第14章(2)

文字数 7,153文字

 玄七郎を前にして、小春は言い淀んでいた。勇気が必要だった。
さあどうぞ。ご自由にお話してくださっていいのですが。
…………。
何か?
…………。
玄七郎、金を貸せ。頼む、たった5000億でいい。
キッパリお断りしたことを、もうお忘れになったのでしょうか。
だったら300億だけでいいのだ。いい加減、私たちが困り抜いているのに無視するのはヤメろ!
 ふいに感情が爆発したのか小雪は机を叩いたが、玄七郎は表情を変えずに口にする。
まさか小雪お嬢様は、この私に二言があるなどとは思いますまい。
くう、おのれ小童が……。
やっぱり玄七郎からお金を借りるのは無理なんだよね……。
私から金をむしり取ろうとする甘い考えは今すぐ捨て去るべきでございましょう。
一つお願いがあるの。お金を借りる話じゃないよ。
小春お嬢様の頼み事とあれば、なるべく善処するのが執事としての私の勤めでございます。
玄七郎が持っているお金の名義だけ、変えてもらえないかな?
……名義を? どういう意味です?
お金を管理する口座の名義だけ、私にして欲しい。お金が入っている口座は玄七郎に渡しておくから、実際に私がお金にタッチしたり、そのお金を自由にしたりできるわけじゃないの。もしもの時は玄七郎がお金を引き出せばいい。本当に名義だけ。
ほう……。
そしてそのお金を、これも名義だけ私が地球連合に振込むのね。私はお金にノータッチだから、実際の振込は玄七郎がやればいい。そして地球連合から、新しく作る会社の資本金としてさらに振込をする。だから最終的には、その新会社の、玄七郎のお金が入っている口座を玄七郎自身が持つということ。私は永遠にそのお金に触らないから。
元々私に所属していたお金を管理する口座自体は、私が持っているということですな。であれば確かに名義を変えているだけであって、貸したという状態ではないかもしれません。ただし、そのお金を小春お嬢様が触れないとしたら、その行為にどんな意味があるとお考えですかな?
意味は2つあると思うの。一つは、たとえば1億円の名義だけ変えてもらったとして、新会社は資本金1億円になるわけでしょ。その新会社で、仮に他人から5000万円の投資を受けたとすれば、資本金は1億5000万円ということ。もし投資が同じ株価だと仮定すれば、私たちの持株比率は……えっと……どのくらいなの?
66.6%!
でしょ。そこそこの株式比率を維持しながら、他人から投資してもらった5000万円だけを使って乗り切れると思うんだよね。
なるほど、それだけでも有用な効果でございますな。もう1つ意味があるようですが?
玄七郎の1億円が縛られて動かせないとしてもだよ、名義上でそれだけのお金があるということ自体に意味があると思うんだ。だってBS上では、銀行預金1億円と記載されているわけじゃない? とっても安全な会社に見えるし、さらに良いことは純資産も1億円あるという状態になる。とすれば銀行借入とかを相談していくときにも、すごく有利に振る舞えるんじゃないかと思うの。
これは……なかなか奇想天外でありながら実践的な一手ですな。たしかにBS上で1億円の銀行預金があるというだけで、銀行の安心感は天と地ほど違うものになりますぞ。
でしょ? だから玄七郎はお金を貸さなくていい。持ってるお金の名義が変わっていくことだけ許容して。銀行口座や印鑑は玄七郎に持っててもらって、何かあれば引き出せばいいでしょ。お願い、もうそれ以上は求めないから……。
しかし私の手間が発生しますな。いちいち振込作業に付き合わなくてはなりません。
お姉がここまで頼んでいるというのに、振込に行くことくらい手間を惜しむというのか、この悪鬼玄七郎め!
……ふむ……。
ちょっと横からいいかな、小春ちゃん……。
何?
意図はわかったんだけど、ちょっと心配があるかも。それっていわゆる見せ金に該当しないかな。
見せ金って?
借りてきたお金で出資して、外形を整えること。厳密なことを言っちゃうと、公正証書原本不実記載に当たるかも……。
え? それって犯罪になるの? 一生懸命方法を考えてみたんだけど……。
いや、見せ金に該当する可能性は低そうですな。お嬢様がたが何か目立った事件を起こしたりしてメディアに騒ぎ立てられたりすれば、国家権力が無理やり告発することは可能な範囲かもしれませんが、それは極めて政治的なケースです。
