第2章(2)

文字数 6,745文字

はーい!
どうぞ、エリート中のエリート様。
一頃、トマピケティの『21世紀の資本』が大流行したじゃないですか。この本の核心部分は要するに『過去200年間において、資本収益率5%、経済成長率1〜2%』という部分です。これは帝王学的見地からすると、BS脳の人の成長率が5%、PL脳の人の成長率が1〜2%、と言い換えることはできますか教官!
質問というより、単に自分の見解を確認したいだけでしたか? 言うまでもないことです、以上。
いつも私には冷たいですねこのままで済むと思うなよオラァ。
200年間どころか、2000年間だって同じなのですよ。そんなことは火を見るよりも明らかであり、だからこそ帝王学が発展し大切に受け継がれてきたのです。『21世紀の資本』においては一応データの裏付けで示せたという点が学術上の分岐点になったのでしょうな。
ちょっと待って。資本収益率とか言葉はわからないけど……千景先生の繰り返しいいかな? 要するにBS脳は5%成長、PL脳は1〜2%成長と受け止めればいいの? YES/NOで教えて。
YESでございます。資本を運用して得る成長率は5%、自らの労働力を提供して得られる成長率は1〜2%とも言い換えられるでしょう。
なんだ、5%と1%じゃ、それほど大した違いではないぞ。30%や50%も違うんだったらちょっと驚くだろうがな。
ううん、5%と1%はとんでもなく違うんだよ小雪ちゃん。複利の魔法っていうのがあってね……1億円が200年間でどのくらい変化するか試しにちょっと計算してみると――。

