第24章(2)

文字数 5,651文字

 サイバーゼック記者会見。

 株主総会での承認を得た日の夕方、今後の経営統合予定を見据えての、新体制発表である。総会で承認を受けた株式交換は10日後、子会社化されたトライアスを吸収合併してしまうのは11日後となる。つまり株式交換によってサイバーゼックはトライアスを100%子会社とし、その翌日に、両社を統合して一つの会社にしてしまうという流れだ。それによって、新生サイバーゼックとして会社が生まれ変わる。


 この記者会見の模様を、会見場の後方にある2階VIP席から、小春と玄七郎は眺めやっていた。ここならば会場全体が見渡せるし、小春がメディアの目に触れることもない。


 ステージ上には千景を筆頭にして、陣野を始めとする元々サイバーゼックの取締役・監査役だった8名、それから新たに取締役に就任する予定の小雪と川上が居並んでいた。

 この記者会見の司会進行役を引き受けたのは、元社長の陣野である。

それでは最初の挨拶はやはりこの方、トライアスをわずかな期間でユニコーン企業に成長させた、今や世界を代表するAI起業家――水無月千景さんです。ご挨拶をどうぞ。
ご紹介いただきました水無月千景です。今日はお集まり頂きありがとうございます。株主総会で、私のような若輩の代表就任を承認いただきまして、改めて感謝いたします。実務上は、法務局への登記申請はこの後になりますし、経営統合までに至る手続きも山積しています。そのため新生サイバーゼックがスタートするのは約10日ほど先にはなりますが――。
 トライアスとサイバーゼックが合併することや、その代表に千景が就任することなども貴重なニュースだったが、それ以上に大きな話題を呼んだのが小雪のサイバーゼック常務取締役就任だった。小雪自体が今では世界的知名度バツグンのタレントであり、その一挙手一投足はあらゆるメディアの注目の的になっている。また、世界最年少の株式公開企業の取締役就任ということで、ギネスにも登録されることが決まっていた。
今回の経営統合によって、サイバーゼックはAIテクノロジー企業として新たに生まれ変わります。私たちはこの経営統合をキッカケに、世界市場で勝負できる先鋭化された企業を目指します。

 今回用意した壮麗なCG映像が流れ、千景がプレゼンを続けてゆく。

 メディア各社は千景のプレゼンを熱心に聞き入り、動きがあるたびに会場はフラッシュの光で包まれた。


 実際のところ、サイバーゼックは先進IT他社と比較して優れたAI技術など何一つ持っていない。実地で手を動かすコンピューターエンジニアなら子会社や関連会社を通して300人ほど、営業的なコンサルを引き受けるフロントエンジニアは60人ほど抱えている企業ではあったが、それらエンジニアにAIの仕事をしろと伝えたところで、一朝一夕に何かできるわけもない。

 一応、AI標榜を企業のミッションとして新たに掲げたから、グループ傘下で働くエンジニアたちのなかからAI技術に興味のある者を募集し、特務チームを設ける方針は立てていた。ただし、にわか仕込みに違いなく、かつ最先端技術に特化したエンジニアがいるわけでもなく、現実的に何か成果が上がるとは想定しないほうがいいだろう。上場企業としては形で示すことが重要であり、元々成果を期待してのことではない。強いて何か対応可能だとすれば、本物の最先端AI企業にロイヤリティを支払い、有りもののAIエンジンを借りてきて、それを元に独自でニッチなAI分野に注力するのが関の山だった。

