第22章(1)

文字数 4,095文字

 今日はトライアス初の記者会見だった。

 この記者会見は広告代理店を雇い、主要なすべてのマスメディアに参加を呼びかけていた。同時にインターネットでもこの模様を配信している。


 トライアスが開く記者会見だけに、まだ日本のメディアが中心だ。千景が経済系メディアを賑わせていることもあり、テレビ、新聞、雑誌、ネットニュースなど主要どころの日本メディアはほとんど全て集まっていた。

 海外の一部メジャーメディアについては、「華々しい美女が日本の経済界に旋風?」などとする記事で、日本国内における社会現象を客観的に報道するに留まっていた。海外メディアはトライアスの事業や成功に興味があるわけではなく、長らく経済停滞が続く日本において、久々にビジネス界を盛り上げる新星が登場したことによる社会的影響に着目しているようだった。そうした海外報道においては、千景をスティーブ・ジョブスやイーロン・マスクなどと比較する向きも見られ、起業家の比較としてはあまりに行き過ぎだと思われたが、20代女子としてのスター性ということについては凌駕する側面も確かにあった。


 居並ぶ取材陣を前に、千景がステージに姿を現す模様を、小春と玄七郎が会場の隅――報道陣が占める最後方の席から眺めていた。

 小雪はステージ裏に控えて、登場するタイミングを待っている。小雪がメディアの前に姿を現すのは初のことだし、そのことを特に何も事前には告知していない。そもそも告知したところで小雪は無名なので、メディアは興味も示さないだろう。そこで小雪の強い意向で、あえて何も触れていなかった。そのほうが驚きが大きくなるはずだという小雪の方針だ。

ちょっとおかしくないですか? この場は、たかだか1ベンチャー企業にすぎない私たちが経営方針を発表するだけに過ぎませんよ。それなのに、これほど多くの報道陣がご来訪いただいているなんて不自然ですね。

 おどけた千景の第一声。

 居並ぶメディアの人々から軽い笑いが漏れた。

 実際のところは、広告代理店を通して本気でメディアを集めることを企てたわけで、千景の話のほうが不自然である。場を和ませるご愛嬌というヤツだ。すでに吹っ切れているのか、千景はこうしたイベントでも壇上で語ることにすっかり慣れた様子だった。

改めましてトライアス代表取締役、社長の水無月千景です。本日はこうして多くの報道陣の方々にお越し頂き感謝します。
 千景はマイクを持ち、会場をゆっくり眺めまわしながら続けてゆく。
ありがたいことなのかもしれませんが、最近は多くの記者の方々からアプローチして頂く機会がかなり増えてまして……ですが毎回毎回、似たような質問にお答えしていくのはやっぱり大変なんですね。そこで皆さんと一気に向き合う機会を頂きまして――。

 それから千景は滔々と事業の状況について語っていった。

 ステージ上のスクリーンには、用意していたプレゼン資料が映し出され、今後の経営計画などが千景の口から語られていく。プレゼン資料のスライドがめくられるたびに、カメラのフラッシュが会場を包んだ。

――そして今後の役員構成について説明させてください。
 スライドが切り替わり、トライアス役員が記載されたページが提示された。

代表取締役社長 水無月 千景

常務取締役   桜丈 小雪

 初めて小雪の名前が大衆の前に晒された瞬間である。
トライアスは皆さまが想像されているよりずっと小さな会社で、役員は私一人のシンプルな構成でした。ですが事業の急成長にあたりまして、今後は役員を適切に拡充していきたく、まずは常務取締役として桜丈小雪さんを迎えることになりました。ご紹介します、どうぞ。
 ステージ裏から、マイクを手に持った小雪が颯爽と登場してきた。

 千景の横で立ち止まると、自信に満ちた表情で小雪は会場を眺めまわした。対するマスメディア一同は意表を突かれた様子で、誰も声を上げず呆然としている様子だった。先ほどまで時折りたかれていたフラッシュさえ止まってしまった。

 会場奥の小春と玄七郎に目を留めた小雪は、ニヤリとしてみせた。

小雪……!

