第25章(4)

文字数 7,291文字

 小春たちは執務室で仕事に取り組んでいた。

 最近ここにいるのは小春と千景だけだが、今日は珍しく小雪と玄七郎も居残って仕事をしていた。新入スタッフを迎えるためだ。

 ただし新人は11時に来る予定になっていたのだが、少し時間が過ぎていた。小雪がぶつぶつと文句を言い始めたころ……ようやく執務室の扉が開く。

おはよう。一から学び直す心構えはしてきたよ。今日からよろしく。
おかえりお父さん、待ってたよ。
なんということだ、予定した時間に10分も遅れるとは。オヤジは人としての最低限のマナーというものを学ばなかったのか?
ごめんごめん……受付で何人かの社員らに久しぶりに出食わして、取り巻かれちゃってね……。
社長、話は聞きましたけど、本当にまた仕事に復帰するつもりなんですか?
小春ちゃんと小雪ちゃんに雇ってもらうことができたからね。今じゃぼくなんかより、水無月くんのほうがよほど有能な経営者さ。活躍は楽しませてもらっていたよ。これから勉強させてもらいたい。
いやいやいや……。
旦那様……半信半疑でしたが、まさか本当に帰ってくるとは思いませんでしたぞ。野蛮人2人の話など真に受ける必要はなかったのですが。
ふん、野蛮なのはどこの小僧のほうだろうな?
引き篭もってウジウジしているだけだとお父さんきっと病気になってたと思う。こっちで年中無休の重労働をしてもらうのが心身共にベストだよ!
年中無休の重労働……マジなんだよなぁ……。
また休みなしで働けるなんて夢のようだよ……やっぱりぼくの居場所はここしかないんだ。
いやそれはおかしい……。
ところで旦那様はどういうお立場で復帰されるおつもりで? 桜丈ホールディングスの代表に戻るのですか? 登記が必要でしたら――。
――まさか、相応しい代表者は小春ちゃんだよ。株も全部譲渡して、名実ともに小春ちゃんが桜丈ホールディングスを率いるんだ。ぼくは小春ちゃんの下で、あくまで一社員として働かせてもらうつもりさ。
社員、だと……? オヤジごとき低能力で、勝手に正社員にでも採用してもらったつもりか? まずはアルバイトからのスタートだ。地の底から出直すがいい、その甘えきった根性を叩き直してやる。
それもそうだ、ぼくは一体どうして社員に採用してもらえた気分になっていたのだろう? アルバイトで満足だ、小春ちゃんから500億円もらうのだから、生活には困らないだろうし。
時給は東京都の最低時給と同額とする。しかし最低時給の制限が忌々しいな、本来ならオヤジなど時給30円でもいいというのに……。
お父さんが受け取る株式譲渡益500億円のうち、税金は100億円くらいになるのかな? とすれば、400億円は新規事業に出資してもらうこともできるよね。システム開発業務に取り組むAIを創る計画があるから、そのギャンブルに根こそぎ投入してもらおう!
バイトを最低時給で酷使したうえで、虎の子の生活費まで全部むしり取ろうというのかい……? ぼくにはそこまで悪魔じみて狂った経営はできなかったよ。さすが小春ちゃん、ぼくも見習わねば……。
オヤジは仕事マゾ、事業マゾだからな。休息も与えられず馬車馬のごとく働かされ、身ぐるみ剥がされるのが嬉しいんだろう、ん? 本来は救急車で一刻も早く病院へ運ぶべきところだが、せめてもの温情だ、ここで命を燃やし尽くすことを許してやろう。
本当によろしいので? 私も散々2人に激烈極まる奴隷労働を強いられておりますが、1日23時間55分勤務という限界を遥かに超えたブラック環境ですぞ。囚われの私は毎日人生に絶望しているほどでございます。
何それ。玄七郎は私たちと暮らしてるから勝手に寝ている時間もカウントしてるんでしょ?
寝ている時間も仕事をしているつもりになっているのだろう。
事実、ここ最近は夢のなかでも棍棒を持った某蛮人2人に追い立てられる悲惨な毎日でございます。
仕事に復帰するつもりなのはわかりましたけど……まさか帝王学講義まで一緒に受けるつもりじゃありませんよね?
当然ぼくも参加させてもらうよ。玄さんに基礎から叩き直してもらうべきだろう。
旦那様が帝王学講義に出席……? 何かの嫌がらせですかな?
いや本心さ。ぼくが受け継いできた帝王学は大正のころに確立されたスタイルで、実はそこからほとんど変わっていない。それが良さでもあり悪いところでもあるんだけど……小春ちゃんや小雪ちゃんの信念の有り様を見て……こっちの帝王学も知っておく必要があると思ったんだ。
旦那様の家系と違って、私の家はこじんまりとした商家に過ぎませんでしたからな。元々東海地方で米問屋を営んでいた家でしたが、家康の関東入りに合わせて拠点をこちらに移し、細々と続いてきたに過ぎません。
へー、玄さんの家も案外そこまで遡れるんですねー。改めて、日本って面白い国だなぁと思います。
