第5章(2)

文字数 7,171文字

本日も始めるとしましょうか。皆さんだいぶ顔つきが変わったようですが、この講義に真剣になるようなことが何かあったのですか?
今日の講義が終わったあとで、ちゃんと話すよ。だからまずは帝王学に取り掛かろう。
ほう……かしこまりました。皆さまの意気を挫いてしまうやもしれませんが、本日の講義は最も重要性が低いものを扱います。
どうでもいいものなら扱わなくていいのではないか?
確かにスルーしてもいいのですが、一応チェックをしておいたほうが丁寧でしょうし、どうでもいいからこそ短時間で済むので、学び始めの段階でパッと済ませてしまうことにしましょう。
どうでもいいのに一応取り扱うって、逆に興味が湧いてきますね!
そう思わせてしまったら私の落ち度です。どうも私はなるべく説明しようとするあまり、無駄話まで並べてしまうようでございます。おっとまた余計なことを……それでは参りましょう。皆さんは成功哲学関連の本を手に取ったことがあるでしょうか?
何それー? 知らなーい。
いわゆる自己啓発本ですか? 社会人になってから、有名どころのビジネス本ならちょくちょく読んでると思いますよ。
そうですな、自己啓発とも言いますし、最近では引き寄せの法則などとして使われることもあります。そうした成功哲学とは、成功者の行動や思想を知り模倣することで、目標を達成するための手法を法則化しようとする試みです。また『強く思い描いた目標は必ず実現する』とする信念でございます。
良い信念ではないか。『強く思い描いた目標は必ず実現する』など、実際私が常々確信していることだ。私は必ず世界を征服する漢になる。私の想いは山よりも高く海よりも深い。どうだ、これほどの熱き想いが実現しない可能性などあるものか。
『信じて努力すれば、どんな望みでも叶う。強く確信し、行動せよ。やがて思考は現実のものとなる』、こうした成功哲学については、空気のように漠としているが故に、まったくのデタラメと切って捨てるわけにもいかないでしょう。確かに私たちは、想像もしていなかった自分を創造できるわけがないからです。
ただ毎日をダラダラ過ごしているだけの人にとっては、最初の取っ掛かりというか、原動力にはなるんじゃないでしょうか。
信じれば思いは叶うって素敵だなって思うよ。まぁでも現実はそうじゃないよねってことも、少しは分かるようになったかな。私も、頑張っても手が届かないものって沢山あったよ。
小春お嬢様が今語った現実では世の中は動かない――つまり商売になりませんぞ。成功哲学の甘い言葉の数々は、ハングリー精神あふれる人々――もっと端的に表現すると、一部のエネルギーに溢れたPL脳の方々を安心させ、現実の姿から目を逸らさせる格好の精神薬になりえます。すでに見てきたようにPL脳の方は社会の99.5%を占めておりますが、PL脳以外の考え方があるのだと想像すらできていないが故に負けてしまっていることが多いです。こうした方々に前向きで短絡的な原動力を持たせることで、社会の不安定要因を事前に取り去り、多くの負け組プレイヤーに資本主義システムに対する疑念を抱かせず、そのまま負け組に留めさせることに成功しております。つまり成功哲学は、資本主義を維持するための重要なファクターとしての役目を担っています。
社会にとって必要なファクターだと言うのなら、別にそういう信念が流布されていたって構わないんじゃないですかね。
信じたい人は信じればいいのだし、私たちがとやかく言うことではない。実際私は、私自身の信念を信じている。
皆さまがどんな神を信じるのかは自由でございましょう。実際に成功哲学に強い影響を受けて、成功のキッカケを掴んだ起業家もいるはずです。しかし基本的に『帝王学』と『成功哲学』は無関係です。もっと言えば、相反するとさえ言えましょう。そもそも帝王学は、信念などという代物ではなく、単なる現実の羅列でございます。ですが現代社会においては、成功哲学はビジネス活動と密接に結びつくことが多いため、帝王学がそのなかの一派と受け止められる場合もあるようです。
