第22章(4)

文字数 3,182文字

 2人を客間に通してすぐ菓子折り渡されたため、小春としても何か出さないわけにもいかず、ペットボトルのお茶を差し出した。そして小春は2人と向き合い、学校側の主張に耳を傾けた。いつもなら玄七郎の役目のはずだが、しばらく玄七郎は応対できないだろうし、自分がやるしかない。
――つまり、健康にもかかわらず不登校を続ける小雪を見かねて、中学校側としては小雪に退学勧告をしたと。
も、申し訳ございません! その判断がそもそもの誤りだったのです。我が校設立以来の大失態だったと反省することしきりでございまして……。
誤りだと思いませんよ、小雪もすっかり覚悟していた様子ですし。
このような失態をもう二度とおかないことを誓います。当然ながら退学勧告など即座に撤回させて頂こうと、こうしてご挨拶に参った次第でございまして。
うーん、撤回しなくていいと思うんです。
いや何としても桜丈様にはこのまま在校して頂きます!
桜丈さんの事情も知らず、大人の都合で一方的なことをしてしまいました。
お気遣い不要ですって。私、誰よりも小雪のことをわかってるつもりです。荒くれ者に憧れがある小雪なら、中学から退学通告を受けたことを最高の勲章だって思うんじゃないでしょうか。きっとそれを一生の自慢にすると思いますよ。
なりません! そのようなこと、あってはならないのです!
は、はあ……いやでも退学通告を実際にしていたわけですよね? 小雪はもう中学には通わないと思いますし、退学するしか方法がないんじゃないですか。
通って頂かなくて大丈夫です。桜丈さんの卒業証書の準備も済ませておきますので。
何なら学校としては、首席卒業のご用意までさせて頂こうかと考えているところです。
ち、中学で首席卒業なんて制度あるんですか。初めて聞きましたけど。
そのような制度を桜丈さんの卒業年に限って用意する予定でおります。名門で知られるうちの中学校卒業生は各界で活躍しておりますが、そのなかでも最上位の特別待遇として扱うことになります。
妹さんは非常に優秀な生徒さんです。言葉遣いとか一部の素行にかなりの問題は抱えていますけれども……それを補って余りあるほどの努力家だと思ってます。
残念ですけど、首席なんかより、学校側から一方的に退学通告を喰らうほうが小雪は絶対に嬉しがるはずです。ですから退学として処理された以上、そのまま進めて頂いたほう――。
――そこを何とか! お姉様から説得してもらえますかっ!? 私どもは何でもする方針です、授業料も免除、いやそれどころか入学時に受け取ったものまで全部お返しする方向で進めております!

 理事長の必死の形相は極まってきて、激しい身振り手振りを交えながらまくしたてた。

 授業料まで返却したいのだと聞いて、さしもの小春にも事情が掴めてきていた。私立の学校としては、突如としてこれだけ有名になった小雪が卒業生だったとしたほうが、広告宣伝面で極めて有用だと判断したのだろう。ちょっとした授業料を返却するくらいなら全然割に合うに違いない。どうりで玄七郎が電話で相手にしなかったはずである。

 そんな事情ならもう話す価値はないと小春は判断し、2人に帰るよう何度か促した。だが理事長はテーブルに縋り付くようにして、どうあっても帰ろうとしなかった。


 小春が力づくで追い出せるはずもなくしばらく押し問答が続いていたところ、玄関から物音が聞こえ、小雪と玄七郎が帰ってきたようだった。2人は玄関の靴で来客に気づいたのだろう、客間にまでやってきた。ピンクのステッキを手にしている小雪を認めた理事長は、悲壮な声を上げる。