小さいからこそこだわりなく、生き残りのために考えを鵺のように変化させ、柔軟に吸収していけるのかもしれない。
ただし私の講義は、最低限必要な基礎をほぼ網羅したところです。ここから先は少し難易度が高い応用ばかり。むしろ旦那様は、応用のほうなら私より熟知しているはず。
ならば玄さんから基礎のほうを改めて、マンツーマンで教えてもらうこととしよう。ここまで小春ちゃんや小雪ちゃんの信念が固まったのは、どんな基礎講義を受けたからなんだい?
ふん、私の信念など生まれる前から鋼鉄のようにガチガチに固まっていた。だがあえて玄七郎の講義によって少しだけ吸収したことがあるとすれば宇宙の構造だな。あれから時間の合間には私も最先端物理学を調べてみるようになったが、知れば知るほど迷いなく行動できるようになっていくぞ。
う、宇宙の構造……そんなことまで扱うのはおかしいような……。
は? 自分たちが戦う舞台くらいは確認するのが至極当然だと思われますが? 地図もなしでどこに行こうと?
私は大衆について講義のなかで何度も触れて、何か全体の巨大な意思が働いているのかなぁって不思議に思ってたんだよね。それがマウス実験の講義のときに、全ては予め定められたものでもあるような気がして、少し分かったような気になった。だから宇宙の構造もそんなに違和感なく受け入れられたよ。
大衆はともかく、マウスは経営の話なのか。
すべてを見通す巨大な意思ということならゼロポイントフィールド仮説をおいて他にない。ありとあらゆる世界の出来事は一点で記録され巡っているのだ。
へー、小雪は講義のほかでも色々調べてるんだ。神様がいるみたいな話だねー。それってメジャーな伝統宗教に似てくる部分もあるのかなぁ。
実際のところ、この宇宙がコンピューターによって描き出されているという前提に立てば、情報がどこかにまとまっているのはシンプルな話に過ぎませんが。
私たちの行動や思考のすべては量子情報として記録されている。それゆえに、死んだあとのことを想定し、常に正しく、己に恥じぬよう生き抜くことこそが要点なのだ。死が終わりなわけではない。武士がなぜ正々堂々と腹を切ったのかオヤジは知っておくべきだろう。
ゼロポイントフィールドなら他の話以上に未確定の領域だよ。あと小雪ちゃんの熱心な調査に水をさしたくないけど、理論的には時間が一方通行で流れているわけじゃないから、私たちの行動が記録されていくというわけじゃないみたい。
なっ、何!? 時間が流れていないとはどういうことだ?
数学的には、時間が過去や未来に動くことの制約は何もないんだよね。空間を自由に行ったり来たりできるように、時間についても理論上は自由に動かせるはず。だから正しくは過去・現在・未来のすべてはすでにあらゆる断片として存在していて、それを私たちが感覚的に見せられているって話だよ。
ほう……そういうことになるのか? ふぅむ、更なる追求に励まねば……。これはテレビごときに出演して大衆どもと戯れている場合では……。
未来まで全てが決まってしまっているとしたら、何をやっても無駄という考えもできないかい?
そう思って本当に行動を止めてしまったら、そういう未来が定まってしまうかもしれないよ。罠に掛かっちゃお仕舞いだと思う。
そこについてはマルチバース理論が活きてくるはずだ。そもそも宇宙は無限に近いほどの途方もない数が並行しているという。ちょっとした行動の違いによって宇宙は膨大に分岐し、私たちには違う結果が待っている。行動の仕方によって別の宇宙の未来を手に入れることも可能なはずだ。
さすが小雪ちゃん、熱心に勉強してるなぁ!
言っておくが私は勉強しているわけではない。宇宙の意思が私に精密な情報を提供してくるに過ぎないのだ。
マルチバースは仮説の段階を越えてきているのかもしれない。理論を扱う物理学者もどんどん増えてるしね。
無数の別の宇宙が数学上で並行していたとしても、それさえ実在のものではないはずです。我々が根源的には実在しているわけではないように。
ぼくらが実在してない? そんなわけないじゃないか、一体全体、玄さんは何を言っているんだい?
愚か者め。その程度の認識も持てないで生きてきたのか。私レベルになると2歳のときにはすでに悟っていたというのに。だからオヤジには覚悟が足りず、熱海に逃げ込むような貧弱な生き方を選択したのだろう。
実在うんぬんを説明しだすと仕事になりません。本日は私の講義というわけではないのですが、新人バイトとして加わった旦那様のために、世界の姿を改めてまとめておきましょう。
現時点において証明されているのは、先日扱った帝王学講義、世界の本質の前半部だよね。
左様でございます、この世は情報で構築され、確率に支配されており、物体も感情もあまねくすべては実在していない現実は押さえたでしょう。そのうえで後半部では、有力な一つの仮説を取り上げました。次のようなものです。