帝王学が何かの信念じゃないってのは、まぁそうかなと思いますね。扇動的な要素もないですし、帝王学の信者みたいな人もいませんよね。
信じる者が報われるって話なら、それで安らぎを感じる人だっているはずだし、別に悪い感じはしないけどな。玄七郎の話を聞いていると、帝王学はBS脳の学問で、成功哲学はPL脳の学問と考えればいいかなぁ?
成功哲学が学問とはあまりにも言い過ぎです。中学生でも言えるような当たり前のことが、手を変え品を変え繰り返し書いてあるにすぎません。そのようなものを確認している暇があるのなら、少しでも実務に時間を割いたり、何らかの国家資格の勉強でもしたほうが幾らかマシだと言えましょう。
社会人では、自己啓発本を何百冊と読んでる人も結構いますよね。そのレベルになると完全に信者です。かといって、そういう人たちが社会的に成功しているわけでもない。
何百冊ともなれば、時間とお金の浪費以外の何ものでもないでございましょう。万一そうした信念に縋りたいという嗜好を持っていたとしても、バイブルにするのは1冊で十分かと考えます。
私という存在が、いずれ地球を転覆させることになるのだという信念――玄七郎がいかに邪魔だてしようとも、その私の想いは揺るがない。だが一方で冷静に考えると、仮に他の誰かが世界を支配するという強い信念に駆り立てられたとすれば、私とその誰かの想いが両方同時に叶うことはありえない。どちらかが死ぬ。とすれば、当たり前だがいかに強い想いを持って努力しようとも、どちらかの死の現実を変換することはできまい。
小雪お嬢様もたまには良いご指摘をなされるようでございます。富の総量にはその時々の上限があり、その枠組みのなかで取り合いが行われています。そして大半の挑戦者たちはエネルギーを消耗し、尽き果てていきます。さらに指摘すれば、ごくごく一握りのBS脳の勝ち組にばかり富の集中が加速している現代にあっては、末端で戦うプレイヤーたちの席は減る一方でございます。
信用創造で見てきたように、経済が急激に膨張して皆んなで広がった富を分かち合うこともできるけど、逆に一気に縮小して富が激減しちゃうことだって普通にあるもんね。だから平均すれば富の量はあんまり変わらなくて、その奪い合いなんだってことは、言われなくても当たり前かもしれない。
帝王学を学ぶということは、その当たり前のことを確認する作業に他なりません。しかし巷で流布する成功哲学は、それを流布しようとする当人の商売であって、現実ではないことをよくよくご理解ください。
つまり玄七郎は、BS脳とPL脳を別の角度から確認したかっただけか? そしてBS脳にクラスチェンジを遂げた卓抜した私にとって、まやかしは不要ということだ。
……存外に、小雪お嬢様は逞しく成長しているように感じられますな。どれほど命を削った努力を重ねようとも、『一定ラインをクリアすれば必ず成功する』などという嘘は、悪魔ですら語らないでしょう。偶然に波を掴むことに成功したごく一握りのプレイヤーの陰に、不成功に終わり、社会のさらに低層に追い詰められる多くのプレイヤーがたくさん存在しています。そして多くの負け組が注ぎ込んだ富が、ごく一部の勝ち組に回るのです。……ちなみに負け組の実例は、他ならぬこの私でございましょう。
玄七郎が成功してないっていうのはまだ早いと思うよ! 私たちが大成功すれば、それはきっと玄七郎の成功なんだから! 私も頑張るつもりなんだよ!
そうだ玄七郎、鼻垂れ小僧の貴様に忠告しておいてやる。成功していないと言い張るのは誤りだ。人生とは、死ぬ間際の想いが一番大切なのだと私は信じている。いつでも敵対組織にカチコミをかけ、自ら命を散らす覚悟を持っている私だからこそ、常に死ぬときの想いを意識しているのだ。道程など夢のなかのまやかしに過ぎん、どれほど負け続けようがどうでもいい、死ぬ間際、その刹那で勝つかどうかが人生のすべてだ。そして貴様は勝つだろう、覚えておけこの三下の若造が。

