第25章(2)

文字数 6,962文字

 熱海ホテルの最上階バー。日中は、海を一望できる喫茶店として観光客に開放されている。

 前回もここで待ち合わせていたから、父――桜丈陸がどこで待っているのかは分かっていた。バーの最奥に進んでいくと、また同じ場所に、ジャケットの後ろ姿を小春たちは見つけた。


 海を前面にしたカウンター席、2人は無言で父の隣に腰掛けると、おそるおそる陸は視線を向けてくる。

や、やあお嬢さんたち……。今日の海は荒れているみたいだ。まるでぼくの心をそのまま映しているようだと思わないかい?
……そうだね、ちょっと荒れてる感じかな。
…………。
 店員がやってくると、小春と小雪は手早くアイスコーヒーを頼んだ。
最近、ずいぶん活躍しているみたいだね。特に小雪ちゃんの話題沸騰ぶりは、さすがのぼくも空恐ろしくなるほどだよ。
頭のイカれたメディアの連中が勝手に騒いでいるだけだ。私のほうは常に冷静なのだがな。
騒がしくしてゴメンね。お父さんの状況、考えていたこと……そういう色々が分かるようになったから、静かに暮らしたいお父さんの心を乱すようなことをして、少しは申し訳ないって思うんだよ。
そう思ってくれたとしても……勝負を続けるのを止めるつもりは……ないんだろうね?
理解はしてくれてるんだね。身構えていたより話は早いのかな?
理解はしていないが……諦めの気持ちだよ……。前回君たちとここで会ったあとから、玄さんとは電話で頻繁に話したし、どうしてこんなことになったんだと苦渋をぶつけてもきた。だが仕事ばかりにかまけてきた哀れなぼくに、何か主張する権利はないのかもしれない。
本気で泣いたこともあるらしいね。男同士の話だからって玄七郎は内容まで教えてくれなかったけど、お父さんが心から苦しんでいるんだなってことは伝わってきたよ。
ぼくは事業も大して上手くやれなかった。子育てなんか丸投げで落第点どころじゃないね。何もかもがダメな男さ。
本当にその通りだ。さらに言えば、あの悪鬼玄七郎を刺客として送り込んできたのはもっとダメだ。腹を切って詫びたほうがいい。
玄七郎に育てられてなかったら、私たち普通の女の子だったかもだし、こんな風になってなかったと思う。だからやっぱり、お父さんの責任だよ。
……玄さんから話は聞いている。桜丈ホールディングスを買収したいんだって?
そうなんだよね。
正直、今の桜丈ホールディングスを買収する価値はあるだろうか? 君たちがトライアス創業で、まさに一夜にしてユニコーン企業を創り上げたことをリアルタイムで見せつけられたばかりさ。君たちにはぼくよりずっと大きな才能があることは明らかだし、桜丈ホールディングスなんて無関係に事を進めたほうがいいんじゃないだろうか?
価値を感じているから買収しようと思ったわけじゃないんだよね。お父さん、格の話は知ってるかな?
格……? 何の話だい?
 玄七郎の帝王学講義であったBS総資産の格の話を、小春は懇切丁寧に説明して聞かせた。
ふーむ……格なんてそれほど意識してなかったな……。ぼくの格なんてその辺を歩いている人より低いだろうと思ってるし……。
お父さんって案外謙虚だからね。
どうやら私の古今無双の謙虚さを見習っていたようだな。唯一そこだけは褒めてやる。
言われてみれば、ぼくは仕事以外の趣味は何もなかったし、確かに同レベルで会話が成り立つのは似たような大企業オーナーだけかな。その格って講義はいささか直裁的で、素直に受け入れたくない気はするけれど……ただまぁその通りであることも確かだ。ぼくは帝王学でそんなことまで教わってこなかったけどね。
玄七郎は無機質な機械のような悪いヤツだ。その玄七郎に帝王学を講義させれば、直裁的になるのは仕方ないだろう。つまり悪鬼に教育を任せたオヤジが悪い。
玄七郎にはいっつも小馬鹿にされるけど、でも何だかんだ言っても私たちを助けてくれる悪いヤツだとも思うよ。私は玄七郎が講師役で良かったと思うなぁ。
玄さんに任せてしまったばかりに、こうなってしまったのは認める。そしてもし仮に、君たち2人が男子だったら、もしかしたらぼくは君たちの成長に諸手を挙げて喜んだ可能性もある。だが君たちは女の子で、ぼくもまったく想定していなかったからこそショックが大きいのかも……。
前に熱海に来たときも、お父さんそんなこと言ってたよね、『君たちは女の子なんだぞ』って。それ何か関係ある?
