第6章(5)

文字数 1,298文字

 地球連合株式会社の設立登記が完了したので、法務局で取得した登記簿謄本を持参して、小春は新宿駅最寄りのメガバンク窓口を訪ねていた。

 小雪と千景は、ゼリスト建物管理が回してきた清掃業務のほうに対応中だ。今日は午前と午後に分けて小ぶりの2案件を請け負っている。小春も銀行でやることが済めば、清掃現場に合流して手伝う予定だった。


 銀行に入ると、案内役の女性行員が丁寧に聞いてくる。

本日はどのようなご用件ですか? 保護者の方はご同伴されていますか?
いえっ、私一人ですっ! あの、法人口座を作りたいと思って来ました。あと、不動産融資の相談もさせてもらいたいと思ってるんです。
えっとですね……保護者の方は……?
私が法人の代表なんです。設立登記が完了したので、登記簿謄本を持ってきました。私のパスポートと保険証もあります。それから融資相談のための物件資料もファイリングしてきましたので、どうかお話を聞いてください。
代表の方? 失礼ですが、ご年齢は……?
15歳ですっ!
 銀行員は目を見開いたが、言葉を飲み込んだ様子で口にする。
……し、少々お待ちください……。

 奥に入っていったので、小春は席に腰掛けて待った。

 3分くらい大人しくしていると、中年の銀行員が声をかけてくる。

お待たせしました、法人口座を作りたいとのことで……。
はい、あと不動産融資の相談もしたいんです。どちらかと言えば、融資のほうが大事なんです。
融資……と仰いますが、まだ口座も持っていませんよね?
ですから口座を作りに来ています、お願いします!
銀行が融資の検討をするときは決算書が必要なんですね。どういう会社かわからなければ融資を考えることができません。御社様の設立はいつですか?
まだ登記提出して1週間も経ってません。
であれば融資のご相談は無理ですね。保護者の方は?
えっと、お父さんならいま熱海にいるって聞いてます。
保護者の方は何をされている方ですか?
温泉に入って……ニートだと思います。あっ、でも、お父さんならいちおう最近まで会社をやってたんです。あと、私の家に居候が住んでて、その人が――。
 小春は事情を正しく伝えようと切々と語り始めたが、すかさず銀行員が話を遮ってくる。
――色々と複雑なご家庭の事情はあるのだろうと思いますが、当行で口座を開くのはちょっと難しいかと。
そ、そんな……!
規定もありまして。すみませんが、お父様とまたご来店して頂けませんか。
どんな規定なんですか! 会社の口座を作れないと仕事ができないです! せめて口座だけでもお願いします!

 小春は懸命に押し問答したが、どんなに粘っても銀行員の反応が変わる様子はなかった。


 それから小春は、新宿駅界隈のメガバンクだけでなく、地方銀行にも一つ一つ足を運んだ。合計6つ。しかし驚くべきことに、すべての銀行が似たり寄ったりの対応で、小春は何もできず追い返されてしまっていた。まさに文字通りの門前払い。

嘘でしょ……。
 小春は弁天町物件を買うために、絶対に融資を引き出す強い覚悟で臨んだつもりだった。しかし融資どころか、法人口座さえ作らせてもらえないというのは、小春にとって衝撃的な盲点だった。
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登場人物紹介

桜丈 小春(15)おうじょう こはる

「今日から私が桜丈ホールディングス代表取締役社長ってホントなの!?」


イラストやマンガを描くのが好きで、ほのぼの系キャラクターデザインを得意としている。大手新聞社&大手出版社が共催の日本最大のイラストコンテストでは、中学生部門で2年連続の最優秀賞に輝いた。

中学生にしてお小遣い帳をつけるほどの貧乏性。質素倹約、モノは擦り切れるまで使い、中古品を愛用する。趣味は、癒し系イラストを描くこと、古着屋巡り、貯金箱に500円玉を貯めること。

総資産4兆5000億円の桜丈ホールディングス株式会社、代表取締役社長。企業グループとしては日本国内だと50位、グローバル視点なら1000位に入る規模感だが、ホールディングス本体も傘下企業の大半も未公開企業で構成されているのが特色のため、表面上(バランスシート上)の総資産は市場価値を正しく反映していない。

桜丈 小雪(13)おうじょう こゆき

「いずれ歌舞伎町の闇王として君臨するのが、私という存在に課せられた哀しき宿命なのだ」


生まれてこの方ペーパーテストは満点以外をほとんど取ったことがなく、剣道やギターなど幅広い素養もあり周囲からは天才と思われているが、実は隠れて大変な努力をしている。まだ幼さの残る面影ながら誰もが振り向く美貌の少女。まさに才色兼備を地でいく女子に見えるものの、重度の厨二病を患っている。好きなコンテンツは『首領(ドン)への道』。いつの日か新宿区歌舞伎町に影を潜めて暮らし、自分の組を持ちたいと夢想する。

源 玄七郎(67)みなもと げんしちろう

「強いていえば、通りすがりの執事でございます」


桜丈家にやって来て12年目の、長身の自称執事。自分に常に厳しく、他人にも恐ろしく厳しい。

日本有数の格調の高さで知られる五つ星ホテルブランド――ベイグランディアホテルズの創業者にして元代表取締役社長。かつてベイグランディアホテルズは経営に行き詰まり、巨額の負債を抱えて民事再生法を申請したことで連日経済ニュースで取り上げられた。ある意味で名士であり財界有名人。ベイグランディアホテルズは、桜丈ホールディングスの傘下に組み入れられて経営再建中。

水無月 千景(28)みなずき ちかげ

「パワハラで会社訴えてやるぅ! めちゃんこ慰謝料請求してやるんですドチクショー!」


東京大学理学部卒のアラサー。経済産業省資源エネルギー庁に在職経験のある元官僚。桜丈ホールディングスの管理部門に勤めるかたわらで、会社の意向(業務範囲として)で小春と小雪の家庭教師をしている。絶賛婚活中だが程良い相手が見つからず、念のため生涯独身にも備えて最近4500万円で東京の真ん中に中古1LDK49平米を購入した。

桜丈 陸(58)おうじょう りく

「ぼくは当てもなく荒野を彷徨う金鉱堀さ。泥に塗れた地べたで過ごし、何度かグッドラックを引き当てた、それだけのことだよ」


桜丈ホールディングス元・代表取締役社長にして、現・無職ニート。明治後期から続く旧・桜丈財閥の本家筋にあたる四代目。桜丈財閥は繊維産業を中核とした中規模な産業複合体にすぎなかったが、軍需衣料品に経営を過度に依存していたためGHQに目を付けられ、太平洋戦争後の財閥解体で主要企業のすべてを切り離され、いくつかの不動産を残すだけで有名無実化していた。だが陸の代で、手持ちの不動産を担保になりふり構わぬ賭けに出て、急激な膨張を成し遂げた。その規模感は、戦前の桜丈財閥のスケールに比肩する程度にまで戻ったとされ、日本経済界の一つの奇跡と受け止められている。

さも意味深な言い回しをするものの、大して深い意味はない。自らが創り上げたグループの代表を、ある日突然に辞任してしまった。一見自分勝手な引退のように見えて、強引に幕引きしてしまったのには、実は本人の狙いもある。

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