 玄七郎は笑いそうな面持ちだったが、ゴホン、と咳払いをしてはぐらかした。

 呆れた面持ちで千景が肩をすくめる。

何だかんだで2人とも玄さんのこと大好きなんだね。
PL脳の方々に成功哲学が流布されるほどにチャレンジが増え、失敗し、お金が経済を循環し……その繰り返しで経済変動の波は大きくなりますから、それは社会の発展に繋がり、大筋としては好ましいことでございます。その零れ落ちた富を私たちが吸収できるなら、尚のことよろしいでしょう。……私が申し上げたいことは、少なくとも帝王学の学徒たる皆さまがたは、成功哲学などトイレの塵紙にもならないものだと、ゆめゆめお忘れなきよう。
そうは言っても、やっぱり成功者のインタビューとか著書を見ると、基本的に成功哲学のセオリー通りのことを言っていると思えますよ。成功哲学にも一理はあるんじゃないでしょうか?
一理がないなどと申し上げたつもりはなく、空気のように漠としているが故にデタラメと言い切る素地がないのだと言ったはずです。単なる思い込みに対して、理があるとか、理がないなどと言うほうがナンセンスでございましょう。
思い込み、ですか……。ただ、思い切った行動をするときって、思い込みはすごく大事ですよね。絶対にキッカケって必要だと思うんです。
同意します。往々にして成功者は声を大にして語りがちです『今まで苦労に苦労を重ねてきた。だが自分は信念を曲げず、成功を強く望んだ。自分なら成功できると信じていた』と。そうした言葉はまさに成功哲学そのもので、実際にそれを信じて行動したのでしょう。しかし一種の思い込みであり、実際のところは、本質的な成功の要因は各人各様で別のところにあったはず。それでも一般論化してしまえる成功哲学的要素が抜き出され、新たな語り部の誕生でそうした社会通念がさらに強化されていきます。それは書籍や各種メディアを通して広告的に拡散され、それらに影響された儚い夢に酔いしれたプレイヤーが次々と現れることが、資本主義を発展させるために欠かせない原動力なのです。
それにしたって成功哲学はその辺の宗教なんかより、ずっと一般化してしまっていると思いますよ。ここまで社会通念として根付いているのなら、そこには一定の真実はあるのだと受け止めたほうがいいのでは? 成功哲学の元祖でもある『思考は現実化する』って本なんか、もう1億冊も売れてるようですし。これはもう聖書並みの人類のバイブルじゃないでしょうか。
ナポレオンヒル『思考は現実化する』は成功哲学の元祖にして大元締めですな。いま書店で売られる膨大な数の自己啓発本は、ほぼすべてこの本が元ネタといっても過言ではない影響力がございます。水無月様はお読みになられたのですか?
ええ、まぁ社会人になってから一度読みましたね。ここまで読まれている本なら、社会常識としてチェックしておかなくちゃと思いましたし。
内容、覚えていらっしゃいますか?
いや……何も覚えてないですけど……。たしか、信じて努力すればそれは必ず実現する……みたいな話だったかと。そもそも何か覚えるようなことあったのかな……?
ナポレオンヒルは確かに本書で小さな成功を一瞬収めたのですが、かなり悪辣な部類の詐欺師だった事実が明らかにされています。
えっ!?
当のナポレオンヒル自身は、起こした事業は何度も大失敗し、破産したり、悪辣な詐欺罪で起訴されたり、名前を変えて逃亡したり、弁護士を自称したり、マルチ商法を始めたり、大統領のアドバイザーを名乗ったりと、悪事には一通り手を染めている人物です。空気を吸うように繰り返される大ボラと大胆な詐欺の連続は、成功哲学系コンテンツとの相性が抜群に良かったのでしょう。そうした方の戯言を、当時の奥様が全面リライトしたものが『思考は現実化する』です。実質的な執筆者は、何者でもない元奥様です。本書のなかに登場する多数のビッグネームとの繋がりも実際にはゼロで、完全な誇大妄想だった可能性が非常に高いとされていますな。おそらく当のナポレオンヒル自身は、思考が現実化したことなど一度もなかったでありましょう。
マ、マジ……すか……? そんな話、ぜんぜん聞いたことなかったですけど……。
水無月様が何を信じるかなど、私には何の興味もございません。ご自由にどうぞ。詐欺師とて他人の言葉を引っ張ってくればマトモに聞こえることがありますし、逆に英雄の言葉にも間違っているものはあります。また、あらゆる成功哲学本で語られている内容は焼き直しですし、『思考は現実化する』の中身も、それ以前からの類似本の断片を組み合わせたものです。中学生レベルの応援歌ですから、特段間違っている内容ではないのですよ。そして私どもとしては、そうしたパロディを以て人類に新たな聖書をもたらしたナポレオンヒルの成功を素直に褒め称えつつ、教訓として活かすべきとも思います。