【BS脳】  1億円 → 1兆7292億5000万円


【PL脳】  1億円 → 7億3000万円

ふあっ? 冗談……だろ……。
嘘みたい……こんなに差が開くものなの……?
なぜ途轍もない資本家が世界を跋扈しているのか、これでお分かりでしょうか? その辺の国家政府などより長い歴史を持つ一族は普通におりますし、そうした人々がどのくらいの富を貯蔵しているのか想像力を少しは働かせてみるとよろしいでしょう。
 スマホを操作していた小雪が顔を上げる。
途轍もない財産を持つヤツが実は結構いるって話だが……いまネットで検索してみたんだ、世界の金持ちがどのくらいのレベルかってことをな。そしたら有名雑誌の世界長者番付で、一番の金持ちは有名ブランド経営者が27兆8500億円を持ってるらしい。ほら、これがそうだ。
 小雪がスマホの画面を皆に示してきた。
それが1位? すごいのかどうか、もう感覚が掴めないなぁ。
日本人に限定すれば1位は4兆3000億円……。確かに凄まじい富を持ってると思うんだが、逆に大したことないっていうか、言うほど極端でもないような気がするぞ。
そうした世間に広く公表されるタイプのランキングは、大衆向けのゴシップと受け止めて頂きたく。決して惑わされてはなりません。たとえば旦那様は、そうしたランキングにかすりもしないどころか、世間的には水無月様や小春お嬢様より貧しい扱いになるかもしれませんぞ。
えっ、どうして? お父さんより、私のほうがお金持ち?
桜丈ホールディングスが債務超過額2500億円であることを思い出して頂きたい。表面的なランキングにおいては、貧乏人と同じ扱いになるでしょう。それでも旦那様が貧しいように見えますか?
家も普通よりちょっと大き目だし、買うべきものは買えるし、いちおう熱海に別荘あるし……貧乏ではないと思うぞ。
でも、周りが思ってるほどお金持ち感はないかなぁ。私が月5000円でやりくりしてたせいかもしれないけど……。
いっぱい消費してる人のほうが金持ちってイメージあるよね。でもきっとそういう人は普段散財してるから、BSはボロボロだったりするんじゃないですかねー?
BSの富を産む構造が美しく成立しているかどうか、そこだけに着目すればよろしいのです。そうした富豪ランキングに登場する方々もBSの規模は表示金額の数倍、時には数十倍あると思ったほうがいいでしょう。そして色々な意味で目立ち、多額を納税することでマスコミ人が簡単に計算できる脇の甘い人ほどランキングに載りやすい。ただし普段目立たず、納税を最小限に抑え、長者番付に名前が出ないためマスコミ人がチェックできない人こそが本物の頂点です。スーパークラスの方々の桁は、さらに1つか2つ上になってきますよ。ことほど左様に、大衆世界の情報は、大衆が理解できる範囲のみに限定されているのです。
なるほど……そうしたランキングに載っているのは、高額納税者として発表されている中途半端な人だけに限定されてしまっているわけですね……。本当の富豪になれば納税も抑えこめるから、大衆ゴシップなんかに名前は出ないと……。
そんな凄いヤツらがいるというのか……。フフフ、私という存在は、強いヤツらと戦えば戦うほど強くなるのだ。カチコミをかける相手が多いほど嬉しいというもの。
なんだか感覚が麻痺してきたよ……。いずれにしろ、BS脳じゃないとそういう世界に関係することもできないってことなんだね。だったら、BS脳の人ってどのくらいいるの? 少なくとも私の周りは、大人も含めてほとんどPL脳の人たちだったと感じるよ。
人間の脳内の動きですから、男女のように明確にデータが出せるわけではございませんな。ただし、やはりBS脳で日々行動しているのは社長業の人々が大半を占めます。なぜならBS脳では、各種の法人を有効利用するスキームが、良くも悪くも裏道含め、様々用意されているからです。もちろん私の言う社長業のなかには、開業医や宗教家、弁護士や会計士などの士業も含まれますが。
宗教家……つまり教祖のことか、盲点だったぞ。じゃあ自分で経営してるヤツなら自動的にBS脳と考えていいのか?
それは極端ですな。私の感覚値でよろしければ……世の中の社長業の方の4分の1程度がBS脳で動いていると考えられます。
え、そうなんですか……。経営者ならBS脳になるのかなって思い込んでました。
まさか。社長になるだけなら、法人登記さえすれば誰だってなれます。社長とは名ばかりで、実態的には特定の会社にほとんど雇用されているような人も数多いです。それに中小企業といえども多くの社長は、目先の資金繰りに四苦八苦し、資産の蓄積など考える余裕もありません。日本の法人の7割は赤字経営とされていますからな。帝王学的経験や知識を真摯に積み重ねつつ、相応の法人税を払うようになってようやく、BSの構築に注力する余裕が生まれるものです。
社長の25%はBS脳っていうことかな。でも、そもそも社長ってどのくらいいるんだろう?
お姉もその一人だ。