そうでしょうか?
こうした法人の様々な機微に関する、見せ金における非常に有名な判例があります。そこで見せ金とされているものは、『一時的借入金を以て単に払込の外形を整え、株式会社成立の手続後直ちに右払込金を払い戻してこれを借入先に返済した場合』でございます。
あっ、そうか! 『成立手続き後直ちに右払込金を払い戻して借入先に返済した場合』――つまり登記完了した直後にぜんぶ引き出してしまって、それを耳を揃えて返済したら見せ金って話なわけですね? でも小春ちゃんのアイデアの場合には、そもそも口座から引き出さないわけだし、借入先に返済するわけでもない、と。
その銀行口座に1億円が存在しているのは疑いようもなく真正なのです。引き出すわけでもないですし、間違いなくその会社の名義であり続けるわけです。これは正しい状況以外の何者でもなく、誰かに責められる謂れはございません。
なるほど、確かに……。そもそも見せ金ではないし……仮に見せ金だと指摘されたとしても、それを証明するのは現実的ではないです。まぁ検察とかが見せ金だって騒ぎ立てるような特殊な事態になれば強引に黒にされるかもしれませんけど、それを言っちゃえば検察や国家が断罪してくる状況を作った時点でぜんぶ黒にされるわけで……。
フフフ、こういうのも陰謀の一種だな。白だか黒だか真偽不明なものを、真正なものに転換してしまうのが国際政治における第一歩だ。いよいよ地球連合が国連を跳ね飛ばし、世界に大きな礎を打ち立てる第一歩となるのだ。
方法論としてはアリでございましょうな。ただし、私が振込手続きをしたり、口座を管理したりする手間暇が発生するようでございます。その点から言えば、個人的に不必要な面倒を抱えるだけの話でありまして、何の得にもなりませんから、やはりここはお断り――。
――待って! それ以上は言わせない! 玄七郎が断定しちゃえば、絶対に言質を変えないことくらい知ってるもん!
……は? 言葉を遮っただけで、何かが変わるのでございますか?
おのれ玄七郎……この後に及んでまだ抵抗しようとするのか……。
だったら、こういうのは? さっきのアイデアは、玄七郎が私という個人に貸すことで、国家権力から見せ金だって無理やり指摘される可能性もゼロじゃないんでしょう? なら、玄七郎が地球連合に1億円を出資するっていうのはどうなのかな、それなら私たちの支配権は玄七郎が握れるし、見せ金とかいう指摘も関係なくなると思うの。
貸付とかじゃなくて、玄さんから直接出資を受けるか……。なら身内みたいなものだし、玄さんの持株分は、支配権を身内で確保できてると考えていいかも……。
私にとっては、先ほどのアイデアより退歩しているように感じられますな。第一、地球連合を支配したところで、そもそも私は地球連合が失敗する可能性が高いと考えていることはお伝えしたはず。単に私が膨大にリスクを取っただけの話です。
なら、玄七郎の出資分1億円には、絶対に手を付けないから! たしかに1億円を出資してもらった形だけど、さっきの名義だけ変えてもらう話とおんなじで、その1億円を新会社名義に移動させてもらったあとは今後も絶対に触らないよ。そして1億円が入った銀行通帳は預けておく。それならいいでしょ?
私が地球連合の大株主という立場であれば1億円を守ることもできるでしょうな。それでも私には得にならない話であって――。
その1億円を移動する先はマンガAI翻訳事業をする会社なの! 絶対とは言い切らないけど、成功できると思う、私はその実感があるの。だから事業が成功したら、一番得になるのは玄七郎のはずだよ?
事業が成功したらという話でありまして、私はまるで楽観視しておりませんが……。
 小春は懸命だった、感情がいっぱいになって涙すら出てきていた。それでも小春は食い下がる。
お願い……本当にお願いだよ玄七郎……。玄七郎には少しも損にならないから……。確かに振込に行ってもらう手間はかかるかもだけど、私も一緒に行くから……。
お嬢様が付いてきてくださるかどうかは、私の労力とあまり関係がないのでは? やはり私はお断り――。
――私の一生のお願い、ここで使うよ、玄七郎への一生のお願いを……。この一回だけでいいから、お願いだよ……。
…………。
お姉……もういい。この悪鬼に人の心があると期待したら間違いだ。
