第15章(1)

文字数 5,353文字

 小春たちは、自らが運営する弁天町イベントスペースで向き合っていた。
無人店の売上、1日で5000円達成〜!
1日のうち5時間分の利用があったということだな。すごい儲かるわけでもないが、まだ伸びる余地があるし、無人で上がる売上としては悪くないと思う。
賃貸で運用すれば月5万円の物件だから、仮に売上がこのペースで推移するとすれば月15万円というわけで、結構いいんじゃないかな。
年間売上180万円ということだから、620万円の物件価格を考えると……利回りってどのくらいかな?
表面利回り29%にもなるね。ただ、ほとんど放置できる賃貸運用と違って、チラシを何度も撒き続ける広告費がかかってるし、掃除に来たり空き缶を捨てたりする手間暇――管理コストが結構かかってるわけだから、実質的な利回りはかなり落ちる。手放しで喜べるほどでもないかな。
近所だから手間暇かけられるっていうのはあるよね。これが毎日頻繁に電車移動しなくちゃならない場所だったら、1日5000円だと途端に割に合わなくなっちゃうかなぁ。
ただ、規模が小さい物件だから割に合わないのではないか。仮に頻繁に電車移動などが伴う手間暇をかけたとしても、この店の10倍の規模でやれば十分儲かる仕組みなんだと思うぞ。
ならいっそ、もっとずっと大きな箱を借りてやってみるっていうのもアリだよね!
いや単純に規模を拡大すればってわけじゃ……。この場所で広告をかけたからこそ、利用者が出てきたんだと思うよ。周りにカフェとかスペース貸しとかいっぱいある場所だったら、閑古鳥が泣く可能性もありそうじゃないかなぁ。
あとノートに書かれていたもので、施設予約をしたいって要望があったんだよね。借りようと思って来てみたら他に利用者がいて残念だったことがあるんだって。
まぁそうだろうねー。繁盛すればするほど、その問題発生は増えていくと思う。一般的なレンタルスペースみたいに予約制を導入してみる?
それはそれで面倒は出てきそうだぞ。前の客が予約時間をオーバーして使っているとか、せっかく予約したのにゴミが散らかったままだったとかクレーム受付をしなくてはならなくなるのではないか。今であれば、散らかっていると思えば入らなければいいだけの話だ。
どっちも一長一短あるねー。だけどこれから事業を大きくしていく可能性を模索するためには、レンタルスペースの作法に則って、予約して使うって仕組みに変えていかなくちゃならないと思う。だからこのタイミングで、予約制に変えてみようよ。
了解、だったらイベントスペース検索のウェブサイトで提供されてる予約システムをそのまま使おうかな。またチラシの内容も変えなきゃだね。
自分でも笑っちゃうくらいどんどん方針を変えてるね。お客様が混乱すると思うけど、しょうがないのかな〜。
仕組みを変えるなら、まだ立ち上げ初期の今のうちにやってしまったほうがいいだろう。実験中だから仕方ないのだ。

