第12章(1)

文字数 7,449文字

よし、お店のリニューアル達成〜!
開店1週間も立たずにここまでコンセプトを完全に書き換えちゃうなんて、他じゃ聞いたことないよね。
これで30分500円で利用できるイベントスペースに変更完了だよ。いちおうマッサージチェアは置いてあるけど、むしろ邪魔になってきたかも……。

 玄七郎からの指導を受けたあと、3人で打合せを重ね、小春たちは無人店のコンセプトを完全に書き換えてしまっていた。

 無人店の変更内容はこうだ。

 マッサージチェアを1台に減らし、マッサージチェアは部屋の隅に移動させた。その上で、原町の家からは誰も使用していなかったテレビがあったので、それを持ち込み、マッサージを受けながら見られるようにした。合わせて台車を使い、ほとんど利用していなかった小綺麗なテーブルセット、コンポを苦労して運んだ。テーブルを囲んでお茶を飲みながらくつろぐこともできるし、コンポでラジオなどを聴くこともできるようにしたのである。そしてモノポリーなどを初めとした人気のボードゲームを取り揃え、仲間内で集まってゲームを楽しめるようにもしていた。

 大きめのゴミ箱も設置し、店外の自販機で買った飲み物などを捨てられるようにもしていた。使用ルールも、飲食物の持ち込み自由に変更した。

 細かいことだが充電設備も充実させたし、パソコンを使って作業などもできるようにした。また、元々あった安物の机、丸椅子、小型冷蔵庫、スチールラックは廃棄してしまい、手狭な店内になんとかテーブルセットとマッサージチェアを同居させた。一切の余裕がない鮨詰めのスペースだが、イベントスペースとマッサージチェアを無理やりにでも合体させる措置である。

 要するに小春たちは、無人マッサージチェア店としてコンセプトを掲げることを放棄し、仲間数人で集まったイベントや遊び、個人の仕事や打合せで活用できるような無人イベントスペースに主軸を変えてしまったのだった。確かにマッサージチェアは設置してあるが、無理やり詰め込んだ感が強く、これはもうメインではないということだ。

 利用料金はマッサージチェア無人店だったときと同じく、30分500円で店内を丸ごと使用できる。60分にすると1000円という、イベントスペース利用としては中々リーズナブルな設定だった。利用費用の回収は、設置された賽銭箱に入れてもらうスタイルに変更した。


 また、監視カメラも設置して、店内監視をするようにもしていた。監視カメラは本格的なものではなく、カメラをノートパソコンに繋げただけの安物だ。そして遠隔監視できる無料ソフトウェアを導入した簡易的なシステムを千景が組み、スマホなどで店内の模様を視認できるようにしたのである。監視カメラの目的は、文字通りの監視ではなく、掃除が必要かどうか、ゴミが溜まっていないかをチェックするためのものだった。この設置によって、掃除に来る頻度などが落ち、無人店管理にかける労力を大きく減らすことができた。

さすが地球連合、軍事行動の速さが違う。リニューアル作業も一日で完了だ。なかなか良い店構えになったではないか。
リニューアルっていうのも、ある意味キャッチフレーズ――良いレッテル貼りだよね。本当は乗っけから負け戦だったから、無理やり流れを変えて生き残りを図る感じなのかな。
ありものばかり使っているから、コストが掛かっていない。やるだけやってみてダメだったら、また変えればいいだけの話だ。
そうだね、当たるまで変え続ければいいんだよ。何度だってやればいい。変えちゃうことを恥ずかしがってちゃいけないと思った。
さすが脳筋、突撃隊長の本領発揮だね。むしろマッサージチェアを一台に減らしたからコストダウンだよ。
 小春たちはこの無人店を、イベントスペース案内サイトに登録し、空いていればいつでも使えるスペースとして告知した。チラシのほうも早速手直しし、マッサージチェアの案内はやめてしまって、近所の住人たちに新たに再配布する予定だった。
2、3人で集まってカフェを利用するくらいなら、こっちのほうが個室で使えるし、いいんじゃないかなー。
この辺りは東京の真ん中なのに、田舎じみていてカフェがほとんどない一帯だ。知ってもらえさえすれば、利用者はきっといるだろう。
このスペースで何人か集まってお茶してくれるなら、自販機の利用者も増えて相乗効果が狙えるね。
自販機も合わせて、何とか流れが変わってくれるといいなぁ。この無人店は地球連合を始めて一番苦労したわりに、不毛な成果になっちゃってるからね。
事業とは、不毛なことはおそらく当たり前なのだと思う。成果があろうがなかろうが、ただひたすら継続することが私たちに課された宿命だと受け入れてしまえばいい。英雄ならばこそ、重荷を背負って生きるのだ。
そうだね、淡々と継続が私たちらしいと思うよ。会うことがないお客様たちだけど、手を合わせよう。よろしくお願いします!

