第24章(6)

文字数 1,885文字

 翌日の同じ時間、再び小春はゴールドサックスのヴァイスプレジデントと同じ会議室で向き合った。
――結論から申しますと、5000億円を桜丈様にお貸ししたいという方が一人だけいらっしゃいました。
ふぁっ……ご、5000億円!? 桁一つズレてませんか……私、500億円を頼んだはずなんですけど……?
先方様は5000億円を条件にしております。
意味がちょっと……。
担保は、地球連合株式会社様が所有する新生サイバーゼックの全株式。それから桜丈様が譲り受ける桜丈ホールディングスの全株式です。
その担保はいいんじゃないかなと思うんです。そもそも、私たちが保有するトライアスや桜丈ホールディングスの株式の価値を全部合計しても、5000億円には到底届かないと思うんですね。仮にトライアス所有株式の価値が1500億円、桜丈ホールディングスの株式価値が500億円としても……合わせて2000億円にしかなりませんけど?
私もそのように強く忠告はしたのですが、先方様が別にそれでいいと。
は、はあ……。どこの国の方ですか?
国籍はアメリカの方ですね。
 こうした特殊な取引に5000億円を軽く投げてくるということは、一体どれほど自由になる金――純資産がうなっているのだろうか。父親は日本では少々の名士だが、それは単にBSの規模が大きいが故に格が高めだというだけで、純資産が小さいため実態的には勝負にすらならない。
あのう……その申し出が本当なら、願ってもないことかもです。余分なお金を抱えておければ、いざチャンスとなった時に即座に投入できるわけですし……。ただ、金利とかの条件はどんな感じなんでしょう?
金利は15%です。
じ、15%!?
また他の条件として、最低でも10年間は返済を1円も受け付けないということでした。元本の返済計画は、10年後に応相談ということだそうです。
10年間返済できない!? それって良いことなんでしょうか、悪いことなんでしょうか?
良いことか悪いことかは私には……。まぁ普通に銀行借入を行えばすぐに返済が始まるものですし、10年間も元本を返さなくていいってことであれば驚くほど気楽なものじゃないでしょうか。
でも金利15%ということは、10年間毎年750億円ずつ利息を払わなくちゃならないんですよね? しかも元本が減らせないから、10年間の利息だけで7500億円の負担になります。10年後に元本を返したら、総返済額は1兆2500億円……。
この手の、あまり公では見かけない相対取引では一般的な範囲の金利ではないですか。まぁ5000億円固定とか、10年間返済不可能という条件については特殊ですが。
借入れるお金を500億円に減額交渉はできないんでしょうか?
できかねますね。
…………。差し入れる担保が元本に見合っていないということは、貸主様は、私がそれを返済できると思っているんでしょうか?

貸主様から一言、言付けを預かっておりました。『あなたなら返済できるでしょう。安心してお借りあそばせ』とのことです。

え……私のことは色々知っている感じなんですか?
案件を紹介するときにデータは共有しましたので……貸主様は当然一晩で調べ尽くしたと考えるのが妥当かと。
ひしひしと格の違いを感じられる気がします……。本物の富豪の人たちって、こういう取引でガッツリ儲けるんですね……。
あとはトライアス株式なら、長い目で見れば担保に見合うとお考えなのかもしれませんし。ちなみに、この相対取引をまとめるのでしたら、当然我々の仲介手数料も発生することはお忘れなく。
仲介料が発生するとは仰ってましたよね……い、いくら……。
取引成立時に1回限り、5%の手数料を頂戴します。5000億円ですから、250億円の手数料となりますね。
御社様はちょっと口聞きしただけで250億円も抜くんですか!? しかも御社様が貸したわけじゃないから、仮に私が返せなくなっても知らぬ存ぜぬって話であって、何のリスクもない状態……!
大事な顧客を紹介させて頂くわけですから、当然の範囲内だと思いますよ。嫌なら辞退して頂いても?
……うぅ……どうしよう……。
 投資銀行がハイエナと形容される理由が、小春にも実感として分かった。
5000億円じゃなくて、500億円を貸したいって他の方はいないんでしょうか?
おりませんでした。
逆に言えば、私がイエスって言えば、その5000億円は確実に手に入るわけですね?
そうなります。ただ仲介手数料は取引成立時に頂戴しますから、実際に手にされるお金は4750億円ということになります。
うっ……うぅ……ううううう……。
 小春は頭を抱え込んだ。
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登場人物紹介