ぼくの認識では、男子は左脳優先、女子は右脳優先なのが先天的特性だと思う。昨今の風潮では無理やり男女の社会的平等を謳うけれど、本能的にどうしたって向き不向きは強く出てくるものだし、右脳が先行する女子には企業活動などより大事な物事が多いんじゃないかとも思う。これは男尊女卑とか、男女差別じゃないよ。むしろ女性を尊重しての話さ。
理屈が先行する男子が企業活動に向いてるって考えは、今では少しわかるかな。たぶん軍隊だってそうなんだよね。儲かったとか損したとか、政治とか戦争がどうのとか、私たちにはあんまりピンと来ないところがあるから。でも私も小雪も千景先生も、別に儲けるためにやっているんじゃなくて、広い意味で言えばアートなんだと思う。芸術って右脳の仕事じゃない?
アート……。
私たちが社会を作り変えるのは野心じゃない、極まったクソゲーをプレイしているのであり、一種の芸術的活動なのだ。人の上に立ちたいとか、無限の金を儲けるとか、そんなものはどうでもいい。この宇宙を私たちが新しくデザインする。
お父さん、どうかお願い。私たちのやることを理解しなくてもいい、桜丈ホールディングスを譲ってほしいの。私も色んなことを考えたし、リスクも全部わかった上で、それでも成長してみたいんだ。
…………。
何を悩むことがある? 言いたいことがあれば、言ってみろ。
桜丈ホールディングスを組み込んで格を上げて勝負したい……意図はわかったよ。でも、そんなに急ぐ必要がどうしてあるのだろう? 人生は長い、君たちなら勝負の期間はあと80年先まであるのに……。
80年先どころか、10年先だって別世界になっていると思う。だから今できる最善を常に選択し続けていくのがいいんじゃないかな。
どうせAIが支配する世の中になれば、世界の姿は一変する。あらゆる研究が一瞬で達成され、この宇宙の真の姿も明かされていくはずだ。そのときAIをコントロールできる大資本家に身を置けるかどうか――そこが人生の分かれ目となろう。ラストチャンスだと私たちは認識している。
ぼくはAIのことは、専門家以上のことは分からない。ただ一つ、ぼくにもわかることがあるとすれば、金融崩壊はもうすぐ起こる。そのとき、ジッとしているほうが正解に近いんじゃないだろうか。
信用創造の崩壊ね。大前提で行動してるよ。そのときチャンスを伺えるように手持ちの予備軍を多めに抱えているほうが正解に近いと思う。決してジッとしていることが良いとは思わないな。
君たちは誤解している、軽く勝負できるような崩壊にはならないはずさ。世界が変わるほどの大崩壊になるだろう。
待ち遠しいな。ぜひとも何もかも崩壊して、世界を焼け野原にしてもらいたいものだ。その時こそ、私たちに真のチャンスが到来するのは疑いない。
安易に考えないほうが賢明だよ……。そんな生やさしいことにはならないはず……。
帝王学講義のなかで知ったんだけど、お父さんは信用創造崩壊のとき、資産価格が暴騰するというシナリオを持ってるんだよね? それを知って、お父さんってやっぱり結構な勝負師だと思ったよ。
暴騰……それは分からない。おそらく玄さんは、現象面だけを捉えて、それも機械的に説明したに違いない。ぼくとしては、多分そうかなという程度の判断であって、確固とした自信なんてどこにもないよ。
自信ないわりに、暴騰シナリオを描いているのは間違いないんでしょ?
うーん……いざ本物の信用創造崩壊という局面に突入すれば、ありとあらゆるものが投げ売られることは避けられないと、ぼくは思う。3ヶ月間か5ヶ月間か分からないけれど、中央銀行が本気を出すまで暴落が続くかもしれない。だけど、そんなタイミングで銀行から資金を引っ張れるわけないんだし……それなら今のうちに良い条件で借りてしまって、マネーばら撒き前に資産を抱えておくべきなんじゃないかなという判断さ……。やっぱり自信があるわけじゃない……。
一旦の暴落から、それに続く暴騰ね! 玄七郎が考えるシナリオと一緒だよ、それ。
世界大恐慌並みの暴落に震え上がった政府・中央銀行が、狂ったようにお金を世の中にバラまくのだろう? もしそのシナリオがハマれば、桜丈ホールディングスは勝利だな。今はほとんど無価値だったとしても、いずれは資産が勝手に爆増することになる。
