第20章(2)

文字数 2,500文字

 小春たちは弁天町の手狭なオフィスで向き合っていた。
先日のYoutuberの特集から、わずか1週間で課金売上が1億1500万円になっちゃったよ……。幾何級数で伸びるどころか、直線で上に突き抜けてる感じ……。
出版社と契約した取り分は20%だから……課金売上1億1500万円とすると、私たちの粗利益は、えっと……。
1週間で2300万円ということになるね。
月になおすと単純に4を掛けたら……毎月の粗利は9200万円かな。このうち外注作業費として月960万円、ローミックへの開発や保守として月600万円、そして仮にサーバー代1000万円、広告代2000万円としても……十分に利益が残りそう。
だが実際には、サービスが爆発してからまだ1週間目だ。売上は直線で伸びているのだから、今後の利益はとんでもなく膨らむぞ。
そうなんだよね。他にも多くのYoutuberやネット媒体が続けて取り上げてくれるようになったから、まだまだ売上・利益は向上すると思う。あとは適切な開発を続けつつ、マンガ登録数をコツコツ増やせば……かなり安定するんじゃないかなー。
安定どころではない。これが勝ち確というものだ。
……ねぇ玄七郎、もうそんなに業務を頑張らなくてもいいから、ちょっといい?
 般若心経を聴きながら黙々とマンガ登録作業に従事していた玄七郎は、イヤホンを外す。
何か御用ですかな?
こんなに一気に売上って伸びるものなの? あんまり実感がないよ……。本当にテレビゲームの世界で博打をやっているような気分になってきた。
商売というのはそういうものです。ある一線を超えた瞬間、桁違いのお金が唐突に転がり込んでくることがございます。尤も、普通はその一線を滅多に超えることができないわけですが。
小春ちゃんの最初の目の付け所が良かったんですよ。
イラストを一生懸命描いていた経験が、こんなふうに転がっちゃうのは予想外だよ。やっぱり何でも頑張ってみるべきだね。
私たちは最初の一歩目をようやく成し遂げたのだ。どうだ玄七郎、私たちの凄さを認める気になったか。
たまたま確率の神の気紛れがあっただけという謙虚さを忘れてはなりません。過信は禁物でございますぞ。私としては、ただでさえ小賢しい小雪お嬢様が余計に調子づくのが忌々しい限りでございますが。
フフフ、自称執事が泣き喚くのはいいザマだ。
こんな時だからこそ、さらに広告費を投入して勝負を続けない? 別に私たちの目的はちょっとしたお金を儲けることじゃないんだし、この場所に安住せずにまだまだ前に進まなくちゃならないと思うんだよね。
言い出しっぺだった小春ちゃんがそう言うのなら。しばらくの間は、手に入る利益を丸ごと広告に突っ込むくらいの勢いで攻勢をかけてみようか?
賛成だ。サービスを世界的なものとして一気に確立してしまうべき刻が巡ってきたと思う。
今までできなかった大型媒体にも広告を打ってみよう。あと日本のサブカルチャーが好きな大物スターとかも雇って、広告塔になってもらうのも想定できるかな。
ところで少々思うところがあるとすれば、出版社の取り分が8割、私たちの取り分が2割というのは、まだまだ交渉の余地があるのではないか? 元々はお姉が出版社を確保したいという気持ちが強くて軽く約束してしまった数字だろう? せめて私たちの取り分を3割にすれば、これからの儲けも濡れ手に泡で50%も増やせるということになる。さすが私としか言えない大軍略だ。
うーん、出版社の人も、そんな条件でトライアスが請負ってくれるのなら、一緒にやらない理由はないって言ってたね。だから交渉の余地はあると思うけど……このビジネスって出版社あってのものだし、私たちが儲け過ぎないってことが大事になりそうな気がする。
私も小春ちゃんに賛成かな。出版社には出来るだけ儲けさせていいと思う。今の配分なら、誰がどう考えても出版社は私たちを通したほうがメリットあるよ。システム構築や管理は私たちが全部費用負担しているし、保守メンテの心配だって不要だからね。
むむ……お姉も千景も生温いと私は思う。だが今はいいだろう、2人がそこまで言うのなら、まだ刻ではない。
小雪ちゃんの案を否定してるわけじゃないよ。仮に交渉のタイミングが来るとすれば、もう私たちのポータルサイトが世界的サービスとして完全に確立されてからだね。そのときは出版社より私たちのほうが立場がだいぶ強くなっていると思うから、そこまでは我慢だよ。
さて、なかなか景気は悪くないご様子ですし、私のバイト代も上げてもらえそうですかな?
なっ? 相場の倍も払ってるんだぞ! どれだけボッタくるつもりなんだ!?
まぁいいよ小雪、時給上げてあげない? 玄七郎のおかげで持株比率も保ちつつ大きなビジネスにチャレンジできたし、感謝しないとね。
だが実際の地球連合は、ほとんど実質的に玄七郎の会社になってしまったぞ。資本金7648万円のうち、7600万円を玄七郎が一人で出資してしまっている状態なのだ。ということは地球連合における玄七郎の持株比率は……。
99.37%。ちなみに48万円を出資した小春ちゃんの持株比率は0.63%ということ。もうほとんど玄さんの会社だね。
地球連合が大株主になっているトライアスが大成功となれば、あべこべに玄七郎が圧倒的に儲かっているではないか! そのうえでバイト代まで交渉してこようとは何という悪鬼……。
不思議なこともあるものですな。いずれにせよ哀れな私は小春お嬢様の陰謀に加担させられ、形式上の名義人になっているに過ぎません。利益があるとすれば私のものであるはずもなく、一方的に儲けの押し売りをされても困るのですが。
ともかく玄七郎の時給は3500円に上げてあげるよ。千景先生もいいかな?
身内でお金を回しあうみたいなものだから、全然いいんじゃないかな。
そう言えば、明日はビジネスインデックスの取材が入っている日じゃない? 取材の前にサービスが軌道に乗り掛けてくれたのは本当に良かったよね。
こうなれば多少は偉そうなことをぶち上げてみてもいいかな。ちょっと大袈裟な話くらいなら、実態がついてきてくれると思う。
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登場人物紹介

