第8話(3)
文字数 2,853文字
熱海駅に戻る道すがら、遊歩道で立ち止まった小春と小雪は手すりに手をつき、無言で海を見つめていた。
懐かしい景色だ。
玄七郎と連れ立って何度も見ていたこの風景を前にすると、無邪気だったころを思い出す。
大して深い悩みなど何もなかった、少し前の自分。もちろん日常の些細な不平不満はあったものの、今振り返れば心底どうでもいい程度の物事ばかりだった。
自分にこんな変化があったことが不思議だし、気にかけていたはずの日常の雑事など吹き飛んでいることにも驚きだ。そして今は不満など一つもなく、何もかもを有りのままに受け入れて、ただコツコツ前へ進むことだけが自分に必要なすべてだと思う。
しばらく静かに思いに浸っていると、ふと小雪が声を掛けてくる。
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