 そして小春たちは、玄七郎に教わったように、神仏にお祈りするつもりでまだ見ぬお客様たちに手を合わせた。たったこれだけでも、お客様と向き合うということの意味を少し感じられるような気がするから不思議だ。

 さらに小春たちはテーブル上に自由に記載できるノートを置くことにした。お店への要望や意見を書いてもらうためのものだ。悪口を書かれるかもしれないが、それも大事な意見としてお客様と向き合おうと決めたのだ。

じゃあ次に、私からマンガAI事業の状況報告、いいかな?
もちろんだよ、お願い千景先生。
まず、大きなところを再確認。必要なものは4つ。1つ目は、翻訳AI。2つ目は、翻訳する場所を指定するタッチペンとタブレット。3つ目は、これらの仕組みを統合管理するITシステム。そして4つ目は、翻訳されたマンガを購読するためのウェブマンガビューワー。
4つ目のマンガビューワーっていうのは初耳だぞ。大きくは3つだと思っていた。
3つ目と4つ目は、一つの大きなITシステムになるから、統合して考えてしまってもいいんだけどね。だけど用途が違っていて、3つ目のITシステムでは、1つ目と2つ目を一つの画面内で管理して、生成された翻訳マンガのデータを蓄積したりする一連の業務システムなんだよね。この業務システムは管理者側だけが使うもの。これで制作されたマンガ画像を、ユーザーに表示するために4つ目のウェブマンガビューワーが必要なの。ウェブビューワーのほうは一般ユーザーが見る画面だね。
中心となる業務システムに、翻訳前のマンガ画像をアップロードして、そこで色々な加工をしていくってイメージなのかな? そして完成したものを、マンガビューワーで表示するってこと?
ざっくりとそんなイメージでいいよ。細部まで今はわからなくても、そんなに難しい話じゃないから、システムを作っていくうちに分かってくるからね。
少なくとも最初は千景に任せるしかない。いずれ私も縦横無尽にシステム開発をこなすことが出来るようになる予定だが、それまで待ってくれ。
千景先生ばかりに負担かけちゃうね。
ん〜、でも、私が桜丈ホールディングスで日常的にやってた業務範囲だから、ホント別に負担感ないよ〜。ただ少し違うのは、こうしたシステムを開発するための資金を自分たちで用意しなくちゃならないってところかな。
どのくらいコスト掛かりそう? やっぱり1500万円?
あー、実はねー……色々突き詰めて考えるほどに、コストはどんどん膨らむんだよね。事業計画にまとめてるんだけど、タブレットで見せながら話すから、ちょっと待ってね。
 千景はタブレットを取り出し、パワーポイントでまとめられた資料を開き説明を始めた。
先ほど触れた一つ目、翻訳AI。安く済ませようと思えば幾らでも安い翻訳システムがあるんだけど、事業成功のために、ここは妥協しちゃいけないと思うんだよね。そこで私がアレンジしたものだと、コレ。
 千景は、翻訳システムを提供する会社のウェブページを開く。
サンプルで色々試したけど、この会社の翻訳AIが日本語のニュアンスまでかなり正確に翻訳できるのね。ただし利用料金は、ライトコース月額20万円から。
翻訳AIの利用料として、月額20万円もかかるっていうこと?
そうなんだけど、ライトコースの範囲では、自社内の文章とかをチェックできる範囲に限られるかな。私たちみたいに大量の画像で活用する場合は、最上位のプレミアムコース月額200万円の利用料を想定しなくちゃならないかもしれない。もちろん事業立ち上げ初期だけはライトコースで間に合うと思うけど。
……ま、毎月200万円……。
なっ!? そんなコストを負担できるわけもないだろう!?
そんなこと私だって重々分かった上での話だよ。だけど、これが現実。実際に事業をやるかどうかをしっかり検討するためにも、とことん計画を練ったうえで進退をを決めないと。ちなみにメジャーな格安翻訳サービスを使えばもっと安価に翻訳可能だけど……マンガみたいな砕けた文章の翻訳だと、すっごい不自然な出来になっちゃうよ。
……たぶん不自然な翻訳だったら、最初から事業の失敗は見えているんだと思う……。だから歯を食いしばってでも、いま最高の技術を追求したほうがいいんじゃないかな……。
お姉はそう言うが、肝心のお金がないんだぞ?
お金は後で考えよう。まずは千景先生の計画を聞いてからだよ。それに逆から見れば、そのくらい大規模な事業にチャレンジしようとしているってこと。このチャンスに、小雪は乗らないの?