あっ、私も社長なんだ! がんばれ私っ!
たしか有効な法人数は270万社くらいだったかしら。日本の人口が1億2500万人だから……割り算すると2.16%。とすれば50人に1人は社長なのかなぁ。
計算は正しいかと思いますが、実際には複数の法人の代表を兼任している人も多いです。ですので実数はもっと少ないのではないかと。
じゃあ1.7%とか1.8%とかですかねー?
わかりやすく2%としまして、そのうち25%がBS脳で動いているということは……0.5%……日本人1億2500万人のなかだと……計算をどうぞ水無月様。
62万5000人!
となります。
残りの99.5%がPL脳ということか? BS脳の人、少なすぎないか?
5億円以上をパッと扱える富裕層は日本に20万人いると言います。これが1億円以上になると300万人近くになるはず。ですから60万人前後は程よい数字感であって、少なすぎるということはないかと。BS脳が60万人もいるとすれば、東京都心などの不動産が唐突にバブったりする力として十分に強力過ぎます。最近はそうした人々の金余りが続き、資産の上昇率はとんでもない次元に入ってきましたな。
そういう人たちって多分すっごいお金持ちなんだと思うけど、ドラマやアニメに出てくる金持ちキャラっぽい人に会ったことないね。本当に存在するのかな? あ、コレすっごいどうでもいいお話だったよね……。
PL脳のクリエイター稼業の方々によってデフォルメされていますから、特殊な造形となっているのは確かです。ですがエンタメにおけるキャラクターというものは、それでいいのではないでしょうか。大衆が観たがっているものを届けるのが、その業界の方々の仕事です。PL脳同士での感覚のキャッチボールは不可欠でしょう。
金持ちキャラは現代チック異世界と考えればいい。別に私たちに損があるわけでもないだろう。
お父さんがごくたまに経済雑誌に載っていたから、私たちすごく大金持ちみたいに誤解されてたよね。だからカフェで友達と一緒にお茶したときに、ワリカンしたりすると、ケチなんだって思われたことあったよ。ケチだから金持ちになる、みたいに皆は勝手に納得してたけど……。
BS脳では全体計画から入りますから、いちいちカフェ代程度を意識せず、ケチになりようがないのですよ。PL脳だと、数百円単位でもケチという概念が生まれます。
すっごいお金持ちでいつも奢ってくれる人が確かにいますが、気にも留めてないってことなんでしょうね。
ただし一方でBS脳だと高額のブランド品や贅沢品の購入は、BS上での『自動的に資産を形成する力』を確実に削り取るので、非常にナーバスになる方が多いです。PL脳であれば収入の範囲で買えるかどうかを判断しますから、比較的気軽に買えますな。案外、高属性サラリーマンの方々のほうが消費には極めて前向きですし、それゆえ経済成長にはPL脳の方々の活躍が欠かせないのです。
そっか、消費しちゃうだけだとBS上の現金が減少し、かといって買ったブランド品が資産になることもない……。とすればBSの規模がその分だけ小さくなっちゃうんだよね。金持ちはケチってイメージはそういうところから来ているのかな……?
5億円や10億円などの腕時計や車や美術品など、世界で3つしか生産されない超プレミアム品あたりなら、BS上で資産計上するパターンもあろうかと思います。ただし数百万円程度のブランド品では、BSから本当に消えてなくなるだけですな。支払った瞬間に、まさしく価値ゼロとなります。
実際のところ、小春ちゃんと小雪ちゃんは大富豪だと思うなぁ。誰が見たって、そう思う。
そう、なのかな……本当は2500億円もマイナスなのに?
……うーん、そう言われると……。同じような人たち同士でパーティーで集まったりはしないものなの? そうすると自分たちが大富豪の仲間だって感じると思うけど。
パーティー? ないよー。
ドラマとかでは、金持ちたちのパーティーとかもよく描かれているな。あるのだろうか、そんなパーティーが本当に?
港区とかでは、成金系の人たちが頻繁にパーティーしてたりするよ。この辺の牛込や番町あたりに住んでる昔ながらの富豪層とは全く違う匂いがする。だから質実剛健って感じの桜丈家とは無関係なのかなー?
そういう成金パーティー、千景も参加したことあるのか?
たまに友達経由で呼ばれたら、見聞を広める意味で行ってみることあるよ〜。自意識高い系オーラがすごいんだこれが。港区に住みたいって女子もなぜか多いんだよね、私は牛込にマンション買ったし別にここでいいけど。
港区って何かあるの?
わかんにゃい……まぁ、キラキラしてる感じはするねー、多分だけど。
女子にしか感知できない何かキラキラした電波が発せられているのでしょうな。
歌舞伎町のほうがキラキラしているのは確実。ゆえに新宿区こそが私の中では大正義だ。
キラキラの性質はまるで違うと思いますが。そもそも新宿区は日本の自治体のなかで、世界で最も知名度がございますから、いちいち港区と争っても無意味かと。
