第11章(1)

文字数 7,064文字

 小春たちは、設置したマッサージチェアを取り囲んでいた。

 コインボックスを開錠する鍵を小春は取り出し、2人に声をかける。

設置1日目の売上確認、いくよー。なんか結構入ってる気がするー。
それは楽観的すぎ。チラシ撒いたばかりだし、少しも期待はしないほうがいいよ。
私にはわかる。コインボックスから大量の100円玉が流れ出てくるに違いない。
 小春は鍵を差し込み、コインボックスを開いた。何のことはない、中身は空っぽだった。来客は一人もなかったということだ。
な……に? ありえない、ゼロなどあるはずがない……これは玄七郎の陰謀だ。
まぁこんなものだよねー。だから期待しないほうがいいって言ったでしょ。
そっかぁ。ちょっとは期待したんだけど、こんなものかぁ。
フツーフツー、ドンマイだよ。こんな無人店に最初から来客あったらむしろ驚くって。ただ、一緒にチラシを撒いたハウスクリーニング請負のほうは、さっそく1件、依頼入ってきてるよ。だからチラシは確かに近隣に撒かれ始めた結果だと思う。
まだチラシは予定の5分の1くらいしか撒かれていないはずだ。今日明日と待たなくては始まらないというもの。3日後には来客で溢れているだろう。
ハウスクリーニングに着実な反響が期待できそうなのは幸運だったよね。相場より1割以上は安い価格帯で勝負してるけど、それでもゼリストやネットサービスを通すより全然利益も取れる。アイデア出してくれたのも千景先生だったし、ネットの受付システムを作ってくれたのも千景先生で、なんだか頼りっぱなしだよ。
ハウスクリーニングの受付ページは、システムなんていうレベルじゃない簡単なものだよ。ありものを組み合わせて作っただけだから気にしないで。
 千景はハウスクリーニングのウェブサイトと、相談・申込フォームも用意してくれていた。理系出身の千景はプログラムを扱い慣れており、IT系や技術系の企業を審査する担当者であることもあって、ちょっとしたIT受付システムならば組むことができた。ハウスクリーニングのチラシには受付窓口としてURLを記載してあり、希望のお客さんはそのURLにアクセスして相談や見積もり、掃除日の決定を行う形式だった。
ハウスクリーニングの案件が期待できそうだから、ゼリストさんの案件は減らし始めたほうがいいかもね。ついでにもう少し請負価格を上げてもらえないか、ゼリストさんと価格交渉もしてみようと思ってるよ。
価格交渉いいね! ハウスクリーニングが仕事になるなら、万一ゼリストから切られてもいいって前提でガンガン強めに交渉していけるしね。ただゼリストは本当に発注先に困ってるから、簡単には地球連合を切ってこないと思うよ。値上げ交渉は応じてくれると思うな。
だがやはりハウスクリーニングは私たちの実働が頼りだ。なるべく何もせず稼げるこの無人店の成果を大きくしていかねばならないだろう。
そうなんだよね〜。私たちが対応できる時間は有限だから、稼げるお金にも上限が出てしまう。私たちが労働力を投入しなくても動く事業を早く作りたいね。
ひとまず自動販売機は今日搬入予定でしょ。飲み物も夜までに補充して、少しでも稼げるようにしておかないと。
中古の自動販売機は26万円もした。早く元を取らねばならない。
元を取るまでには結構かかりそう。長く使おうと思って状態が良い自販機を選んだから、思ったより出費しちゃったよ。
だが自販機もBSの資産としてカウントできるはずだ。お姉、ここでBSを確認しておくとしよう。私が標準装備しているペンとノートだ。
ありがとう小雪。ゼリストさんの仕事をこなしても支払いしてもらえるのは末締めの翌月末払いになったから、今は現金が減る一方。
それなら、ゼリストから確実に受け取れることがわかっているんだから、売掛金として資産に組み込んじゃっていいと思うよ。正確に状況を把握するためにも、売掛金って項目を作って、そこに支払われる予定の金額を書いておいてね。

