第二十二話 珍しく〈女〉について将夜は考えること
文字数 1,609文字
将夜は、新しい我が家にいた。
簡単極まりない引越しである。
荷物と言っては風呂敷包みが一つあるだけで、それを適当に部屋の隅に転がすと、黴臭い畳の上にごろりと
『少しでも日当たりのよい部屋にしてくれというならわかりますが、日当たりの悪い部屋というのは、あなたもよくよく変わったお方ですな』
浩兵衛はしきりに首を捻っていたが、将夜が微笑むばかりで何も答えないので、ようやく諦めてさっき帰ったところだ。
長屋というのは、部屋は
ひどく狭く、少々妙な臭いが籠もってはいるが、とりあえず横になれる場所を確保できた。ありがたいと思わねばならぬ。
身体が休息を欲している。単に昨日から一睡もしていないから、というだけの理由ではないようだ。
直射光に晒されていなくても、昼間はとにかく身体が重い。
(これも、夜に五感が異様に冴えるせいだろうか)
夜の活動能力が超人的なだけに、その反動が昼に現れるのかもしれない。
(さて、ひさ江はどうしているだろう)
独りきりになると、先ず浮かんでくるのは妹のことだった。
(おれのために、あんな目に……)
多貴が襖を閉める時、俯いた久江の頬に赤く指の痕が付いているのを見た。その痕を思い出すと、まるで打たれたのが己であるかの如く頬に痛みを覚える。
(不甲斐ない兄のせいで、今まで世話ばかりかけた。これからはおれのことなど忘れて――)
幸せになってほしい、という言葉を継ぎかけて、迷う。
ひさ江にとって、幸福とは何なのだろう。
良縁を得て、嫁ぐことか。しかし、そこには
たとえ彼らから可愛がられたとしても、それは誠心誠意仕えることの代償なのであって、二六時中、気の休まる時はないのではないか。
人は、誰しもしがらみの中で生きている。
しがらみというのは、つまり、人と人とを結ぶ、複雑なつながりの糸である。
しがらみは、家の外にも内にもある。
兄の数馬にしても、表祐筆の一員として、上司である組頭や同僚との関係の中ではいろいろと
ただ、〈家〉にしか居場所のない女たちの方が、その身を縛る
ひさ江のみではない。一見自由奔放に見える瑠璃にしても、しがらみという点では同じであろう。
元々身体の弱かった母親は
〈士道館の暴れ駒〉などという異名を持っているだけに、かえって水のような哀れが胸を
(女とは、哀しいものだな)
将夜自身、冷飯喰いとして冷遇されて育った。今回の義絶の件も、事件についての詮議など二の次で、とにかく面倒ごとに巻き込まれたのを理由に
(しかし、いざとなればこうして
と、ここまで考えたところで意識に霧がかかり始めた。
早朝から活動してきた肉体が、そろそろ限界を迎えたのかもしれぬ。
(他人を案じていられる身分ではないな。おれも、これからどうなることか……)
意識の霧の中に、そんな呟きを投げ込んだのを最後に、将夜は泥のような眠りの底へと引き込まれていった。