第十六話 酔った美少女剣士は柔らかに重いこと

文字数 997文字

「お前を(たぶら)かしたのはどこの女だ。ここに連れてこい!」
「だからそんな女はいないと何度も言っておろうが」
「瑠璃、将さんはそんな気の利いたことのできる男じゃない。その点は信じていい」
 将夜を誉めているのか(けな)しているのかわからぬ直之の言葉に、瑠璃はふんと鼻を鳴らすと、
「注げ」
 半眼になって、杯を将夜の鼻先に突きつける。
 久しぶりに訪れた将夜のために、その夜、直之がささやかな宴を催してくれたのだが、場はかなり荒れている。と言うか、瑠璃が一人で荒れている。
「もう止めておけ。顔がだいぶ赤いぞ。お前は確か酒には弱――」
 将夜が穏やかに制しかけただけで、瑠璃は憤然として喚き立てる。
「弱いだと? さっきわたしに叩きのめされ、地に(ひざまず)いて泣きながら命乞いしたのはどこのどいつだ」
「いや、そこまではしていないと思うが。それに、おれが言っているのは単に酒の話で……」
「同じことだ。剣でも酒でも、お前はわたしの敵ではないのだ。思い知ったか、莫迦め。ははははは」
「からみ酒か。タチが悪いな」
「な、何だとォ!」
「何でもない何でもない。空耳だ。空で風が鳴っておるのだ」
「いや、空耳なものか!」
 瑠璃がびしっと、将夜に指を突きつけてくる。そのくせ上体はぐらぐら揺れて定まらない。
「魚を盗んだ猫が、いきなり後ろから名を呼ばれて固まっているようなその顔、やっぱりあやしい!」
「わかりにくいんだよ、譬えが!」
「やっぱり女を隠しているな、どこだ!」
「そこに戻るのか」
「ここか? ここに隠しているのか。その女狐(めぎつね)を……」
 いきなり将夜の袖を掴んで中を覗き込もうとする。
「や、止めろ! そんなところに隠せるわけないだろ。管狐(くだぎつね)か、おれの女は」
 二人で袖を引っ張り合っているところに、直之の妻・由利(ゆり)が、銚子の代わりを持って入ってきた。
 由利は直之より三つ下の当年十九歳、おっとりした性格で、口数は少ない。新しい銚子を手渡しながら、ふと直之と目を見交わすと、小さな目を糸のように細め、袖で口を覆う。
魚心(うおごころ)あれば水心(みずごころ)。仲の良いことだ」
 直之が由利の耳元で囁くのを耳ざとく聞きつけ、
「何処をどう見ればそのような感想になるのです?」 
 抗議した将夜だったが、次の瞬間、違和感に襲われた。
 自分よりむきになって否定するはずの瑠璃が沈黙したままなのだ。
 
 ――と、柔らかな重みを肩に感じた。
 慌てて支えた時には、既に安らかな寝息が瑠璃の口から洩れている。

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登場人物紹介

妹・ひさ江(作中では武家の娘だが、もし現代人だったらこんなイメージ)

Q:神崎将夜に対する気持ちを一言で表すと?

A:すごく心配です。

美少女剣士・瑠璃(町道場の女剣客だが、もし現代人だったらこんなイメージ)

Q:神崎将夜に対する気持ちを一言で表すと?

A:生意気だ、神崎将夜のくせに。

女医者・志乃(町医者の娘だが、もし現代人だったこんなイメージ)

Q:神崎将夜に対する気持ちを一言で表すと?

A:命の恩人として感謝してもしきれません。

くノ一・桔梗(公儀隠密であるお庭番の忍者だが、現代人だったこんなイメージ)

Q:神崎将夜に対する気持ちを一言で表すと?

A:…………。

おみよ(居酒屋で働く娘だが、現代人だったらこんなイメージ)

Q:神崎将夜に対する気持ちを一言で表すと?

A:すてきなお武家様です。宗助様のお友達でなければもっといいのですけれど……


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