第2章(3)
文字数 8,361文字
思い返せば小春と小雪にとって、家族関係とは、玄七郎との関係性がほぼ全てだった。物心ついたころには母親が亡くなっていたし、父親は経営者のためカレンダー通りの休日などあろうはずもなく、365日いつも早朝には家を出て深夜に帰宅するほど経営に注力していたから、ある意味で育ての親は玄七郎なのだ。ただし年がら年中あまりに距離が近すぎて、母親のように甘えられるはずもなく、空気のようにそこにあるものといった感覚かもしれない。
もちろん玄七郎に反発したことは一度や二度では済まない。それでも冷静に戻ると、妥協するのはいつも小春と小雪の側だった。同じ屋根の下で暮らす者同士、どこかで妥協せざるを得ず、その後謝ったり話し合ったりするなかで、小春は玄七郎の率直さに改めて気づくことも多かった。玄七郎は決して言葉だけの人物ではなく、その後の行動がちゃんと伴うことにも気付かされていた。
ただし、そんな玄七郎に対する理解は、あくまで家族だからという距離感あってのことである。千景にそれを理解してもらうのは、どだい無理な話だ。
ベイグランディアホテルズは、有名トラベルガイドには必ずといっていいほど5つ星ホテルとして登録されている日本のホテルブランドである。横浜の鶴屋町を本店として、京都の二条通、大阪の天満橋、北海道のニセコと日本国内に4か所を展開している。一つ一つは中規模なホテルであり、東京にないため知名度はそこまで高くない。だが建物の造りの良さ、設備の充実度、洗練されたホテルマンたち、その格調の高さから富裕層御用達として知られ、宿泊料金も屈指のレベルだった。
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