……あ、う……。……乗るしか、あるまい……。
だよね!
次に2つ目。タッチペンでの範囲指定のほうは、かなり高度なものを導入しても、月15万円くらいの技術使用料で済みそうかな。端末はありもののタブレットを使えそうだし、ここが一番コストかからないね。
それでも月額15万円かぁ……。
そして3つ目と4つ目。肝心のシステム開発とビューワーの用意。これはね、サイバーゼックの下請けの一つに、マンガビューワーの技術を持っている開発会社があったのね。株式会社ローミックっていう15人くらいの小規模な開発会社なんだけど、実はここが色んなIT大手企業にマンガビューワーを提供してるみたいなんだ。ということは、マンガ業界のシステムにも精通しているわけで、もうそこしかないと思って見積もりを相談してみたの。そして全体の開発費は、合わせて1350万円。
1350万円! そこは、当初想定していた開発費1500万円より安く抑えられそうだね。
私のほうで仕様書を全部書くって言い張って、かなーり交渉したんだよ。何より良いと思うのは、株式会社ローミックにはマンガビューワーの開発ノウハウが豊富にあるから、わざわざ開発しなくてもいいパーツも少なくないし、安心してこの仕事を任せられるところかな。
その分だけ開発期間も短くできるってことだよね?
そうそう! 通常、システムを開発すると、当初は色んな不具合に悩まされるものなのね。だけどローミックであれば開発済みの技術も多くて、不具合の心配があまりないのは、お金には変えられない安心感だよ。
開発はそのローミックっていう会社に決定だね! よーし、最大のネックはAI翻訳技術の月200万円と、タッチペンの月15万円だけかー。
待って小春ちゃん、それ違う! もしかして肝心なところを誤解してるかも?
肝心な、ところ……?
システム開発って、作って終わりじゃないの。運用し始めたら、これからずーっとコストが掛かってくる。当たり前の話だと思って言ってなかったんだけど、こういう仕事に不慣れな小春ちゃんたちには予め伝えておくべきだったかも……。
も、もしかして、まだまだお金が掛かるってこと……?
家やビルを想像してみてほしいの。一度建てたら、それで終わりなんてことないでしょう? 色々と故障するし、直さなくちゃならないところだって一杯出てくる。リフォームをしたり間取りを変えたりしながら工夫して住み続けるよね。システムとなれば、遥かに故障は多く出るし、毎日のようにバージョンアップ作業も継続していかなくちゃならない。もちろん保守管理作業だって必要。当然そこには多額のコストが掛かるけど、絶対に忘れちゃならないことだよ。
そうなんだ……どのくらいを想定すればいいんだろう?
考え方によってコストは全く違ってくるよ。最低限の保守さえできればいいのか、それとも競争に勝つために開発を続けていくのか……。
やっぱり競争に勝つために、やれること全部やらなくちゃならないんだよね……?
もちろん……できるならフルコミットしたほうがいいよ。1人の熟練したエンジニアを確保するのに月150万円は最低でも見たほうがいいかな。月60万円くらいで見てもいいエンジニアもいるんだけど……絶対に熟練した人を確保した方が結果的に安くつくから。事業立ち上げ初期は、ローミックのエンジニアを3人か4人くらいは押さえて、色んな開発をリアルタイムでやってもらったほうがいい。
仮に3人押さえたとしたら……え? 月450万円?
それでも、サイバーゼックを通すより遥かに安いものなんだよ。あと、開発したシステムを置いておくサーバー代が必要だね。どのくらいのアクセスを集めるかにも寄るんだけど……いちおう月100万円以上は見ておいたほうがいいかな。ただし、翻訳されたマンガが拡散されて大量に見られるようになれば、月1000万円とかいく可能性も想定しておいたほうがいいかな。
…………。
…………。
言葉もないよね。この事業を進めるのはヤメておく?
……私は、私自身がマンガの描き手だし、海外の人たちとの繋がりに悩んできた一人だから、この事業がとっても可能性ありそうだってことは分かってる。だから、どんなに困難でも……まだヤメる可能性を考えたくないんだ。仮に、お金の問題さえなければ、千景先生はこの事業を形にできると思う?