 それから細かい修正事項や、掃除に来るタイミングなどについて3人で色々と取り決めていった。

 無人店について一通りの整理が終わったあと、小春は資金調達について切り出す。

それでね、資金調達の件。ゼリストさんにね、ダメ元で地球連合に『お金貸してください』って聞いてみたの。
マ、マジで聞いたの……。私なら恥ずかしくてそんなお願いできないよ……。まぁ仮に取引を切られても、今ならハウスクリーニングもあるし、困るのは発注先が減るゼリストのほうだと思うけど……。
お姉はいくら貸してくれと頼んだんだ?
3000万円の借金を申し込んでみたよー。
ただの取引先に3000万円……。
でね、最初はあり得ないって一蹴されたんだけど……何度も食い下がってお願いしたら、500万円を融通してくれることになったんだ。無利息でいいって!
貸してくれたの!?
たったの500万円なのか? ゼリストはすごく大きな会社のはずだ、3億円くらい直ちに私たちに貸すべきだ。
ゼリストとしては、地球連合に発注する仕事の3ヶ月分の仮払いだって。それ以上は無理だし、今後必ず3ヶ月毎に500万円分の清掃案件をこなし続けてくれることが絶対条件になるという結構厳しい縛りが付いたけどね。
貸付じゃなくて仮払い……まぁそれでも普通の話じゃないと思うけど……。ゼリストとしては、それだけ下請けの地球連合を手放したくないんでしょうね。
まさかの縛りつき……なんだその悪辣な条件は。ゼリストの連中は実にせせこましいヤツらだ。
500万円は少ないけど、前倒しで払ってもらえるものは、もらっておこうよ。今はマンガAI翻訳事業で資金を確保するために、やれることは全部やろう。
すごいなホントに小春ちゃん……。並の経営者じゃないよ……。
あと玄七郎がね、本当にゴールドを全部売ってしまったみたいで……前日に何度も白紙にさせてほしいってお願いしたんだけど……全然聞いてもらえず7600万円を勝手に用立てちゃって……早く振り込ませろってうるさいの。そのお金は新会社に出資するから、設立を急がなくちゃならないかも。
おのれ玄七郎……あれだけヤメろと言ったのに……税金はどうすると言うのだ……。
さすが玄さん……決まりごとは頑迷に押し通してくるなぁ……。会社設立のほう了解、ビジネススキームは固まってるから、登記は大丈夫だよ。また私のほうで書類まとめるから……会社名、どうしようか?
私たちが今後どこまで支配権を確保できる会社かわからないし、それほどこだわって考えなくてもいいかな。何か案ある、小雪?
新会社の社長を千景に受けてもらったとき、3人で誓いを立てたばかりだ。3人で明日を目指すという意味をカタカタ表記でいこうではないか。
単純だけどスリースターズとかかな? あるいはスリーと明日を組み合わせてスリーアス。
ちょっと捻ってスペイン語だと3はトレス、デンマーク語だとトライだから……組み合わせてトライスターズとか、トライアスとか。トライは英語で挑戦という意味もあるしね。
ではトライアスだ。短いほうが覚えてもらいやすい。
領収書に宛名を書いてもらうときも楽できるね。
OK! 千景先生が社長なんだから、その千景先生が一番最初に出した案で行こう! トライアス株式会社ね。
決まりだ。こういうのは直感を大事に、即断即決がいい。
2人がいいなら、それで決めていいよ。新会社の資本金は、いくらで登記しようか?
資本金……じゃあ出資できる額を考えるために、ここで地球連合のBSを確認しておこう。小雪、ペンとノート貸して。
うむ。
玄七郎の7600万円は地球連合に出資されるから、BSはかなり動くことになる。
あっ、じゃあ地球連合の増資登記も合わせてしなくちゃ! 小春ちゃんと玄さんの資本を合わせて、地球連合の資本金は7648万円ということになるかな。
それから、ハウスクリーニングで受け取った代金とかもあるから、それを加味すると……トライアスには8200万円突っ込もう!
一気に純資産が増大したな!
一見、状態は急に良くなったように見えるけど……増えた純資産って、実体的には玄七郎からの借入なのかもしれない。私たちのなかだけの現実は、本当はこんなBSになるのかなぁ?
うーん、玄七郎の分はやっぱり借入としたほうが実体に近いか……。
私たちがいずれ耳を揃えて突っ返さねばならない暗黒マネーだ。
玄七郎は、本来なら地球連合が適正にキャッシュフローを回せる範囲はせいぜいBS規模5000万円って言ってたよね。だけど増大した玄七郎7600万円はかなり特殊で、私たちが自由に使えない代わりに、形式上は出資だから月々の返済不要で利息もかからない。
ゼリストの500万円も、あくまで売上を先払いしてもらってるだけだから、こちらも返済不要かつ利息も発生しないよね。ということは不思議とキャッシュフローに悪影響があるわけじゃないみたい。私たちにとって都合のよいお金だね。
だが、玄七郎には1000万円の税金支払いが待っているはずだ。そのお金は、私たちで何とかしてやらねばならないだろう?
