第二十三話 情報とは捏造されがちであること
文字数 789文字
「ちょいと、近頃引っ越してきたお侍さんがいるだろう?」
「知ってるよ。とんでもない変わりもんなんだってね」
「そう、そう。なにしろ昼のうちは部屋から一歩も出ないんだから。あれじゃ、お天道様に申し訳がたたないよ」
「でも知ってるかい? 夜な夜なこっそり出かけてるんだよ」
「へえ、何してんのかねェ」
「あたしゃ、これだと思う」
意味ありげに、小指をぴんと上げてみせる。
「女かい?」
「だってあのお侍さん、あれでなかなか目元が涼しい、ちょいとした優男だよ」
「どうやらわけありだね、ありゃ」
「そもそもさ、どうやっておまんま食べてるんだろうね。女遊びにゃ、金がかかるだろうに」
「なんでも、元は歴としたお旗本の家の御次男坊だそうじゃないか。仕送りがあるんじゃないのかい?」
「浩兵衛さんの話じゃ、今の御当主であるお兄上に義絶されたんだってさ。仕送りなんてあるのかねえ」
「あたしの見立てじゃ、その義絶の件もきっと女絡 みだね。大方、深川あたりの芸者にでも入れあげちまったんだろうさ」
「なんで深川なのさ」
「あたしの勘さ。あれは吉原 じゃないね」
「おこうさん、見てきたように――ってね」
どっと哄笑が上がる。
女三人よれば即ち姦 しい、とか。
井戸端に集うかみさん連中によって、最近長屋に引っ越してきた将夜は、恰好の噂の種なのだ。
それにしても、将夜が義絶されたのは事実としても、義絶の理由は完全に捏造 である。こうした虚実 ないまぜの噂が、明日にはもう長屋中に知れ渡っているに違いない。
「おもしろそうな話だね。ちょっと詳しく聞かせてもらえないかな」
男の声が、不意に割って入った。
乱喰 い歯を剥き出して笑っていたかみさんの一人が、訝しげに振り返る。
「…………」
あれだけ賑やかだった井戸端が、急に静かになった。
いつから立っていたのか、小男の同心が十手で首筋をぴしゃぴしゃ叩きながら、おどけたような笑顔を見せていた。
「知ってるよ。とんでもない変わりもんなんだってね」
「そう、そう。なにしろ昼のうちは部屋から一歩も出ないんだから。あれじゃ、お天道様に申し訳がたたないよ」
「でも知ってるかい? 夜な夜なこっそり出かけてるんだよ」
「へえ、何してんのかねェ」
「あたしゃ、これだと思う」
意味ありげに、小指をぴんと上げてみせる。
「女かい?」
「だってあのお侍さん、あれでなかなか目元が涼しい、ちょいとした優男だよ」
「どうやらわけありだね、ありゃ」
「そもそもさ、どうやっておまんま食べてるんだろうね。女遊びにゃ、金がかかるだろうに」
「なんでも、元は歴としたお旗本の家の御次男坊だそうじゃないか。仕送りがあるんじゃないのかい?」
「浩兵衛さんの話じゃ、今の御当主であるお兄上に義絶されたんだってさ。仕送りなんてあるのかねえ」
「あたしの見立てじゃ、その義絶の件もきっと女
「なんで深川なのさ」
「あたしの勘さ。あれは
「おこうさん、見てきたように――ってね」
どっと哄笑が上がる。
女三人よれば即ち
井戸端に集うかみさん連中によって、最近長屋に引っ越してきた将夜は、恰好の噂の種なのだ。
それにしても、将夜が義絶されたのは事実としても、義絶の理由は完全に
「おもしろそうな話だね。ちょっと詳しく聞かせてもらえないかな」
男の声が、不意に割って入った。
「…………」
あれだけ賑やかだった井戸端が、急に静かになった。
いつから立っていたのか、小男の同心が十手で首筋をぴしゃぴしゃ叩きながら、おどけたような笑顔を見せていた。