第十一話 朝っぱらから兄は妹に抱きつくこと
文字数 1,311文字
――闇の中にいる。
空には満月。血塗られたような赤い月。
身体中を剛毛に覆われた獣人が倒れている。
斬ったのは、自分だ。
しかし、ほっとしているわけにはいかない。
敵はまだ残っている。
同じく獣人だが、体格も、それから妖気というのか瘴気というのか、とにかくその身から発せられる禍々しい気配が桁違いだ。
(どうやって倒せばいい。こんな化け物を……)
――オマエノ、本当ノ力ハ、未 ダ解キ放タレテ、オラヌ。
不意に声が聞こえた。
目の前の化け物のものかと思ったが、どうもそうではないらしい。
どこか遠くから直接自分の頭の中に囁きかけているように感じられる。
――血ヲ、吸ウノダ。
――乙女ノ浄 キ血ノミガ、オマエヲ真ニ覚醒サセ得ル。
血。乙女の血潮。
と、その時。
将夜の鼻がある匂いに反応する。
そう、あの芳香。
頭の芯に先ず雷に打たれたような衝撃が走り、それがやがて五体に沁み透る快感となり、我知らず陶然としてくる。
そして、己の奥処 からつきあげてくる激しい衝動――。
「しょ、小兄様! 何をあそばすのです!」
目が覚めた。
そして、臥所 の枕元に座すひさ江を、抱きしめている己に気づく。ひさ江はおそらく将夜の顔を覗き込むようにしていたのだろう。そこに夢現 の将夜がいきなり上体を起こして抱きついたといった形だった。
「い……いかがなされました。悪い夢でも御覧になったのですか」
あまりに突然のことだった故であろう。
抱きすくめられたひさ江は、放心したように身動きもできずにいる。
「苦しゅうございます。も、もう離して下さいませ。小兄様」
「わ、わかって……おる」
理性では離れなければならぬとわかっているのだが、一度溢れ出した衝動に歯止めをかけるのは至難の業だった。将夜は右手でひさ江の腰を、左手でその肩を抱きすくめる形になっている。着物を通して少女の甘やかな膚の匂いとほっそりした腰のくびれがまざまざと感得できる。
そして、白く艶 やかな項が、虫を酔わせる花のように将夜を誘う。
それにしても、いくら異腹とは言え、妹にまでこんな欲望を覚えるとは。
(お……おれは、このまま畜生道に堕 ちるのか)
目の前が昏 くなるようだった。
「こんな風にされていては雨戸が開けられませぬ」
窘 めるように、そっとひさ江が囁く。
「た、頼む……雨戸を開けないで、くれ……」
必死で欲望と闘いながら、掠れた声で将夜が言う。
「まだお休みになるつもりですか。なんと暢気な……。小兄様は、いつもそうなのです。ひさ江の気持ちも知らずに――」
ぽたり、と左手の上に冷たいものが落ちた。その滴が、将夜の身のうちで荒れ狂っていた炎をすっと冷まし、鎮 めてくれた。
「ひさ江……」
我に返ったように将夜は呟いた。
「お前、泣いているのか」
「泣いてなどおりませぬ。誰が小兄様のためになど泣くものですか」
泣いていないといいながら、ひさ江はしきりに目尻を指で拭っているのである。
「大兄様が、大兄様が……」
「兄上がいかがしたのだ」
将夜は一瞬、兄の身に何か起きたのかと思って眉を寄せたが、続いてひさ江の口から発せられた言葉は、その眉を逆に開かせることになった。
「小兄様を義絶すると仰っています」
空には満月。血塗られたような赤い月。
身体中を剛毛に覆われた獣人が倒れている。
斬ったのは、自分だ。
しかし、ほっとしているわけにはいかない。
敵はまだ残っている。
同じく獣人だが、体格も、それから妖気というのか瘴気というのか、とにかくその身から発せられる禍々しい気配が桁違いだ。
(どうやって倒せばいい。こんな化け物を……)
――オマエノ、本当ノ力ハ、
不意に声が聞こえた。
目の前の化け物のものかと思ったが、どうもそうではないらしい。
どこか遠くから直接自分の頭の中に囁きかけているように感じられる。
――血ヲ、吸ウノダ。
――乙女ノ
血。乙女の血潮。
と、その時。
将夜の鼻がある匂いに反応する。
そう、あの芳香。
頭の芯に先ず雷に打たれたような衝撃が走り、それがやがて五体に沁み透る快感となり、我知らず陶然としてくる。
そして、己の
「しょ、小兄様! 何をあそばすのです!」
目が覚めた。
そして、
「い……いかがなされました。悪い夢でも御覧になったのですか」
あまりに突然のことだった故であろう。
抱きすくめられたひさ江は、放心したように身動きもできずにいる。
「苦しゅうございます。も、もう離して下さいませ。小兄様」
「わ、わかって……おる」
理性では離れなければならぬとわかっているのだが、一度溢れ出した衝動に歯止めをかけるのは至難の業だった。将夜は右手でひさ江の腰を、左手でその肩を抱きすくめる形になっている。着物を通して少女の甘やかな膚の匂いとほっそりした腰のくびれがまざまざと感得できる。
そして、白く
それにしても、いくら異腹とは言え、妹にまでこんな欲望を覚えるとは。
(お……おれは、このまま畜生道に
目の前が
「こんな風にされていては雨戸が開けられませぬ」
「た、頼む……雨戸を開けないで、くれ……」
必死で欲望と闘いながら、掠れた声で将夜が言う。
「まだお休みになるつもりですか。なんと暢気な……。小兄様は、いつもそうなのです。ひさ江の気持ちも知らずに――」
ぽたり、と左手の上に冷たいものが落ちた。その滴が、将夜の身のうちで荒れ狂っていた炎をすっと冷まし、
「ひさ江……」
我に返ったように将夜は呟いた。
「お前、泣いているのか」
「泣いてなどおりませぬ。誰が小兄様のためになど泣くものですか」
泣いていないといいながら、ひさ江はしきりに目尻を指で拭っているのである。
「大兄様が、大兄様が……」
「兄上がいかがしたのだ」
将夜は一瞬、兄の身に何か起きたのかと思って眉を寄せたが、続いてひさ江の口から発せられた言葉は、その眉を逆に開かせることになった。
「小兄様を義絶すると仰っています」