第三十九話 笑った志乃は武家諸法度違反的に可愛いこと
文字数 816文字
これを飲め、と志乃は言う。
(どういうことなのか……)
正直、わけがわからない。
女の身で医者を目指すだけあって、普通の娘とはやはりどこか、いや、かなり異なっているようだ。
それだけではない。
歩いてきて膚が少し汗ばんでいるせいか、それとも狭い部屋で膝つき合わせているせいか、志乃の身体から立ちのぼる芳香が、思わず眩暈 を覚えるほどの強さなのだ。
それがこの唐柿の匂いと混じり合って、将夜の嗅覚をあやしく、そして激しく刺激する。
(血、血が……)
次第に、目の前の汁が血そのもの――しかも、志乃の膚を破って溢れ出た鮮血であるかのような錯覚に陥ってゆくのである。
窓のない部屋は既に暗い。行灯の明かりを受けて、志乃の項 の産毛 が微細な光を宿している。
襟を抜かず、ぴったりと合わせているにも拘らず、今の将夜にとってはその濡れたように滑らかな白い項が、堪らなく扇情的なものに感じられる。
「神崎様、いかがなされました」
いきなり固く目を閉じた将夜に、志乃が気遣わしげな声をかける。
膝の上に置かれた将夜の手がふるふると震え、額からは汗が滴り落ちる。
「…………!」
波のように湧き上がってくる衝動を、将夜は必死に抑えている。しかし、それも限界を迎えつつあった。
「神崎、様?」
答えられない。将夜のうちで、何かが飽和点を超えた。
弾けた。
閉じた瞼の裏が、さっと朱に染まる。
「御免――」
湯呑みを引っつかんで一気に煽った。
将夜の喉仏が、激しく上下する。
どろりとした液体が喉を滑り落ち、植物とは思えない生臭い匂いが鼻孔を突き抜ける。
そして――
「志乃どの、こ、これは、どうしたことだ……?」
憑物 でも落ちたような顔で、将夜は志乃の顔をうち眺めていた。
「逸 る気が鎮まったのではございませぬか」
志乃は莞爾 と微笑んだ。
そう言えば、志乃が笑う顔を初めて見た気がする。
いつも冷静で生真面目な印象だが、笑うと頬に靨 ができて、なんだかひどく可愛らしい。
(どういうことなのか……)
正直、わけがわからない。
女の身で医者を目指すだけあって、普通の娘とはやはりどこか、いや、かなり異なっているようだ。
それだけではない。
歩いてきて膚が少し汗ばんでいるせいか、それとも狭い部屋で膝つき合わせているせいか、志乃の身体から立ちのぼる芳香が、思わず
それがこの唐柿の匂いと混じり合って、将夜の嗅覚をあやしく、そして激しく刺激する。
(血、血が……)
次第に、目の前の汁が血そのもの――しかも、志乃の膚を破って溢れ出た鮮血であるかのような錯覚に陥ってゆくのである。
窓のない部屋は既に暗い。行灯の明かりを受けて、志乃の
襟を抜かず、ぴったりと合わせているにも拘らず、今の将夜にとってはその濡れたように滑らかな白い項が、堪らなく扇情的なものに感じられる。
「神崎様、いかがなされました」
いきなり固く目を閉じた将夜に、志乃が気遣わしげな声をかける。
膝の上に置かれた将夜の手がふるふると震え、額からは汗が滴り落ちる。
「…………!」
波のように湧き上がってくる衝動を、将夜は必死に抑えている。しかし、それも限界を迎えつつあった。
「神崎、様?」
答えられない。将夜のうちで、何かが飽和点を超えた。
弾けた。
閉じた瞼の裏が、さっと朱に染まる。
「御免――」
湯呑みを引っつかんで一気に煽った。
将夜の喉仏が、激しく上下する。
どろりとした液体が喉を滑り落ち、植物とは思えない生臭い匂いが鼻孔を突き抜ける。
そして――
「志乃どの、こ、これは、どうしたことだ……?」
「
志乃は
そう言えば、志乃が笑う顔を初めて見た気がする。
いつも冷静で生真面目な印象だが、笑うと頬に