千景先生は港区パーティーに参加して楽しめてる?
正直恥ずかしい話……つい何かを期待して行くことは行くんだけどね……集まってくる女子たちが美人ばっかで私じゃ何の成果もございませんよコノヤロー今日はこの辺にしといてやるー。
千景も結構美人だと思うのだが。お世辞ではなく。
そういってもらえるのは嬉しいけど、もうなんか戦闘の心構えが違うんだよ、どんだけ化粧に時間かけてんだよって叱りつけたい気持ちわかる? たぶんアレは少しでもハイレベル男子をゲットしようとする女子たちの人生を賭けた事業活動なんじゃないかな。会社帰りにフラッと行く私じゃ端っからダメ。
グチを言いたい気持ちもわからないではないですが、水無月様では他の女子たちには到底敵いますまい。
ど、どういう意味です? 私が他の女子に劣っていると……?
 千景がサッと青くなった。
その逆でございます。貴方様はなまじエリートコースをたどってきましたし、キャリアも十分。その気になればそこいらの男子に負けないくらいPL上の稼ぎも期待できる。そして先ほど小雪お嬢様がご指摘されたように、それなりに整った容姿もされていらっしゃる。そうしたすべてを、貴方様は強く自覚しているでしょう。ですが…………おっと、顔色が優れないようですが……? ……ここから先を申し上げてよろしいでしょうか?
言わないでください。
承知しました。小春お嬢様にとって学びとなる話でもございませんし、そもそも私には何の得にもなりませんからな。
…………。
…………。
……………………。
……如何しました?
珍しいじゃないですか、黙っているなんて。
貴方様が黙っていろというので黙っただけです。
おかしいと思います。そんなの玄さんじゃないです。
女子とは難解な生き物ですな。だから若い女子社員のマネジメントはもうコリゴリ……おっとポリコレ上、不適切な発言でございました。
さっきの続きをどうぞ。
言ってほしくないのでは?
言ってほしくありません。でも玄さんなら言うと思います。
ふむ。両お嬢様にコメントを――要するに助け舟を求めてよろしいですかな?
わっ、私はちょっと……。
うむ……。
どうして言わないんですか? 何か隠したいことでもあるんですか?
小春お嬢様と小雪お嬢様の友情を信じておりますぞ。
ひとまず言われた通りにしないとこの場は収まらないんじゃないかなぁ……。それから、どんな結末になっても、男の人が責任を背負うべきかもしれないよ……。
お姉の言う通り、例えどんな厄災に見舞われようとも、常に男の側が叱責を受けるのが紳士のマナーというものであろう。何をやっても叱責されるのならば、諦めて俎板の鯉になれ。漢を見せろ玄七郎。
そうした主張は男性差別、男性蔑視、男性虐待であることを説明させて頂きます。男性に対する無慈悲かつ一方的な負担増は、これ以上にないほどポリコレに反するに違いなく、私は――。
――何をゴチャゴチャ呟いてるんですか!? 早く言えっ、言うんだゲンシチロー!
……かしこまりました……やれやれでございます。……貴方様は本日の最初に、婚活話で仰いましたな、『サッパリ普通の相手が見つからない』と。
それが、何か?
往々にして女子というものは、その恐るべき本能として、上昇婚しか想定していない傾向にあります。一方の男子の側には、上昇婚や下方婚などの概念が元々希薄なのです。水無月様はある意味で大変レベルが高く、またその自負も強いとお見受けされるため、その上のレベルの男性となれば現実では0.0001%すらおりません。絶滅種かもしれない。しかし水無月様にとっての普通男子とは、そういった存在しない相手のことを指している。
…………。
……重ねて付言しますれば、仮に0.0001%の奇跡の普通男子が存在するとして、そのレベルにある男性陣は女性の社会的地位を一切気にしませんから、水無月様を選ぶ強い理由がハナっからありません。ゆえに適度な結婚は成立しない――水無月様はおそらく永遠に、普通男子を見つけることはできないでしょう。
本人を目の前にしてそんなことを滔々と解説するなんてホントに酷いですブッ転がすぞオラァー!
貴方様が言えと……。図星だからこそ、そう興奮なさるのでしょう。
これって所謂パワハラですよ! 会社訴えてやるぅ! めちゃんこ慰謝料請求してやるんですドチクショー!
会社を訴えると仰いますが、私は桜丈ホールディングスの社員でも、貴方様の上司でもございませんが? 強いていえば、通りすがりの執事でございます。
お姉、うちに執事なんていたっけ……?
いないと思う……。執事っぽい居候ならいるけど……。
玄さんなんか嫌いです! もう来ねえよウワァァアアアンこれで勝ったと思うなよ永久に呪ってやるー!
 言いながら席を蹴り飛ばした千景は、ありったけの捨て台詞を吐いて執務室から走り去ったのだった。
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登場人物紹介