桜丈 小春(15)おうじょう こはる

「今日から私が桜丈ホールディングス代表取締役社長ってホントなの!?」


イラストやマンガを描くのが好きで、ほのぼの系キャラクターデザインを得意としている。大手新聞社&大手出版社が共催の日本最大のイラストコンテストでは、中学生部門で2年連続の最優秀賞に輝いた。

中学生にしてお小遣い帳をつけるほどの貧乏性。質素倹約、モノは擦り切れるまで使い、中古品を愛用する。趣味は、癒し系イラストを描くこと、古着屋巡り、貯金箱に500円玉を貯めること。

総資産4兆5000億円の桜丈ホールディングス株式会社、代表取締役社長。企業グループとしては日本国内だと50位、グローバル視点なら1000位に入る規模感だが、ホールディングス本体も傘下企業の大半も未公開企業で構成されているのが特色のため、表面上(バランスシート上)の総資産は市場価値を正しく反映していない。

桜丈 小雪(13)おうじょう こゆき

「いずれ歌舞伎町の闇王として君臨するのが、私という存在に課せられた哀しき宿命なのだ」


生まれてこの方ペーパーテストは満点以外をほとんど取ったことがなく、剣道やギターなど幅広い素養もあり周囲からは天才と思われているが、実は隠れて大変な努力をしている。まだ幼さの残る面影ながら誰もが振り向く美貌の少女。まさに才色兼備を地でいく女子に見えるものの、重度の厨二病を患っている。好きなコンテンツは『首領(ドン)への道』。いつの日か新宿区歌舞伎町に影を潜めて暮らし、自分の組を持ちたいと夢想する。

源 玄七郎(67)みなもと げんしちろう

「強いていえば、通りすがりの執事でございます」


桜丈家にやって来て12年目の、長身の自称執事。自分に常に厳しく、他人にも恐ろしく厳しい。

日本有数の格調の高さで知られる五つ星ホテルブランド――ベイグランディアホテルズの創業者にして元代表取締役社長。かつてベイグランディアホテルズは経営に行き詰まり、巨額の負債を抱えて民事再生法を申請したことで連日経済ニュースで取り上げられた。ある意味で名士であり財界有名人。ベイグランディアホテルズは、桜丈ホールディングスの傘下に組み入れられて経営再建中。

水無月 千景(28)みなずき ちかげ

「パワハラで会社訴えてやるぅ! めちゃんこ慰謝料請求してやるんですドチクショー!」


東京大学理学部卒のアラサー。経済産業省資源エネルギー庁に在職経験のある元官僚。桜丈ホールディングスの管理部門に勤めるかたわらで、会社の意向(業務範囲として)で小春と小雪の家庭教師をしている。絶賛婚活中だが程良い相手が見つからず、念のため生涯独身にも備えて最近4500万円で東京の真ん中に中古1LDK49平米を購入した。

桜丈 陸(58)おうじょう りく

「ぼくは当てもなく荒野を彷徨う金鉱堀さ。泥に塗れた地べたで過ごし、何度かグッドラックを引き当てた、それだけのことだよ」


桜丈ホールディングス元・代表取締役社長にして、現・無職ニート。明治後期から続く旧・桜丈財閥の本家筋にあたる四代目。桜丈財閥は繊維産業を中核とした中規模な産業複合体にすぎなかったが、軍需衣料品に経営を過度に依存していたためGHQに目を付けられ、太平洋戦争後の財閥解体で主要企業のすべてを切り離され、いくつかの不動産を残すだけで有名無実化していた。だが陸の代で、手持ちの不動産を担保になりふり構わぬ賭けに出て、急激な膨張を成し遂げた。その規模感は、戦前の桜丈財閥のスケールに比肩する程度にまで戻ったとされ、日本経済界の一つの奇跡と受け止められている。

さも意味深な言い回しをするものの、大して深い意味はない。自らが創り上げたグループの代表を、ある日突然に辞任してしまった。一見自分勝手な引退のように見えて、強引に幕引きしてしまったのには、実は本人の狙いもある。

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