――私からの今後の経営方針紹介はこのくらいにさせて頂きまして……次は皆さまお待ちかねの桜丈小雪さんと一緒に、新生サイバーゼックの今後の事業戦略を語っていきたいと思います。
 小雪と千景の掛け合いは、今回においてもやはりイベントの華である。マスメディアがそれを待ち望んでいるのだから、その期待に応えるのがイベント主催側の努めであろう。
小雪ちゃん、前へどうぞ。
桜丈小雪だ。すでにフライングで報道されてしまっているようだが、13歳にして東証プライム上場企業の取締役に就任した私はすでに生きる伝説だ。いやしかし、私の歩みはこの程度で終わるはずもない。いずれ近いうちに、私が新生サイバーゼックの代表取締役社長に出世すべきではないだろうか。
いきなりメディアの方々の前で次期社長宣言!?
空気のように当たり前のことを口にしただけに過ぎない。こればかりは仕方がないのだ。
新体制の予定を発表したばかりなのに、次を考えるのが早すぎるんだけど!
社長に就任するまでに、私はAIエンジニアとしての技量を極めまくっているだろう。私は13歳のうちに、新生サイバーゼックの代表取締役社長に出世することをここに宣言しておくぞ。
 メディアの面々からどよめきが起こった。
私に対する挑戦状だったりする!?
そう受け取ってもらって構わない。私の登場で世界は衝撃を受けたに違いないが、私が描き出すAIによって世界の景色は書き換わる確信がある。私の社長就任は、もうどうにも止まらないのだ。
ん〜、私も代表にこだわってるわけじゃないから、相応しい人がいれば代表者を譲っていいと思ってるよ。だけど東証に上場する企業の責任として、それは投資家が決めることかなぁ。
投資家? それは私のことだ。まさか私が投資の魔術師として名を馳せていることを忘れたわけではあるまい。この株主構成のスライドを見てもらおう。

地球連合株式会社 27.35%

株式会社ローミック 22.65%

桜丈ホールディングス株式会社 20%

その他 30%

どうだ、新生サイバーゼックの最大株主は地球連合――つまり、私という存在だ。株主構成の面からみても、やはり私がいずれ代表に就任せざるを得ない。
わかった、いいよ、その小雪ちゃんの挑戦は受けて立とうかな。そのほうが盛り上がるだろうし、関係者の人たちも楽しく新生サイバーゼックと関わってもらうことができそうだからね。
つまり私に注目だ。私はいつでもどこでも、つい台風の目となってしまうぞ。運命はどこまで私に試練を課せば気が済むのか――。

 実のところ、その他30%のなかに、桜丈グループ企業群が20%含まれている。だから桜丈グループは実体的に40%を確保しており、最大株主に違いなかった。また、地球連合と合わせれば67.35%の持株比率となり、持株比率の3分の2(66.7%以上)を超え、桜丈家だけで株主総会の特別決議を無理やり押し通すことが可能な株数を確保できていた。

 さらにダメ押しとしては、ローミック川上は直接面と向かって交渉可能な相手であり、深謀遠慮を巡らせるようなタイプでもないため、説得や恫喝で動かしやすいとも言えた。かつローミックの株式は持ち合いによって新生サイバーゼックが30%前後を押さえていることも相まって、会社のコントロールが比較的しやすい状況でもあった。

 尤も株主が分散していることによって注目度は高く、何かあれば株主やメディアから攻撃に晒される側面もある。全面的に行動が自由になるわけではないものの、株式を公開してマネーゲームができる舞台装置としては、まずまず及第点の仕組みであろう。