ん〜、こうかなぁ。

微妙に純資産が増えて、規模もちょっと増えた感じ。一喜一憂できるような変化じゃないねー。
キャッシュは着実に減っていくな。キャッシュが会社の血液だとすれば、これが減っていくのは気持ちいいものではない。一方で、売掛金という項目が増えていくのは、なるほどとも思う。PL脳だとカウントしていなかっただろう。
しばらくは手持ちの現金で会社を回さなくちゃならないから、あまりアグレッシブなことはやりづらいなぁ。
私はまだ投資してもいいと思うんだよね。現金を使うアテは来月末の買掛金、借入返済の現金さえ手元に残しておけばいいと思うし、ハウスクリーニングで現金を受け取れるんだったら、あまり意識しなくても大丈夫じゃないかな。
だけど、お金を生み出せるような現金の使い道なんてある?
昨晩、イラストレーター業の合間に気分転換で色々調べてみたんだけど、コイン式の機器って色々あることがわかったの。100円を投入すれば健康状態を測定してくれたり、体脂肪率を詳細に教えてくれたり、トレーディングカードを販売したり、まだまだ見たことがない色んな機械があるみたい。
普段見かけないのは、需要がないからだって。品数が出ない特殊な自販機は製造コストが高くなるから、採算を合わせるのも難しくなるよ。いくらBSの資産にカウントされるからといって、妙な機械を買ったら不良資産で実質価値ゼロになりかねない。
千景はいつも消極的だな! 地球連合は今、攻勢に出るべき時だ。
いやだから何度も言ってるけど2人が脳筋すぎるだけ……。
たしかに、不良資産になる可能性が大きいものは避けたいな。資産に計上されているのにそれに価値がなかったら、会社の状態は悪化するだけだし……。
普及しているものが需要あるとすれば、コピー機、ガチャガチャ、プリクラ、アーケードゲーム機とかで……いや待て、そもそもコイン式でなくてもいいのではないか? 時々見かける冷凍餃子無人店では、1000円の回収ボックスを無造作に設置するだけでビジネスが成立しているようだ。需要さえあれば、日本人ならちゃんと代金を投入するはず。
 それから小春たちは、自販機について色々なアイデアを出し合った。とにかく切実な問題として、自らの労働力を投入しないところで、どうにかして利益を上げる必要があると小春は考えていた。でなければ、ここから先に進むことがどう足掻いても難しいからだ。そのために目先は、この弁天町店舗を無人で活用できる何かを見つけなければならなかった。
――なかなかすぐには思うようにアイデア出ないものだね。
私たちがちょっと話し合うくらいで見つかったらびっくりだって。あまり悩まず、リラックスしていこう。
ところで千景が先日言っていた、お姉のイラストレーター業にAIを導入するという話のほうはどうなったのだ?
あー、それね。桜丈ホールディングスで買収検討していた企業は高すぎて論外だって話をしたけど、そうでなくてもAI関連で攻めるのは正直難しいって結論なんだよね。
なんだそれは? つくづく千景は消極的ではないか。
いやそれがね、現実的な話として、日本発でもうメインストリームのIT分野で勝ち残っていくのはほとんど無理なんだよ。とくにAIは次世代のIT産業の中心になるから、膨大な資本が集まる分野になる。仕掛けることはできても、最終的にアメリカ企業には敵わない。
アメリカ企業ってそんなに強いの?
そりゃ才能あるエンジニアの流入がアメリカは多いから、やっぱり強い。ただね、飛び抜けて強い理由は、英語圏のサービスがグローバルスタンダードになっちゃうし、日本人は自然にアメリカのITサービスを使うようになったからなんだよね。欧州も似たような状況で、アメリカにすっかりやられちゃってるかな。強引にアメリカ系を追い出した中国だけは自国サービスを普及させてるけど、それもよく国際社会が許してるなと思うくらい無茶苦茶な話だしね。これは事業や企業が優れているかどうかっていう次元の話じゃないの。
それでも日本人やヨーロッパ人が、特別にアメリカ人に劣っているわけじゃないんでしょう?
もちろん人種の優劣の問題じゃないし! 工業生産に関する科学技術であれば、まだまだ日本の優位性は高いよ。ただ、スマホやPCのOSがアメリカ勢に握られちゃっているから、ITサービスについてはもうどうしようもない。
それでも一番最初に仕掛けて市場を制覇してしまえば、私たちにだって勝機はあるはずだ。