桜丈さん!
……む? 理事長か!?
クラスの皆んなも待ってるよ、どうか形だけでも所属しておいて。
いやそれはおかしいだろう。そもそも学校側から退学勧告をしてきたはずではないか。玄七郎、私にはもう無関係の話だ、適切に処理せよ。
かしこまりました。
 玄七郎は頷きながら小雪の前に立ちはだかり、小春を見やってくる。
小春お嬢様、不在の間に大変ご迷惑をおかけしました。あとは私めにお任せください。
何度も帰ってくれるようお願いしたんだけど、聞いてもらえなくて……。玄七郎に対応してもらっていいのかな。
 小春は席を立ち、玄七郎のうしろに逃げるように移動した。
さて、こちらは御校の退学勧告を一言の反論もなく受諾したはずでしたが?
私どもの間違いなんです! 源さんと先日お話ししたあとにも学校として色々検討を重ねまして、このまま在校して下さるのであれば今まで頂戴した入学金や授業料の全額免除――つまりお金をお返しさせて頂きます。それから首席卒業制度を設けまして、桜丈さんには是非とも首席卒業を今後は謳って頂きたく。
中学校のまやかしの首席など笑い話に過ぎませんが……ほう、お金が返ってくるということですかな。ただし小雪お嬢様にとって端金に過ぎませんし、大したメリットがあるとは思いませんが。
では特待制度も設けまして、返済不要の学業奨励金も用意させて頂くのはいかがでしょうか!?
返済不要? それはタダで貰えるという話ですな?
桜丈さんの卒業年まで、毎月30万円を学業奨励金としてお振込みさせて頂く形ではどうでしょう?
何度もお伝えしたように今後は登校できかねるのですが、それでも?
学校なんていくらでもサボってやってください! いいんです、来なくとも! 桜丈さんが中学生の勉強をするなんておかしい!
 玄七郎の後ろで、小春と小雪は言葉を交わす。
なんだか変な話になってない?
どうでもいい話だ。あとは玄七郎の決めた通りにすればいい。上に行こう。お姉に今日の私の活躍を話したい。
自慢話でしょ、いいよ、聞いてあげる。
 悲壮感漂う理事長と玄七郎とのやり取りに構うことなく、2人は客間をあとにして、話しながら2階に向かう。
フフフ、今日のインタビューで私が密かに仕込んだばかりの、地球が覆るかもしれない巨大な陰謀の話だ。お姉には聞いて驚いてもらうぞ。
あはは、陰謀ってちょっとワクワクするよね。そういう仕掛けをする人たちの気持ちが、最近私にも少しだけ分かるようになってきたよー。まずは目指せ信用創造超えだよね!
信用創造ごとき、私ならデコピン一発で吹き飛ばせる。私たちならば宇宙規模の、もっと巨大な陰謀を準備しなくてはならない。
ん〜、宇宙規模ー?
当然だろう。
じゃあ……こんなのは? 存在するかどうか不明なケンタウリ星人に宇宙戦争を仕掛けるとかどうかなー?
な、何!? それはどういう陰謀だ?
向こうが地球侵略を企てたって台本を用意して、宇宙空間で必死に防戦している映像を人類に見せまくればいいと思うの。宇宙大戦の映像はAIに量産してもらえばいいしね。
見えてきたぞ……お姉は中々良いことを言う。さすがは私が見込んだ闇の帝王だ。
本当は戦う相手なんて存在してないのに、マスメディアで毎日バンバン宇宙戦争の模様を流して、ケンタウリ星人のおどろおどろしい姿をデフォルメして送り届ければ、地球人を強力に団結させることができるんじゃないかなー。
いわゆるショックドクトリンを喰らわせて人類どもの頭を麻痺させるのだな? そしてケンタウリ星人に対抗するための団結心を猛烈に引き出し、ドサクサのなかで私が初代地球大統領に就任してしまえばいい。
もちろん永世大統領の誕生だよね。小雪、すごい! ついでに選挙なんて概念は教科書から消しちゃおう!
そして劣勢に追い込まれた人類を滅亡の淵から救うため、永世大統領である私自らが悲痛な覚悟で宇宙戦闘機に乗り込み、激しい死闘を演じて魅せるのだ。単独で5万機を撃墜した私の恐るべき戦闘記録はギネスに登録され、その記録は永遠に破られることはないだろう。全米が泣かざるを得ない。
 それから2人は小春の部屋で、AIが描き出す宇宙戦争の未来を真剣にディスカッションしたのだった。
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登場人物紹介