桜丈 小春(15)おうじょう こはる

「今日から私が桜丈ホールディングス代表取締役社長ってホントなの!?」


イラストやマンガを描くのが好きで、ほのぼの系キャラクターデザインを得意としている。大手新聞社&大手出版社が共催の日本最大のイラストコンテストでは、中学生部門で2年連続の最優秀賞に輝いた。

中学生にしてお小遣い帳をつけるほどの貧乏性。質素倹約、モノは擦り切れるまで使い、中古品を愛用する。趣味は、癒し系イラストを描くこと、古着屋巡り、貯金箱に500円玉を貯めること。

総資産4兆5000億円の桜丈ホールディングス株式会社、代表取締役社長。企業グループとしては日本国内だと50位、グローバル視点なら1000位に入る規模感だが、ホールディングス本体も傘下企業の大半も未公開企業で構成されているのが特色のため、表面上(バランスシート上)の総資産は市場価値を正しく反映していない。

桜丈 小雪(13)おうじょう こゆき

「いずれ歌舞伎町の闇王として君臨するのが、私という存在に課せられた哀しき宿命なのだ」


生まれてこの方ペーパーテストは満点以外をほとんど取ったことがなく、剣道やギターなど幅広い素養もあり周囲からは天才と思われているが、実は隠れて大変な努力をしている。まだ幼さの残る面影ながら誰もが振り向く美貌の少女。まさに才色兼備を地でいく女子に見えるものの、重度の厨二病を患っている。好きなコンテンツは『首領(ドン)への道』。いつの日か新宿区歌舞伎町に影を潜めて暮らし、自分の組を持ちたいと夢想する。

源 玄七郎(67)みなもと げんしちろう

「強いていえば、通りすがりの執事でございます」


桜丈家にやって来て12年目の、長身の自称執事。自分に常に厳しく、他人にも恐ろしく厳しい。

日本有数の格調の高さで知られる五つ星ホテルブランド――ベイグランディアホテルズの創業者にして元代表取締役社長。かつてベイグランディアホテルズは経営に行き詰まり、巨額の負債を抱えて民事再生法を申請したことで連日経済ニュースで取り上げられた。ある意味で名士であり財界有名人。ベイグランディアホテルズは、桜丈ホールディングスの傘下に組み入れられて経営再建中。

水無月 千景(28)みなずき ちかげ

「パワハラで会社訴えてやるぅ! めちゃんこ慰謝料請求してやるんですドチクショー!」


東京大学理学部卒のアラサー。経済産業省資源エネルギー庁に在職経験のある元官僚。桜丈ホールディングスの管理部門に勤めるかたわらで、会社の意向(業務範囲として)で小春と小雪の家庭教師をしている。絶賛婚活中だが程良い相手が見つからず、念のため生涯独身にも備えて最近4500万円で東京の真ん中に中古1LDK49平米を購入した。

桜丈 陸(58)おうじょう りく

「ぼくは当てもなく荒野を彷徨う金鉱堀さ。泥に塗れた地べたで過ごし、何度かグッドラックを引き当てた、それだけのことだよ」


桜丈ホールディングス元・代表取締役社長にして、現・無職ニート。明治後期から続く旧・桜丈財閥の本家筋にあたる四代目。桜丈財閥は繊維産業を中核とした中規模な産業複合体にすぎなかったが、軍需衣料品に経営を過度に依存していたためGHQに目を付けられ、太平洋戦争後の財閥解体で主要企業のすべてを切り離され、いくつかの不動産を残すだけで有名無実化していた。だが陸の代で、手持ちの不動産を担保になりふり構わぬ賭けに出て、急激な膨張を成し遂げた。その規模感は、戦前の桜丈財閥のスケールに比肩する程度にまで戻ったとされ、日本経済界の一つの奇跡と受け止められている。

さも意味深な言い回しをするものの、大して深い意味はない。自らが創り上げたグループの代表を、ある日突然に辞任してしまった。一見自分勝手な引退のように見えて、強引に幕引きしてしまったのには、実は本人の狙いもある。

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