 小春は心配そうに手を振った。

 小雪がマイクを手に、重々しい口調で語り出す。

私という存在が、トライアス常務取締役に就任した桜丈小雪だ。元々私は役員として加わるつもりはなかったのだが、千景のたっての願いを受けて、やむを得ずチームに加わることになった。こればかりは仕方がないのだ。
ようこそ小雪ちゃん! 何だか会場の皆さん固まっちゃったね。
人は想像外の出来事を前にすると言葉を失くしてしまうらしい。想像力の欠如、まさに無能をさらしているようなものだ。驚いているのは私が若く見えるが故か? それとも私のような女子が、飛ぶ鳥を落とす勢いのトライアスの役員になるのは不自然だと思えるのか? 想像を超える出来事というのは常に起こるものだ。それを理解する深みが微塵もないことが、貴様たちの知能的限界だろう。
こちらの桜丈小雪さんを軽く紹介する前に、トライアスの株主構成について説明させてください。こちらのスライドをどうぞ。
 スライドがめくられ、株主一覧が表示された。

地球連合株式会社  54.7%

株式会社ローミック 45.3%

AI研究に取り組む会社には、スタートアップの時点から300億円や500億円の資金が集まりますよね。ですが私たちは幸いにも、すでにかなりの売上利益を確保しつつあります。今後の研究開発継続にあたってもおそらくそれほど出資を受ける必要はない状態になっているんですね。ですので目先としてはこの株主構成は変わらないだろうと考えています。そして元々こちらの桜丈小雪さんはまだ13歳なのですが――。
――そう、私こそが、トライアスの大株主でもある地球連合株式会社の代表取締役社長だ。
 小雪が断言したとき、居並ぶマスメディア一堂の沈黙が破られた。どよめきと、カメラのフラッシュ。
私は小学校に入って間もなく、株式投資に取り組むようになった。私は年齢制限のせいで自分の証券口座を持つことができなかったが、代わりに私の保護者の証券口座を借りて運用していたのだ。私が頭角を表すのはあっという間だった。わずか2000円で始めた株式投資は1年で30万円になり、3年で5000万円、そして小学校を卒業するころには優に10億円を越えていた。何だこのイージーゲームは。これでは人生があまりに詰まらない、金など儲けても意味がない……そう思ったときに私は千景と相談することで、世界を変えるAI事業にチャレンジしようと考えた。

 保護者とは玄七郎のことだろう。玄七郎の口座で運用してお金を貯めてきたという設定であれば、地球連合の名義上の大株主が玄七郎になっていることにも話が繋がってくる。尤も、小雪が株式投資をしていたことなど初耳だったが。しかも小春が小雪から預かったなけなしの貯金は19万円で、10億円とやらが一体どこにあるのか謎である。


私は小雪ちゃんが小学生だった頃から、家庭教師をさせてもらっていたんですよ。小雪ちゃんが9歳のころからだったよね?
すでにそのころには私は株式投資をマスターしていた。私にとってゲームのようなものだった。
小雪ちゃんが普通の小学生じゃないなってことは、私にもすぐわかったよ。並の大人より博識だったし、色んなことに興味を持ってたよね。
中学校に上がってすぐ、株式投資にも飽きてきたころ……私は投資家としての目線から、千景ならAI起業家として良いところまでイケるはずだと踏んだのだ。つまり千景を見出したのは私という存在だ。そして私は手持ちのお金を千景に投資したことがトライアスの始まりとなっている。
今の小雪ちゃんの話はだいぶ端折ってますが、簡単に経緯を説明すると――。

 それから小雪と千景の掛け合いが続いた。

 小雪が今後の投資事業のベースとして地球連合を設立したこと、トライアスの急成長は見込み通りであったこと、これからは小雪が責任者の一人としてトライアスをサポートしていく予定など、和気藹々とした掛け合いのなかで説明が行われていった。

――最近は小雪ちゃんもシステム開発を真剣に学び始めているところだよね。さすがに初学者だからAI研究の戦力として開発に参加してもらえるレベルじゃないけど、IT方面の実践に理解ある投資家として、さらに活躍できるんじゃないかな。
うむ、投資の魔術師として名を馳せる私だが、エンジニアとしても活動の幅を広げておかねばなるまい。ちなみに私は音楽活動にも定評があるし、剣の腕前も中学一年にして全国中学校剣道大会に出場できるレベルだ。勉強なぞしたこともないが、試験などではつい自動的に満点をゲットしてしまう。私は自分が恐ろしい。
小雪ちゃんって一人で黙々と何でも学ぼうとするから、私の家庭教師なんて必要なかったんじゃないかって思うよ。
それは間違いだ、私は大して学ばなくてもマスターできてしまう。要はコツを掴むのが上手いのだろう――つまり本質を見通す桁外れの能力を持っているらしい。だからこそ私は投資家としても――。

 小雪はいつもと同様に妙に偉そうだったが、その口からはとうてい13歳とは思えぬ用語の数々――バランスシート、信用創造、持株比率、東京証券取引所、IPO、M&Aなどが自然な形で飛び出し、居並ぶメディアを驚かせた。一般的な13歳にこのような言葉を自在に操るのは難易度が高すぎるから、さも当然といった風に語る小雪が人々の意表をつくことは間違いない。しかも小雪は「東証ではなく、ナスダックへの上場を目指したらどうか」なとどいう議論を千景に吹っかけ、会場を沸かせた。


