第24章(5)

文字数 1,165文字

 桜丈ホールディングス本社の会議室で、小春はゴールドサックスのヴァイスプレジデントと向き合っていた。
――お話は把握しました。時間は限られていると。
そうなんです。新生トライアスの時価総額が急騰する前にM&Aをまとめたいんです。もしまとめるのに時間が掛かるようなら、そのときはM&Aを諦めざるを得ません。
できることなら新生トライアスが発足するまで……ということは1週間少々ですか。
はい、ゴールドサックスさんのほうで、私に500億円を貸してくださいませんか?
新生サイバーゼックの構想によって、マクラムソフトとの取引が破談したにもかかわらず、よくお声がけ頂きました。やはり有力な方々とは繋がりを持っておくべきですね。
では、可能性はあると……?
儲かる取引ならば、可能性がないなんてことはありません。それに新生サイバーゼック株式が担保ということになれば、そこそこ保証も取れてますしね。新生サイバーゼック構想にはしてやられた気分ですよ、なるほど確かに、3000億円で売ってしまうよりは、もっと価値を伸ばせる可能性も見込めるはずです。
それを聞いて少し自信が持てます。マクラムソフトさんには申し訳ありませんでしたが……。
ただし当社がこの話に500億円をすぐさま用立てるのは難しい。
えっ? どういう理由か教えてもらっても……?
日本の金融機関が語ったのと同じ理由ですよ。ゴールドサックス日本法人としても、金融当局の厳しい監視を受ける立場であることに変わりありません。法的・税務的問題が完全にクリアされる状態にならないと、当社として直接の融資はやはり無理です。
そう……ですか……。うちの取引銀行さんたちが難色を示したのも当然なんですね。
ただし、それは当社が直接融資するという場合です。すぐに500億円を融資可能な第三者に、私どもがお声がけしてみて、その第三者と桜丈様の間の貸し借りをアレンジさせて頂くことなら可能でしょう。
なるほど! 御社が直接貸すんじゃなくて、私個人に貸してもいいよって人を紹介してくれるんですか!
ですが問題はスピードです。1ヶ月あれば当社の優良顧客の方々にお声がけして、シンジケートを組んで融資の仲介をすることもできるはず。しかし今回は1週間という超短期なので、500億円をパッと扱えるような数名の個人様に直接連絡してみて、乗るかどうかを確認してみるということになりそうかなと。
500億円を右から左に動かせる個人さんって、案外その辺にいるんですね! 世界は本当に深いです!
今晩中には数人の方にコンタクトして意見を伺ってみるように致しますので、返答は明日ということで。ただし、この手の話ですから金利は高くなりますよ。当社の仲介料も発生しますが、よろしいですね?
お願いします!
 小春は逡巡もせず高らかに同意したのだった。他に選択肢はない。
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登場人物紹介

桜丈 小春(15)おうじょう こはる

「今日から私が桜丈ホールディングス代表取締役社長ってホントなの!?」


イラストやマンガを描くのが好きで、ほのぼの系キャラクターデザインを得意としている。大手新聞社&大手出版社が共催の日本最大のイラストコンテストでは、中学生部門で2年連続の最優秀賞に輝いた。

中学生にしてお小遣い帳をつけるほどの貧乏性。質素倹約、モノは擦り切れるまで使い、中古品を愛用する。趣味は、癒し系イラストを描くこと、古着屋巡り、貯金箱に500円玉を貯めること。

総資産4兆5000億円の桜丈ホールディングス株式会社、代表取締役社長。企業グループとしては日本国内だと50位、グローバル視点なら1000位に入る規模感だが、ホールディングス本体も傘下企業の大半も未公開企業で構成されているのが特色のため、表面上(バランスシート上)の総資産は市場価値を正しく反映していない。

桜丈 小雪(13)おうじょう こゆき

「いずれ歌舞伎町の闇王として君臨するのが、私という存在に課せられた哀しき宿命なのだ」


生まれてこの方ペーパーテストは満点以外をほとんど取ったことがなく、剣道やギターなど幅広い素養もあり周囲からは天才と思われているが、実は隠れて大変な努力をしている。まだ幼さの残る面影ながら誰もが振り向く美貌の少女。まさに才色兼備を地でいく女子に見えるものの、重度の厨二病を患っている。好きなコンテンツは『首領(ドン)への道』。いつの日か新宿区歌舞伎町に影を潜めて暮らし、自分の組を持ちたいと夢想する。

源 玄七郎(67)みなもと げんしちろう

「強いていえば、通りすがりの執事でございます」


桜丈家にやって来て12年目の、長身の自称執事。自分に常に厳しく、他人にも恐ろしく厳しい。

日本有数の格調の高さで知られる五つ星ホテルブランド――ベイグランディアホテルズの創業者にして元代表取締役社長。かつてベイグランディアホテルズは経営に行き詰まり、巨額の負債を抱えて民事再生法を申請したことで連日経済ニュースで取り上げられた。ある意味で名士であり財界有名人。ベイグランディアホテルズは、桜丈ホールディングスの傘下に組み入れられて経営再建中。

水無月 千景(28)みなずき ちかげ

「パワハラで会社訴えてやるぅ! めちゃんこ慰謝料請求してやるんですドチクショー!」


東京大学理学部卒のアラサー。経済産業省資源エネルギー庁に在職経験のある元官僚。桜丈ホールディングスの管理部門に勤めるかたわらで、会社の意向(業務範囲として)で小春と小雪の家庭教師をしている。絶賛婚活中だが程良い相手が見つからず、念のため生涯独身にも備えて最近4500万円で東京の真ん中に中古1LDK49平米を購入した。

桜丈 陸(58)おうじょう りく

「ぼくは当てもなく荒野を彷徨う金鉱堀さ。泥に塗れた地べたで過ごし、何度かグッドラックを引き当てた、それだけのことだよ」


桜丈ホールディングス元・代表取締役社長にして、現・無職ニート。明治後期から続く旧・桜丈財閥の本家筋にあたる四代目。桜丈財閥は繊維産業を中核とした中規模な産業複合体にすぎなかったが、軍需衣料品に経営を過度に依存していたためGHQに目を付けられ、太平洋戦争後の財閥解体で主要企業のすべてを切り離され、いくつかの不動産を残すだけで有名無実化していた。だが陸の代で、手持ちの不動産を担保になりふり構わぬ賭けに出て、急激な膨張を成し遂げた。その規模感は、戦前の桜丈財閥のスケールに比肩する程度にまで戻ったとされ、日本経済界の一つの奇跡と受け止められている。

さも意味深な言い回しをするものの、大して深い意味はない。自らが創り上げたグループの代表を、ある日突然に辞任してしまった。一見自分勝手な引退のように見えて、強引に幕引きしてしまったのには、実は本人の狙いもある。

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