桜丈 小春(15)おうじょう こはる

「今日から私が桜丈ホールディングス代表取締役社長ってホントなの!?」


イラストやマンガを描くのが好きで、ほのぼの系キャラクターデザインを得意としている。大手新聞社&大手出版社が共催の日本最大のイラストコンテストでは、中学生部門で2年連続の最優秀賞に輝いた。

中学生にしてお小遣い帳をつけるほどの貧乏性。質素倹約、モノは擦り切れるまで使い、中古品を愛用する。趣味は、癒し系イラストを描くこと、古着屋巡り、貯金箱に500円玉を貯めること。

総資産4兆5000億円の桜丈ホールディングス株式会社、代表取締役社長。企業グループとしては日本国内だと50位、グローバル視点なら1000位に入る規模感だが、ホールディングス本体も傘下企業の大半も未公開企業で構成されているのが特色のため、表面上(バランスシート上)の総資産は市場価値を正しく反映していない。

桜丈 小雪(13)おうじょう こゆき

「いずれ歌舞伎町の闇王として君臨するのが、私という存在に課せられた哀しき宿命なのだ」


生まれてこの方ペーパーテストは満点以外をほとんど取ったことがなく、剣道やギターなど幅広い素養もあり周囲からは天才と思われているが、実は隠れて大変な努力をしている。まだ幼さの残る面影ながら誰もが振り向く美貌の少女。まさに才色兼備を地でいく女子に見えるものの、重度の厨二病を患っている。好きなコンテンツは『首領(ドン)への道』。いつの日か新宿区歌舞伎町に影を潜めて暮らし、自分の組を持ちたいと夢想する。

源 玄七郎(67)みなもと げんしちろう

「強いていえば、通りすがりの執事でございます」


桜丈家にやって来て12年目の、長身の自称執事。自分に常に厳しく、他人にも恐ろしく厳しい。

日本有数の格調の高さで知られる五つ星ホテルブランド――ベイグランディアホテルズの創業者にして元代表取締役社長。かつてベイグランディアホテルズは経営に行き詰まり、巨額の負債を抱えて民事再生法を申請したことで連日経済ニュースで取り上げられた。ある意味で名士であり財界有名人。ベイグランディアホテルズは、桜丈ホールディングスの傘下に組み入れられて経営再建中。

水無月 千景(28)みなずき ちかげ

「パワハラで会社訴えてやるぅ! めちゃんこ慰謝料請求してやるんですドチクショー!」


東京大学理学部卒のアラサー。経済産業省資源エネルギー庁に在職経験のある元官僚。桜丈ホールディングスの管理部門に勤めるかたわらで、会社の意向(業務範囲として)で小春と小雪の家庭教師をしている。絶賛婚活中だが程良い相手が見つからず、念のため生涯独身にも備えて最近4500万円で東京の真ん中に中古1LDK49平米を購入した。

桜丈 陸(58)おうじょう りく

「ぼくは当てもなく荒野を彷徨う金鉱堀さ。泥に塗れた地べたで過ごし、何度かグッドラックを引き当てた、それだけのことだよ」


桜丈ホールディングス元・代表取締役社長にして、現・無職ニート。明治後期から続く旧・桜丈財閥の本家筋にあたる四代目。桜丈財閥は繊維産業を中核とした中規模な産業複合体にすぎなかったが、軍需衣料品に経営を過度に依存していたためGHQに目を付けられ、太平洋戦争後の財閥解体で主要企業のすべてを切り離され、いくつかの不動産を残すだけで有名無実化していた。だが陸の代で、手持ちの不動産を担保になりふり構わぬ賭けに出て、急激な膨張を成し遂げた。その規模感は、戦前の桜丈財閥のスケールに比肩する程度にまで戻ったとされ、日本経済界の一つの奇跡と受け止められている。

さも意味深な言い回しをするものの、大して深い意味はない。自らが創り上げたグループの代表を、ある日突然に辞任してしまった。一見自分勝手な引退のように見えて、強引に幕引きしてしまったのには、実は本人の狙いもある。

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