桜丈 小春(15)おうじょう こはる

「今日から私が桜丈ホールディングス代表取締役社長ってホントなの!?」


イラストやマンガを描くのが好きで、ほのぼの系キャラクターデザインを得意としている。大手新聞社&大手出版社が共催の日本最大のイラストコンテストでは、中学生部門で2年連続の最優秀賞に輝いた。

中学生にしてお小遣い帳をつけるほどの貧乏性。質素倹約、モノは擦り切れるまで使い、中古品を愛用する。趣味は、癒し系イラストを描くこと、古着屋巡り、貯金箱に500円玉を貯めること。

総資産4兆5000億円の桜丈ホールディングス株式会社、代表取締役社長。企業グループとしては日本国内だと50位、グローバル視点なら1000位に入る規模感だが、ホールディングス本体も傘下企業の大半も未公開企業で構成されているのが特色のため、表面上(バランスシート上)の総資産は市場価値を正しく反映していない。

桜丈 小雪(13)おうじょう こゆき

「いずれ歌舞伎町の闇王として君臨するのが、私という存在に課せられた哀しき宿命なのだ」


生まれてこの方ペーパーテストは満点以外をほとんど取ったことがなく、剣道やギターなど幅広い素養もあり周囲からは天才と思われているが、実は隠れて大変な努力をしている。まだ幼さの残る面影ながら誰もが振り向く美貌の少女。まさに才色兼備を地でいく女子に見えるものの、重度の厨二病を患っている。好きなコンテンツは『首領(ドン)への道』。いつの日か新宿区歌舞伎町に影を潜めて暮らし、自分の組を持ちたいと夢想する。

源 玄七郎(67)みなもと げんしちろう

「強いていえば、通りすがりの執事でございます」


桜丈家にやって来て12年目の、長身の自称執事。自分に常に厳しく、他人にも恐ろしく厳しい。

日本有数の格調の高さで知られる五つ星ホテルブランド――ベイグランディアホテルズの創業者にして元代表取締役社長。かつてベイグランディアホテルズは経営に行き詰まり、巨額の負債を抱えて民事再生法を申請したことで連日経済ニュースで取り上げられた。ある意味で名士であり財界有名人。ベイグランディアホテルズは、桜丈ホールディングスの傘下に組み入れられて経営再建中。

水無月 千景(28)みなずき ちかげ

「パワハラで会社訴えてやるぅ! めちゃんこ慰謝料請求してやるんですドチクショー!」


東京大学理学部卒のアラサー。経済産業省資源エネルギー庁に在職経験のある元官僚。桜丈ホールディングスの管理部門に勤めるかたわらで、会社の意向(業務範囲として)で小春と小雪の家庭教師をしている。絶賛婚活中だが程良い相手が見つからず、念のため生涯独身にも備えて最近4500万円で東京の真ん中に中古1LDK49平米を購入した。

桜丈 陸(58)おうじょう りく

「ぼくは当てもなく荒野を彷徨う金鉱堀さ。泥に塗れた地べたで過ごし、何度かグッドラックを引き当てた、それだけのことだよ」


桜丈ホールディングス元・代表取締役社長にして、現・無職ニート。明治後期から続く旧・桜丈財閥の本家筋にあたる四代目。桜丈財閥は繊維産業を中核とした中規模な産業複合体にすぎなかったが、軍需衣料品に経営を過度に依存していたためGHQに目を付けられ、太平洋戦争後の財閥解体で主要企業のすべてを切り離され、いくつかの不動産を残すだけで有名無実化していた。だが陸の代で、手持ちの不動産を担保になりふり構わぬ賭けに出て、急激な膨張を成し遂げた。その規模感は、戦前の桜丈財閥のスケールに比肩する程度にまで戻ったとされ、日本経済界の一つの奇跡と受け止められている。

さも意味深な言い回しをするものの、大して深い意味はない。自らが創り上げたグループの代表を、ある日突然に辞任してしまった。一見自分勝手な引退のように見えて、強引に幕引きしてしまったのには、実は本人の狙いもある。

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