成功本の元祖が本当は全く成功した経験がなくて、でも成功本を出したら大成功しちゃった……ということなのかな? それって後先は前後するけれど、やっぱり成功者なんだろうね。悪事で逮捕されそうになったことは除外してだけど。
ただし印税はナポレオンヒルではなく、事実上の執筆者である元奥様に入ったようなので、最終的に成功したかどうかも本当は怪しいところですが。それでも人類の社会通念に今でも大きな影響を与え続けているという意味においては、間違いなく大成功者の一人でございましょう。
なんか、そういう成り行きも陰謀みたいな匂いがするな。信用創造の陰謀、暗号通貨の陰謀、成功哲学の陰謀……そんな風に整理していけばスッキリするぞ。大元を辿ればどれも酷いものなのかもしれないが、いったん流布させてしまえばそれが真実として歩き出す。
先ほど水無月様が仰いましたな。デタラメだろうが何だろうが、それが社会に行き渡っているのなら、一つの真実なのではないか、と。私もそのお考えを全面的に認めます。ただし、見てきたようにお金もデタラメにすぎませんし、国民国家なども幻想に過ぎない側面があります。帝王学を学ぶ私たちは、そうしたデタラメにいちいち反抗せず、全体を俯瞰する視点から、自分たちの活動に有利に取り込めるよう努めることでございましょう。
大人の私でも、社会の見方って結構いい加減なのかもしれないって改めて気付かされてばかりです……。大衆社会でまことしやかに受け入れられている事柄は、その真偽などいちいち構わず、臨機応変に行動しろってことでしょうか。
大衆社会での嘘やデタラメに抵抗したり、正そうとしたりすることは百害あって一利なし、狂気の沙汰、まさしく無駄の極みでございます。大衆が信じているものは素直に尊重し、熱心に同調してみせ、温かい気持ちで受け流し、私たちは私たちが心魂において信じるところだけを黙々と貫きさえすればいいのです。
お金、信用創造、暗号通貨、成功哲学……他にも色んなデタラメが自然に常識化してしまっているのが私たちの社会なのかもね。フェイクニュースが多いって聞くけど、すべてエンターテイメントコンテンツと考えればいいのかな。
そうですな、日々のニュースはエンタメです。そして、そこで目撃したデタラメや扇動に対して、『それは間違いだ!』と声を上げる側に回ることは絶対にお避けください。私たちは政治活動家でもなければ、暇人でもないのです。今ある現実を受け止めて、むしろデタラメに親しみを込めて迎合し、合理的に動きましょう。
まぁ公共放送とかが言い切っちゃえば、それは真実みたいなものですからね〜。それに成功哲学も今や一大産業といった感がありますし、そこで食べている人たちも大勢いるわけで、皆が楽しんでいるのに水を差す必要はないですよね。
そんなデタラメを最初に仕掛けた人たちって本当にすごいなって思うけど、現実的にどうすればそんな大事業が成し遂げられるんだろう? 中身はともかく、要は広告宣伝を上手くやれるかどうかなのかなぁ?
広告活動については、その最も基礎となるところはいずれ外観していくことになります。原則論に終始するので詰まらないと思いますが、まさにその詰まらなさこそが帝王学でございますので。
玄七郎はどうでもいい内容だと言ったが、なかなかどうして、私には有用だったぞ。信用創造の講義を聞いて、私は世界征服を必ずや成し遂げられるし、その方法があるのだと知った。だが成功哲学も、ある意味で似たような類であろう。トンデモ詐欺師ですら、人類を操る大業を成し遂げることができるという真実がここにある。やはり私という存在に、世界征服ができないはずがない。私たちも正々堂々と陰謀を巡らせるのだ。
たしかに、この成功哲学帝国の成功は、我々にとって多くの示唆を与えてくれるものです。そして、子供のような誇大妄想ですら、世界を変える力があることを示す好例でもございましょう。いや、子供でも理解できるからこそ民衆に受け入れられやすい世界観なのだとも言えますか。
インチキを真実に変えちゃったのは、むしろとっても夢があって良い話だなって私は感じちゃったな。それならこんな私だって、きっと世界を変えられるんだって、勇気をもらえる気がしたよ。
そうした尊敬に値する成果を見せてくれたという点で、ナポレオンヒルと、実質執筆者の元奥様には素直に心からの感謝をすべきでしょうな。さて、ここで少し休憩を入れまして、成功哲学の親戚に近いものを眺めてみることに致しましょう。
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登場人物紹介