 小雪は堪らずといった風に席を立ち、小春の肩に手を掛けた。だが小春は首を振り、小雪の手に手を置いて、なおも玄七郎に頭を下げる。
……お願い、します……。
……こんな程度のことで、小春お嬢様は一生のお願いを使ってしまうのですか?
……色々勉強したり経験したりしてみて……私は、最初にゼロからイチを創るタイミングが一番難しいんじゃないかって思ったの……。私にとって、今がそのタイミングなんだと思う……。だからここで切れるカードがあるなら全部切ったほうがいい……。
私としましても、こんな程度のことで小春お嬢様の一生のお願いを消費してしまいたくないのですが。しかも内容も、私が出資したお金は触らずに置いておき、何かあれば私に戻ってくるお金のようです。小春お嬢様にそれほど得があると思えず……もっとマシな一生のお願いがあるのでは?
……ということは……私がここで一生のお願いを使うって言えば、玄七郎は聞いてくれるの……?
……小春お嬢様の一生のお願いとなれば……善処することに致しましょう。
……!?
げ、玄七郎が……? 嘘……だろう……?。
本当ですか玄さん!?
ただし重大な陰謀の最中に残念なお知らせではございますが、私にはお渡しできる現金がございません。
えっ……。
なん……だと……?
一瞬ガチで喜びましたよチクショー! なら、始めっからそう言ってくれていればいいのに!
手元に50万円ほどの現預金はございますが、それは日々の消耗品の購入や、食材の買い出し、万一何かあった場合の修理費用などに使われるお金でありまして、一切の余裕はございません。これは本当の話です。残念でございましたな。
…………。
……くう……。
……無い袖は振れませんよね……。
一方で、私には全く何もないわけでもございません。こちらが私の慎ましいBSでございます。いわゆる決算書上のものですが。
ほとんど貴金属!?
ずいぶん極端なBSだな……。それに玄七郎には、もっと銀行借入があると思っていた……。
ベイグランディアホテルズから離れて以来、私はもうBS拡張はヤメましたからな。余計なことは何も考えず、完全に守備のみに特化させた、ささやかなBSでございます。
純資産の98.5%が貴金属……もしやこれは、先日こちらに玄さんが持ってこられたゴールドですか!?
そういうことです。
なっ、何だと? 玄七郎は帝王学講義で、純資産の10%――もしくは5〜20%の範囲でゴールドを持てと言っていたではないか! なぜ自分は純資産のほぼ100%がゴールドなのだ!?
確かに私はオーソドックスな帝王学をお嬢様がたに伝授するよう勤めていますが、今さら私個人が帝王学を通して支配階級の作法に忠実になったところで何が待っているというのでしょう。もう積極的な行動をしない私としては、静かに信用創造の崩壊の日を待ちつつ、無心でゴールドに資金を配分するだけで良いという考えでございます。
それでも、自動的に富を得る仕組みが作れないのではないか?
ご指摘通りですが、ここまでペーパーマネーが増大し、地政学的なリスクも高まる昨今においては、ゴールド一択もそう悪いものではございません。先に示したのは私の決算書上のBSでございましたが、これには含み益が出ておりまして、実質的なBSは次のようなものになります。
わ! 含み益を合わせると、資産が倍以上に増えてるんだ! 配当や賃料収入はないのかもしれないけど、これはこれで悪くないんだね。
こうした極端な投資がプラスに機能するかどうかは、時勢によります。世の中が安定してしまえば反転することもあるでしょうが……ますます世界は混沌としていきますから、時勢が味方についてくれていると言えましょうな。
結果だけ見れば、桜丈ホールディングスのように下手に方々に投資するよりも、玄さんみたいにゴールド一点張りのほうが純資産の増大率はずっと大きいですよ。
帝王学に忠実になる必要はないって玄七郎が前に言っていたことを思い出したよ。教えは教えとして受け止めるべきだけど、現実的な行動は合理性と臨機応変のバランスが大事なんだね。
帝王学に信者はおりませんからな。繰り返しますが帝王学は単なる現実の羅列であって、本来的に詰まらないものなのです。
玄七郎はゴールドが上がるというのは事前に分かっていたのか?