仮に何か上手くいったとしてもだよ、そこに需要があると知れた瞬間、あっという間に二番手以下のアメリカ企業に市場をかっさわれてしまうの。もう投入できる資本が段違いなんだよ。日本企業が頑張って広告費10億円を投入しても、まったく同じ分野でアメリカ企業が広告費500億円とか使ってくるからね。これじゃあ勝負にすらならない。
だからAIを事業化するのは、諦めたほうがいいっていうこと? AIはすごく盛り上がっている分野だって聞くし、そんなところに日本企業が出ていっても手も足も出ないのかな?
一見その通り。だけど実は、結論はそこじゃない。物凄く巨大な市場になるのは固いからアメリカ企業に敵うはずもないんだけど……私たちにも打つ手はある。
なんだ、てっきり千景はまた消極的な否定で終わるのかと思ったぞ。秘策があるなら、もったいぶらずに早く言うべきだ。
別に秘策ってわけじゃないんだけどね。考え方を変えて、特定のAI産業で勝っていこうなんてことはキッパリ諦めちゃってね、物凄くニッチに寄ればいい。
ニッチに寄るって?
要するに、アメリカのIT巨人たちが見向きもしないような、目にも入らないような小さなAI分野で勝負する。
最初から逃げているみたいで実に癪に障るな。しかし、勝つためにはやむを得ないと納得することもまた必要なのだろう。いずれ力を付けて最終的に全てに勝てばいいのだ。
千景先生の方針はわかったけど、でも、そんなニッチなAI分野なんてあるのかなぁ? 無人ビジネスでどんな自販機を導入しようか迷ってる私たちが、何か考えられる? 自販機と違ってまともに業界がわかるのは千景先生しかいないよ。
そこで小春ちゃんのイラストレーター業なわけよ。
え、何か関係ある?
ニッチな分野で勝負するって以外で、二番手や三番手にも負けないためもう一つ絶対外せないポイントかなと思うことがあって……それが日本でなきゃできないことをしっかり活かせるかどうかだと思うんだ。イラストレーター自体は各国にいるけど、日本のイラストレーターはかなり独特じゃない? そして世界的にも高く評価されてきて、最近では商業的な成功も目立つよね。
マンガとかアニメだよね。
そうそう! だからマンガやアニメのような、日本がメチャクチャ強い分野に特化したAI絡みのアイデアがあるといいんだけど……。
急に海外の人から注目されるようになったよね。私もマンガを描いてるから、それを実感させられることもあったよ。
どんなことで実感したの?
私の描いたマンガは、学校の友達に見せたりする他に、前にSNSでも定期的に公開していたことがあったんだ。中学1年の終わりから3年の前半まで、2年間くらい続けたかなぁ。
お姉のマンガSNSには10万人くらいフォロアーがいたな。私もその一人だった。
10万人!? しかも長年続けてきたアカウントじゃなくて、たった2年間だと結構すごいんだけど……。
全然すごくないよ。マンガを同じようにSNSで公開してる人たちのなかには数十万人のフォロアーがいることもあるし。
いやでも中学生でって……絶対いないと思う……。仮にいても幼稚なこと呟いて叩かれて終わりそうだよ……。やっぱり小春ちゃんって表向きで想像できるよりずっとすごい……。
別に私が中学校に通ってるって公表してたわけでも、年齢を公開してたわけでもなかったから、私のアカウントの中の人が中学生だなんて誰も知らなかったと思うよ! その時はただ自分の描いたマンガで色んな人に喜んでもらえるのが嬉しくて、マンガ画像ばかりアップしてたな。
あらゆる相手に打ち勝てる無敵の私でも、お姉にだけは敵わないと思わざるを得ない。お姉はどんなことでも一度決めたことは、365日欠かさずコツコツ何時間でも集中してこなす職人中の職人だ。勘違いしている連中が多いが、お姉を常人だと思っているなら大間違いだぞ、千景。
今じゃもう小春ちゃんのこと常人だなんて思ってないけど……。
玄七郎から繰り返し、毎日の積み重ねの大切さを聞かされて育ってきたせいだよ。一日でも休むなんて想像できない。小雪だってそうでしょ。
確かに私もそうだが、私はお姉のように魂を捧げる分野を早々に見つけるには至らなかった。それゆえ手広くあらゆることに手を出して試してきたのだが……どうも自分のなかで生涯を賭けてもいいと思えるものに出会えなかったのだ。それゆえに一時は歌舞伎町の闇王として生きようかと陰謀を巡らせていた……地球連合を始めるまではな。しかしお姉にだけは敵わないこんな私でも、今では地球を転換する大事業になら、この身を捧げてもいいと考えている。いや、この世紀の事業に魂を燃やせないとしたら、他に何があるというのだ。