そうだね、ある意味、銀行への利息支払いよりもずっと重い負担になるかも……。なんか損得勘定だけで考えると……アベコベに玄七郎のせいで負担が増大した気が……。
だから待てと言ったのだ……。あの悪鬼の生活の面倒まで私たちが背負わされることになろうとは……。これからは私たちが玄七郎に小遣いを渡してやらねばなるまい……。小遣いは月3000円とする。
ホント2人は玄さんのことしっかり考えてるよね。迷惑を掛けまいとする気持ちが伝わってくるよー。
違っ! 私は玄七郎が野垂れ死のうがどうでもいい、しかし玄七郎が無理やり私たちに縋りついてこようとするのが諸悪の根源なのだ。あのような腐れ外道など、本来は切って棄ててもよいのだが……。
次の申告の時期までには必要だって言ってたよね、1000万円……。それはそれで、何とか捻出できないか考えないと……。
地球連合のBSを見て気づいたんだけど、何ていうか、数字だけだと判断できない色んな複雑な事情が絡んできたよね。BS講義を受けただけだと、もっと単純なゲームみたいにできるのかなって安易に考えてたよ。
あー、そうだよね。この7600万円はこういう扱いだし、こっちの500万円はこうで……とか考えていくと、これはもう正確な事情を伝えようとしても誰にも理解されないし、内部の私たちしか本当のところはわからないんだと思う。生々しい経済活動って、こういうことなのかなって感じる……。
百人が百人に、きっと色んな事情があるんだよ。それは私たちもおんなじで、私たちにしかわからない事情がある。そのなかで社会生活を円滑に行うために、表面的なルールの範囲内でやれるように辻褄を合わせていく感覚が必要なのかもしれない。
陰謀とはこういうなかで行われる物事なのだろう。そして綱渡りが求められるが、この状況が落ち着いた暁には全てが真実として通用するのだ。
お役所での仕事や、コアコンプライアンス重視の桜丈ホールディングスでサラリーマンやってたときとは全然違う……。経営者って大なり小なり皆んな似たような世界でやってるのかな……。
それから千景先生、トライアスを設立したあと、法人口座の開設って大変だと思う。私は近所の信用金庫で何とか口座を開けたけど、千景先生にも紹介したほうがいいかな?
それなら私は大丈夫だと思うよ。長くお付き合いのある銀行はあるし、大人としての信用力は、さすがに小春ちゃんよりずっと高いと思うからね。
そういうものなんだ……。まぁ確かに私だとどうしても信用力ないよね……。
そういうのも加味して、私がトライアスの代表になるわけでしょ。こんな生半可な私だけど、2人に私の信用力の高さというのを見せてあげるよ。ちょっとは私も良いところ示さないと。
千景もやる気になっているようだな。その意気やよし。
あと資金調達について千景先生に相談したいことがあるんだけど……システム開発をしてくれる予定のローミックさんから、借入の交渉ってできないかなぁ?
えっ!? いやぁ……それ絶対無理……というより、そういう話をローミックに持ち掛けないほうが賢明だよ……。そんな話をした時点で、仕事を辞退されて逃げられちゃうと思う。
仕事を発注するのはトライアスなんだぞ? 少しくらい話を聞いてくれてもいいではないか。
その上から目線が大いなる誤解なんだよなぁ……。システム業界も建築業界もどこも事情は似通ってると思うんだけど、本当に高度なスキルを伴った職人を供出している企業っていうのは元々引く手あまただから、発注先よりも立場が上だったりする場合が多いんだよ。ローミックはまさにそういった企業の一つで、私も何とか頼み込む形で仕事を請け負ってもらおうと画策しているんだよね。その相手に、お金がない会社なんて思われた日には、あっという間に逃げられちゃうよ。
なるほど……発注先よりも、下請けのほうが偉いということがビジネス活動では起こり得るのだな。私たちの清掃業とは違う……。
サイバーゼックみたいな大手の元請けに対してだったら、いくら注文を付けようとすぐには逃げ出したりせず、手を替え品を替え取引を継続しようとすると思う。サイバーゼックはそういうクライアントの無茶な要求を加味した、膨大な請求をしてくるわけだからね。だけど引く手あまたの職人企業は、嫌ならあっさり仕事を断ってくるよ。
勉強になる、本当に力のある企業っていうのは、そういう立場になれるんだね。それを理解したうえで、やっぱりローミックさんと交渉させてもらえないかな……?
えっ? 理解したうえで?
お金を貸してくれなんてもう言わない。ローミックさんみたいな力のある会社に失礼になるようなことも絶対に言わないようにするから。千景先生が頑張ってくれてる邪魔はしないよ。
どういう手を考えてるの?
ううん、手なんてまだ何も考えてないし、交渉して相談できる余地があるのか考えてみたいだけ。何も手がないと思えば、挨拶だけして引き下がるから。
挨拶くらいなら……。じゃあ仕事発注先の親会社代表として、行くだけ行ってみようか。次の打合せのときに、関係者の一人として同行してもらおうかな。
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登場人物紹介