そんなに都合よく行けばいいんだけどね……。自分が責任を取ればいい話なら思い切った勝負でも何ともないが、いざ君たちがそのシナリオを引き継ぐとなれば恐怖感をぬぐえない……。今なら、万一最悪のケースに陥ってしまった場合、ぼくが自己破産すればいいだけの話だし。代表権が小春ちゃんだろうと、小春ちゃんが債務の保証をしているわけじゃないんだ。
逆に考えてみたら? 仮に大失敗したとしても破産するだけ――それって命は取られないよね。
私は学んだことがある。相手を殺っても何も儲からないのなら、誰もその相手を殺そうとはしない。命が取られるとすれば、あまりに儲かりすぎたときだけだ。もしその儲けが兆単位になるようなら暗殺のリスクを取るだけの価値もあろう。私がローミック川上を狙撃しようとしたようにな。
お父さん、これは一生のお願い。桜丈ホールディングスを私に譲って。
……むう……。
私が無知だったせいで、玄七郎にはもう変なことで一生のお願いを使っちゃったの。だけどお父さんには、ここで使うのが正解なんじゃないかって思うんだよね。
フフフ、私はまだ一生のお願いの切り札を密やかに隠し持っている。時が来ればオヤジには世界を寄越せと、そして玄七郎には宇宙を寄越せと、私の一生のお願いの神聖な権利を猛烈行使しよう。
…………。
 陸は、頭を抱えてテーブルの上にうずくまるようにした。よほど悩んでいるようだ。
お父さん、勘違いしないで、私たちともうひと勝負するんだよ。お父さんだって本当は勝負を続けたかったハズでしょ?
 ふと、陸は顔を上げる。
君たちと、もうひと勝負……?
桜丈ホールディングスを渡して終わりって話じゃない、お父さんも一緒に続けるの、私たちと一か八かの壮大なギャンブルを。お父さんは勝負師なんだから、この賭けに乗らないはずがない。
私たちに乗れ。それはきっと、オヤジが捨てた栄光への道のりを取り戻す唯一の手段になる。オヤジは才能がなかった、だが私たちには才能がある。私たちが主体になるのなら、命を賭けるだけの価値がある話だ。
……ぼくとて精神を削った勝負の連続を生きてきた……ぼく自身なら命を賭けるのは構わない。だが、どこの親が子供に命を賭けさせようとするんだ?
親として心配するのは妥当――そこは理解できるよ。でも、命って後生大事にするものでもないかなー、なんて最近思うんだよね。
何だって……?
命は燃やすものであり、いざとなれば投げ棄ててもいい程度のものだ。現生の命は粗大ゴミだと私は断言する。
そ、粗大ゴミ……。
たとえ死んだところで、私の持っていた思考は量子情報として宇宙に溶け込み、全てと一体化するに過ぎない。それは悲嘆するようなことではないはずだ。永久に情報として残るにあたって、己に恥じぬよう公明正大に生き抜いたかどうか、そして真摯に栄光を追い求めたかどうか――そこだけが重要だ。
だからこそ財産を溶かすとか、ほとんどどうでもいいことで……いいじゃない、正直に自分を貫き通した途上で沈んでも。死ぬ間際に悔いを残さないことが大事なんであって、その他すべては重く考えるような話じゃないんだよ。
こんなクソゲー世界で大事にしまっておくものなど一つもない。命も財産も、窓があったら投げ棄てろ。私たちが掴むべき唯一のものは栄光だけだ。その栄光の記憶とともに、私は宇宙に還るだろう。
まさか君たちからそんな恐ろしい考えを聞くことになろうとは……破れかぶれに聞こえるけれど、思い切りがあって、どこか清々しく聞こえるのはどうしてだろう……。
それが揺るがぬ宇宙の真実だからだ。
ぼくも勝負師であることは認めるところだが……君たちほど悟りきれちゃいない……いやもしかしたら、ぼくも昔はそんな気持ちを持っていたのだろうけど……色々守るものができてしまったせいか、そのことを忘れてしまっていたみたいだ……。
お父さん、どうか信じてもらいたいんだけど、正真正銘、今の私たちは命も財産も大事なことだなんて思っちゃいないんだよ。これは成功哲学の話じゃないし、何かの宗教心でもないし、自殺願望でもないし、その場の熱気に突き動かされての話でもない。玄七郎流に言わせれば、単なる現実の話。だったら迷うことなんてない、栄光はこの先にある、お父さんも一緒に行くんだよ。
ぼ、ぼくは……。……娘たちにこんな風に人生を諭されるなんて……そんなことがあるのだろうか……。
オヤジとてズタボロに切り裂かれたドン底の淵から這い上がってきたはずだ。私たちの気持ちが分からないはずがない。思い出せ、最初に起ち上がったその時のことを!