■シミュレーション仮説

この世界はコンピューターによって描き出されているという仮説。AIを始めとする目先の技術進歩によって、人類が別の宇宙をコンピューター上に生み出せることから、この仮説が支持される。

ある一つのコンピューター宇宙は、無数の下部宇宙を生み出す。その下部宇宙も、さらに無数の下部宇宙を生み出す。その構造が下へ下へと無数に連なる反面で、大元の宇宙は一つに過ぎない。とすれば、この宇宙は確率的に、大元である可能性はほぼゼロに近い。

こ、これは帝王学の話なのか……? あとで玄さんにしっかりマンツーマン指導してもらわねば……。
私たちの世界もたぶん膨大な数の宇宙を生み出すはずだよね。それが下へ下へとどこまでも、無限に伸びるんだ。そして小雪がさっき言ったマルチバースっていうのは、その下に伸びる一つ一つの宇宙ごとに、さらに並行して存在する宇宙まで無数にあるってことなのかなー?
コンピューターシミュレーションなら、相対性理論において時間の進み方が全然違うように、別の宇宙では時間の感覚が異なることにも留意したほうがいいですね。私たちの感覚では何百億光年の途方もない月日を経てきたように感じられますが、上位のポジションから見ればほんの1秒間の出来事という可能性だってあり得ます。
私たちがテレビゲームや動画を倍速再生したり、飛ばしたり、巻き戻したり早送りできるような感じか! あくまで私たちが勝手に長大な歴史を辿っていると感じるようにプログラムされているだけなのだな。うむ、ますますテレビ出演ごときに現を抜かしているわけには……。
せっかくですので他にも有力な説を確認しておきますが、実際のところシミュレーション仮説とは一本の線で繋がっているものばかりです。物理学がここまで来たならば、私たちが真理に到達する日はそう遠くないでしょう。

■マルチバース理論

膨大な数の宇宙が並行して存在するとした説。選択による分岐で、宇宙は無数に枝分かれしていく。一つの宇宙自体が丸ごと量子的重ね合わせの状態にあるとも言える。この理論を真剣に考慮する物理学者の割合は増え続け、数十%となっている。


■超弦理論

物質の基本要素は弦(ひも)でできているという説。量子論と相対性理論を統合できる宇宙の究極理論であるとされる。この理論が指示するところとして、宇宙は10次元で構成されているという。囚われの身にある人間の感覚では4次元(3次元+時間)しか感知できないが、他に6つの次元あるということ。物理学史上、最もメジャーな理論の一つ。


■ホログラフィック原理

2次元平面に宇宙のすべての情報が記録されていて、存在するように見えるすべての物質は、それら情報の3次元映像――ホログラムの幻影だとする説。この原理は、超弦理論の文脈において極めて重要とされる。


■ゼロポイントフィールド仮説

ゼロポイントフィールドに、過去・現在・未来にわたってのあらゆる出来事・情報が保存されているとする説。この理論は発展途上であり支持する物理学者の割合はまだ小さい。伝統宗教の経典にて類似した指摘がされ哲学として扱われたり、デジャブや占いやオカルトなど非科学的な現象を説明できるためスピリチュアル方面で不意に人気が出てしまい、科学者はこの仮説からあえて距離を取る傾向にある。