世界のマネー供給量を鑑みればゴールド上昇は子供でも分かるはずですが、仮にそうでなくても私はゴールドだけ買っていたと思います。日々余計なことに悩まなくて済みますからな。今の私はベイグランディアホテルズの一社員として籍だけ置かせて頂いており、旦那様の温情によって、毎月桜丈家の家計のやり繰りのため必要な程度、ベイグランディアホテルズから給料として頂戴しています。両お嬢様の毎月のお小遣いもそこから支出しております。そこで余ったお金については、すべてゴールドに変えてきた次第です。
ともかく、玄七郎には実はお金がなかったんだ……。100万円すら貸せないってのは、そもそも持ってなかったから……。
仮に持っていても決して貸さなかったと思いますが。
なっ、何!? おのれ何という卑劣漢……。
そしてこのゴールドは、いずれお嬢様がたに引き継がれていくものだったはずですが……小春お嬢様の一生のお願いということですから致し方ありませんな。すべて換金してしまいましょう。
すべて換金……とすれば7600万円の現金になると思うんですが……簿価としては3200万円ですから……4400万円の含み益が表に出てしまうことになりませんか?
こうして含み益を表に出さなくてはならないというのは、誠に嘆かわしい緊急事態です。出来れば隠し続けていたいものでした。
含み益が表に出ると、どうして嘆かわしいの?
利益4400万円が確定しちゃうの。つまり、その分だけ税金を払わなくちゃならなくなるわけ。
あっ、そっか! 私たちの言うことを聞いて資金を作るために換金したら、玄七郎に税金が掛かってくるんだ!
1000万円を超える徴税を覚悟せねばならないでしょうな。本来ならば、ゴールドのままお嬢様がたに手渡していれば、このような徴税を回避できていたはずなのですが。まったく酷い仕打ちをしてくるお嬢様がたでございます。これは拷問ですぞ。
な、なんか玄七郎にお金を要求するのがすごい間違いだったような気がしてきた……。
う、うむ……。出資してもらうのはいいが、そのために私たちと無関係なところで1000万円を玄七郎に払わせるというのは……どうなのだ?
明日中には換金することといたしましょう。その後すぐ、小春お嬢様の指定口座に7600万円をお振込いたします。それを新会社に振込むのもご自由ではございますが、お嬢様が仰るように7600万円が入金された銀行口座は私が預からせて頂きまして、この現金については活用を厳重に縛らせてもらうこととしましょう。
え……で、でも税金は……?
税金の支払いは申告後ですから、まだしばらく先になります。
だけどいずれ払うんでしょう?
何を当然のことを。
そこまで色々考えてなかったかも……。玄七郎からの資金調達はもう少しアイデアを練ってから改めてのほうがいいのかな……?
まさか小春お嬢様は、私に二言があるとでもお思いで?
えっ? 玄七郎が前言撤回なんてするはずないけど……。でも本当なら払わなくてもいい1000万円を、突然払うことになるアイデアだなんて全く思ってなくて……。
お姉が別のアイデアを考えたいと言っているんだぞ!? 少しは待ってやろうという協力くらいできないのか?
誠に残念なお知らせでございますが、小春お嬢様の一生のお願いに私は既にコミットいたしました。それ以上でもそれ以下でもございませんな。
現実として税金支払いはどうするんでしょう? ベイグランディアホテルズから出ている給料では、たぶん足りないですよね?
まったく足りるはずもなく、ほとほと困り果てるばかりでございます。一体どうしろというのか。げに恐ろしきはお嬢様がたの私に対する苛烈で陰湿で狡猾な、人の道から外れた凶悪な仕打ちでございましょうな。ギロチンを前にするような恐怖を感じますぞ。
やっぱり玄七郎からお金を引き出すのはヤメたほうがいいんじゃないかって思った……。高いコストになっちゃって、どう考えてもメリットよりもデメリットのほうが大きそう……。玄七郎はお金を出さなくていいよ……それでいいかな、小雪?
うむ、私たちは考え直すことにする。だからさっきの話は白紙だ。
は? お嬢様たちがどう思おうが、私は私の任務を粛々と遂行するだけでございます。
……ち、ちょっと待って……。お願いやめて玄七郎……。
いやだから話はナシだと……。
新会社に資金を移す必要がおありでしたら、設立登記作業も早々にお願いいたします。こちらの準備は万全に済ませておきますので。
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登場人物紹介