――ここで千景に問いたい。このまま新生サイバーゼックが伸び続ければ、いずれ時価総額1兆円企業になるのはすぐだと思わないか?
喜んでばかりはいられないことだよ。投資家の皆さまがたから会社を預かる責任も大きくなるし、資金をちゃんと利益の出る分野に配分していくことも日々考えなくちゃいけなくなる。
そういう建前ばかり語るのはメディアの面々に任せておけばいい。しかし私たちは実業家だ。実際の現場というものを千景に教えておくと――。
 小雪と千景が新生サイバーゼックの時価総額をやり取りしていたとき、VIP席から会場を眺め下ろしていた小春は小さく声を上げる。
あっ……。
どうされましたか?
時価総額の話でふと気づいた……。新生サイバーゼックが話題になれば……株価ってすごく上がるよね?
まだ合併前にもかかわらず、本日の株主総会で議案が決議される少し前から、サイバーゼックの株価は急上昇しているようです。本日はストップ高となっているのが早速ニュースに流れていますな。
それってつまり、新生サイバーゼックの時価総額が上昇すれば……その大株主である桜丈ホールディングスの価値も、その分だけ釣られて上がるってことだよね。
何を当然のことを。桜丈グループ全体では、新生サイバーゼックの40%を押さえております。ということは、仮に新生サイバーゼックの時価総額が5000億円となれば、桜丈グループが持つ有価証券の価値も2000億円になるということ。
桜丈ホールディングスの、決算書上のBSの債務超過が解消してしまわない?
2000億円程度の伸びでしたら、まだ解消まではいかないでしょう。債務超過はマイナス2500億円ございますので。
だけどさっき小雪が言っていたように仮に時価総額1兆円なんてことになれば……。
40%で、4000億円の価値になるということです。そうなれば……おめでとうございます。疑いようもなく小春お嬢様は、桜丈ホールディングスの債務超過を解消することになりますぞ。一連の陰謀は小春お嬢様が仕掛けてきたものだと言えなくもございませんし、このことは銀行団に対しても大きなアピールポイントになりますな。桜丈ホールディングスの代表者として堂々と胸を張れるかと。
ううん……そうじゃない……。
はて、何ですかな?
……相続……。
ふむ……。
ある意味、せっかくお父さんが酷い債務超過を維持してきたとも言えるよね? 褒められたことじゃないんだけど、かといって相続だけを考えたら債務超過は有用……。
ただし、桜丈ホールディングスはこのまま積極的な投資を控えることで銀行借入の返済が進んでいけば……どこかの時点でBS構造は良くなり、利息支払いも大きく軽減されていきますので、確実に債務超過が解消されるときが来るでしょう。早いか遅いかだけの違いでございます。
 小雪と千景のディスカッションが熱心に行われていたが、小春はもうそれどころではなくなっていた。
M&A……。
…………?
まだ桜丈ホールディングスの価値が極端に低い今の段階で、お父さんから桜丈ホールディングスを買収してしまったほうがよくない?
なるほど……それは良い発想ですが、肝心の資金はどうするおつもりで?
どうすればいいんだろう?
は? そこのメドを付けようもないのに、そのような考えに至るのは頓珍漢ではございませんか?
でもお金の問題だけじゃない。やるべき方針がわかれば、あとは淡々と作業を進めるだけ……。幾らだろう、桜丈ホールディングスって?
さて……疑いなく大きな債務超過と、巨額の銀行借入を背負っている段階ですから、決算書上においては価値ほぼゼロと考えることもできます。ただし、だからといって桜丈ホールディングスのような社会的インパクトが多少ある会社を1円で売買などした暁には、後々になって金融当局から巨額の追徴課税を喰らう可能性もなきにしもあらず……。
現時点なら、幾らで売買すれば金融当局からの横槍を封じ込めることができるの?
まったく無理難題を言ってくれますな。想定外のことですから、これだけ大型の会社の売買価格をいきなり聞かれましても……。
ただ、今が最も安く買える最後のタイミングだと思うの。だから私、買うよ、お父さんから桜丈ホールディングスを。
ですから、お金はどうするおつもりで?
どうにかする。
…………。新生サイバーゼックの時価総額を考慮に入れなければですが、おそらく私の見立てでは、桜丈ホールディングスの実質的な時価総額は500〜1000億円の間でしょう。相当に高く見積もれば1000億円ということです。
それって、桜丈ホールディングスの含み益・含み損をちゃんと計算したうえでの、実質的なBSの純資産額と考えていいんだよね?
それに近いとお考えください。利益相反や贈与だと税務当局に見做されないギリギリの範囲を検討すれば……500億円での売買でまとめれば、まず妥当性がある範囲内という結論になるのではないでしょうか。
ただし、そこに新生サイバーゼックの時価総額増大分がのしかかってくることになるわけだね。今日はストップ高といっても、元々ある程度は時価総額があった会社だから、今はまだそこまで影響は大きくない。だけど小雪や千景先生の活躍によって新生サイバーゼックの株価が意図したよりも伸び続けるようなことになったら……桜丈ホールディングスの価値はその分だけ膨らんでしまう。
おめでたいことなのですが、もしM&Aで買収ということを考えるのであれば、価格上昇は恐ろしいことでもありますな。
やっぱり、買うしかないよ桜丈ホールディングスを。お父さんだって商売人なんだから、意図を話せば理屈は理解してもらえると思う。
正直なところ、新生サイバーゼック一社のほうが、桜丈ホールディングス全体より会社の価値は高いと考えます。お嬢様がたは地球連合を通して、その新生サイバーゼックの株式27.65%を保有するわけですし、それで満足してみては? そしていっそ、桜丈ホールディングスは放置してしまって、万が一相続が発生したときに巨額の税金が発生すれば、いっそ東証に投げ捨ててしまうという割り切り方のほうが賢明やもしれませんぞ。
サイバーゼックとトライアスの経営統合の要点は、マネーゲーム化できるかどうか。そして桜丈ホールディングスを買収してしまう要点は、BSの拡大だよ。そんなに経営状態は良質じゃないかもだけど、BSの規模感だけなら桜丈ホールディングスはやたらと大きいでしょ。一気に飛躍するのならば有用だと思うの。
中身はともかく、格を高めておこうというわけですな?
そうだね、一気に駆け上がるために、お父さんのBS――格をそのまま貰い受ける。せっかく落ちてるんだから、拾わないと勿体ないと思うんだ。
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登場人物紹介