 その後、質疑応答に入っていく。

 質疑応答の大半は予想通り小雪に集中した。

 一つ一つ質問に答えていく小雪はやはり高飛車な態度だったが、意外にもメディア各社とも好意的に受け止めている様子だった。むしろ、13歳にしてやたら上から目線の小雪は、かえってメディア受けしそうな大物感さえあった。

 こうして小雪は予定通りの、それなりに華々しいデビューを飾ることになったのだった。

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登場人物紹介

桜丈 小春(15)おうじょう こはる

「今日から私が桜丈ホールディングス代表取締役社長ってホントなの!?」


イラストやマンガを描くのが好きで、ほのぼの系キャラクターデザインを得意としている。大手新聞社&大手出版社が共催の日本最大のイラストコンテストでは、中学生部門で2年連続の最優秀賞に輝いた。

中学生にしてお小遣い帳をつけるほどの貧乏性。質素倹約、モノは擦り切れるまで使い、中古品を愛用する。趣味は、癒し系イラストを描くこと、古着屋巡り、貯金箱に500円玉を貯めること。

総資産4兆5000億円の桜丈ホールディングス株式会社、代表取締役社長。企業グループとしては日本国内だと50位、グローバル視点なら1000位に入る規模感だが、ホールディングス本体も傘下企業の大半も未公開企業で構成されているのが特色のため、表面上(バランスシート上)の総資産は市場価値を正しく反映していない。

桜丈 小雪(13)おうじょう こゆき

「いずれ歌舞伎町の闇王として君臨するのが、私という存在に課せられた哀しき宿命なのだ」


生まれてこの方ペーパーテストは満点以外をほとんど取ったことがなく、剣道やギターなど幅広い素養もあり周囲からは天才と思われているが、実は隠れて大変な努力をしている。まだ幼さの残る面影ながら誰もが振り向く美貌の少女。まさに才色兼備を地でいく女子に見えるものの、重度の厨二病を患っている。好きなコンテンツは『首領(ドン)への道』。いつの日か新宿区歌舞伎町に影を潜めて暮らし、自分の組を持ちたいと夢想する。

源 玄七郎(67)みなもと げんしちろう

「強いていえば、通りすがりの執事でございます」


桜丈家にやって来て12年目の、長身の自称執事。自分に常に厳しく、他人にも恐ろしく厳しい。

日本有数の格調の高さで知られる五つ星ホテルブランド――ベイグランディアホテルズの創業者にして元代表取締役社長。かつてベイグランディアホテルズは経営に行き詰まり、巨額の負債を抱えて民事再生法を申請したことで連日経済ニュースで取り上げられた。ある意味で名士であり財界有名人。ベイグランディアホテルズは、桜丈ホールディングスの傘下に組み入れられて経営再建中。

水無月 千景(28)みなずき ちかげ

「パワハラで会社訴えてやるぅ! めちゃんこ慰謝料請求してやるんですドチクショー!」


東京大学理学部卒のアラサー。経済産業省資源エネルギー庁に在職経験のある元官僚。桜丈ホールディングスの管理部門に勤めるかたわらで、会社の意向(業務範囲として)で小春と小雪の家庭教師をしている。絶賛婚活中だが程良い相手が見つからず、念のため生涯独身にも備えて最近4500万円で東京の真ん中に中古1LDK49平米を購入した。

桜丈 陸(58)おうじょう りく

「ぼくは当てもなく荒野を彷徨う金鉱堀さ。泥に塗れた地べたで過ごし、何度かグッドラックを引き当てた、それだけのことだよ」


桜丈ホールディングス元・代表取締役社長にして、現・無職ニート。明治後期から続く旧・桜丈財閥の本家筋にあたる四代目。桜丈財閥は繊維産業を中核とした中規模な産業複合体にすぎなかったが、軍需衣料品に経営を過度に依存していたためGHQに目を付けられ、太平洋戦争後の財閥解体で主要企業のすべてを切り離され、いくつかの不動産を残すだけで有名無実化していた。だが陸の代で、手持ちの不動産を担保になりふり構わぬ賭けに出て、急激な膨張を成し遂げた。その規模感は、戦前の桜丈財閥のスケールに比肩する程度にまで戻ったとされ、日本経済界の一つの奇跡と受け止められている。

さも意味深な言い回しをするものの、大して深い意味はない。自らが創り上げたグループの代表を、ある日突然に辞任してしまった。一見自分勝手な引退のように見えて、強引に幕引きしてしまったのには、実は本人の狙いもある。

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