桜丈 小春(15)おうじょう こはる

「今日から私が桜丈ホールディングス代表取締役社長ってホントなの!?」


イラストやマンガを描くのが好きで、ほのぼの系キャラクターデザインを得意としている。大手新聞社&大手出版社が共催の日本最大のイラストコンテストでは、中学生部門で2年連続の最優秀賞に輝いた。

中学生にしてお小遣い帳をつけるほどの貧乏性。質素倹約、モノは擦り切れるまで使い、中古品を愛用する。趣味は、癒し系イラストを描くこと、古着屋巡り、貯金箱に500円玉を貯めること。

総資産4兆5000億円の桜丈ホールディングス株式会社、代表取締役社長。企業グループとしては日本国内だと50位、グローバル視点なら1000位に入る規模感だが、ホールディングス本体も傘下企業の大半も未公開企業で構成されているのが特色のため、表面上(バランスシート上)の総資産は市場価値を正しく反映していない。

桜丈 小雪(13)おうじょう こゆき

「いずれ歌舞伎町の闇王として君臨するのが、私という存在に課せられた哀しき宿命なのだ」


生まれてこの方ペーパーテストは満点以外をほとんど取ったことがなく、剣道やギターなど幅広い素養もあり周囲からは天才と思われているが、実は隠れて大変な努力をしている。まだ幼さの残る面影ながら誰もが振り向く美貌の少女。まさに才色兼備を地でいく女子に見えるものの、重度の厨二病を患っている。好きなコンテンツは『首領(ドン)への道』。いつの日か新宿区歌舞伎町に影を潜めて暮らし、自分の組を持ちたいと夢想する。

源 玄七郎(67)みなもと げんしちろう

「強いていえば、通りすがりの執事でございます」


桜丈家にやって来て12年目の、長身の自称執事。自分に常に厳しく、他人にも恐ろしく厳しい。

日本有数の格調の高さで知られる五つ星ホテルブランド――ベイグランディアホテルズの創業者にして元代表取締役社長。かつてベイグランディアホテルズは経営に行き詰まり、巨額の負債を抱えて民事再生法を申請したことで連日経済ニュースで取り上げられた。ある意味で名士であり財界有名人。ベイグランディアホテルズは、桜丈ホールディングスの傘下に組み入れられて経営再建中。

水無月 千景(28)みなずき ちかげ

「パワハラで会社訴えてやるぅ! めちゃんこ慰謝料請求してやるんですドチクショー!」


東京大学理学部卒のアラサー。経済産業省資源エネルギー庁に在職経験のある元官僚。桜丈ホールディングスの管理部門に勤めるかたわらで、会社の意向(業務範囲として)で小春と小雪の家庭教師をしている。絶賛婚活中だが程良い相手が見つからず、念のため生涯独身にも備えて最近4500万円で東京の真ん中に中古1LDK49平米を購入した。

桜丈 陸(58)おうじょう りく

「ぼくは当てもなく荒野を彷徨う金鉱堀さ。泥に塗れた地べたで過ごし、何度かグッドラックを引き当てた、それだけのことだよ」


桜丈ホールディングス元・代表取締役社長にして、現・無職ニート。明治後期から続く旧・桜丈財閥の本家筋にあたる四代目。桜丈財閥は繊維産業を中核とした中規模な産業複合体にすぎなかったが、軍需衣料品に経営を過度に依存していたためGHQに目を付けられ、太平洋戦争後の財閥解体で主要企業のすべてを切り離され、いくつかの不動産を残すだけで有名無実化していた。だが陸の代で、手持ちの不動産を担保になりふり構わぬ賭けに出て、急激な膨張を成し遂げた。その規模感は、戦前の桜丈財閥のスケールに比肩する程度にまで戻ったとされ、日本経済界の一つの奇跡と受け止められている。

さも意味深な言い回しをするものの、大して深い意味はない。自らが創り上げたグループの代表を、ある日突然に辞任してしまった。一見自分勝手な引退のように見えて、強引に幕引きしてしまったのには、実は本人の狙いもある。

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