■インフレーション理論

この理論によって、ビッグバン理論の疑問点が解消された。宇宙は量子真空から誕生したか、または無から量子トンネル効果によって自発的に誕生したとされ、急激な膨張を遂げている。理論を支持する物理学者は多い。

おいおい何の講義なんだこれは……。
それぞれが全く別の理論ってわけじゃなくて、大きな方向性としては一つを指しているように見えます。まぁ私の知能には荷が重すぎる話なので、あんまり考えないようにしてますけど……。
シミュレーション仮説を始めとするこれらの理論を考えるにあたってとりわけ重要な視点は、この宇宙が私たち人類にとってあまりにも都合良く微調整されすぎている事実です。
微調整されすぎている? どういう意味だい?
この宇宙には多くの定数やパラメーターが設定されていますが、これらの数字がどこかほんの少しズレただけで多大な影響となって現れ、生命が誕生するようなことは考えづらいのです。
あー、膨大なパラメーターのバランスを取りながらよほど精密に調整しないと、星が生まれたり、私たちみたいな生命が生まれる宇宙になるはずないんですよね。たしか単細胞生物が誕生可能な宇宙が生成される確率って……10億分の1より小さいんでしたっけ?
知的生命が誕生できる宇宙が発生する確率になると1兆分の1より小さくなるとされています。偶然で片付けるのはあまりに非科学的な態度でしょう。皆さまはどのようなスタンスでこの舞台を捉えますかな?
だからコンピューターの仕業に決まっているだろう。
無限に近い宇宙があるとすれば、私たちみたいなのが生まれる宇宙もあっていいのかもね。やっぱり宇宙はとんでもない数があるとしか思えないよ。
私は正直お手上げです。ひたすら迷うだけなので、見ざる言わざる聞かざるを発動しても良いかなぁ……。
これがぼくらの戦っている舞台ということなのか? 普段から君たちはこんな議論をしてきたのかい……?
これらについて、旦那様には夜にでも補講しておくことにしましょう。
私も参加したいな、その補講!
一体ぼくは今まで何を学んできたのか……自分が死んだら無に帰すだけだと単純に思い込んできたよ……生きている場合じゃないような気がしてきた……。
どうだ、死んでみたくなってきたろう? 私たちは別々の人間のように見えて、実のところ量子情報として大きな一つのものに過ぎない。
大きな一つのもの……。
そうなると恥も外聞も、苦しみや死さえもどうでもいい。ありとあらゆるチャレンジは恐るるに足らないものだ。成功も失敗も幻影に過ぎないと思え。
小春ちゃんたちが破れかぶれの勝負をしてるように見えたけど……こういう議論を聞くと、そもそも石橋を叩いている場合じゃないのかもね。復帰初日でこんな話に参加できただけでも、やはりぼくはもう一度、すべてをゼロからやり直す必要がありそうだ。
お父さんには本当に活躍してもらうよ。単なるバイト扱いには違いないけど、任せる仕事はスーパー経営者並みの難題ばかりになるからね。死ぬつもりで頑張って欲しいな。
ああ、死地に向かうつもりで尽力させてもらおう。ここで死ねるのは幸運だ。
熱海に逃げ帰ったりは……もうしないよね?
もちろんさ。半端なぼくに、君たちの希望通りの能力が発揮できるかどうかは分からないけれど、もう二度と逃げたりはしない。
漢に二言は、ないのだな?
捨てた人生だと思っていた、自分が住む世界のことすらよく知らないで生きてきた……だけど、何度だって底辺から這い上がればいい。ぼくの光はここにある。
謙虚なお父さんなら再起できるって信じてる。痛みも苦しみも前向きに味わいながら、一緒に乗り越えていけるはずだよ!
命を燃やせ、そして命は窓から投げ捨てろ。挑戦の果てにある討死ならば、それは特上のご褒美に過ぎないのだ。
今だってどこかサラリーマン根性を捨てきれない私ですが、この場に巻き込まれて幸せだったと思ってます。戻って来た社長の未来は、もしもゼロポイントフィールドが存在するとすれば、きっと輝かしい内容に書き変わっていると思いますよ。
せっかく地獄に一時の生を受けたのですから、この地獄を味わい尽くすのが正解でございましょう。おそらく旦那様は奈落の大底で、辛うじて光を掴むことができたのでございます。改めまして、地獄へようこそ。
小春ちゃん、小雪ちゃん、水無月くん、それから玄さん……ぼくをバイトとして採用してくれたことに全力で感謝したい。経営を学ばせてください。未だ未熟者の身ですが、後悔なきよう、なりふり構わず死ぬその瞬間まで全力疾走で走り抜きますので……どうかこれから、よろしくお願いいたします。