桜丈 小春(15)おうじょう こはる

「今日から私が桜丈ホールディングス代表取締役社長ってホントなの!?」


イラストやマンガを描くのが好きで、ほのぼの系キャラクターデザインを得意としている。大手新聞社&大手出版社が共催の日本最大のイラストコンテストでは、中学生部門で2年連続の最優秀賞に輝いた。

中学生にしてお小遣い帳をつけるほどの貧乏性。質素倹約、モノは擦り切れるまで使い、中古品を愛用する。趣味は、癒し系イラストを描くこと、古着屋巡り、貯金箱に500円玉を貯めること。

総資産4兆5000億円の桜丈ホールディングス株式会社、代表取締役社長。企業グループとしては日本国内だと50位、グローバル視点なら1000位に入る規模感だが、ホールディングス本体も傘下企業の大半も未公開企業で構成されているのが特色のため、表面上(バランスシート上)の総資産は市場価値を正しく反映していない。

桜丈 小雪(13)おうじょう こゆき

「いずれ歌舞伎町の闇王として君臨するのが、私という存在に課せられた哀しき宿命なのだ」


生まれてこの方ペーパーテストは満点以外をほとんど取ったことがなく、剣道やギターなど幅広い素養もあり周囲からは天才と思われているが、実は隠れて大変な努力をしている。まだ幼さの残る面影ながら誰もが振り向く美貌の少女。まさに才色兼備を地でいく女子に見えるものの、重度の厨二病を患っている。好きなコンテンツは『首領(ドン)への道』。いつの日か新宿区歌舞伎町に影を潜めて暮らし、自分の組を持ちたいと夢想する。

源 玄七郎(67)みなもと げんしちろう

「強いていえば、通りすがりの執事でございます」


桜丈家にやって来て12年目の、長身の自称執事。自分に常に厳しく、他人にも恐ろしく厳しい。

日本有数の格調の高さで知られる五つ星ホテルブランド――ベイグランディアホテルズの創業者にして元代表取締役社長。かつてベイグランディアホテルズは経営に行き詰まり、巨額の負債を抱えて民事再生法を申請したことで連日経済ニュースで取り上げられた。ある意味で名士であり財界有名人。ベイグランディアホテルズは、桜丈ホールディングスの傘下に組み入れられて経営再建中。

水無月 千景(28)みなずき ちかげ

「パワハラで会社訴えてやるぅ! めちゃんこ慰謝料請求してやるんですドチクショー!」


東京大学理学部卒のアラサー。経済産業省資源エネルギー庁に在職経験のある元官僚。桜丈ホールディングスの管理部門に勤めるかたわらで、会社の意向(業務範囲として)で小春と小雪の家庭教師をしている。絶賛婚活中だが程良い相手が見つからず、念のため生涯独身にも備えて最近4500万円で東京の真ん中に中古1LDK49平米を購入した。

桜丈 陸(58)おうじょう りく

「ぼくは当てもなく荒野を彷徨う金鉱堀さ。泥に塗れた地べたで過ごし、何度かグッドラックを引き当てた、それだけのことだよ」


桜丈ホールディングス元・代表取締役社長にして、現・無職ニート。明治後期から続く旧・桜丈財閥の本家筋にあたる四代目。桜丈財閥は繊維産業を中核とした中規模な産業複合体にすぎなかったが、軍需衣料品に経営を過度に依存していたためGHQに目を付けられ、太平洋戦争後の財閥解体で主要企業のすべてを切り離され、いくつかの不動産を残すだけで有名無実化していた。だが陸の代で、手持ちの不動産を担保になりふり構わぬ賭けに出て、急激な膨張を成し遂げた。その規模感は、戦前の桜丈財閥のスケールに比肩する程度にまで戻ったとされ、日本経済界の一つの奇跡と受け止められている。

さも意味深な言い回しをするものの、大して深い意味はない。自らが創り上げたグループの代表を、ある日突然に辞任してしまった。一見自分勝手な引退のように見えて、強引に幕引きしてしまったのには、実は本人の狙いもある。

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