 小雪がドンとテーブルを叩いた。

 再び陸はうずくまるようにして、突っ伏してしまった。

…………。
…………。
お父さんには少し刺激が強すぎたのかな。
蓋を開けてみれば、何もかもが半端な男だったということだろう。しょせん凡人の類、私たちとは違うのか。
……確かにぼくなんか、君たちとは違う凡人さ……。だからこんなところに籠って、一人いつまでもぐじぐじと、果たせなかった栄光とのギャップの大きさにもがき苦しんでいるんだろう。
…………。
……ふん……。
こ、こんな惨めなぼくだけど……再び栄光を追い求めることが本当にできるのだろうか。
…………。できるよ、できる。今回は一人じゃない、私たちもいるんだから!
……不幸を招くかもしれない戦いに乗り出す君たちを、親として止めなくても赦されるものだろか……?
不幸上等! そんなの赦す、赦してあげるよ! それどころか一緒にやるんだよ、私たち!
沢山の不幸に晒されるからこそ、真なる幸福を知ることができるのだ。幸福しかない天国はどんな恐ろしい場所なのか、いずれオヤジにネズミ実験の成り行きを教えてやる。
このぼくが、また……。本当なのか、それは……。
本当かどうかは自分が決めることだよ。そしてお父さんは決められる人だって確信してる!
この場で起て、クソオヤジ! 貴様はこんな熱海の場末で朽ち果てる男ではないはずだ!
今では、君たちのほうがずっと才能に溢れていることを見せつけられたばかりだ。こんなぼくに、何ができるっていうんだろう……。
そんな風に言うのなら、私たちが経営ってやつを手取り足取り教えてあげるよ、お父さん。面倒を見てあげる授業料は安くないけどね。
雑巾掛けからやり直せ。その心がけがあるならば、この私が直々にオヤジに帝王学というものを教授してやる。歴戦の投資家であり経営戦士であり暗殺者でもある私が、数十年もの歳月の果てにたどり着いた黄金の境地だぞ。授業料はその命で払ってもらう。
すっかり引き篭もりになっていた気分だったのに……まさか無くしたと思った夢を、再び追いかけることができるなんて……。
ち、ちょっと、なんか涙出てるよ……?
……なぜだか不思議なことだけど、今ほど生きていて良かったと思ったことはない……。小春ちゃん、小雪ちゃん……こんな半端なぼくだけど……どうか経営を学ばせてください。

 陸は、2人に向かって頭を下げてきた。

 いきなりの陸の態度に、さしもの小春もギョッとした。父が急に涙したのも予想外だし、頭を下げられるようなことを話した覚えもなかった。同様に小雪も意表を突かれた面持ちで陸を見遣っていた。しかし小春は態度に出さないよう努め、笑顔で応じる。

……オーケー、お父さん。色々教えてあげるね。明日から出勤できる? 人手がいくらあっても足りないの。
 顔を上げた陸は、上ずった声をあげる。
明日!? 冗談だろう?
軍事行動は、電光石火を良しとする。まずはそこから教え込まねばならないようだ。どこまでダメな男なんだ。
本来なら、今日から働かせるのが妥当だと思う。でも荷物整理もあるはずだから、明日の朝イチで新幹線に乗ればいいんじゃないかな。
明日の午前中には新宿に帰還せよ。荷物を置いたらすぐに市ヶ谷へ出社しろ。11時に執務室で待つ。これは私たちの温情なのだぞ。
わ、わかったよ……東京に戻るのはなんだか久しぶりな気がする……。君たちは今晩は泊まっていかないのかい?
私たちの話、聞いてなかった? 何度同じことを言わせれば気が済むのかな。私たちはこの後すぐ戻るに決まっているでしょう!
そうなのか……だったらせめて、こっちのリゾマンに少し立ち寄ってもらえないか?
だから何度言わせるのだと……。
いやそうじゃないんだ、君たちに見せたいものがある。大したものじゃないんだけど……。
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登場人物紹介