私だって同じように思ってるよ、小雪。マンガを描いて周りの人に喜んでもらうのもいいけど、地球の色を塗り替えるほうがずっと身体が熱くなるよね。この道の先には、きっと私たちの栄光があると思う。
そうだ、私たちは栄光を手にする。なぜ私という存在がここにいるのか、それは地球連合のためだったに違いない。
私たちの……栄光……。なんだか私、2人の表面的なことしか見てなかったのかもしれない……。それでもだいぶ普通じゃないなと思ってたけど……結構長い付き合いなのに本当のところを見てなかったなんて、なんか自分が恥ずかしくなるよ……。さすが玄さんに育てられただけのことあるなぁ……。
それでね千景先生、フォロアーさんのことに話を戻すけど、私の実感では、たぶん10人に1、2人くらいは外国の人だったんだよね。
それは確かだ。付いていたコメントも外国人女子が多かった。おそらくお姉のふわふわのイラストは、日本人のみならず、グローバルに何か響くものがあったのだろう。
でもマンガって日本語でしょう? どうやって読んでたんだろう?
お姉のマンガは、動物っぽい可愛いキャラクターたちの動きで魅せるから、他のマンガよりもセリフなしでも理解はできるかもしれない。
私の作品は確かにセリフ少なめだから、より外国の人にもアピールしやすかったのかもしれないね。それでも言葉がわからないと楽しんでもらえない場面とかもあるから、SNS上で私が自分で翻訳とかもしてたのね。だけど自分で翻訳できるのは英語だけだし、ネイティブ圏で生活してるわけでもないから微妙なニュアンスまで知り尽くしてるわけじゃなくて、外国の読者さんに助けてもらったりしながら翻訳してたのね。それでいつも思ってたことは、海外の読者さんたちのために、自動で翻訳してくれる機械があったらいいのにって……。スペインやブラジルや中国やベトナムとか色んな国の読者がいたし……。
マンガのリアルタイム海外翻訳か。ただ、私もAIを使ったOCR――光学文字認識の技術も担当してたけど、それなりのソフトウェアに読み込ませれば普通に達成できるんじゃないかな?
そう思うでしょ? 外国の人たちにもっと喜んでもらえないかって、色々調べてみたんだよね。でも、マンガを光学的に翻訳する作業って本当に難しいらしいんだ。
どうしてだろう? 文字のところを認識できさえすれば大丈夫なはず……。
そう、その文字がマンガの場合には吹き出しになっていたりするでしょう? それから吹き出しも綺麗な形じゃなくて、色んな形をしてたりするし、はみ出したりとか沢山のパターンがあるよね。それからオノマトペを表現したり、吹き出し内にも描き文字を用いたりするの。翻訳AIは、それがどこまで文字で、どこからが吹き出しや絵なのかが認識できないんだって。
なるほど! 言われてみれば……うん、できそうだけど、今一歩できないってのはわかるな……そうか、そうなんだ……。
できそうだよね。でも難しいみたい。もし微妙なニュアンスまで含めて、あらゆる言語にマンガが即座に翻訳できるなら、すっごいニーズあると思うよ。
もしそれがAIでできるようになれば、まさに千景が言っていたように日本発であることに意味があるニッチな分野ではないか?
技術的にはニッチだけど、市場は全然ニッチじゃないかも……翻訳自体はAI翻訳を導入するとして……マンガの中の文字を認識できればいいわけだよね。まさにニッチでいながら日本であることに強みがあって、アメリカのIT巨人が参入しようと考えずらい方面で……すごく良い方向性かもしれない。
結構難しいと思うよ。吹き出しって言ったけど、実際には吹き出しに入ってない文字も多いしね。
AIでカバーしきれない部分もまだまだ多いんだと思う。それでも、見切り発車でも動かないと何も始まらないからね。やるだけのことはやってみよう。マンガのリアルタイム海外翻訳AI……ちょっと真剣に考えてみるよ。
見切り発車を許容するなど千景らしくないではないか。
私も2人に影響受けたんだよ、きっとね。2人の家庭教師だった私なのに、人生については何だか教えられっぱなしで可笑しくなるよ。
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登場人物紹介