技術はありものしか使ってないから形にならない可能性はないよ。それにシステム開発費が1350万円程度だから、実はそんなに複雑で大規模なわけじゃないんだよね。ということは、開発が頓挫するってことも考えられない。むしろサービス公開後に、ユーザーやクライアントの声を聞きながらバージョンアップや追加開発を続けていくことのほうがずっと重要。
そっか、サービス公開までは確実だってことだね。コストはどうしようもないのかな?
フルコミットするためにエンジニアを押さえてって話をしたけど……事業の進展に合わせてバージョンアップする開発を一切放棄しちゃえば、保守メンテだけにして月150万円くらいまで抑えることはできると思う。翻訳のレベルも妥協して……色々とコストを抑え込んで……月300万円を越えないくらいにはできるかな……。
地球連合にとってとんでもない投資額だが、清掃業の稼ぎを全部突っ込めばギリギリ維持できる範囲なのか……?
いや正直、この手のチャレンジでコストを惜しんでたら……後発の競合にあっさり市場を掻っ攫われてしまうんだけどね……。
…………。
中途半端に妥協って選択肢はナシなんだ……。ベンチャーキャピタルや個人投資家って、どうやって集めればいいんだろう? 千景先生がそのやり方知ってるんだったら、教えてほしいな。
やるつもりなの、小春ちゃん?
やるしかないと思う。そうでしょ、小雪?
う……うむ……。だが、さしもの私でも想像していたより遥かに大きなコストが掛かる以上、お姉がやる気になっていなければ、さすがに二の足を踏んでいたかもしれない。お姉はやはりとんでもない。
反対なの、小雪は?
反対というわけではなく、途方もないと言ったに過ぎない。おそらくお姉はマンガの描き手としての当事者意識があるのだろう。私は事業上でやれるかどうかの感覚しかないから、正直に言うと雲を掴むような気持ちだ……。
だったら私に任せて。マンガAI翻訳事業、先に進んでみよう。千景先生、お願い、私に資金を集める方法を教えて。
それじゃ、起業家やベンチャーキャピタリストが集まるイベントが定期的に開かれてるから、私たちでそこに出席してみようか。あ、ただ……そのイベントに参加する前までに、ちゃんとシステムに需要があるかどうかを確認したほうがいいかな。
どうやって需要を確認するの?
それはもう、私たちがこのマンガAI翻訳システムを開発したとして、それを使ってくれるマンガ出版社に聞きにいけばいいんじゃないかな。出版社……さすがに桜丈ホールディングスの関連会社のなかにはないね。印刷やデザイン関係ならあるけど、わざわざそこからツテを頼っていくのは遠すぎるしなぁ。
マンガ編集部の人なら、何人か知ってる人はいるよ。その人たちにお話を聞いてみるっていうのはどうかなぁ?
出版社どころか、マンガ編集部を直接知ってるの!?
SNSでマンガを公開していたときに、マンガ編集者の人からアプローチ受けたことが何回かあるんだよね。そのときはまだ中学生だったし、プロとしてすぐ仕事ができるって状況でもなかったから、何度かやり取りしただけで終わったのね。でも皆すごく積極的にアプローチしてくれていて、もしプロとしてやりたいと思ったときにはお話させてくださいって言ってくれてるよ。
そういう業界なんだ、マンガ業界って……。まぁもちろん小春ちゃんには10万人くらいフォロワーがいたわけだから、編集者がスカウトしようとしてもそんなにおかしくないのかな。
お姉のマンガは、他ではあんまり見たことがないタイプのマンガだからな。何気ない日常を可愛いキャラクターの動きだけで魅せるというのは、よほど技量がいるはずなのだ。編集者であれば、お姉の才能に何か独特のものを嗅ぎつけるのだろう。
よし、聞きに言ってみよう! プロデビューというわけじゃないから編集者の人に時間を取ってもらうのは申し訳ないんだけど、私たちも命を賭けてる話だからね。
 小春はスマホを取り出し、以前マンガを公開していたSNSアプリを開いた。そして過去の編集者とのやり取りを探し出し、遡ってチェックしていくと、一番最初のメッセージで編集部の電話番号が記載してあるのを見つけた。
なるべく大手さんがいいよね。メッセージで聞いてみるのもいいけど、待っても返信がいつになるかわからないし……よし、さっそく電話してみよう。
 小春は迷わず電話番号をタップした。
はい、東都出版マンガ編集部ですが。
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登場人物紹介