桜丈 小春(15)おうじょう こはる

「今日から私が桜丈ホールディングス代表取締役社長ってホントなの!?」


イラストやマンガを描くのが好きで、ほのぼの系キャラクターデザインを得意としている。大手新聞社&大手出版社が共催の日本最大のイラストコンテストでは、中学生部門で2年連続の最優秀賞に輝いた。

中学生にしてお小遣い帳をつけるほどの貧乏性。質素倹約、モノは擦り切れるまで使い、中古品を愛用する。趣味は、癒し系イラストを描くこと、古着屋巡り、貯金箱に500円玉を貯めること。

総資産4兆5000億円の桜丈ホールディングス株式会社、代表取締役社長。企業グループとしては日本国内だと50位、グローバル視点なら1000位に入る規模感だが、ホールディングス本体も傘下企業の大半も未公開企業で構成されているのが特色のため、表面上(バランスシート上)の総資産は市場価値を正しく反映していない。

桜丈 小雪(13)おうじょう こゆき

「いずれ歌舞伎町の闇王として君臨するのが、私という存在に課せられた哀しき宿命なのだ」


生まれてこの方ペーパーテストは満点以外をほとんど取ったことがなく、剣道やギターなど幅広い素養もあり周囲からは天才と思われているが、実は隠れて大変な努力をしている。まだ幼さの残る面影ながら誰もが振り向く美貌の少女。まさに才色兼備を地でいく女子に見えるものの、重度の厨二病を患っている。好きなコンテンツは『首領(ドン)への道』。いつの日か新宿区歌舞伎町に影を潜めて暮らし、自分の組を持ちたいと夢想する。

源 玄七郎(67)みなもと げんしちろう

「強いていえば、通りすがりの執事でございます」


桜丈家にやって来て12年目の、長身の自称執事。自分に常に厳しく、他人にも恐ろしく厳しい。

日本有数の格調の高さで知られる五つ星ホテルブランド――ベイグランディアホテルズの創業者にして元代表取締役社長。かつてベイグランディアホテルズは経営に行き詰まり、巨額の負債を抱えて民事再生法を申請したことで連日経済ニュースで取り上げられた。ある意味で名士であり財界有名人。ベイグランディアホテルズは、桜丈ホールディングスの傘下に組み入れられて経営再建中。

水無月 千景(28)みなずき ちかげ

「パワハラで会社訴えてやるぅ! めちゃんこ慰謝料請求してやるんですドチクショー!」


東京大学理学部卒のアラサー。経済産業省資源エネルギー庁に在職経験のある元官僚。桜丈ホールディングスの管理部門に勤めるかたわらで、会社の意向(業務範囲として)で小春と小雪の家庭教師をしている。絶賛婚活中だが程良い相手が見つからず、念のため生涯独身にも備えて最近4500万円で東京の真ん中に中古1LDK49平米を購入した。

桜丈 陸(58)おうじょう りく

「ぼくは当てもなく荒野を彷徨う金鉱堀さ。泥に塗れた地べたで過ごし、何度かグッドラックを引き当てた、それだけのことだよ」


桜丈ホールディングス元・代表取締役社長にして、現・無職ニート。明治後期から続く旧・桜丈財閥の本家筋にあたる四代目。桜丈財閥は繊維産業を中核とした中規模な産業複合体にすぎなかったが、軍需衣料品に経営を過度に依存していたためGHQに目を付けられ、太平洋戦争後の財閥解体で主要企業のすべてを切り離され、いくつかの不動産を残すだけで有名無実化していた。だが陸の代で、手持ちの不動産を担保になりふり構わぬ賭けに出て、急激な膨張を成し遂げた。その規模感は、戦前の桜丈財閥のスケールに比肩する程度にまで戻ったとされ、日本経済界の一つの奇跡と受け止められている。

さも意味深な言い回しをするものの、大して深い意味はない。自らが創り上げたグループの代表を、ある日突然に辞任してしまった。一見自分勝手な引退のように見えて、強引に幕引きしてしまったのには、実は本人の狙いもある。

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