桜丈 小春(15)おうじょう こはる

「今日から私が桜丈ホールディングス代表取締役社長ってホントなの!?」


イラストやマンガを描くのが好きで、ほのぼの系キャラクターデザインを得意としている。大手新聞社&大手出版社が共催の日本最大のイラストコンテストでは、中学生部門で2年連続の最優秀賞に輝いた。

中学生にしてお小遣い帳をつけるほどの貧乏性。質素倹約、モノは擦り切れるまで使い、中古品を愛用する。趣味は、癒し系イラストを描くこと、古着屋巡り、貯金箱に500円玉を貯めること。

総資産4兆5000億円の桜丈ホールディングス株式会社、代表取締役社長。企業グループとしては日本国内だと50位、グローバル視点なら1000位に入る規模感だが、ホールディングス本体も傘下企業の大半も未公開企業で構成されているのが特色のため、表面上(バランスシート上)の総資産は市場価値を正しく反映していない。

桜丈 小雪(13)おうじょう こゆき

「いずれ歌舞伎町の闇王として君臨するのが、私という存在に課せられた哀しき宿命なのだ」


生まれてこの方ペーパーテストは満点以外をほとんど取ったことがなく、剣道やギターなど幅広い素養もあり周囲からは天才と思われているが、実は隠れて大変な努力をしている。まだ幼さの残る面影ながら誰もが振り向く美貌の少女。まさに才色兼備を地でいく女子に見えるものの、重度の厨二病を患っている。好きなコンテンツは『首領(ドン)への道』。いつの日か新宿区歌舞伎町に影を潜めて暮らし、自分の組を持ちたいと夢想する。

源 玄七郎(67)みなもと げんしちろう

「強いていえば、通りすがりの執事でございます」


桜丈家にやって来て12年目の、長身の自称執事。自分に常に厳しく、他人にも恐ろしく厳しい。

日本有数の格調の高さで知られる五つ星ホテルブランド――ベイグランディアホテルズの創業者にして元代表取締役社長。かつてベイグランディアホテルズは経営に行き詰まり、巨額の負債を抱えて民事再生法を申請したことで連日経済ニュースで取り上げられた。ある意味で名士であり財界有名人。ベイグランディアホテルズは、桜丈ホールディングスの傘下に組み入れられて経営再建中。

水無月 千景(28)みなずき ちかげ

「パワハラで会社訴えてやるぅ! めちゃんこ慰謝料請求してやるんですドチクショー!」


東京大学理学部卒のアラサー。経済産業省資源エネルギー庁に在職経験のある元官僚。桜丈ホールディングスの管理部門に勤めるかたわらで、会社の意向(業務範囲として)で小春と小雪の家庭教師をしている。絶賛婚活中だが程良い相手が見つからず、念のため生涯独身にも備えて最近4500万円で東京の真ん中に中古1LDK49平米を購入した。

桜丈 陸(58)おうじょう りく

「ぼくは当てもなく荒野を彷徨う金鉱堀さ。泥に塗れた地べたで過ごし、何度かグッドラックを引き当てた、それだけのことだよ」


桜丈ホールディングス元・代表取締役社長にして、現・無職ニート。明治後期から続く旧・桜丈財閥の本家筋にあたる四代目。桜丈財閥は繊維産業を中核とした中規模な産業複合体にすぎなかったが、軍需衣料品に経営を過度に依存していたためGHQに目を付けられ、太平洋戦争後の財閥解体で主要企業のすべてを切り離され、いくつかの不動産を残すだけで有名無実化していた。だが陸の代で、手持ちの不動産を担保になりふり構わぬ賭けに出て、急激な膨張を成し遂げた。その規模感は、戦前の桜丈財閥のスケールに比肩する程度にまで戻ったとされ、日本経済界の一つの奇跡と受け止められている。

さも意味深な言い回しをするものの、大して深い意味はない。自らが創り上げたグループの代表を、ある日突然に辞任してしまった。一見自分勝手な引退のように見えて、強引に幕引きしてしまったのには、実は本人の狙いもある。

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