、大抵のことを完全マスターしてしまう頭抜けた能力があるらしいのだ。
そのときはよろしくね。
う、うむ……。
 小雪は用意していたペンとメモ帳を隠すようにしながら頷いた。
それでは早速――。
……お、お待たせしました……。
千景先生!
 おもむろに執務室に入ってきた千景は、そそくさと席に着いた。
…………。
…………。
……千景も参加するのか?
乗り掛かった船ってやつかな……。
管理部のほうには、また水無月様が復帰すると話をつけておいたはずですが……?
玄さん昨日はホントーーーにすいませんでした! 冷静になってみれば、言うほど酷いこと言われたわけでもないのに……なんかカッとなっちゃいまして……。
水無月様が動揺されたのは、私の話が図星だったからでございまして――。
玄七郎! 少し待って。
かしこまりました、小春お嬢様。
 小春は席から立って千景に近づき、背中に優しく手を置きながら語りかける。
おはよう千景先生、執務室のほうに来てくれて嬉しいよ。
……うん……。
私ね、本当はとってもとっても不安なの。普段は好きにイラスト描いてるだけの私が、急に社長なんてビックリするよね。それに借金4兆7500億円もあるなんて、まともに考えると怖くなって逃げ出したくなるよ。でもココはお父さんの会社で、今まで私や小雪の生活を支えてきてくれたんだから、家族の問題を私が自分の勝手で無視するわけにはいかないと思うんだ。だから頑張らなくちゃって思うけど、千景先生や小雪がそばにいてくれるだけで、とっても心強いの。改めて、これからも一緒に学んでくれる?
小春ちゃん! 私も色々反省したんだ、いつの間にかプライドの塊になっていたんだなって気付かされたよ。敷かれたレールの上では常に勝ってきた側だったと思うし、人からいつも良い評価を受けてきたから、すっかり勘違いしてしまって、何かチャレンジすることすら考えなくなってた。でもこの授業で、本当は私、世界のことを何も知らないのかもって……今まで停滞しっぱなしだった私の人生をしっかり切り拓くために、ここで縋りつこうと思ったよ。だから成り行きで参加した講義だったけど、今度はこちらから意思を込めて……不束者ではございますが、末席に座らせて頂きたく、どうかよろしくお願いいたします。

……どうぞ、元々小春お嬢様が決めたことですからな。

末席同士、これからも仲良くやろう。玄七郎に言わせれば、私と千景は偶然ここに居合わせただけの哀れな一般大衆同士だからな。某自称執事を共に見返してやろうではないか。
うんうん、千景先生、これからもよろしくね。玄七郎はちょっと厳しいところあるけれど根は一本気な感じだし、許してあげてね。
たぶん正直これからも色々許せないと思うけど、それもまた勉強ということで!
 言うべきことを言った後の安堵感からか、スッキリした表情で千景は笑った。
管理部には本日から水無月様が復帰すると伝達してしまっているのですが、連絡しておかないとなりませんな。
大丈夫です! 朝に寄って私のほうから伝えてきました、しばらく小春新社長の鞄持ちとして行動を共にしますって!
かしこまりました。次の訓練は、水無月様の薄っぺらい知識が役に立つ方面になるはずです。エリート様が活躍できる数少ない場面になるでしょうから、一文の得にもならないどうでもいいプライドを少しは立て直すキッカケにしたらいかがでしょうか。
私の活躍の場面ですか、これで勝ったと思うなよ今日はこのくらいにしといてやるチクショー!
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登場人物紹介

桜丈 小春(15)おうじょう こはる

「今日から私が桜丈ホールディングス代表取締役社長ってホントなの!?」


イラストやマンガを描くのが好きで、ほのぼの系キャラクターデザインを得意としている。大手新聞社&大手出版社が共催の日本最大のイラストコンテストでは、中学生部門で2年連続の最優秀賞に輝いた。

中学生にしてお小遣い帳をつけるほどの貧乏性。質素倹約、モノは擦り切れるまで使い、中古品を愛用する。趣味は、癒し系イラストを描くこと、古着屋巡り、貯金箱に500円玉を貯めること。

総資産4兆5000億円の桜丈ホールディングス株式会社、代表取締役社長。企業グループとしては日本国内だと50位、グローバル視点なら1000位に入る規模感だが、ホールディングス本体も傘下企業の大半も未公開企業で構成されているのが特色のため、表面上(バランスシート上)の総資産は市場価値を正しく反映していない。

桜丈 小雪(13)おうじょう こゆき

「いずれ歌舞伎町の闇王として君臨するのが、私という存在に課せられた哀しき宿命なのだ」


生まれてこの方ペーパーテストは満点以外をほとんど取ったことがなく、剣道やギターなど幅広い素養もあり周囲からは天才と思われているが、実は隠れて大変な努力をしている。まだ幼さの残る面影ながら誰もが振り向く美貌の少女。まさに才色兼備を地でいく女子に見えるものの、重度の厨二病を患っている。好きなコンテンツは『首領(ドン)への道』。いつの日か新宿区歌舞伎町に影を潜めて暮らし、自分の組を持ちたいと夢想する。

源 玄七郎(67)みなもと げんしちろう

「強いていえば、通りすがりの執事でございます」


桜丈家にやって来て12年目の、長身の自称執事。自分に常に厳しく、他人にも恐ろしく厳しい。

日本有数の格調の高さで知られる五つ星ホテルブランド――ベイグランディアホテルズの創業者にして元代表取締役社長。かつてベイグランディアホテルズは経営に行き詰まり、巨額の負債を抱えて民事再生法を申請したことで連日経済ニュースで取り上げられた。ある意味で名士であり財界有名人。ベイグランディアホテルズは、桜丈ホールディングスの傘下に組み入れられて経営再建中。

水無月 千景(28)みなずき ちかげ

「パワハラで会社訴えてやるぅ! めちゃんこ慰謝料請求してやるんですドチクショー!」


東京大学理学部卒のアラサー。経済産業省資源エネルギー庁に在職経験のある元官僚。桜丈ホールディングスの管理部門に勤めるかたわらで、会社の意向(業務範囲として)で小春と小雪の家庭教師をしている。絶賛婚活中だが程良い相手が見つからず、念のため生涯独身にも備えて最近4500万円で東京の真ん中に中古1LDK49平米を購入した。

桜丈 陸(58)おうじょう りく

「ぼくは当てもなく荒野を彷徨う金鉱堀さ。泥に塗れた地べたで過ごし、何度かグッドラックを引き当てた、それだけのことだよ」


桜丈ホールディングス元・代表取締役社長にして、現・無職ニート。明治後期から続く旧・桜丈財閥の本家筋にあたる四代目。桜丈財閥は繊維産業を中核とした中規模な産業複合体にすぎなかったが、軍需衣料品に経営を過度に依存していたためGHQに目を付けられ、太平洋戦争後の財閥解体で主要企業のすべてを切り離され、いくつかの不動産を残すだけで有名無実化していた。だが陸の代で、手持ちの不動産を担保になりふり構わぬ賭けに出て、急激な膨張を成し遂げた。その規模感は、戦前の桜丈財閥のスケールに比肩する程度にまで戻ったとされ、日本経済界の一つの奇跡と受け止められている。

さも意味深な言い回しをするものの、大して深い意味はない。自らが創り上げたグループの代表を、ある日突然に辞任してしまった。一見自分勝手な引退のように見えて、強引に幕引きしてしまったのには、実は本人の狙いもある。

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