桜丈 小春(15)おうじょう こはる

「今日から私が桜丈ホールディングス代表取締役社長ってホントなの!?」


イラストやマンガを描くのが好きで、ほのぼの系キャラクターデザインを得意としている。大手新聞社&大手出版社が共催の日本最大のイラストコンテストでは、中学生部門で2年連続の最優秀賞に輝いた。

中学生にしてお小遣い帳をつけるほどの貧乏性。質素倹約、モノは擦り切れるまで使い、中古品を愛用する。趣味は、癒し系イラストを描くこと、古着屋巡り、貯金箱に500円玉を貯めること。

総資産4兆5000億円の桜丈ホールディングス株式会社、代表取締役社長。企業グループとしては日本国内だと50位、グローバル視点なら1000位に入る規模感だが、ホールディングス本体も傘下企業の大半も未公開企業で構成されているのが特色のため、表面上(バランスシート上)の総資産は市場価値を正しく反映していない。

桜丈 小雪(13)おうじょう こゆき

「いずれ歌舞伎町の闇王として君臨するのが、私という存在に課せられた哀しき宿命なのだ」


生まれてこの方ペーパーテストは満点以外をほとんど取ったことがなく、剣道やギターなど幅広い素養もあり周囲からは天才と思われているが、実は隠れて大変な努力をしている。まだ幼さの残る面影ながら誰もが振り向く美貌の少女。まさに才色兼備を地でいく女子に見えるものの、重度の厨二病を患っている。好きなコンテンツは『首領(ドン)への道』。いつの日か新宿区歌舞伎町に影を潜めて暮らし、自分の組を持ちたいと夢想する。

源 玄七郎(67)みなもと げんしちろう

「強いていえば、通りすがりの執事でございます」


桜丈家にやって来て12年目の、長身の自称執事。自分に常に厳しく、他人にも恐ろしく厳しい。

日本有数の格調の高さで知られる五つ星ホテルブランド――ベイグランディアホテルズの創業者にして元代表取締役社長。かつてベイグランディアホテルズは経営に行き詰まり、巨額の負債を抱えて民事再生法を申請したことで連日経済ニュースで取り上げられた。ある意味で名士であり財界有名人。ベイグランディアホテルズは、桜丈ホールディングスの傘下に組み入れられて経営再建中。

水無月 千景(28)みなずき ちかげ

「パワハラで会社訴えてやるぅ! めちゃんこ慰謝料請求してやるんですドチクショー!」


東京大学理学部卒のアラサー。経済産業省資源エネルギー庁に在職経験のある元官僚。桜丈ホールディングスの管理部門に勤めるかたわらで、会社の意向(業務範囲として)で小春と小雪の家庭教師をしている。絶賛婚活中だが程良い相手が見つからず、念のため生涯独身にも備えて最近4500万円で東京の真ん中に中古1LDK49平米を購入した。

桜丈 陸(58)おうじょう りく

「ぼくは当てもなく荒野を彷徨う金鉱堀さ。泥に塗れた地べたで過ごし、何度かグッドラックを引き当てた、それだけのことだよ」


桜丈ホールディングス元・代表取締役社長にして、現・無職ニート。明治後期から続く旧・桜丈財閥の本家筋にあたる四代目。桜丈財閥は繊維産業を中核とした中規模な産業複合体にすぎなかったが、軍需衣料品に経営を過度に依存していたためGHQに目を付けられ、太平洋戦争後の財閥解体で主要企業のすべてを切り離され、いくつかの不動産を残すだけで有名無実化していた。だが陸の代で、手持ちの不動産を担保になりふり構わぬ賭けに出て、急激な膨張を成し遂げた。その規模感は、戦前の桜丈財閥のスケールに比肩する程度にまで戻ったとされ、日本経済界の一つの奇跡と受け止められている。

さも意味深な言い回しをするものの、大して深い意味はない。自らが創り上げたグループの代表を、ある日突然に辞任してしまった。一見自分勝手な引退のように見えて、強引に幕引きしてしまったのには、実は本人の狙いもある。

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