桜丈 小春(15)おうじょう こはる

「今日から私が桜丈ホールディングス代表取締役社長ってホントなの!?」


イラストやマンガを描くのが好きで、ほのぼの系キャラクターデザインを得意としている。大手新聞社&大手出版社が共催の日本最大のイラストコンテストでは、中学生部門で2年連続の最優秀賞に輝いた。

中学生にしてお小遣い帳をつけるほどの貧乏性。質素倹約、モノは擦り切れるまで使い、中古品を愛用する。趣味は、癒し系イラストを描くこと、古着屋巡り、貯金箱に500円玉を貯めること。

総資産4兆5000億円の桜丈ホールディングス株式会社、代表取締役社長。企業グループとしては日本国内だと50位、グローバル視点なら1000位に入る規模感だが、ホールディングス本体も傘下企業の大半も未公開企業で構成されているのが特色のため、表面上(バランスシート上)の総資産は市場価値を正しく反映していない。

桜丈 小雪(13)おうじょう こゆき

「いずれ歌舞伎町の闇王として君臨するのが、私という存在に課せられた哀しき宿命なのだ」


生まれてこの方ペーパーテストは満点以外をほとんど取ったことがなく、剣道やギターなど幅広い素養もあり周囲からは天才と思われているが、実は隠れて大変な努力をしている。まだ幼さの残る面影ながら誰もが振り向く美貌の少女。まさに才色兼備を地でいく女子に見えるものの、重度の厨二病を患っている。好きなコンテンツは『首領(ドン)への道』。いつの日か新宿区歌舞伎町に影を潜めて暮らし、自分の組を持ちたいと夢想する。

源 玄七郎(67)みなもと げんしちろう

「強いていえば、通りすがりの執事でございます」


桜丈家にやって来て12年目の、長身の自称執事。自分に常に厳しく、他人にも恐ろしく厳しい。

日本有数の格調の高さで知られる五つ星ホテルブランド――ベイグランディアホテルズの創業者にして元代表取締役社長。かつてベイグランディアホテルズは経営に行き詰まり、巨額の負債を抱えて民事再生法を申請したことで連日経済ニュースで取り上げられた。ある意味で名士であり財界有名人。ベイグランディアホテルズは、桜丈ホールディングスの傘下に組み入れられて経営再建中。

水無月 千景(28)みなずき ちかげ

「パワハラで会社訴えてやるぅ! めちゃんこ慰謝料請求してやるんですドチクショー!」


東京大学理学部卒のアラサー。経済産業省資源エネルギー庁に在職経験のある元官僚。桜丈ホールディングスの管理部門に勤めるかたわらで、会社の意向(業務範囲として)で小春と小雪の家庭教師をしている。絶賛婚活中だが程良い相手が見つからず、念のため生涯独身にも備えて最近4500万円で東京の真ん中に中古1LDK49平米を購入した。

桜丈 陸(58)おうじょう りく

「ぼくは当てもなく荒野を彷徨う金鉱堀さ。泥に塗れた地べたで過ごし、何度かグッドラックを引き当てた、それだけのことだよ」


桜丈ホールディングス元・代表取締役社長にして、現・無職ニート。明治後期から続く旧・桜丈財閥の本家筋にあたる四代目。桜丈財閥は繊維産業を中核とした中規模な産業複合体にすぎなかったが、軍需衣料品に経営を過度に依存していたためGHQに目を付けられ、太平洋戦争後の財閥解体で主要企業のすべてを切り離され、いくつかの不動産を残すだけで有名無実化していた。だが陸の代で、手持ちの不動産を担保になりふり構わぬ賭けに出て、急激な膨張を成し遂げた。その規模感は、戦前の桜丈財閥のスケールに比肩する程度にまで戻ったとされ、日本経済界の一つの奇跡と受け止められている。

さも意味深な言い回しをするものの、大して深い意味はない。自らが創り上げたグループの代表を、ある日突然に辞任してしまった。一見自分勝手な引退のように見えて、強引に幕引きしてしまったのには、実は本人の狙いもある。

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