 陸は、居並ぶ4人に向かって深々と頭を下げた。

 そして4人は、拍手で陸をチームメンバーとして迎えたのだった。

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登場人物紹介

桜丈 小春(15)おうじょう こはる

「今日から私が桜丈ホールディングス代表取締役社長ってホントなの!?」


イラストやマンガを描くのが好きで、ほのぼの系キャラクターデザインを得意としている。大手新聞社&大手出版社が共催の日本最大のイラストコンテストでは、中学生部門で2年連続の最優秀賞に輝いた。

中学生にしてお小遣い帳をつけるほどの貧乏性。質素倹約、モノは擦り切れるまで使い、中古品を愛用する。趣味は、癒し系イラストを描くこと、古着屋巡り、貯金箱に500円玉を貯めること。

総資産4兆5000億円の桜丈ホールディングス株式会社、代表取締役社長。企業グループとしては日本国内だと50位、グローバル視点なら1000位に入る規模感だが、ホールディングス本体も傘下企業の大半も未公開企業で構成されているのが特色のため、表面上(バランスシート上)の総資産は市場価値を正しく反映していない。

桜丈 小雪(13)おうじょう こゆき

「いずれ歌舞伎町の闇王として君臨するのが、私という存在に課せられた哀しき宿命なのだ」


生まれてこの方ペーパーテストは満点以外をほとんど取ったことがなく、剣道やギターなど幅広い素養もあり周囲からは天才と思われているが、実は隠れて大変な努力をしている。まだ幼さの残る面影ながら誰もが振り向く美貌の少女。まさに才色兼備を地でいく女子に見えるものの、重度の厨二病を患っている。好きなコンテンツは『首領(ドン)への道』。いつの日か新宿区歌舞伎町に影を潜めて暮らし、自分の組を持ちたいと夢想する。

源 玄七郎(67)みなもと げんしちろう

「強いていえば、通りすがりの執事でございます」


桜丈家にやって来て12年目の、長身の自称執事。自分に常に厳しく、他人にも恐ろしく厳しい。

日本有数の格調の高さで知られる五つ星ホテルブランド――ベイグランディアホテルズの創業者にして元代表取締役社長。かつてベイグランディアホテルズは経営に行き詰まり、巨額の負債を抱えて民事再生法を申請したことで連日経済ニュースで取り上げられた。ある意味で名士であり財界有名人。ベイグランディアホテルズは、桜丈ホールディングスの傘下に組み入れられて経営再建中。

水無月 千景(28)みなずき ちかげ

「パワハラで会社訴えてやるぅ! めちゃんこ慰謝料請求してやるんですドチクショー!」


東京大学理学部卒のアラサー。経済産業省資源エネルギー庁に在職経験のある元官僚。桜丈ホールディングスの管理部門に勤めるかたわらで、会社の意向(業務範囲として)で小春と小雪の家庭教師をしている。絶賛婚活中だが程良い相手が見つからず、念のため生涯独身にも備えて最近4500万円で東京の真ん中に中古1LDK49平米を購入した。

桜丈 陸(58)おうじょう りく

「ぼくは当てもなく荒野を彷徨う金鉱堀さ。泥に塗れた地べたで過ごし、何度かグッドラックを引き当てた、それだけのことだよ」


桜丈ホールディングス元・代表取締役社長にして、現・無職ニート。明治後期から続く旧・桜丈財閥の本家筋にあたる四代目。桜丈財閥は繊維産業を中核とした中規模な産業複合体にすぎなかったが、軍需衣料品に経営を過度に依存していたためGHQに目を付けられ、太平洋戦争後の財閥解体で主要企業のすべてを切り離され、いくつかの不動産を残すだけで有名無実化していた。だが陸の代で、手持ちの不動産を担保になりふり構わぬ賭けに出て、急激な膨張を成し遂げた。その規模感は、戦前の桜丈財閥のスケールに比肩する程度にまで戻ったとされ、日本経済界の一つの奇跡と受け止められている。

さも意味深な言い回しをするものの、大して深い意味はない。自らが創り上げたグループの代表を、ある日突然に辞任してしまった。一見自分勝手な引退のように見えて、強引に幕引きしてしまったのには、実は本人の狙いもある。

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