桜丈 小春(15)おうじょう こはる

「今日から私が桜丈ホールディングス代表取締役社長ってホントなの!?」


イラストやマンガを描くのが好きで、ほのぼの系キャラクターデザインを得意としている。大手新聞社&大手出版社が共催の日本最大のイラストコンテストでは、中学生部門で2年連続の最優秀賞に輝いた。

中学生にしてお小遣い帳をつけるほどの貧乏性。質素倹約、モノは擦り切れるまで使い、中古品を愛用する。趣味は、癒し系イラストを描くこと、古着屋巡り、貯金箱に500円玉を貯めること。

総資産4兆5000億円の桜丈ホールディングス株式会社、代表取締役社長。企業グループとしては日本国内だと50位、グローバル視点なら1000位に入る規模感だが、ホールディングス本体も傘下企業の大半も未公開企業で構成されているのが特色のため、表面上(バランスシート上)の総資産は市場価値を正しく反映していない。

桜丈 小雪(13)おうじょう こゆき

「いずれ歌舞伎町の闇王として君臨するのが、私という存在に課せられた哀しき宿命なのだ」


生まれてこの方ペーパーテストは満点以外をほとんど取ったことがなく、剣道やギターなど幅広い素養もあり周囲からは天才と思われているが、実は隠れて大変な努力をしている。まだ幼さの残る面影ながら誰もが振り向く美貌の少女。まさに才色兼備を地でいく女子に見えるものの、重度の厨二病を患っている。好きなコンテンツは『首領(ドン)への道』。いつの日か新宿区歌舞伎町に影を潜めて暮らし、自分の組を持ちたいと夢想する。

源 玄七郎(67)みなもと げんしちろう

「強いていえば、通りすがりの執事でございます」


桜丈家にやって来て12年目の、長身の自称執事。自分に常に厳しく、他人にも恐ろしく厳しい。

日本有数の格調の高さで知られる五つ星ホテルブランド――ベイグランディアホテルズの創業者にして元代表取締役社長。かつてベイグランディアホテルズは経営に行き詰まり、巨額の負債を抱えて民事再生法を申請したことで連日経済ニュースで取り上げられた。ある意味で名士であり財界有名人。ベイグランディアホテルズは、桜丈ホールディングスの傘下に組み入れられて経営再建中。

水無月 千景(28)みなずき ちかげ

「パワハラで会社訴えてやるぅ! めちゃんこ慰謝料請求してやるんですドチクショー!」


東京大学理学部卒のアラサー。経済産業省資源エネルギー庁に在職経験のある元官僚。桜丈ホールディングスの管理部門に勤めるかたわらで、会社の意向(業務範囲として)で小春と小雪の家庭教師をしている。絶賛婚活中だが程良い相手が見つからず、念のため生涯独身にも備えて最近4500万円で東京の真ん中に中古1LDK49平米を購入した。

桜丈 陸(58)おうじょう りく

「ぼくは当てもなく荒野を彷徨う金鉱堀さ。泥に塗れた地べたで過ごし、何度かグッドラックを引き当てた、それだけのことだよ」


桜丈ホールディングス元・代表取締役社長にして、現・無職ニート。明治後期から続く旧・桜丈財閥の本家筋にあたる四代目。桜丈財閥は繊維産業を中核とした中規模な産業複合体にすぎなかったが、軍需衣料品に経営を過度に依存していたためGHQに目を付けられ、太平洋戦争後の財閥解体で主要企業のすべてを切り離され、いくつかの不動産を残すだけで有名無実化していた。だが陸の代で、手持ちの不動産を担保になりふり構わぬ賭けに出て、急激な膨張を成し遂げた。その規模感は、戦前の桜丈財閥のスケールに比肩する程度にまで戻ったとされ、日本経済界の一つの奇跡と受け止められている。

さも意味深な言い回しをするものの、大して深い意味はない。自らが創り上げたグループの代表を、ある日突然に辞任してしまった。一見自分勝手な引退のように見えて、強引に幕引きしてしまったのには、実は本人の狙いもある。

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